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「そうでしたか。
アルへの思いは断ち切れそうですか?
本人に思い切り嫌味、言ってみます?」
意外と神子は冷静で、なんならレティシアの味方をしている。
神子が傷ついていないのならいいが、それでも嫌味を言われるかもしれないアルバートの心境は複雑だ。
「いいえ、もう未練はありません。
あのアルバート殿下がわたくしと同じようなご苦労をなさっていると思うと溜飲を下がりましたわ。」
アルバートの一方的な片思いだとレティシアは認識したらしい。
あながち間違いではないのが悔しかった。
「じゃあ、今からはレティシアさんのご婚約記念パーティーにしましょう!
相手がどんな方か教えてくださいね。」
神子のひと言をきっかけにカリーナもレティシアの結婚相手について質問しだす。
レティシアも恥ずかしそうにいろいろ答えているのが、なんだか楽しそうだった。
きっと婚約者との仲が悪いわけではないのだろう。
神子も同世代の友人と話すことが楽しいのか、いつも以上に降る魔素の量も多い。
――これは男が近くにいなくて正解だな。
リアムと顔を見合わせてバレないように、そっとその場から2人で立ち去った。
茶会が終わったあと、アルバートとリアムも加わって2人の令嬢を見送る。
レティシアはアルバートの姿を見るとよってきて他の人に聞かれないような小さな声で話しかけてきた。
「殿下も好きな女の前では、鼻の下を伸ばすただの男だったようで、わたくし、幻滅いたしましたわ。」
それだけ言って、カリーナと楽しげに帰っていく。
嫌味をいう気はもうないと言っておきながら、最後の最後にきちんと嫌味を言ってくるあたり相変わらずだと思いながら、その背中を見送った。
部屋に戻り、ドレスから普段着に着替えた神子は疲れたのかだらりとソファーの肘掛けにもたれかかっていた。
「メアリ、また今度、カリーナさんとレティシアさんとお話しできますか?」
神子は相当楽しかったらしく、次の茶会のことをもう考えているらしい。
メアリのはい、もちろんです、という返事に嬉しそうに微笑んでいた。
「レティシア嬢と姫は合わないかと思っていたのですが…。」
あのいかにも貴族のご令嬢といったタイプのレティシアと神子が合うとはアルバートは思ってもいなかったが、神子はまた3人で茶会をしたいようだ。
「いえ、ドレスのデザインについても率直な意見をたくさんくださいました。
カリーナさんとまたデザインを練り直さないといけないくらいですよ。」
たぶんデザインについての率直な意見というのは嫌味だろう。
なんとなくカリーナとレティシアの仲がいいこともわかった気がした。
嫌味の通用しないタイプに、レティシアのようなタイプは弱いのかもしれない。
和やかな空気の中、リアムだけはずっと不機嫌な顔をしていた。
茶会で神子に言われたことを根に持っている顔だ。
「リアム、おいで。」
そんなリアムに気がついたのか神子がリアムを呼んだ。
座った神子に目線を合わせるようにリアムがしゃがむと、小さな手でその頭を撫でる。
また犬の機嫌でもとっているつもりなのだろうか。
「今日はどうしてそんなに機嫌悪いの?」
神子は茶会での話を聞かれていないと思っているのだろう。
それを見ながらアルバートは笑いを抑えた。
メアリも同じ様に耐えているのだろう、下を向いて肩を震わせている。
リアムが大きなため息をついた。
「まず、俺はまだ30です、おじさんではありません。
あと、姫様の犬ではありますけれど、動物の犬になったつもりもありません。
毎日の散歩も連れて行っていただかなくて結構です。」
言い切ったリアムに頭を撫でていた神子の手が止まり、表情も穏やかな顔から焦った顔に変わっていった。
アルバートもメアリも結局耐えきれずに声を出して笑い出す。
「い、いつから聞いてたの?」
「ドレスのデザインをしてるときからです。」
神子は拗ねたようにソファーの上のクッションをぎゅっと抱きしめて、リアムから目をそらした。
「最初からじゃない!
アルも聞いてたんですか?」
アルバートもすいません、と返すと不貞腐れてそのままクッションに顔を埋めだした。
「でも、リアムも楽しそうだったもん…。」
それは、とリアムは言葉に詰まった。
祝福を授かってから神子に付き従うことに幸福を感じるようになったが、神子が重用するのはアルバートばかり。
本を代読も、手紙の代筆も身の回りの世話はアルバートの仕事だ。
だが、散歩の時間だけは神子は必ずリアムを呼び、リアムに世話させる。
神子の言う散歩がリアムにとって、神子に従うことの幸福を得られる貴重な時間であることは事実だ。
アルバートのように愛してるだとか、そんな思いはないが神子の隣を独占できることは素直に嬉しい。
それでも、本物の犬だと思われるのは不本意だった。
「それは、あなた様に付き従うことが幸せなだけです。
決して、犬として散歩を楽しんでいるわけではありません。」
「じゃあ散歩やめる?」
クッションから顔をあげた神子の提案に、少し間を置いてため息を付きながら結局、行きます、と答えてしまうリアム。
アルバートが声をあげて笑っているのがうるさかった。
――もう本当の犬とあまり変わりないかもしれない。
相変わらずしかめっ面をしたリアムの機嫌を取るように神子が撫でる。
それに幸せを感じていることもなんだか悔しくて、神子に意地悪したくなった。
「姫様がそうやって撫でるのも好みの顔が眺められるからですよね。
どうぞ思う存分、お近くでご覧になってください。」
そう言ってからかうと、神子の顔は真っ赤に染まっていく。
そんな神子とは対象的に先ほどまで笑っていたアルバートは嫌なことを思い出したような、渋い顔に変わっていた。
「…次のお茶会のとき、リアムはお留守番ね。」
またクッションに顔を埋めて拗ねだしたのも見て、リアムは溜飲が下がった。
だが、すぐに何かを思い出したかのように顔をあげる。
「あ、こないだアルの従者の病を治すときに、病と祝福はどういうものなのか神様に聞いてきたの。
神様いわく、本人に元からある神子へのプラスな感情、もしくは今後現れるであろう感情を100%まで高めるものだって。
だからリアム、私が犬にしたんじゃなくて、あなたが犬になりたがってたってこと。」
神子はソファーから起き上がり勝ち誇ったように腰に手を当ててリアムを見下ろす。
どうしてもリアムにからかわれたまま終わりたくなかったのだろう。
――妹がいたらこんな感じなのかもな。
神子に可愛らしい仕草でマウントを取られるともう言い返す気にもリアムはならず、はいはい、と適当に流した。
それに、自分から神子の犬になりたがった事実はないが、神がいうなら将来的には自発的に犬になっていたんだろう。
「姫、そろそろ好みの顔じゃないって言われた俺のことも慰めましょうか。」
アルバートがリアムと神子の間に割り込んでくる。
今日の神子はアルバートにも負けたくないようで、一生懸命言い訳を考えているようだった。
リアムは2人を見ながらふっと自分がほんの数日前まで軍人だったことを思い出す。
魔素が減りだしてから、エヴァレット王国では領地を巡る内乱が増えていた。
軍人になってから14年、同僚の死も何度経験したか分からない。
昨日まで同僚だった人間が、急に敵になって斬らなければならないことも多々あった。
今日、死ぬかもしれないと思わなかった日はない。
たくさんの屍を踏み台にして出世もした。
だが、今それを全て手放している。
そして、軍団長として過ごした日々よりも今の平穏な毎日が幸せだった。
――この平穏が一生続きますように。
まだ言い争うアルバートと神子を見ながら、平凡な幸せが続くことをリアムは願っていた。




