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部屋を出て、神子の部屋の前でノックをしようと手をあげたまま固まった。

ただノックをするだけのことなのに、手がなかなか動かない。

なかなか部屋に入ろうとしないアルバートを、部屋の前に立つ兵士たちが不思議そうな目で見ているのを感じる。


――大丈夫、神子は従者としておいてくださると言ったんだから。


自分に昨日リアムに言われた伝言を言い聞かせ、ゆっくりとノックした。


「失礼致します、アルバートです。」


リアムの声で返事が聞こえる。

いつも神子の声ではなかったことがまたアルバートの胸を締め付けたが、落ち着いてドアノブを回した。


「おはようございます、姫。」


ソファーに座っている神子に歩み寄り、いつも以上に深い礼で挨拶した。

神子はどんな顔でアルバートを見ているのだろうか。

昨日最後みた怯えた表情だろうか。

そう思うと恐怖で神子を見れず、顔があげられない。


「おはようございます、アル。

座ってください。」


2人掛けのソファーに座った神子は、アルバートを座らせるために少し横にずれて座り直した。

だが、アルバートはそこには座らず、そのまま神子の前に跪く。


「姫、昨日は申し訳ございませんでした。

如何様な罰も受けます。」


神子は何も言わずにアルバートに手の甲を差し出した。

アルバートはその手にキスを落とす。

手の甲へのキスは敬愛の証だ。

また仕えろということだろうか。

神子の顔を覗き込むように見上げれば、微笑んだ顔と目があった。


「許します、っていうか怒ってなんていません。

怒ってたのはアルの方です。

もう謝らないでください。」


座って、とまた神子の隣を指し示され、アルバートは大人しく従った。

そして甘えるように両方の腕を神子の腰に手を回した。


「もう、あんな怖がらせるようなことしませんから。」


ぴったりと上半身を神子につけながら耳元で言うと、神子の耳が真っ赤に染まった。

初めて照れる神子を見たような気がして、愛おしさが増す。

だが、それを邪魔するように、リアムのため息が後ろから聞こえてきた。


「姫様、殿下をもう甘やかないと約束したでしょう。

流されてどうするんですか。」


リアムはあの後、神子に説教していた。

アルバートがああいった行動に出るのは、恋人のように接することを許している神子のせいだと。

それなのに急に部屋に入れる男を増やしたり、アルバートを遠ざけようとすれば嫉妬心で暴走するのは仕方がないと。

アルバートを従者として仕えさせるのなら、従者としての距離感を保つことをリアムは神子に約束させていた。

それに神子も納得していたはずだ。

にも関わらず、最初から流されて、大人しく腰を抱かれている神子にリアムは呆れてしまう。


――神子も殿下もどんな情緒してるんだ。


昨日は怯えた顔をしていたのに、普通にアルバートに接している神子と、先ほどまでしおらしい態度をしていたのに、神子に許されるとすぐに元の調子に戻るアルバート。

2人ともが何を考えているのか分からず、リアムは頭を抱えた。

単なるバカップルのケンカの仲裁に付き合わされただけだったようだ。


「姫、病が治っても俺の姫に対する愛は変わりません。

姫にまた甘やかされたいです。」


リアムは甘やかすなと神子に言っているみたいだが、神子が甘やかしたいのならリアムのことなんて関係ないだろう。


――もしかしたら姫も俺のこと…。


あれだけのことをしでかしたのに、従者からは外されず、今日また隣に座ることも許されている。

アルバートは淡い期待を抱いていた。


神子は顔を真っ赤にしたまま、俯いていた。

アルバートはそんな神子が可愛くて首筋にキスしようとしたが、リアムに口を抑えられる。

やはり、リアムのことは好きになれそうにない、と心の中で思った。


「いや、あの、リアムと約束したので頑張ります。」


アルバートは少しだけがっかりしたが、まだ口説く余地があると思い、気を持ち直した。


そんなアルバートとは対象的にリアムは神子の言葉に驚く。

今まで、アルバートを見る目は恋する女性のそれだった。

きっと従者としてまたアルバートを自分の近くに置くのも、好きな人にちょっと強引に迫られただけでそこまで嫌ではなかったからだろう。

自分の思いに気が付かない人間をアルバートがどう落とすつもりなのか純粋に興味が湧いた。


「じゃあ殿下に過度な接触を許さないようお願いしますね。

殿下も適度な距離をとってください。」


有無を言わせないリアムの言葉にアルバートはむっとする。

その言い様はまるでメアリのようだ。

結局、誰が来ても神子とアルバートの関係を邪魔するのかと思うと、昨日までのふたりきりの時間に戻りたかった。



顔の赤みが引いた神子は顔をあげて2人に向き直った。


「あの、2人に相談なんですけど、私たまに自分でもよく分からない事言っちゃうんです。

こないだの戦争のこととか、リアムの首を落とすこととか。

自分が自分じゃないみたいになって、絶対に逆らえなくて…。

リアム、戦争大変だったでしょ?

なのに、こんな事になってごめんなさい。」


神子がポツポツと話し出す。

軍事会議のとき、無茶苦茶な発言をしたことやリアムに祝福を与えたことを神子は反省している。

祝福についてはリアムも幸福を感じているため、感謝しているくらいなのだが、たぶん神子には伝わらないだろう。

そういえば、戦がどうなったか神子に教えていなかったことをリアムは思い出した。


「戦は姫様のお陰で、戦わずして勝ちましたよ。

山が崩れ、カルノー軍が巻き込まれたんです。

当初の作戦通り、麓に陣を置いていれば我々もカルノー軍と一緒に土砂の下に埋まっているところでした。」


神子はぽかんとした顔でリアムを見る。

自分の判断が軍に有益だったことを予想していなかったのだろう。

アルバートもリアムも謎の強制力で神子に強烈な服従心を抱く経験をしている。

神子の言っていることが嘘だとは思えなかった。

神子もまた神の意志に動かされる病にかかっているのかもしれない。


「代々神子には魔素を降らせるだけでなく、いろいろな特殊な力が備わっているといいます。

姫のその逆らえない感情も何かしらの力が働いているからでしょう。

姫は思うままにお話しすればいいんです。」


アルバートの言葉に神子は小さく頷いた。

きっと自分の発言が大きな影響を及ぼしているかもしれないと怖かったのだろう。

神子の腰に回していた手を頭に置き、安心させるようにそっと撫でた。

リアムのため息がまた聞こえた気がしたが、どうでもよかった。


「じゃあ、またそういう事があったら、前の軍事会議のときみたいに勅命だと言うことにします。

勅命だと言わなければ、単なる私のわがままです。

それはちゃんと止めてください。」


神子の提案に御意、と2人は返事をした。

そもそも神子はわがままなんてほとんど言わない。

こないだの夜会の後のことも、やろうとしていることは無茶苦茶だったが、1度断ったらそれ以上迫ることはなかった。

軍事会議のときが1番のわがままだったが、あれは謎の強制力のせいだ。

そう考えるとアルバートが今まで抱いた女のわがままと比べれば、可愛らしいものだ。

この口でどんなわがままを聞かせてくれるだろうか、と楽しみになるアルバート。

神子のきれいな唇が魅力的に見えた。

リアムがふっとこちらから目を離した瞬間を見計らって、両手で神子の頬を包み、思いっきりキスする。

リアムが何か文句をいっているようだが、気にならない。

このまま神子のそばにいれますようにと願いながら、ゆっくりと唇を離した。

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