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7

神子はベッドの上で枕を抱いて、ぼーっと床を見つめていた。

部屋に入ってきた、アルバートたちにも全く目を向けようとしない。

まるで人形のような姿だった。

自室に神子がいる光景を今まで幾度となくアルバートは想像していたが、あまりにも自分の思いと違う状況になってしまったことが神子にたいして申し訳なかった。

そっと神子の隣に座り肩を抱き寄せたとき、初めて神子がアルバートの方を見た。

その悲しげな表情にアルバートはかける言葉が見つからない。


「アル、飴が食べたい。」


神子がつぶやくように言った。

前に1度だけ食べた飴が何か神子は気づいていたようだ。

メアリが何も言わずアルバートに差し出した飴を受け取り、そっと神子の口に入れてやる。

口の中で飴を転がしながら、ゆっくりと目を閉じていく神子を見てアルバートは泣きそうな気持ちになった。


完全に神子が寝入ったことを確認してから、口から転がり落ちる飴を回収し、ベッドに寝かせてやる。

外の(ひょう)も穏やかな雨にゆっくりと変わっていった。

アルバートはいろいろな言葉に出来ない後悔が押し寄せ、神子から離れることが出来なかった。

メアリとリアムも複雑な表情で言葉を発することなく、ただ自分の思考を巡らせている。


神子が夜会の後に不安がっていたのは、きっとこのことだったんだろう。

神子の言う事を聞かずに朝までついていてやるべきだった。

部屋の前にいた騎士たちに違和感を感じたときに出来たことはなかっただろうか。

今更、考えてもどうしようもないことばかりが、ぐるぐるとアルバートの頭の中を回る。


――そういえば、雹を見たのはあのとき以来か。


魔素によって天候が保たれた世界で雹が降る原因は神子の錯乱だけだ。

前回雹が降ったのは、前の神子がいた2年前。

神子が自殺した当日のことだ。

今回と同じ様に、飴を食べさせて寝かせ、次の日の朝にはもう首を吊って冷たくなっていた。

あのとき何故、精神的に不安定な神子を1人にしてしまったのかと今でもアルバートは後悔することがある。


――今回は絶対に死なせない。


たとえ体力が持たなくても、神子を1人にする選択肢はアルバートにはなかった。



部屋にいる3人ともが黙ったまま、静寂の充ちた空間がドアが開くことによって打ち破られた。

ノックをすることもなく、アルバートの部屋に入ってきたのはフレドリックだった。


「リック!」


リアムとアルバートは怪訝な顔でフレドリックを見て無視するが、対象的にメアリは泣きそうな顔で立ち上がる。

フレドリックもそれに答えるようにメアリの元にかけより腕を引いて抱きしめた。


――何しに来たんだ、こいつ。


神子の安否でも確認しにきたのかと思ったが、その行動にアルバートは血管が切れそうだった。

どこまでも自分勝手な兄に嫌気が差す。

2人の関係を知らないリアムに驚いた顔で見られていることに気がついたのか、メアリは突き飛ばすようにフレドリックから離れた。

どうやら2人は完全に関係が切れたわけではなかったらしい。


「誰も、怪我はないか。」


取り繕うようにいうフレドリック。

神子の怪我ではなく、メアリが怪我をしていないか気になっているだけの様子にアルバートだけでなくリアムも怒りの表情をあらわにした。


「リック、メアリ連れて行っていいから出ていけ。邪魔だ。」


アルバートは後もう少しで怒鳴りつけそうなのを、神子の穏やかな顔を見てぐっと我慢し静かな声で言った。


「いえ、アルバート殿下、リックはすぐに帰らせます。

私は姫の側に残ります。」


「メアリ、明日の日中、お前以外誰が姫に付き添うんだ。

俺もリアムも無限の体力があるわけじゃない。

今のうちに身体を休めておけ。」


メアリの神子に付き添っていたい気持ちは本物だろう。

だが、今はメアリを生贄にしてでもフレドリックを部屋から追い出したいとアルバートは思っていた。

フレドリックもアルバートの心情を察したのか、自分の都合のいい方に転んだからなのか、何も言わずメアリの手を引いて部屋を出ていった。


「メアリの恋人ってフレドリック殿下のことだったんですか。

確かに、実家がうるさい金髪に当てはまってますね。」

「お前ってメアリのこと狙ってたんじゃなかったのか?」


最近のメアリとリアムは神子が寝たあと、よく2人で酒を飲んでいた。

そんな2人をお互いに気も合いそうだとアルバートは勝手に思っていた。

リアムはフレドリックとメアリを見ても、初めて友人の恋人にあったくらいの反応しかしない。

不思議がるアルバートをリアムは鼻で笑った。


「神子の犬になってから、神子のことしか考えられません。

考えていることの9割が神子のことで、あと1割が普段の生活のこと。

恋愛に割く余裕がありませんね。

まぁ、メアリのあの胸については1回くらい抱いてみたかったと思わなくもないですが。」


相変わらずリアムにとっての女性の価値は胸にあるらしい。

確かにメアリの胸はすれ違う男が2度見するくらいの大きさだ。

神子もよく触りながら羨ましがっていた。

そんな人間にいつも神子との関係について口を出されているのかと思うと、アルバートは顔をしかめずにはいられなかった。


「軍人あがりは下品だとよく聞いていたが、本当だったんだな。」

「軍の中では俺は上品だと言われていたのですが。」


しれっとした顔でアルバートの嫌味をかわすリアム。

アルバートはリアムが30を過ぎても結婚出来ていない理由がわかったような気がした。



神子は薬の効果が切れる3時間を過ぎても眠り続けていた。

リアムとアルバートの間にもとくに会話もなく、ただゆっくりと時間だけが過ぎていく。

今まで高ぶっていた神経が少し落ち着いて、アルバートにも眠気がゆっくりと歩み寄ってくる。


「殿下、少し寝たらいかがですか?

俺は軍で慣れてますから1日くらい寝なくても平気ですから。」


「悪い、リアム。そうする。」


アルバートは気を使ってくれたリアムに断りに入れてから、神子の隣に潜り込んだ。

自分では気がついていなかったが、かなり疲れていたらしい。

横になったアルバートは神子を腕の中に閉じ込めると、そのまま深い眠りへと落ちていった。



アルバートは腕の中の神子が動き出したことで目が冷めた。

室内にはすでに日が差し、かなり明るい。

昨日とは打って変わって晴れていることがアルバートは逆に気持ち悪かった。


「おはようございます、姫、殿下。」


部屋にはリアムとメアリがいた。

神子は起き上がろうとするアルバートにぎゅっと抱きついて離さない。


「姫、おはようございます。

大丈夫ですよ、俺はどこにも行きません。」


それでも、離さない神子が愛おしいと思いながらも痛々しさを同時に感じ、アルバートの胸はざわついた。

そっと抱きしめ返して、頭を撫でる。

俯いた神子の表情は分からなかったが、きっと昨日の夜のように悲しげな表情をしているだろう。


「3人とも聞いてください。

時間がないんです。」


アルバートに抱きついたまま、神子が話し出す。

時間がないの意味が分からなかったが、3人とも聞き返すことなく頷いた。

神子は顔をあげて3人のことをしっかりと見た。


「しばらく神様のところで、過ごすことになりました。

魂だけが向こうに行って身体はおいていきます。

そっちにいる間は魔素は降らず天候は安定するそうです。

いつ戻ってくるか分からないけど、必ず戻ってきます。

みんな、私のこと見捨てないで。

アル、愛しています。」


早口で話している最中から神子の身体が金色の光に包まれ出す。

アルバートは本当に神子が消える気がして強く抱きしめた。

神子からずっと与えられたかった愛の言葉も今は嬉しいと思えない。

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