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――姫様の想い人はアルバート殿下か…。
リアムは神子とアルバートを見比べながら考える。
神子がアルバートを見る目は、他の人間を見るときとは明らかに違った。
アルバートには伝わらないようだが、祝福を授けないのも自分に縛り付けたくないという神子の愛情だろう。
リアムにアルバートのような嫉妬心はなかった。
そもそも神子のことを好きだとか、愛しているだとかそういう気持ちは一切ない。
リアムにあるのはただ従いたいという思いだけだ。
――神子の祝福は従者の病と違うのか、それとも…。
アルバートに神子の思いを伝えてやってもいいが、他人の恋路に口を出すべきでもないだろう、とリアムは2人の関係を見守ることにした。
「神官長、今から神殿に行ってもいいですか?」
リアムが来る前の予定をアルバートは忘れていたが、神子は覚えていたらしい。
もちろんですとも、とニコラスがにっこり笑って答えた。
「リアム、神殿に行っている間に騎士の部屋に引っ越しておいて。
あと、その剣あなたにあげるから。
カイエン総司令官、アシュフォード家に事の経緯を伝えておいてください。」
騎士の部屋とはメイドの控え室の同じく、神子の部屋と続き間になった1室だ。
神子が自分の騎士と認めたものを住ませるための部屋だった。
どんなときでも駆けつけられるように、神子の部屋との間には鍵すらついていない。
廊下を挟んだところにある従者の部屋に住んでいるアルバートとしては、そんな部屋に男が住むなんて考えられない。
だが、リアムが祝福を授かった以上文句を言うことも、出来なかった。
御意と返事をしてリアムとカイエンは兵士たちを引き連れて去っていく。
神子とニコラスも神殿に向かって歩き出した。
何やら親しげに話しているが、その会話に加わる気にもならなかった。
アルバートは少しだけ離れて神子の背中を追った。
――姫、俺だけが特別じゃなかったんですか。
神子の背中を見るだけで胸がぎゅっと締め付けられて痛かった。
周りは魔素が降り止み、しとしとと雨が降り出す。
その雨が心まで濡らしているような気がした。
神殿につくと神官たちが相変わらず神子にだけ挨拶して跪く。
「みんな聞いてくれ。
先ほど姫様がリアム・アシュフォード殿に祝福を授けたところを見てきたぞ!」
大きな声で子供のように神官たちに自慢するニコラス。
神官たちからは羨ましそうな声があがった。
自分も祝福が欲しいと言う声まで聞こえてくる。
神子はそんな神官たちを見て笑いながら、床に掘られた魔法陣の端まで行くとくるりと振り返ってアルバートの手を両手で包んだ。
「アル、ありがとうございました。」
それだけ笑顔で言って手を話し魔法陣の中に入っていく。
アルバートがその意味に気がつき、引き留めようとしたときにはすでに光の壁が神子との間に立ちふさがっていた。
――従者の病を解くつもりか…。
アルバートはショックだった。
今まで2人で過ごした時間を思い返す。
恋人だったわけではなかったが、アルバートにとって大切な日々だった。
従者の病を解かれれば神子への愛はなくなるかもしれない。
つまり神子はアルバートの愛はいらないということだ。
結局、見た目のいいリアムを選んだのだろう。
そう思うと自然と涙がひとすじこぼれ落ちた。
従者の病を解かれれば、こんなに苦しい思いをする必要もなくなる。
それでも、従者の病を解かないでほしい、側に置いてほしいという思いは消えなかった。
――病が治ったら神子は俺をどうするつもりだろう。
アルバートは今、25歳。
16歳で神子の従者に選ばれてから9年、ずっと従者としての勉強しかしていない。
帝王学も学んでなければ、剣術も護身術程度、戦術についてはど素人、領地を運営する方法だって全く分からない。
ここで従者の病を解くだけではなく、従者としてもお役御免となったら、と考えるとアルバートはぞっとした。
もし、この神子に対しての執着心がなくなったとしても、従者として仕えることは許してもらわなくてはならない。
アルバートは自分の無力さを呪いながら、光の壁が消えるのをただひたすら待った。
神子が魔法陣の中にいる間、何故かどんどんと神官の数が増えていく。
奇跡の光景だとか口々に言っているあたり、みんな仕事の手を止めてわざわざ見に来ているのだろう。
その様子が呑気に見えて、アルバートの心はなおさらささくれだった。
神官たち全員がこの場にいるのではないかと思うほど人が集まり出したとき、光の壁がふっと消えた。
それと同時にアルバートの心の中から神子への服従心も消えていった。
「アル、どうですか?病は治ったはずです。」
遠慮がちに下から覗き込むように、アルバートを見つめる神子。
その様子が愛おしくて、アルバートは神子を強引に引き寄せそのまま抱きしめた。
従者の病を解いたところで消えたのは絶対な服従心だけだった。
今までは神子の足元にかしずきたいと思っていたのが、同じ立場で愛したい、愛してほしいという気持ちに変わっている。
むしろ服従心によって抑えつけられていた肉体的な欲求まで高まる。
異常な愛情は病のせいではなく、アルバート自身の感情だったのだろうか。
魔法陣の中に影として現れた段階から恋した理由は分からないが、今のアルバートにとっては些細なことだ。
――この人さえそばにいれば、あとはどうでもいい。
異常な愛情の波が収まると、次にアルバートを襲ったのは怒りと嫉妬心だった。
アルバート自身が愛していても神子は違う。
リアムを1番そばに置くことを決めてしまったのだから。
――リアムに取られることだけは許せない。
アルバートは抱きしめられて戸惑っている神子を無理やり横抱きにして、神子の部屋に向かって歩き出した。
神官たちが何か抗議している声がしたが、そんなことはどうでもいい。
神子もおろして、と声をあげたが服従心がなくなったアルバートが言う事を聞くことはなかった。
そのまま走るように神子の部屋に向かい、神子をベッドの上に投げるようにおろす。
今までこんな乱暴なことをしたことがなかったアルバートを神子は怯えたような目で見ていた。
少しだけ心が傷んだが、もうとまれそうにない。
神子を押し倒し、そのうえに覆いかぶさるようにして抵抗しようとする神子の腕を抑えた。
「やめて…。」
泣きそうな神子の細い声。
アルバートが何をしようとしているか、神子も分かっているだろう。
そんな可愛らしい抵抗なんて男を煽るだけだ、とアルバートは教えてやりたくなる。
「姫、あなたが悪いんですよ。」
耳元でつぶやいてから片手で神子の腕を抑えて、ネクタイを緩める。
神子にきっと経験はないだろう。
怖がらせないように、痛がらせないように、とずっと思ってきたのに現実はそうもいかなさそうだ。
それでもリアムに、他の人間に取られてしまうくらいなら、1度でいいからアルバートは自分を神子に刻みつけたかった。
外したネクタイで神子の両手を縛り、神子の細い首筋に顔を寄せる。
怯えた神子の顔を見ることがもう出来なかった。
首筋にキスを送ってから思い切り噛みついた。
「いっ…あっ!」
思ってもいないアルバートの行動に、神子は身体を大きくしならせ言葉にならない声をあげた。
首筋にはくっきりとした歯型が残る。
しかし、神子の力ですぐに歯型は薄くなっていってしまう。
それを残念な気持ちで見ながら不意を付かれて、ガードが弱くなった足を持ち上げようと膝の裏に手を回したところで、アルバートは横腹のあたりを何者かに蹴り上げられた。
そのままベッドの上に横向きに倒れる。
「姫様、大丈夫ですか?」
そう言いながら神子を助け起こしたのはリアムだった。
アルバートはリアムの憎たらしい顔を睨みつけながら脇腹の痛みに耐え、起き上がる。




