12
アルバートは、神子が寝てから地下牢に足を運んでいた。
相変わらず湿度が高く、妙な臭いがするこの場所に嫌気がさす。
アルバートの目当ての人物はその1番奥にいた。
「スタン、起きているか?」
呼びかけられたスタンはゆっくりとベッドから起き上がり、アルバートを睨みつけた。
アルバートは神子に従者の病を治った後、それまで殺したいほど憎かったスタンのことが気になっていた。
きっとあの神子への服従心がそうさせていたんだろう、と今になって気がつく。
かつての友人の言葉ひとつ聞かずに、処刑してしまうところだったと、このタイミングで病を治してくれた神子にアルバートは感謝していた。
「こんな状態の俺を笑いにきたのですか?」
嫌味っぽく笑いながら、笑うスタン。
汚い服に伸びたヒゲ、恰幅のよかった身体もひと回り小さくなったような気がする。
彼の姿にもう貴族だった頃の面影はなかった。
「いや、今の辺境伯の動きを伝えておこうと思って。」
「反乱でも起こしましたか?」
間髪入れずに返ってきたスタンのひと言に、知っていたのか、とアルバートはつぶやく。
スタンが捕まったから反乱が起きたのかと思っていたが、スタンの件はカルノーにとって反乱を起こす都合のいいきっかけに過ぎなかったということだ。
「結果、お前の親父は捕まったよ。
今、こちらに連行されている最中だ。
何故、止めなかった?
カルノー家の戦力だけでは太刀打ちできないことくらい分かっていただろう?」
戦は一騎当千の兵士がいるよりも結局、数が大事だ。
王国は反乱を起こされないように各領地の戦力を分散させ、規定の兵数以上にならないよう管理もされている。
仮にリアムの軍に打ち勝ったとしても、他の軍にやられるだけだ。
「本当はあの夜会のときに、他の貴族たちも一緒に宣戦布告する予定でした。
神子の落とした雷にみんなビビったんでしょうね。
誰も声をあげなかった。
結局、神子が魔女だと思っていたのは俺と親父だけで、他の連中はただ中央の利権が欲しかっただけなんでしょう。」
「他の貴族って誰のことだ?」
アルバートの追求にスタンはペンをとって紙に何かを書きつけ出す。
そしてそれをアルバートに渡した。
「そこに書いてある人間で俺が知る限りは全てです。
証拠になるものは提示できませんから、参考程度にしてください。
神子への償いにならないことは分かっていますが、最後に少しでも国の力になれれば…。」
罪人であるスタンの証言は何かしらの証拠がないと認められない。
アルバートは書いてある名前をひと通り見てから受け取った紙をポケットにしまった。
「協力的だな。
今日は神子は魔女だとか言わないのか?」
スタンは無言で床に置かれた紙の束を指さした。
それは神殿が管理していた過去の神子に関する非公開の文書の写しだった。
内容は神子にたいする拷問の結果を細かくまとめたものだ。
「誰がこれを?」
この文書は王国の負の歴史であるとして、一部の人間にしか公開されていない。
アルバートは罪人のスタンがこれを持っていることが不思議だった。
「神官長です。
神子のことを勘違いしたまま、死ぬ人間がいることが嫌だとこれを置いていかれました。
まさか神殿が神子を拷問して実験していたなんて、それもこんなにも細かく状況を残してあるなんて…。
もっとこれを早く知っていれば、あんなことしなかったのに。」
そう言って、スタンは泣き出した。
そんなかつての友人の姿にアルバートは胸が痛くなった。
子供の頃には一緒に庭を走り回り、学生時代にはくだらない話で毎日笑いあえた。
ふざけすぎて、メアリに正座させられて説教されたことも今となってはいい思い出だ。
16歳で神子の従者に選ばれたときも態度を変えなかったのはスタンだけだった。
大人になって立場がかわり、会えなくなってからもその思い出は色褪せない。
アルバートは無言で天を仰ぎ見る。
今にも涙がこぼれおちそうだった。
「殿下、俺は打ち首でしょう?
最後は殿下の手で終わらせてください。」
「無理だ、スタンも俺の剣の腕知ってるだろ?
俺の大事な姫を傷つけたお前のことは嫌いだ。
でも、苦しむ姿を見たいわけじゃない。
お前の最後はちゃんと見届けるから。」
スタンはありがとうございます、と深く深くアルバートに頭を下げる。
スタンが命乞いしなかったのがありがたかった。
たとえ命乞いされたところで助けることはないが、心に暗い影を残すことは確実だ。
「スタン、俺は誰が何と言おうと最後までお前のこと、友人だと思ってる。」
スタンの叫び声のような泣き声を背にアルバートはそっと地下牢を出た。
「殿下、こんな時間にどこ行ってたんですか。」
部屋でアルバートの帰りを待っていたのであろうジェイに文句を言われる。
アルバートはため息をつきながら椅子に腰掛けた。
「スタンに会いに行ってきた。」
アルバートの言葉にジェイは何も返さなかった。
スタンを子供の頃から知っているジェイもいろいろと思うところがあるのだろう。
「最後に話せてよかった。」
そうですか、と返しながらジェイはアルバートの前に酒が入ったグラスを置いた。
「私、明日休みで飲みたい気分なんです。
付き合ってください。」
そう言いながら、自分のグラスを手にアルバートの正面に座るジェイ。
アルバートの気持ちを組んでくれたのであろう行動が嬉しかった。
「スタンはどんな様子でした?」
「だいぶまいっている様子だった。
あんなにでかい男がなんか小さく見えたよ。
神子にしたことについては、いろいろと真実を知って反省してたみたいだ。
まあ知るのが遅すぎたが。」
あの神子への拷問の文書はジェイすら知らないものだ。
だが、何となく察したのか、ジェイが深く聞いてくることはなかった。
「あと、これを。」
スタンから受け取った紙をジェイに手渡す。
ジェイは紙に書いてある名前を見ながら、意味が分からなかったのか首をかしげていた。
「そこに書いてあるのはカルノーと一緒に反乱を起こそうとしていた貴族だそうだ。
結局、夜会のときに姫の力を見て、ビビってやめたらしいが。」
「何か証拠になるものは?」
ジェイの問いにアルバートは首を降る。
「ない、それにあったところで何もしてないからな。
捕まえたところで対した罪にはならないだろう。
スタンいわく、こいつらは妙な宗教に洗脳されているわけではなく、中央の利権を狙っているらしい。
監視しておいて損はないと陛下とリックに伝えてくれ。」
御意、とジェイはアルバートに返事をした。
アルバートはスタンの言う事を疑ってはいなかった。
最後、死の淵に立たされたとき、アルバートに嘘を言うような男ではないと信じている。
神子に償いたいという気持ちも本当だろう。
――結局俺は、何だかんだ言いながらスタンのこと嫌いになれなかっただけだな。
だが、エリオットとフレドリックは違う。
2人が罪人の言う事をどこまで信用してくれるのか、アルバートには予想ができなかった。
「心配なさらなくてもスタンの言う通りなら、カルノーも尋問すればすぐに貴族の名前を吐くでしょう。」
ジェイはアルバートの思いを察したようだった。
それから2人でアルバートの子供の頃からの思い出話に花を咲かせた。
スタンとアルバートが幼少のときのことをジェイはよく覚えていた。
2人にやられたイタズラの話や、学生時代に夜2人でいなくなった時にジェイが探し回った話。
とにかく2人は悪ガキで困らされたという愚痴のような話ばかりだったが、それはそれで楽しかった。
近日中にアルバートは友が死ぬ瞬間に立ち会う。
神子を罵倒したことについてはやはり許せそうもないが、きれいな思い出と許せない思いどちらも持ったままスタンを見送ってやろうとアルバートは心に決めた。




