17
「姫、何してるんですか、くすぐったいですよ。」
神子はアルバートの首筋を噛もうと一生懸命歯を立てているのだが、酒のせいか力が入らず何度も皮膚の上を歯が行ったり来たりしている。
それがくすぐったくてアルバートは思わず身を捩った。
「仕返ししてるの、逃げないで。」
「いや、逃げるつもりはないんですけど…。」
どうも前にアルバートに噛まれたことを根に持っていたらしい。
アルバートは好きなだけ噛んでもらって構わないのだが、くすぐったくてどうしても逃げてしまう。
神子はずるいとつぶやいて、不貞腐れたように頭を肩に起き直した。
眠いのかアルバートの肩に頭を起きながら目をつぶっている。
「にしても、こんな弱い酒でよく泥酔出来ますよね。
俺にそこそこ飲めるって言ってたのはなんだったのか。」
「こちらに来たときもお酒で記憶飛ばしてましたから、きっとむこうの世界でも弱いんでしょうね。」
神子以外の3人はまだほとんどシラフのままだ。
アルバートは寝息をたてはじめた神子の頭をそっと撫でる。
こうやってゆっくり神子を抱きしめたのはリアムが犬になったとき以来だ。
気づけば外から聞こえる雨音もだいぶ静かなものになってきていた。
「なぁ、姫って俺のこと絶対に好きだよな。」
隣にいたリアムには抱きつかずわざわざアルバートのところにきて、抱きしめられなくて寂しいとまでいう。
これで好かれてなかったら神子の恋愛感を疑ってしまう。
「そうですね、俺が犬になったときには、すでに殿下以外見えてないって感じでしたけど。」
リアムに同意するようにメアリも首を縦に振った。
「それが分かってるなら邪魔するな。」
「若い2人の恋路を邪魔するのが、年長者の楽しみですから。
それにあのままにしてたらいずれ殿下が姫様のこと襲いそうで。」
笑いながらグラスを傾けるリアムとそれに頷くメアリ。
言い返すことも出来ず、アルバートも片手で神子を支えながら酒を飲んだ。
「まぁ、襲いそうなのは今も変わらないですが…。
姫は身体の関係とかなくてもよさそうですよね。」
メアリの言葉がアルバートに突き刺さる。
アルバートは神子ともし恋人になれたとしても、キス以上を求められる気がしなかった。
あの夜会の後も別にやりたくて誘ってきたわけじゃない。
「姫様の世界だと、閨教育とかどうなっているんでしょうね。
100年前の神子の感覚と同じわけではなさそうですし。」
アルバートに何か聞いていないかと言いたげに、リアムが視線を向けてくるが何も知らないアルバートは首をかしげて返した。
「あの方と同じ感覚でも困るでしょう。
リアム様、姫の前で脱げます?」
「脱ぐくらいなら余裕だな。
女とやれと言われると困るが…。」
酒の場だからか、リアムの前で性的な話をしだすメアリとそんな話にも顔色ひとつ変えていないリアム。
2人は意外と合っているのかもしれない、とアルバートは思った。
100年前の神子は芸術家だ。
何でも叶えると神官に言われて、裸体を書かせろ、愛しあう姿を書かせろと言う倫理観のなさはまさに芸術家らしい。
今の神子もデザインを考えているあたり、芸術家なのかもしれないが、やはり考え方が全く違うのだろう。
「姫に閨の知識が全くないとは思わない。
まあ、実際に経験したことはなさそうだが。」
夜会の日のことを知っているメアリは頷く。
リアムも何か察したのかそれ以上聞いてこなかった。
「でも、姫がシラフの状態でいいと言うまでは、襲わないでくださいね、殿下。」
分かっている、と言うアルバートに2人は訝しげな目線を向けた。
相変わらず全く信用されていない様子に思わず笑ってしまう。
「はぁ、私もまた恋愛したいです。
兵士の中にいい男いません?
こう、シュッとした感じのかっこいい人。」
メアリが話題を変えるように言い出す。
別れたというのはフレドリックの嘘だとアルバートは思っていたが、実際に別れたらしい。
メアリも今年で25だ。
結婚相手を探す年齢としては少し遅いくらいだ。
「軍には独身が多いからな。
メアリみたいな女性が合うやつも多そうだ。
どんなやつがいいんだ?」
「女心が分かってて、まめで、実家がうるさくなくて、長男じゃなくて、女遊びしなくて、髪は金髪以外で、タレ目で…」
どんどんと出てくる条件をリアムが1度手をかざして止める。
全部がフレドリックと真逆をいく条件にアルバートは笑いそうだった。
「ちょっとまて、条件が具体的すぎるだろ。
最近失恋でもしたのか?」
「そうなんですよ!
リアム様、聞いてくれます?あのクソ男の話!」
フレドリックとメアリの関係を知らないリアムに、相手が誰かを伏せてがんがん愚痴を言い出すメアリ。
フレドリックの気の利かない性格や粗雑な仕草への文句がつきない。
男が聞くには少し耳の痛い内容だ。
「商売女もしょっちゅう買っていたみたいですし!
せめてやるならバレないようにやれって思いません?」
「まあ、男なんて誰でもそんなものだ。
部屋の中を見られて不味いものが見つからない男の方が珍しい。
見つけようとしないほうが幸せだろう。」
神子のことだけが2人の破局の原因ではなかったようだ。
アルバートからみた2人はずっと仲がよかったが、結局内情は本人たちにしか分からないのだろう。
メアリはリアムの返答に納得してないように眉を潜めた。
「リアムの言う通りだな。
商売女を買っているからって恋人への思いが減るわけじゃないんだよ、男は。」
「殿下みたいな倫理観の欠片もない、年中ベルトを外しっぱなしにしてるような、しょうもない初恋童貞に言われても響かないですね。」
アルバートの意見はスパッとメアリに鼻で笑いながら切り捨てられた。
それと同時にリアムも吹き出すように笑い出す。
――こいつら不敬罪で捕まえてやろうか。
心の中でそう思いながらも、反論する言葉はアルバートにはなかった。
その後も普段、神子がいるときは出来ない下品な話で3人は盛り上がった。
メアリ以外の2人に酔いが回ってきたところで、ずっとアルバートが抱きかかえていた神子をベッドに寝かせ、その日は解散した。
次の日、アルバートは昨日の神子を思い出して自然と緩む頬を抑えながら、いつもより少し早い時間に神子の部屋に向かった。
ノックして返ってきたのはリアムの声。
部屋の中に入っても神子はいない。
「今、風呂です。昨日、あのまま寝てしまいましたから。
殿下、顔にやけてますよ。鏡見ます?」
リアムに指摘されて思わず口元を抑える。
早く神子に会いたくて仕方がなかった。
「おはようございます、アル」
風呂から戻ってきた神子はいつも通りだった。
挨拶を返しながら、酒で昨日の記憶を飛ばしていないか心配になる。
そんなアルバートに神子は近づき、耳元に向かって背伸びしてきたので軽く屈んだ。
「昨日のことは忘れてください。」
神子は全て覚えていたらしい。
一生懸命に背伸びをする姿も愛らしくて、アルバートは神子を抱きしめた。
「絶対に嫌です。
姫のご要望通りいっぱいぎゅってしてあげますね。」
からかうように言うと、神子の首筋が真っ赤に染まっていく。
アルバートは石鹸のいい匂いがする首筋に軽くキスした。
外は相変わらずの雨模様。
分厚い雲が空を覆っているせいで今、太陽がどんな状況かも分からないし、神子の心中はまだ穏やかとは言い難いのかもしれない。
それでも、自分が抱きしめることが神子の心を解かすひとつの鍵なのだとしたら、アルバートにとってこれほど嬉しいことはなかった。
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