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「ありがとう。」
――これで終わった…。
神子のリアムへの返事を聞きながらアルバートは絶望的な気持ちになった。
こんなことをしておいて、神子の愛は愚か、従者として仕えることも許されないだろう。
せめて最後までできていればアルバート自身の心境は変わったのかもしれないが、きっとその時に待っているのは処刑される未来だけだ。
「姫様、男の嫉妬心というのは狂気そのものです。
相手にする気がないのならあまり気を持たせてはいけません。
アルバート殿下ももう気が済んだでしょう。
少し頭を冷やしてきてください。」
5歳上のリアムの言葉は、冷静でアルバートも従わざる得なかった。
無言で神子と目も合わすことなく、抜け殻のようになった身体を引きずって部屋を出た。
自分の部屋に入り、ベッドの上でただ天井を見つめるアルバート。
神子への愛、罪悪感、嫉妬心、いろいろな感情が押し寄せ、混ぜ合わさり自分が今何を考えているのかも分からなかった。
時折、アルバートを見る神子の怯えた目がフラッシュバックして自責の念に苛まれる。
同時にあんなことをやらかしたのに、今神子がリアムと部屋にふたりきりでいることが心配だった。
――俺と2人のほうが危ないのにな…。
リアムが今、従者の病と同じ状態なら襲ったりはしないだろう。
だが、口説いて神子に承諾させる可能性はある。
経験のない女性を口説くのくらい30の男からしたら簡単に出来る。
とくに神子は自暴自棄になると、予想だにしない行動をとることがある。
しかも、リアムは神子の好みの外見をした男だ。
今すぐ戻ってリアムと神子を引き離しに行きたかった。
最初、神子が召喚されたときはただ漠然と神子を愛していた。
従者の病のせいだと自分でも分かるくらい中身のない愛だった。
それが今は、ふとした瞬間の仕草や話し方、アルバートたちにたいする気遣い、その見た目、全てを愛しているのに変わりはないが中身のある愛に変わってきていた。
ぼーっと天井を見つめて数時間がたったとき、コンコンとノックの音が部屋に響いた。
「帰ってくれ。」
誰にも会いたくなくて誰が来たかも確認せず、アルバートは粗雑に返事をする。
しかし、ノックした人物はそんなアルバートを無視してドアを開けた。
「失礼致します、アルバート殿下。」
そう言いながら入ってきたのはリアムだった。
今、1番会いたくない相手を見て、アルバートは顔を歪める。
「何しにきた?」
すぐに追い返したくて目も合わせず、問い詰める。
――俺は殺されるのか…。
リアムの腰に携えられた処刑用の剣を見ながら考える。
神子も物騒なものをこの男に下賜したものだ。
神子の従者を外されるくらいなら死んだほうがましかもしれないと思い、腹をくくった。
リアムはその予想に反し、勧められてもいない椅子に勝手に腰かけ、ふてくされるアルバートを眺めていた。
「姫様から伝言です。明日からまた待っていると。
ずっと殿下が姫様のことを甘やかしているのだと思っていましたが、逆のようですね。
俺はやめるよう説得したのですが、従者は殿下じゃないと駄目だそうで。」
神子が何を考えているか分からないという風にリアムはため息を付いた。
アルバートからしても神子の判断は謎だったが、それでも従者を外されることが無かったことに安堵する。
また、神子のそばにいることができる。
今はとりあえずそれで十分だ。
「リアム、お前、祝福を授かった後から姫が突然愛しくならなかったか?」
「いいえ。隷属したいという思いだけです。
姫様に従うことで幸せを感じ、逆らうことで苦痛を感じると思っていただければ。」
本当かどうかは分からないが、神子に対しての恋心はリアムには芽生えなかったらしい。
やはり、神子を愛する気持ちは病のせいではなくアルバート自身のものだったのだろう。
「そもそも俺はあんな薄っぺらい女に興味はありません。
もっと肉感的で乳と尻が出てるタイプじゃないと。」
神子のことを薄っぺらい女と言い捨てるリアムにアルバートはぎょっとする。
隷属したいと思う気持ちと、神子のことが女性として魅力的に見えるかは全く別のことらしい。
「絶対、それ、姫の前で言うなよ。
あの人、結構気にしてるんだから。」
神子いわく、神子の考えるドレスはどれも身体のラインが強調されるもので、肉感的な身体付きのほうが似合うらしい。
それが気になるなら、こちらの女性と同じように身体のラインが出ないドレスを着て欲しいとアルバートは思う。
分かってますよ、と笑いながら返すリアムの余裕のある態度に少しだけ腹が立った。
「にしても、ベッドの上でアルバート殿下の右に出る者はいないというのは本当だったのですね。
ネクタイで縛る手腕も、首に噛みついて他の部分を油断させるというのも勉強になりました。」
最近、よく聞く噂をリアムまでしてくる。
誰が言い回っているのか本格的にジェイに調べさせようかと思うほどだ。
「無理やり女を襲うつもりか?」
「殿下と違ってそんな趣味はありません。」
まるでアルバートが強姦魔のような言い方にカッとなる。
誓って今まで女性を襲ったことはない。
同意の上で縛ったり、噛んだりしていただけだ。
だが、これを説明したところで今までやっていたことを肯定するだけになりそうだったので黙っておいた。
「にしても、まさか、殿下が初恋童貞だったとは驚きました。
女性に困っていないことは知っていましたが、恋愛の経験がないなんて。」
アルバートの神経を逆撫でするような態度を取り続けるリアム。
神子に傷をつけた腹いせか、本気でリアムの首を落とそうとしていたアルバートにたいする復讐なのか分からないが、この男のことが好きになれそうもない。
「なんで俺が恋愛したことないと言い切れるんだ。
それにお前だって、30にもなって独身だろ。」
「見ていれば分かります。
まともな恋愛をしていれば、自分の嫉妬心との付き合い方も、ころころ変わる女の感情の掴み方も自ずと身につくものですから。
まあ同じくらい神子にも経験はなさそうですが…。
この歳まで独身でもまともな恋愛の1つや2つしたことくらいありますよ。
25にもなってそんな経験がない殿下が異常なだけです。」
リアムに返す言葉が見つからなかった。
ようするに、恋愛面にたいしてアルバートは精神的に幼すぎるということだろう。
押し黙るアルバートを見ながら、リアムは立ち上がった。
「じゃあ、姫様のお言葉は伝えましたから。
明日の朝、そんな情けない顔してこないでくださいね。」
嫌味を言いながら部屋を出ていくリアム。
その背中を見送りながら、明日どんな顔をして神子に会おうか考えた。
朝、いつもアルバートはジェイに起こされているが今日はその前に起きた。
神子に昨日のことをどう謝罪するか考えていたら、一睡も出来ずに朝を迎えてしまった。
「殿下、おはようございます。
今日はお早いですね。何かございましたか?」
部屋に入ってきたジェイはアルバートの顔を見て、怪訝な顔をしていた。
リアムは神子とアルバートの間に何があったか誰にも報告していないようだ。
昨日の話が広まれば、アルバートもスタンと同じく今ごろ牢屋で臭い飯でも食べさせられていたかもしれない。
寝不足で隈でも出来ているのかとアルバートは鏡を覗き込んだ。
「そんな酷い顔してるか?」
「ええ、いつものお美しいお顔が、不細工に見えるくらいには。」
遠慮のない従者の言葉に思わず笑いそうになる。
だが、逆にそのくらいの顔のほうが反省した感じが出るだろうと、アルバートは鏡を見るのをやめた。
朝の準備を終え、最後にジャケットを羽織る。
いつも以上に身が引き締まる思いがした。
神子の部屋に行くことに緊張した身体をほぐそうと大きく息をはく。
ジェイもアルバートの異変に気がついていただろうが何も言ってくることはなかった。




