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「何があったのか非常に気になりますが…。
アルバート殿下が酒に弱いとは意外です。」
神子の態度から何か察したようにリアムがアルバートを軽く睨む。
何もないと説明しても通用しないような目をしている。
そこにメアリが酒やツマミを乗せたワゴンを持ってきた。
神子が前飲んでいた甘い酒と、メアリの好きな強いだけの酒がテーブルの上に並んだ。
強い方の酒のボトルを神子が持ち上げる。
「これ、初めてみました。
これにしようかなー。」
アルバートはそっとそのボトルを神子から取り上げる。
絶対にこんな酒を飲めば神子はすぐ潰れるだろう。
「これはメアリくらいしか飲まないまずい酒ですから。
こっちにしときましょう。」
前に好きだと言っていたいちごの酒を薄めに作って、手渡す。
神子は文句を言っていたが、気にしないことにした。
メアリはそんな神子とは対象的に、強い酒を割る気があるのかというくらいの水で割っている。
そんなメアリに呆れながらリアムとアルバートは常識的な範囲内で自分の酒を作った。
「じゃあ乾杯!」
グラスを差し出してくる神子に軽くグラスをあてて、ひと口だけ口づける。
メアリは一気にグラスをあけて、すぐに次の酒を作り出していた。
「メアリ、男前ですね…。」
メアリを見て少し引いたような表情をしていた。
男でもこんな飲み方をするやつはいない。
アルバートからしたらここまでやって酔えないのに、酒が好きなのもよく分からなかった。
「一応、酔う前に自分への戒めとして聞いておきたいんだけど、私は今日何人殺したの?」
神子の顔が先ほどと違いぐっと暗くなる。
誰も神子に今日の経緯を説明していなかったことにアルバートは気がついた。
「カルノーひとりだけです。あとは全員無傷でした。
スタンも生きています。」
リアムが簡単に説明すると神子ははぁっと息を吐き、天井を見つめた。
よかったとつぶやくとゆっくりと目から涙がこぼれ落ちる。
ずっと罪のない人間を殺してしまったと罪悪感に苛まれていたのだろうか。
カルノーしか死んでないことでアルバートたちが太陽のことに目がいき、神子に説明していなかったことを反省した。
「心置きなく飲めそうです。」
そう言ってぐっとグラスを傾けた。
あまりハイペースになりそうなら止めなければいけない。
この間はアルバートと2人だからあんな酔い方だったのか、神子が酒癖が悪いのかは分からないが、どちらにしても飲ませすぎると良くない気がアルバートはしていた。
「神様にね、言われたんです。
近しい人間に本音を話してみたらどうだって。
だから、面白くない話だろうけどちょっと付き合ってほしいんです。」
そう言う神子の顔はいたく緊張している。
それを見たリアムとアルバートは軽く背筋をただし、メアリもさすがに酒を飲む手をとめた。
「私、人に嫌われたくないんです。
自分が嫌いな人にも出来れば好かれたい。
それがこっちに来てから知らない人に恨まれてるし、殺そうとしてる人までいるし、もう精神的にいっぱいいっぱいなんです。
天気は何となく抑えれるようになったけど、魔素は降らせられなくて。
でも、一生懸命我慢し続けたらこんなことになって、もうどうしたらいいか分からなくて。」
俯く神子の背中をリアムがそっと撫でる。
「…もう帰りたい。」
つぶやくような声だった。
これがずっと神子が抱えてきた本音なんだろう。
どれだけ願われても帰すことも出来ない、かける言葉も見つからない。
先ほど号泣したことで、流す涙がなくなったのか神子が泣くことはなかった。
「悪いことばっかりじゃないのも分かってるんです。
アルにもリアムにもメアリにも出会えたし、カリーナさんとレティシアさんともお友達になれました。
向こうの世界だったら出来なかったドレスのデザインもさせてもらえたし。
本当によくしてもらえて、感謝しています。」
グラスに残った酒を神子は一気に飲み干して、そっとグラスをテーブルに置いた。
アルバートは新しい酒を作って神子に手渡す。
前飲んだときと同じく飲みたい気分なんだろうと思い、わざと先ほどより少しだけ濃いめに作った。
「あの、少しの間だけでいいんで、楽しい時間だけを過ごしたらだめですか?
慣習とかで会議とか、処刑とか今まで参加してきましたけど、もう自分の知らない人に会いたくない。」
「もちろんです。
姫のお気持ち以上に優先するものはこの世にありません。」
アルバートは即答した。
軍事会議以外にも、政治的な会議にもなんども神子は呼ばれていた。
自分をどういう目で見ているか分からない人の前に出るのはストレスだったのだろう。
出席を求められていること自体を神子の耳に入らないように配慮しようとアルバートは決めた。
「姫、新しいドレスも作りましょう。
ドレスに合うアクセサリーもデザインしてみませんか?
また、カリーナ様とレティシア様をお呼びして、3人で夜会したらきっと楽しいですよ。」
メアリの提案にありがとう、とつぶやきながら神子は微笑む。
アルバートたちに今から出来ることは、神子の幸せな時間を増やすことだけだ。
神子に割り振られた予算はかなり余っている。
ドレスやアクセサリーを揃えることくらい簡単な話だ。
「もっとわがままでいいんですよ。
姫様は聞き分けがよすぎます。
行きたくない場所は行かない、会いたくない人には会わない、辛いときは辛いって言う、それでいいんです。
この世界に尊きお方は神と神子のみ。
あなたが白といえば黒いものも白くなります。」
神子の頭を撫でながら、リアムは優しく話しかける。
そろそろ神子の隣に座れないかとアルバートはリアムに目線をやったが、すっと目をそらされた。
2杯目のグラスをちびちびと飲む神子の顔がほのかに赤くなっていく。
3杯目は弱めに作ったほうがよさそうだ。
そこから神子は向こう世界の話をいろいろしてくれた。
向こうの世界では鉄の塊がとんでもない速さで走ったり、飛んだりしているらしい。
デンキというものがあり、夜も昼のように明るくしたり、遠くの人と会話できたりするという。
そんな便利な場所からきたので、神子から見るとこちらは不便な世界らしかった。
話している神子は楽しそうで、可愛らしかった。
話している間に酒も進む。
4杯目のグラスをあけた神子は首まで真っ赤になっていた。
5杯目を作ろうとした神子をアルバートはとめる。
「姫、そろそろやめておきましょうか。」
「じゃあ、アル、甘やかしてー。」
ぎりぎり呂律がまわっている程度の口調でふらふらと立ち上がり、アルバートの膝の上に乗ってくる神子。
「飲みすぎです。」
アルバートと向かい合うように膝の上に乗る神子を後ろに倒れないように背中に手を回した。
神子に飲みすぎを注意しながらもアルバートは緩む頬を抑えられなかった。
「殿下、すっごい気持ち悪い顔してますよ。鏡見ます?」
メアリが冷やかすように言ってくる。
それでも顔のにやけは収まらなかった。
「最近、アル全然ぎゅってしてくれない。寂しい。」
アルバートの肩に頭を起きながら拗ねたような口調で言ってくる。
――2人きりだったら絶対に襲ってる。
ここにリアムとメアリがいることがよかったのか悪かったのか。
要望に答えるように、アルバートは神子を抱きしめた。
「すいませんでした。
姫はこうやってしてほしかったんですか?」
肩口に乗った頭が縦に動く。
神子が望んでいるとなれば、リアムもメアリも反対はしないだろうとアルバートは2人を見た。
2人ともアルバートの思考を見透かしたように、冷めた表情でアルバートのことを見ていた。




