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「カリーナは姫様にたいへん心酔しております。
ドレスのデザインの新しい扉が開けたと。
それで姫様と同じようなことをすれば、自分もいいデザインを思いつくと言い出しまして…。」
言いづらそうにレオンハルトは1度出された紅茶をすすった。
その表情を見ながらアルバートは何となく嫌な気配がした。
「その、姫様と同じように犬を飼いたいと。
スタンを自分の犬にしたいと言うのです。」
思わずアルバートとその場にいたメイドたちは顔を背けて吹き出した。
リアムだけが眉間にシワを寄せた渋い顔で神子を見ていた。
答え方によってはリアムの機嫌がもっと悪くなりそうだ。
「いいんじゃないですか?
もちろんレオンハルトさんが良ければの話ですけど。」
そう返した神子にレオンハルトは目を丸くして固まっていた。
犬の意味を性的な道具として飼っていると思っているだろう。
レオンハルトが常識的な視点の持ち主でアルバートはほっとした。
「ですが、カリーナはまだ独身で婚約者もおりません。
さすがに、そういう人間がそばにいるのは…。」
神子の意見に反対するわけにもいかず、口ごもるレオンハルト。
きっと神子の口から反対してもらえれば、妹のわがままを抑えられると思っていたのだろう。
「姫とリアムはレオンハルト殿が思っているような関係じゃない。
ただ犬と名前のついた従者のことだ。」
レオンハルトを勘違いしたままにしておくわけにもいかず、アルバートは訂正する。
神子にあとで犬というと性的な意味に思われるからやめろ、と伝えなければいけない。
「違います、リアムは犬です。
ちゃんと毎日お散歩もしてますよ。」
「姫様、話をややこしくするのはおやめください。」
リアムが機嫌の悪い顔に笑顔を貼り付けて神子を注意する。
神子はその顔を見て怒られた子供のようにシュンと下を向いた。
「犬と呼んでいるだけの従者ですか。
犬と呼ばせなければなんとかなりそうですね。」
性的な意味合いではないとレオンハルトは理解できたようで、ほっとした表情を浮かべた。
妹を普段から甘やかしているのだろう。
妹のわがままを抑えられず、神子にひと言貰おうとしていることにアルバートは呆れた。
「私からもお願いがあります。
カリーナさんと夜会をしたいのですが、レオンハルトさんに反対されるから夜は外に出れないと言われました。
夜会のメンバーは私とレティシアさんとの3人なんですが、だめですか?」
そういえばそんな話をしていたことをアルバートは思い出す。
カリーナに断られていたとは意外だった。
今年19歳になったカリーナに婚約者がいないのはこの男のせいに違いない。
「姫様とレティシア嬢だけなら安心してカリーナを行かせられます。
ぜひご招待ください。」
レオンハルトは参加する人間に男がいなかったから許可したのだろう。
なんだか神子の周りの男に嫉妬するアルバートにかなり似ている気がする。
――養子だから妹にも気を使うのか、それとも…。
アルバートの頭には少しだけ引っかかる部分があったが、人の事情に口を出すべきではないと思い直す。
その後もレオンハルトとの時間は和やかに進んだ。
神子は何故かレオンハルトのことを気に入ったらしく、次はカリーナと遊びに来てくれと言って、最後帰るレオンハルトを見送っていた。
それから毎日、神子は楽しそうにカリーナに手紙を送っていた。
カリーナからもすぐに返信が返ってくる。
3人での夜会用のドレスの制作も順調に進んでいるそうで、神子はドレスが出来上がってくる日を指折り数え待っていた。
そんな毎日を過ごしているからか太陽も元に戻り、作物の収穫も順調に進んでいるそうだ。
魔素も少しずつだが降っている。
エリオットやフレドリックも最近は、アルバートに神子のことを聞き出そうとすることはなくなっていた。
――天候が安定していれば、興味はないのか。
あからさまな父と兄の態度に少し不満はあるものの、煩わしさがなくなってアルバートの機嫌も最近はよかった。
ドレスが出来上がり、夜会の日。
神子の支度が終わったと聞き、アルバートは神子の部屋に入った。
鏡の前にいる神子の後ろ姿に、今回のドレスのデザインを見せてもらえなかったアルバートはほっとする。
今日のドレスは首元や腕まで透けてはいるがちゃんと布があったからだ。
スカートも床まで引きずるような長さでちゃんと膨らんでおり、身体のラインが見えることはない。
少し濃いめの赤いドレスは、神子の白い肌によく映えていた。
スカートの裾に入ったシルバーの刺繍は、カリーナが考えたのだろうか。
少しスカートが揺れるだけでキラキラと輝いて美しかった。
ただ、何故か先にきていたリアムが渋い顔でアルバートに目線を投げてきていることが気になる。
「アル!今回のドレスどうですか?」
神子が言いながら振り返った瞬間、アルバートは絶句した。
前側のスカートの丈が太ももまでしか無かった。
前回の切り込みはたまに膝から下が見える程度だったのに、今回はそもそも布が太ももまでしかない。
先にデザインを知っていたであろうメアリに目線を飛ばすとすっと顔を背けられた。
「あっちの世界じゃこういうミニ丈のドレスってなかなか着れないから、思い切ってみたんです。」
アルバートの反応など全く気にせず、上機嫌で話す神子に怒りが湧きそうだった。
――あっちの世界でダメなものはこっちでもダメなんだよ。
この場で神子を叱りたいが、夜会の前に機嫌を損なうわけにもいかない。
やはり先にデザインを確認しておくべきだったとアルバートは後悔していた。
「アルバート殿下、今日はゲストも女性2人だけですし、姫の好きにさせてあげればいいじゃないですか。」
アルバートの機嫌を察して、メアリが説得するように言ってくる。
確かに、女性の友人と会うだけなら大目に見るべきなのかもしれない。
だが、今日2人の令嬢を招くために会場には騎士も配置している。
リアムがここにいるだけでもアルバートにとっては面白くないのに、他の男が見る場所に連れて行かなければならないのが嫌だった。
「アルもリアムも全然褒めてくれないんですね。
いいですよ、そんなに嫌なら今日は来なくて。」
「いいえ、絶対に行きます。」
唇を尖らせて不機嫌になる神子にアルバートは慌てて返した。
リアムも同じように返事をする。
ついていかないという選択肢はアルバートの中にはなかった。
むしろ、妙な男が近づかないかいつもより入念に見張る必要がある。
「殿下もリアム様も女心なんて全く理解できない生き物なんですよ。
姫が魅力的な格好をなさればなさるほど2人の機嫌が悪くなっていきますから、気にしたら負けです。」
メアリはアルバートとリアムをフォローしているのか、神子をフォローしているのか分からないことを言う。
それでも神子は納得したようにアルバートに手を差し出す。
「アル、エスコートしてくれますか?」
かしこまりました、とアルバートは神子の手をとった。
アップにした髪も、しっかりとした化粧もいつもの神子と違った魅力を感じる。
美しく微笑まれると抱きしめたくなるくらい、愛らしい。
――スカートさえ、足首まであればな…。
それ以外は文句のつけようなく美しい神子にアルバートはなんだか残念な気持ちになった。




