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「魔素が降り止んだな。」


ジャケットやベルトを身に着けながら部屋の外に出てきたアルバートに先に待っていたフレドリックが話しかけてくる。

アルバートが外を確認するとたしかにもう雪しか降っていなかった。

心なしか降っている雪の量もさっきより増えた気がする。


「知らない場所に来たことを認識したせいでしょうな。

魔素が安定して降るには時間がかかるものですから。」


窓の外を眺め残念そうに話すニコラス。

老体に廊下の寒さが堪えるのか身体を擦っていた。

アルバートはそうしている間も部屋の中にいる神子が気になって仕方がなかった。

ドアの方にずっと目を向けてしまう。

そんなアルバートを不思議そうな顔でフレドリックが覗き込んできたので、誰から見てもおかしな態度なのだろう。

このままおかしな態度を続けるわけにもいかないのでニコラスならなにか知っているかもしれないと聞くことにした。


「神官長、俺、なんか神子が召喚されてからおかしいんです。

異常に神子に執着してしまいます。」


一目惚れというには激しすぎる感情の波をアルバートは感じていた。

だいたい光の中の影に一目惚れするなど聞いたこともなかった。


「神子の従者にはよくある話です。

従者の病といって、神子を守るために片時も側を離れなくなるそうです。

出来るだけ、神子の側にいて差し上げてください。」


昔、聞いたことのある話のような気がした。

その話の中では恋というより忠誠心に近いものだと思っていたが、患った従者にしかこの感覚は分からないのかもしれない。

アルバートは前の神子を失ったせいで、神からかけられた呪いだと思うことにした。



神子の着替えが終わったのかメアリが3人を呼びにきたので、部屋に戻る。

椅子に座らされた神子は先程よりも落ち着いた表情をしていた。

丸いテーブルを中心に神子の正面にはニコラスが、両サイドにはアルバートとフレドリックが座った。


「初めまして、姫様。わしは神官長のニコラスといいます。

姫様を呼び出した張本人だと思ってください。

あと、こちらにおられるのが、この国の第1王子のフレドリック殿下、先ほどまで姫様と一緒にいたそちらの方が第2王子のアルバート殿下です。」


落ち着かない様子の神子にゆっくりとにこやかに話しかけるニコラス。

それでも神子はきょろきょろと部屋を見回しながら、困った顔を浮かべていた。


「姫様、お腹が空いていたりしていませんか?

あと部屋の温度がはいかがですかな?

お困りのことがあればなんでもいってください。

我々で対応できることであれば何でもいたします。」


さらに話すニコラスに神子は何を言おうか考えているようだ。

神子は出された紅茶をひと口すすってから口を開いた。


「あ、あの、困ったことっていうか、聞きたいことはたくさんあります。

ここってどこですか?『姫様』ってなんですか?

あと、アルビノみたいな見た目になっちゃったのはどうして?

それに、呼び出したって言うのも意味が分からないです。」


疑問だらけだったのだろう。神子は矢継ぎ早にニコラスに質問した。


「まず、こちらの世界にきていただいた経緯からお話させていただいても?」


ニコラスは頷く神子を見てからこの世界の現状について話し出す。

神子がいた世界とここは全く違う世界であること、魔素が気温を保つこと、神子しか魔素を降らせられないこと、召喚の儀式によって呼び出したことを分かりやすい言葉で丁寧に神子に説明した。


「……というわけです。

姫様のいうアルビノが何かは分かりませんが、見た目が変わったのは召喚の影響かと。

他の神子様の文献でそのような記述を見たことがありませんので、断言は出来ませんが…。

女性の神子様のことを姫様と呼ぶのは昔の神子様がそう呼べと仰ったからです。

他に呼ばれたい敬称があれば仰ってください。」


神子は説明を口を挟まずに頷きながら聞いていた。

時折、首をひねったり眉間にシワをよせたりと納得できない部分が多々あったようだ。

説明が終わった後も返事を返さず、ずーっと天井を見て何かを考えている。


「やっぱりこれって夢かな…」


天井を見つめたまま、神子が独り言のようにいった。

すぐに受け入れることは出来なかったらしい。


「姫様、あまり深く考えすぎずに。

夢ならばいずれ覚めますから、ゆったりとお過ごしになられてはいかがですか?」


ニコラスの言う通り、夢だと思ってもらったほうが都合がよさそうだ。

神子もニコラスの言葉で何か納得したような顔で目線を天井からニコラスに戻した。


「たしかに、これが夢なら何もしなくていいですよね。

でも、もし現実だったら?

現実だって気づいたころには手遅れになっているかも。

ちなみに元いた世界に帰れる手段ってあります?」


神子から出た言葉は予想内の範疇だが、聞きたくない言葉でもあった。

急に連れてこられた神子からしたら当たり前のひと言だろう。

だが、神子が去ったら死が確定しているこちらの人間からすると1番辛い。

前の神子からも同じ言葉を言われたことを思い出す。


――帰る手段が無いことを知ったら前の神子と同じように泣き暮らすようになるんだろうか。


アルバートの心の中で今の神子と前の神子と重なり、暗い影が落ちた。

前の神子には両親に会わせてくれ、友達に会わせてくれと何度頼まれたか分からない。

食事もろくにとらず、泣き暮らし、痩せ細る神子をただ見ているだけしか出来なかったことを思い出す。


「申し訳ございませんが、我々が神からいただいたのは召喚の魔法陣のみ。

元の世界にお帰しするは出来ないのです。」

「じゃあ、その召喚の魔法陣のところまで今から連れて行ってください。」


ニコラスの言葉を予期していたような返しだった。

魔素を必要としているこの世界の人間がそう簡単に帰してくれるわけがないと思っているような、信頼されていないことだけがアルバートには伝わってきた。

どうしようもない虚しさがこみ上げる。


「かしこまりました。メアリ、姫様にコートを。」


ニコラスのひと言でアルバートたちは立ち上がった。

フレドリックも神殿までついていくつもりのようだ。

各々コートを羽織り、部屋の外にでる。


部屋いた5人と部屋の外に控えていた警備の騎士何人かで神殿に向かった。

神子は寒かったのか鼻を真っ赤にして、両手を顔の前で擦っている。

アルバートは今すぐ、抱きしめて温めてあげたい衝動に駆られながらも神子のすぐ横をくっつくように歩いた。

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