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アルバートとリアムの他にも数人の神官が神子を心配して見張り台までついてきた。
いざとなれば、自分を盾にするつもりでいるのだろう。
神官たちの緊張した表情がその覚悟を物語っていた。
見張り台への扉をあけた瞬間、光が室内に差し込む。
それは久しぶりに見た魔素の光だった。
――これを見て神官たちは集まっていたのか。
アルバートは神官が神子を見ても驚かなかった理由がやっと分かった。
キラキラと日光に反射する魔素は美しく、今自分たちが死の淵に立っているかもしれないことを忘れさせてくれる。
アルバートがその光景に感動している間にも神子は見張り台の端の方まで歩いていってしまう。
神子を庇うように神官たちが周りを取り囲んでいるが、神子はどいてと言って前にいた神官を退かした。
下を見下ろせば、庭を挟んで王宮側と神殿、神子殿側に兵士たちが配置されているのが見えた。
「私、神様のところで修行してきたんです。
絶対にあなたたちを死なせたりしない!」
穏やかな神子の口調が強い口調に変わった瞬間、激しい雷鳴が轟いた。
あまりの眩しさにその場にいた全員が目を閉じる。
それと同時に大粒の雨がザーザーと降り出した。
「…どういうことだ。」
アルバートが目を開けるとそこには信じられない光景が広がっていた。
両軍が睨み合っていたちょうど中心に雷が落ち、王宮と繋ぐ渡り廊下は崩れてしまっている。
雷が落ちた場所は草木に火がついていた。
雨は神殿、神子殿側にしか降っておらず、王宮側だけにどんどんと火が燃え移っていく。
そのスピードに国王派の兵士たちも持ち場を廃棄して逃げ出すのが見えた。
――これが、神子の力か…。
愕然としながら神子の顔を見れば、うっすらと微笑んでいた。
まるで魔女のようだ、と1番嫌っていたはずの言葉がアルバートの頭をよぎる。
言葉には出さないが、今この場にいる全員がそう思っているに違いなかった。
下にいる味方の兵士たちにも状況が理解できたのか、わっと歓声が上がっている。
それはこの戦の勝ちを確信しているかのような声だった。
あともう少しで火が王宮に燃え移りそうなところで、神子は王宮側にも雨を降らせて鎮火させた。
神子の力に慄いたのか火が消えても、国王派の兵士が戻ってくることはなかった。
それを確認してから神子はすべての雨を止ませ、深く息をつく。
「王都にいる貴族全員に明後日の朝、神殿に集まるように私名義の書簡を出してください。」
それだけ言って神子は見張り台から中に入っていく。
アルバートもリアムもあまりの出来事に声も出ず呆然と立ちつくしていたが、神子の言葉に何とか気を持ち直し、御意と答え後を追いかけた。
神官たちはただその場に跪き、何も言わずに神子を見送っていた。
「人の部屋に勝手に入って何してるんだ。」
部屋に戻るとメアリの他にフレドリックがいたので思わずアルバートは渋い顔になった。
神子の部屋で逢引きなんてあり得ない話だ。
メアリはメアリで、ずぶ濡れのアルバートたち3人を見て嫌な顔をしていた。
「とりあえず、その服だけでも着替えてきてください。
話はそれからでいいでしょう。」
メアリが落ち着いた口調で言いながら、神子を風呂のほうに手招きした。
アルバートとリアムも一旦神子の部屋を出て、自室で濡れた服を新しいものに取り替えてから戻る。
戻ってもなお堂々と淑女の部屋に居座っているフレドリックに殺意が湧いた。
「で、何しにきた。」
フレドリックの正面に座りながら機嫌の悪さを隠さず、アルバートが言う。
フレドリックも少し緊張しているような強張った顔をしていた。
部屋の空気が少しずつ重たくなっていく。
「神子の力があれほどとはな。
今後、姫様はどう動くおつもりだ。」
神子は長い髪を乾かしているのか、風呂場からまだ戻ってこない。
どう動くつもりかと聞かれてもアルバートにも正直良くわかってはいなかった。
「とりあえず明後日の午前中に貴族どもを集めてくれと言われている。
そこからどうなさるおつもりなのか、俺には全く分からない。」
「俺が聞いて答えると思うか?」
フレドリックの問いにアルバートは首を横に振った。
そもそもなんのために呼ぶのか神子本人が分かっていない可能性もある。
「何が起きても全ては神の導き。そう思っておけ。
姫が何を考えているかなんて、誰にも予想がつかない。
今日のことも含めて、俺たちに何をするか、どうなるか伝えてから行動したことなんて1度もないんだから。」
アルバートたちが何か知っているかもしれないと思うこと自体が見当違いだと、フレドリックに伝える。
自分で言いながらまるで神子に信頼されていないようだとアルバートは思った。
フレドリックはアルバートの返答に首をひねって納得していないような顔をしていた。
1度神子に聞いてみれば分かるだろうと、アルバートは神子が戻るのを待つことにする。
「ごめんなさい、お待たせしました。」
そう言いながら着替えた神子とメアリが風呂場から戻ってきた。
アルバートの隣に座らせると神子はまじまじとフレドリックの顔を見つめた。
「あんまり今までちゃんと見てなかったけど、やっぱりアルとフレドリック殿下って似てますね。」
先ほどまでの少し重い空気が一気に明るくなるのをアルバートは感じていた。
関係のない話を笑顔で始めるあたり、もう貴族たちのことは考えていなさそうだ。
楽しそうに笑う神子が愛おしく思えて、その乾ききっていない白い髪をアルバートはそっと梳いた。
「…よく言われます。」
フレドリックは戸惑ったようだが、何とか笑顔で神子に答えた。
前回神子を泣かせている手前下手なことは言えないと思っているのが、態度にも現れていた。
「フレドリック殿下とメアリって今、どうなってるんですか?」
「相変わらず俺がメアリを追いかけている状況です。
…姫様、今日はそんな雑談をしにきたわけではなくですね、今後の展望をお聞かせいただきたいのです。
まず、貴族を集めて何をなさるおつもりですか?」
呑気な神子にフレドリックは直球で質問をぶつけた。
このまま神子のペースで話していては本題にたどり着けないと思ったのだろう。
神子はフレドリックから目線をそらした。
「…そのときに考えます。」
怒られた子犬のようにしゅんとしてしまった神子に、フレドリックが困った顔をする。
神子の煮えきらない返答にフレドリックは次の言葉を探す。
「では、貴族たちを集めた後は我々にとっていい方向に進みますか?」
「それは分かりません。」
もう少し、柔らかい言葉で話せないものかとアルバートは思った。
フレドリックのような硬い態度は神子を萎縮させるだけで、本音を引き出すことは出来ないだろう。
アルバートは女性の扱いが下手な兄に辟易する。
「姫様、我々には国を安定させる義務があります。
集めてから考えるだの、分からないだのは通用いたしません。
答えたくないのならそれでも構いませんが、せめてそう仰ってください。」
結局、フレドリックは神子を問いただす。
神子はより一層萎縮してしまい、他者が見れば一方的にフレドリックが神子をいじめているようだった。
アルバートはどう神子を擁護するか考えるが、フレドリックを納得させられそうにない案が浮かんでは消えていった。
「リック、あなたは何を言っているの?
すぐに外に出なさい。
姫、この頭の硬い馬鹿が言ったことは一切気にしなくていいですからね。」
口を挟んだのはメアリだった。
アルバートも顎でしゃくってフレドリックが外に出ていくように促した。
メアリが神子にたいして浮かべた笑顔のまま、フレドリックの腕を強引に引っ張って部屋から出ていく。
たぶん、そのまま戻っては来ないだろうとアルバートはため息をついた。
神子は何か考えている様子だ。
フレドリックのせいでやっと戻ってきた神子がまた傷ついていないかと、アルバートは気が気でない時間を過ごすことになった。




