11
神殿に籠城し始めてから数日がたった。
エリオットはアルバートが神子を連れて籠城しだしたと気づいてすぐに王宮の騎士たちを差し向けようとしたが、騎士団も一枚岩ではなかったようだ。
過半数以上の騎士たちが神殿を囲い、防衛の陣を敷いたせいで王宮自体の警護すら怪しい状態らしい。
さらに貴族たちの中でも分裂が起こり、神子を殺す派と殺さない派の2つの派閥に割れてしまったという。
「失礼致します。アルバート殿下、神子殿に貴族が集まってきているようです。
殿下と直接対話がしたいと言っておりますが。」
神子の部屋に飛び込んできた神官は慌てた様子だった。
ついにエリオットが神殿に攻め込む気になったのかとアルバートは思ったが、集まっているのが兵士ではなく貴族だということが気にかかる。
もう何を言われても信用出来ない中で、今更対話とはどういうつもりかも分からなかった。
「その集まっている貴族の中心になっているのは誰か分かるか?」
「フレドリック殿下です。
対話したいと言うのもフレドリック殿下1人で神殿の周りを警護している騎士に伝えに来たと。」
――どういうつもりだ。
フレドリックはこの間、執務室の前でアルバートが盗み聞きしたときには神子を殺すことには反対だった。
手を貸すという内容なのか、こちらを探りに来るだけなのか。
探られたところで、こちらが隠していることは何もない。
ただ神子を守っているだけで、王宮を攻めるつもりもなければ、逃げ出す手段もないのだ。
フレドリックが考えていることが分からず、アルバートは頭を抱えた。
「…フレドリックが単身でこちらにくるなら話しても構わないと言ってくれ。」
承知しました、と言って神官は部屋を出ていった。
フレドリックが単身で来れないなら神子殿に集まっている連中も全員が敵だ。
単身で来たとしても、話の内容によってはフレドリックの首を刎ねることも考えなければならない。
――身内の首は切りたくないな。
つい、数日前までこんなことになるとは思ってもいなかった。
穏便な話し合いになるようにアルバートは心の中で祈った。
アルバートの返答をフレドリックに伝えると、その日のうちに2人は会うことになった。
神殿の1室を借り、アルバートとフレドリックは机を挟んで向かい合って座った。
「何をしにきた。」
アルバートは冷たく突き放すように言った。
フレドリックを信用していいのかまだ分からない。
「警戒するな。俺は神子を殺すことには反対している。
今、神子殿に集めているのも俺と同じ意見の人間たちだ。
これはその名簿だ。」
フレドリックがアルバートに差し出した紙の束には、神子を守ることに賛同する貴族の名前、協力出来る物資の数や派遣できる兵士の数が書かれていた。
よくまとまったその内容に、アルバートは感心する。
その中には、カリーナの実家であるクラウジウス子爵家や、レティシアの実家であるローレンツ伯爵家の名前もあった。
「数日でよくここまでまとめてきたな。」
「クラウジウス家のレオンハルト殿とスタンのお陰だ。
あの2人は内政の天才だな。
俺は正直、何もしていない。」
スタンは約束通りクラウジウス家に貢献しているらしい。
フレドリックとエリオットは貴族をまとめ上げることにいつも苦心していた。
それをレオンハルトとスタンは数日という短期間で神子派として貴族たちをまとめ上げてきた。
スタンを殺さなかった神子の選択が正しかったということだろう。
「で、神子殿では何をしている?」
「親が陛下側についた子息を受け入れている。
もし神子の意識が戻ってきた場合、親と一緒に罰せられたくはないんだろう。
国王派か神子派か家名に囚われず、はっきりとさせたがる若い世代が多い。」
神子派のトップはフレドリック、国王派のトップはエリオットとなれば、若い世代にとって次の国王を立てたほうがいいのはあたりまえの話だ。
神子への忠義ではなく、保身が目的の人間が多い。
仕方のない話だが、神子を思うとアルバートの胸が少し傷んだ。
「俺たちは全面的に姫様を支援する。
アル、信用してくれ。姫様を殺させたりしない。」
「…分かった、信用する。
ただ怪しい動きがあれば俺はお前の首を刎ねる。」
神官と自分たちだけで出来ることは籠城して、神子が目覚めるのを待つだけ。
もし、食糧が尽きれば飢え死にするしかない。
今後のことを考えると、フレドリックや貴族たちの申し出を断ることは得策ではなかった。
アルバートの返事にフレドリックも納得したように頷いた。
「リック、もし姫の意識が戻って魔素が降ったら陛下は姫を殺さないと思うか?」
「…むしろ姫様に自分たちが殺されないために早く殺してしまおうと躍起になるだろうな。」
フレドリックはため息をつきながら言った。
眉間には深いシワも刻まれている。
少しだけあった希望も打ち砕かれた気がして、アルバートもフレドリックと同じような表情になった。
父エリオットとの争いは避けられないということだ。
「だが、俺はこちらが勝つと踏んでいる。
カイエン総司令官が神子派だ。
辺境での神子の奇跡を体感している軍部は国王派にはつかない。
気をつけるべきは暗殺だ。」
神子が今までやってきたことが今の神子を助けている。
辺境での山を崩す奇跡によって軍部を味方につけたこと、スタンを生かしてクラウジウス家に預けたことだけではない。
リアムがいなかったら神子はきっと騎士に襲われていただろう。
アルバートでは訓練された騎士2人を殺すことは出来なかった。
メアリを神子のメイドから左遷していたら、フレドリックがここまで手を尽くすことはなかったに違いない。
どこまで神は計算しているのか。
アルバートは頷きながら神の偉大さを感じていた。
「リック、お前は陛下を、自分の父親を撃つ覚悟はあるのか?」
「当たり前だ。神子を殺すと陛下が決めた日から俺の腹は決まっている。
アル、俺は王族だ、次期国王だ。
国のためになら非情にもなれる。」
アルバートの質問に即答するフレドリックの顔に迷いはなかった。
アルバートが自分1人で持っていると思っていた重たい荷物を、フレドリックも半分持ってくれていると思うと肩の荷が少しだけ軽くなった気がした。
「メアリのことは諦めたのか?」
「諦めない。あれ以上いい女がいると思うか?
姫様を守り抜いたら元サヤに戻ってやるって言われてるからな。
絶対に俺のものにする。」
自分で聞いておきながら、フレドリックの執着心にアルバートは少し薄ら寒いものを感じた。
メアリくらいの女ならたくさんいるだろう、という言葉はぐっと飲み込んでおく。
「国のためじゃなくて、メアリのためなら非情になれるの間違いだな。
あの気の強い女の尻に敷かれすぎだろ。」
「…男っていうのは女の尻に敷かれてるくらいが幸せなんだよ。お前もいずれ分かる。
それに今までは守る対象が国っていうぼんやりしたものだったが、絶対に守りたいものが出来た瞬間から自分が何をすべきなのか明確になった。
今は、この国も神子もメアリが愛するもの全てを守りたいんだ。」
恥ずかしげもなくメアリへの愛を語る兄にアルバートは砂を吐きそうになった。
メアリが王妃にならなかった場合、国が傾きそうなくらいの愛情だ。
そう思うと、メアリにはフレドリックを一生尻に敷いておいてもらったほうが、この国の行く末は明るいかもしれない。
2人は神殿内の足りていない必要な物資を確認し、手配する約束を取り付けた後別れた。
アルバートはここまで準備を整えてくれた礼代わりに、メアリにフレドリックを神子殿まで見送るように言いつけてから神子の部屋に戻る。
相変わらず、何も言わずにベッドの上に寝転び、ただ天井を見つめるだけの神子をアルバートはぎゅっと抱きしめた。
「姫、フレドリックが手を貸してくれることになりました。
フレドリックもカイエン総司令官もカリーナもレティシアも味方です。
もう怖いものは何もありませんから、早く帰ってきてください。」
耳元で神子に囁いてから、頬にキスを送る。
防衛の体制も整い、あとは神子の意識が戻ることを待つだけだ。
アルバートは祈るような思いで神子をもう一度強く抱きしめた。




