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それからしばらく、神子の要望通り無駄な会議には出なくなった。
神子殿の外に出るのも日課であるリアムの散歩のときだけだ。
最近はすっきりと晴れる日もあり、太陽も半分くらいではあるが徐々に戻ってきている。
夜の番のメイドいわく、神子は1人で夜泣いている日もあるらしい。
そんなことも我慢させていたのか、とアルバートは胸が痛くなった。
毎日、アルバートの部屋には大量の封書が届く。
そのほぼ全てがアルバートを茶会や夜会に招こうとする内容だ。
神子殿から出てこない神子にアルバートを通して接近したいのだろう。
アルバートはため息をつきながら、封書の宛名を確認していった。
その中に唯一神子宛の見慣れた家紋の封書を見つけた。
今日、この封書以外で中を見る価値のあるものはない。
ジェイに残りを捨てるよう指示し、その1通を渡しに神子の元へ向かった。
ソファーに座っている神子に後ろから抱きつくように封書をわたす。
最近、誰にも引き離されないことをいいことにアルバートは隙あらば神子に抱きついていた。
「カリーナさんからですね!ありがとうございます。」
最近の神子は文字の読み書きが出来るようになり、カリーナへの手紙も自分で書いている。
楽しそうに手紙を読み出す神子の表情が徐々に曇っていく。
「どうしました?」
「これ、カリーナさんじゃなくてカリーナさんのお兄さんからですよ。」
神子から手紙を受け取り、内容に目を通す。
クラウジウス子爵家の次男が差出人となっているその手紙には、現在処遇が決まっていないスタンを貰い受けたいと書いてあった。
スタンの領地を運営する手腕を利用したいらしい。
封筒にもよく見ると次男のレオンハルトの名前になっている。
神子に負担をかけないようにスタンの処遇については何も伝えていないにもかかわらず、この内容を見せてしまった。
アルバートは自分の爪の甘さに辟易する。
リアムも呆れたような顔でアルバートと視線を合わせた。
「すいません、俺のほうで対処しておきます。」
「あの、スタンさんに会わせていただけますか?」
神子が予想外のことを言い出す。
アルバートは深いため息をついた。
「それはあなたの本心ですか?
頼まれたからとか、スタンのことの責任を取らなければと思っているのなら連れていきません。」
神子はアルバートの厳しい目線に一瞬たじろいだが、本心です、としっかりと答えた。
神子に強く言われるときかないわけにもいかない。
それにスタンの処遇が決まっておらず、神子以外の人間が決めるわけにもいかず、エリオットやフレドリックから圧があったのも事実だった。
「会ってどうするおつもりですか?」
「本人の希望をまず聞きます。
本人が納得してないのにクラウジウス家に連れて行かれても、協力なんてしないでしょうし。」
たとえクラウジウス家にスタンが協力しなくても、それはクラウジウス家の責任だろう、とアルバートは思っているが、神子は違うらしい。
「お言葉ですが姫様、スタンは邪教に染まった人間です。
スタンが姫様に精神的な苦痛を与える可能性も考えられます。
書面でスタンに伝えるか、アルバート殿下に代理を頼まれればいいだけです。」
リアムもアルバートと同じく、神子とスタンを直接会わせることに反対した。
神子は不貞腐れたようにクッションを抱きかかえる。
リアムに反論しようにも言葉がないのだろう。
「…だって、カリーナさんのお家の話だよ。
どんな人なのか見ておきたいの。
カリーナさんに私みたいな思いをさせるようなことがあったらもっと辛いし。」
茶会にも夜会にも行くことなく引きこもっている神子にはカリーナとレティシア以外の知り合いはいない。
そのせいでカリーナへの思い入れが強くなってしまうのだろう。
神子の言うことも分かるが、神子が傷つく姿をアルバートは見たくなかった。
「でしたら、とりあえず書面をスタンに渡しましょう。
書面を交わして俺とリアムが納得する内容が返ってくれば面会する、というのはいかがでしょうか?
クラウジウス家もすぐに結論を出せと言っているわけではありませんから。」
神子は拗ねたように口を尖らせて分かりました、とつぶやいた。
とりあえずは納得したようでほっと胸を撫で下ろす。
リアムも不服そうではあったが、譲歩できる条件だったのだろう。
それ以上何か言うことはなかった。
アルバートはクラウジウス家への返信を、神子はスタンへの手紙を書くためにペンをとった。
出来上がった神子の手紙の内容は簡素なものだ。
クラウジウス家がスタンを貰い受けたいと言っていること。
父親の死について何か思うところはあるか。
神子のことを今はどう思っているのか。
その3つだけがまとめられた短い文章を神子は何度も熟考して書き上げた。
神子が急かすので、アルバートが直接スタンに手紙を渡しに行くことになった。
スタンは前にいた地下牢ではなく、貴族用の牢屋に入れられている。
すでに貴族籍からは外されているが、犯罪者として扱うべきなのか迷った結果こうするしかなかったということだ。
貴族用の牢屋には面会用の部屋があり、金網越しに会話できるようになっている。
アルバートはそこの椅子に座り、スタンが来るのを待った。
こうしてスタンと話すのは、地下牢で話したとき以来だ。
どう声をかけるべきかとも思ったが、慰めにきたわけじゃないと思い直す。
面会室の向かい側に兵士に連れられたスタンが入ってきた。
地下牢より清潔感のある服装と血色のいい肌に少しだけほっとした。
「スタン、お前に姫から手紙だ。」
まだ座っている最中のスタンに金網越しの下の方にあいた小窓から神子からの手紙をわたす。
スタンはそれを無言で受け取り目を通すと、ため息をついた。
「殿下が面会にきたと聞いたときはついに殺されるのかと思いましたが、姫様は私に情けをかけるということですね。
…何を考えておられるのか。」
「それは俺が1番聞きたい。
今、返事を書けるか?」
かしこまりました、とスタンは返事をして用意された紙にペンを走らせる。
スタンの大きなガタイに似つかわしく無い几帳面なその文字は学生のときのままで、アルバートに懐かしさを感じさせた。
「姫様とは上手くいっていますか?」
「…いっていると願いたい。」
話しながらも走らせていたペンが少し止まる。
アルバートの自信なさ気な返答に意外な顔をしていた。
「前にお会いしたときに『俺の姫』などと仰っておられましたから、すでに姫様はあなたの手腕の犠牲になったのかと。
学生時代のお姿からは考えられませんね。
私、これでもずっと殿下の女性関係についての経験のなさは心配していたんですよ。
ベッド以外で女性とまともな会話もしたことない男なんてそうそういませんから。」
アルバートは渋い顔になった。
同じ歳のスタンから見てもアルバートは経験のない人間と見られていたということだ。
犠牲になったという言葉も聞き捨てならない。
「犠牲ってなんだよ。
まあ、他の人間にも同じようなことを言われた。
女のころころ変わる気持ちとの付き合い方を覚えろってな。
あと、最近になって俺のベッドの上で右に出る者はいないとかいう噂もあるらしい。
姫の耳に入ったらと思うと昔のことは後悔してるよ。」
スタンは一瞬、驚いた顔をしたあと堪えきれないように笑い出した。
何がおかしい、とアルバートは渋い顔のままスタンを問いただす。
「いえ、最近まで知らなかったのかと。
社交界の人間ならみんな知ってる話ですから。
学生時代からベッドの帝王って呼ばれてましたよ。
まあそのあだ名をつけたのは私なんですけどね。」
悪びれることのなくスタンは言った。
思わぬところに原因を見つけてアルバートも笑ってしまう。
そこまで広がっているのならもう噂の出どころを突き止めたところで何も意味はないだろう。




