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「じゃあ次は、国王派の処遇について。
まず、国王派の家は全員爵位を子供に譲って、領地で隠居生活でも楽しんでいなさい。」
殺されないことが決まり、何人もの貴族がほっと胸を撫で下ろしていることがアルバートからも分かった。
御意という声が何人かからあがる。
なんて甘い処遇なのかとも思ったが、アルバートが神子の決定に異議を唱えることは出来ない。
神子派の面々も不服そうな顔をしている。
「その代わり、領地から一歩でも外に出たら雷を落として差し上げるからそのつもりでいてください。
あと、この場合の一歩が身体のことだけではないことを肝に命じて置いて。」
脅しのような言葉に国王派は顔を引きつらせていた。
要するに、王都に出てきて国政を裏から操ろうとしたりはさせないということだ。
引きつった貴族たちの顔を見て、神子は嬉しそうに笑っている。
アルバートもだんだんと神子が怖くなってきた。
「次は国政について。
今ある議会は私を殺すほうに賛成した人間しかいないようなので解散します。
新しい宰相にはレオンハルト・クラウジウスを任命し、議会員の選任についても彼に任せます。」
この発言には国王派も神子派もざわめき出す。
子爵の代理としてきているレオンハルト本人も驚いた顔で神子を見つめていた。
レオンハルトはまだ20代の若手だ。
間違いなく歴代最年少の宰相だろう。
若すぎるという声があちらこちらから聞こえてきくる。
それにクラウジウス家の領地運営もしている彼に宰相を兼任できるとは思えなかった。
「黙れ、愚民ども。」
ざわめいた貴族たちに先ほどの神と同じ言葉を神子は発した。
神のときほどではないが、威厳のあるその言い方に全員が口を閉じる。
「レオンハルトには新しく侯爵の地位を与えます。
クラウジウス家は子爵から伯爵に格上げし、爵位は長男のフィリップに継がせなさい。
スタンと協力すれば領地を治めることくらい簡単でしょう。
レオンハルト、あなたの言うことを聞かないものがいるときは私に言いなさい。
後ろ盾になりますから。
あなたは今回の件の1番の功労者です。
これから1番苦労するのもあなたでしょう。
ですので、私の友であるカリーナ・クラウジウスを娶ることを認めます。
ただし、本人の了承が得ることが条件ですが。」
レオンハルトは泣きそうな顔でありがとうございます、といいながら深く頭を下げた。
前に感じたアルバートの直感は当たっていたらしい。
やはり、レオンハルトのカリーナへの束縛は兄弟愛ではなく、1人の女性に向けた嫉妬心からくるものだったのだろう。
フレドリックのことも、レオンハルトのことも、神子は政治には厳しいが恋愛については本人の希望を叶えてやるようだ。
「あ、忘れてたけど、今後の王位についても話しておきます。
フレドリックに子供が出来たらその中の1番優秀な子を性別に囚われず、新しい王とします。
それまでは議会で決められないことは私が決めることにします。
異議はありませんね。」
神子の意に反したら殺すと神に言われたばかりで、誰が神子に異議を唱えられるというのか。
貴族たちも皆静まり返り、神子は満足そうに頷いていた。
全員の処遇が決まったところで神子はすぐ横に立つアルバートを見上げた。
もうこの場を締めるのかと思ったが、何か別のことを考えているような表情にアルバートは首をかしげる。
神子は結局何も言わずにアルバートから視線を会場にうつした。
「最後にアルバート・エヴァレットを私の夫とし、戸籍から抜くことでエヴァレット王家を一時的に解体します。」
神子の宣言にアルバートは目を見開いて固まった。
ついに欲望が溢れすぎて、幻聴が聞こえだしたかと自分の耳を疑ってしまう。
思わずリアムとメアリの顔を見れば、まるで知っていたかのように、にやにやと冷やかすような笑みを浮かべていた。
「アルバート、聞こえていたのなら私の前に跪きなさい。」
いつもの甘えた雰囲気ではなく堂々と言い放つ神子に、これは現実なのだとアルバートは再認識した。
御意、と返事をして言われたとおり神子の前に跪く。
メアリがいつもアルバートが持っている短刀と同じものを神子に差し出した。
どうやら本当に知っていて、準備していたらしい。
その短刀を鞘からゆっくりと抜いた神子は、リアムのときと同じように短刀をアルバートの首筋にぴったりと当てた。
「アルバート、あなたは私を妻とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
何かの儀式のように長い言葉だった。
もちろんアルバートに迷いはない。
「はい、もちろん。あなたを一生愛しぬくと誓います。」
顔をあげしっかりと神子の目を見て答えると、神子の口がいくよと声を出さずに動く。
そして、ゆっくりと短刀の刃がアルバートの首筋を滑って皮膚が薄く切られていく。
その瞬間、いっせいに魔素がアルバートの首筋めがけて飛び込んできた。
リアムのときもこんなふうだったと思えたのはその一瞬だけだった。
「ゔ…ゔぁ゙あ…」
謎の苦しさがアルバートを襲う。
跪いた体制を保つことも出来ず倒れ、ただうめき声が口から溢れ出した。
自分の身体を動かすこともまともな呼吸も出来ない苦しみは、1度リアムが祝福を授かったときを見ているアルバートでさえ、神子に殺されると思うほどのものだった。
会場にいる貴族たちも何が起きているのかとざわめき出すが、その声すらアルバートには届いていない。
しかし、アルバートもリアムのときと同じく30秒ほどで突然その苦しみから解放された。
何とか乱れた息を整え、起き上がったアルバートに神子は先程の短刀を手渡した。
『神子の夫』
血を吸い、そう刻まれた短刀にアルバートの涙が落ちた。
「アル、ごめんなさい。
私、重い女だから死ぬときまで一緒にいてほしかったんです。」
神子は魔素を降らせきるまで老いることなく、生き続ける。
その寿命は100年を超える場合もあるそうだ。
神子の祝福を授かったものは神子と同じ寿命が与えられる。
死ぬときまで一緒にいたいと神子が思ってくれたことがアルバートはこの上なく嬉しかった。
座り込んだアルバートの様子を伺いながら声をかける神子に、その場に短刀をおいたアルバートは涙を拭って立ち上がり神子の両手を握った。
不安そうな神子の表情を見ながらもアルバートは緩む頬が抑えられない。
きっとメアリやリアムがいつもいう気持ち悪い顔をしているだろう。
「あなたが俺を同じ寿命にしてくれたことがものすごく嬉しい。
俺はあなた以上に重い人間みたいです。」
そう言ってから神子の腰に手をおいてゆっくりとキスをした。
どこからともなく拍手がぱらぱらと起こりだす。
そこから伝染していくようにだんだんと大きな拍手になり、アルバートが唇を離す頃には会場を包むような拍手が沸き起こっていた。
そっと神子がアルバートから離れ、貴族たちを見渡す。
「今日はこれで解散とします。
エリオットの処刑の日はおって連絡するので、きちんと見届けにくるように。」
なかなか恐ろしいことを言っているのだが、神子の表情は晴れやかなものだった。
貴族たちを帰すために神官たちが神殿正面の扉が開くとそこにはたくさんの魔素が降り注いでいる。
神子の幸せが自分にも伝わってくるようで、アルバートは嬉しかった。




