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アルバートは頭の血管が切れてしまいそうな感覚を必死で押えつけ、冷静に言った。
騎士団長に責任を取らせるために首にすることも考えたが、誰が信用出来るか分からない今、それは得策ではない気がして警告に留めた。
もちろん次があった場合は物理的に首を飛ばすつもりだ。
これ以上の情報は出てこないだろうと、アルバートは立ち上がり部屋を後にした。
騎士たちが敬礼をして見送っていたが、今その姿に忠義を感じることは出来なかった。
エリオットとフレドリックへの怒りを納めてから神子の部屋に戻るつもりが、事情聴取に立ち会ったのは逆効果になっている。
神子を神と同じ様に尊ぶ心は、この国の人間から失われてしまったようだ。
それを実感した今、すぐにでも神子の元に行きたかった。
今、こうしている間にも神子を害する人間がいるかもしれないと思うと、怒り以上に焦りがアルバートを襲う。
ほとんど走るようにアルバートは神子のいる部屋へ向かった。
部屋の中では相変わらず何の反応もしなくなった神子がベッドでだらりと横になっていた。
部屋を出る前の光景と変わりないことほっとしながら、アルバートは神子を抱え起こした。
神子の目が開いているからきっと起きているのだろう。
テーブルにおいてあった水の入ったグラスを神子の口元に持っていくと、少しだけ喉を動かして水を飲んでいたが、飲んだ量と同じ量の水が口の端からこぼれ落ちる。
まるで幼い子どものような神子にアルバートは焦燥感が和らいでいくのを感じた。
「これ、こぼれないようにならないか。」
メアリからタオルを受け取ってこぼれた水を拭いてやる。
食べ物はスプーンで口の中に入れてやれば、問題なく食べさせられるのだが、水分が上手く取れていない気がして心配だった。
「…哺乳瓶でも使います?」
提案したのはメアリではなくリアムだった。
確かに、哺乳瓶ならこぼれずに神子の好きな量だけ飲ませられるだろう。
見た目は悪いが仕方ない。
メアリも同じ判断だったのか、探してきますと言って部屋を出ていった。
「殿下、先ほど伝令の騎士がきまして警備体制の変更について報告していきました。
今まで通りの騎士の他に、夜は神官を2人廊下に立たせるそうです。
さらに、廊下とメイドの控え室にドラを設置しすぐに増援が呼べる環境を整えると。」
天候が変わればに何かあったかと人が集まるが、神子に何かあってからでは遅い。
何かある前に増援を呼べる体制になるのはありがたかった。
アルバートが言った通りすぐに神子の警護体制を見直してきたということは、騎士団もかなり責任を感じているのだろう。
「あと、神子の部屋についてですが、しばらくはこのままアルバート殿下の部屋にいてほしいそうです。
ベッド以外にも絨毯やカーテンにも血がついていて家具を全て入れ替えるのに時間がかかるとのことなので、問題ないと返答しておきました。」
アルバートは人の部屋を使っているのに勝手にリアムが返事をしていることに少し違和感を覚えたが、内容自体に問題がないので文句を言わずにうなずいた。
アルバートに寄りかかって座っていた神子が突然、すっと立ち上がる。
トイレでも行くのか、とふらふらと歩く神子を転ばないように見守っているとそのままリアムの元まで行き、膝に乗るように抱きついた。
「姫、何してるんですか。
そんなやつのところ行かないで。」
アルバートは手を伸ばすが、リアムが神子を抱き上げ立ち上がったことでその手は神子に届かなかった。
どういうつもりだ、とリアムを睨みつける。
「散歩の時間のようです。
…こんな状態でも犬の世話はするみたいですね。
ちょっと中庭まで行ってきます。」
呆れたような、諦めたような言い方で神子を抱え直すリアム。
リアムに抱きついてから神子はまた身体に力が入らなくなったようだ。
――どちらのための散歩か分からないな。
そのまま神子を抱えて、リアムは部屋を出ていった。
神子も部屋に籠もっているだけじゃなく、日光浴くらいさせたほうがいいだろう。
本当はアルバートもついて行きたかったが、いつも神子はリアムと2人で行くことに何故かこだわっていたので、部屋に残ることにした。
2人を見送りながら思わずため息がでる。
アルバートと神子に2人きりになる時間はないが、リアムと神子には毎日2人きりになる時間があることがアルバートは羨ましかった。
ベッド上に寝転がり、天井を見つめる。
今朝の神子の最後の言葉がアルバートの頭から離れない。
――なんであのタイミングで。
ずっとアルバートは神子に愛を言葉でも行動でも伝えてきた。
今まで神子がその思いに何か言葉を返してくれることはなかったが、こんな風に伝えられたかったわけではない。
意識を失って、抵抗出来なくなった後にアルバートに放置されないように言ったのだろうか。
だとしたら、神子は小悪魔を通り越して悪魔だ。
――そんなこと言わなくても、俺は絶対に神子から離れたりしない。
たとえ、何年も神子がこのまま意識が戻らなくてもずっと付き添い続ける自信がアルバートにはあった。
そのくらい神子への愛は深い。
たとえ一生、愛されなかったとしても神子の元から離れるつもりはない。
神子に意識が戻ったら、以前以上に愛する自信もある。
それが神子に伝わっていない気がして、アルバートは悔しかった。
ただ、もしあの『愛してる』が神子の本心だとしたら、とも考える。
――期待してもいいのだろうか。
神子がもしアルバートと同じ思いで愛してくれているとしたら、アルバートにとってこれ以上に嬉しいことはない。
神子に意識が戻ったらもう一度聞いてみようと思いながらゆっくりと目を閉じた。




