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6

「神よ、リアム・アシュフォードに安らかな死を与え給え。」


ニコラスが言いながら聖水を振りかける。

冷たい水がうつむいたリアムの頭に降り注いだ。

執行人が神子である以上安らかには死ねそうにもない。

神子は重たそうに剣先を持ち上げ、リアムの肩に置いた。

首を落とすどころか振り上げることすら難しそうだ。


「リアム・アシュフォード、あなた、ご家族は?

何か伝えることはある?」

「結婚はしていません。実家の両親と兄が2人いるだけです。

アシュフォード家は取り潰しですか?」


リアムの中で唯一の心残りが家族のことだった。

神子に暴力を振るったことを考えれば取り潰されることは確実だと分かっていながらも、聞かずにはいれなかった。


「これはあなたと私の私的な賭けの結果です。

ご家族には関係のないことです。」


神子の言葉にほっと胸を撫で下ろす。

ありがとうございます、と小さな声でリアムはつぶやいた。


「伝えることは何もありません。」


顔をあげ神子の顔を見た。

リアムと目があった神子はゆっくりと微笑み、頷いてリアムの肩にあった剣先を見た。

少しだけ浮かせてリアムの首筋にぴたりと剣をあてる。


――首の落とし方も知らないのか。


首を落とす際は、首の後ろ側を骨と骨の間を狙って叩き斬る。

そうしないときれいに首を落とすことはできない。

その為に処刑用の剣は通常より少し重く作られている。

ただ相手を殺すだけなら前から喉をつくのが普通だ。

首の横に剣を当てたところで何も出来ないだろう、とリアムは笑いそうになった。


「姫、お手伝いいたしましょうか?」


神子に恥をかかせないようにアルバートが進み出る。

神子はそれを首を横に振って断った。


――相変わらずわがままな姫様だ…


一思いに死なせないのがリアムに暴力を振るわれた神子からの復讐かもしれない。

剣を持った両手にぎゅっと力を込めたのをみて、リアムは頭を下げ、目を閉じる。

神子が首筋に当てた剣をすっと引いた。

少し皮膚が切れ、血が剣を伝っていく。


――これが姫様の精一杯だろう。


また剣が動かなくなったことを感じ、リアムはいつの間にか止めていた息を吐き出した。

周りが思ったより神子は非力だったか、直前で怖気づいたか。

しかし、閉じていた目を開け、頭をあげるとリアムに向かって周囲の魔素が集まってくるのが見えた。

神子以外の全員が驚きの表情を浮かべている。

リアムに集まった魔素は先ほどの傷に入り込んだ。


「う、うぅ…うぐっ!」


リアムは感じたことのない苦しさにうめき声をあげる。

入り込んだ魔素が全身を駆け巡っていた。


――なんだこの殺し方は。


胸が苦しいなんてレベルじゃない。

首を落とされたことはないがそれ以上に辛い死に方ではないかと思うほどだった。

跪いている体制を保っていることも出来ず、倒れるように横になった。


そのまま30秒ほどたったとき、リアムは急に苦しみから解放される。

乱れた呼吸を整え、顔をあげると神子と目があった。

神子はリアムに血の付いた剣を見せてきた。

まだ乾いていない血が剣に吸収されていく。

血は剣先から付け根の方まで動き、文字になった。

現れた言葉は『神子の犬』。

その意味がわからず、リアムは神子を見つめた。


「彼の拘束を解いてください。」


唖然としていた兵士たちだったが神子のひと言に何とか身体を動かして、リアムの拘束を解いた。

リアムが何気なく自由になった手を首にあてると、先ほど神子につけられた傷はなくなっていた。

神子はすぐ側にあるベンチに腰掛ける。


「姫、どういうことですか?」


アルバートが納得いかない顔で神子を問い詰めた。

リアムを1番殺したがっていたのは間違いなくこの男だろうとリアムは思う。

神子はアルバートに向かって落ち着かせるように微笑んだ。

そして、足を組んで靴を片方脱ぎ、少し遠くに投げる。


「軍団長リアム・アシュフォードは先ほど死にました。

ご家族にもそのように連絡してください。

リアム、あなたは今日からこの剣に記されたとおり、私の犬です。

家名を捨て、私と寿命を共にし、私につくしなさい。

理解できたらその靴を拾って私にはかせて、リアム。」


意味を理解したわけではなかったが、リアムにとってそんなことはどうでもよかった。

大人しく立ち上がり、靴を拾って神子の前に跪く。

神子の足の裏に手を添え、軽く持ち上げると足の甲に舐めるようにキスする。

足の甲へのキスは隷属の証だ。

リアム自身も何故かは分からないが、そうしなければならない衝動にかられていた。

自分より10も下の小娘に隷属するなど考えられないことだったが、不思議と嫌ではなかった。

アルバートが何か文句を言っている声が聞こえたがそれも気にならない。

拾ってきた靴を履かせてから、神子に向き直る。


「よくできました、リアム、おいで。」


そう言って手を広げる神子の腰の辺りにリアムは抱きついた。

その髪を神子がゆっくりと梳く。

リアムは感じたことのない幸福感が湧き上がってくる。


――この人に一生を捧げよう。


もう神子の犬だろうとなんだろうと神子の側にいられるのならどうでも良かった。

カイエンや周りの兵士たちは普段の凛々しいリアムからは想像できない姿に目を丸くした。


「姫から離れろ、リアム。」


神子との時間を邪魔されたリアムは、殺気だったその声の方を睨みつける。

アルバートが自身の護身用の短刀をリアムに突きつけていた。


「アルバート殿下、落ち着いて。

姫様は、リアム殿に神子の祝福を授けられたのでは?」


アルバートを止めたのはニコラスだった。

神子の祝福。

聞き慣れない言葉にアルバートとリアムは首をかしげる。


「神子の祝福とは、その名の通り神子様より与えられる祝福のことです。

祝福を受けたものは、神子様につくすことに幸福を感じ、決して裏切ることありません。

そのあたりは従者の病と同じです。

神子様と同じく病に苦しまず、老いることもなくなり、寿命は神子様が死ぬまでとなります。

リアム様はまさに神子様専用の騎士になったということです。」


何故か嬉しそうに説明するニコラス。

きっと目の前で神子が祝福を与える瞬間が見れたことが嬉しかったのだろう。

神子の手から文字が刻まれた剣を受け取り、子供のようにいろいろな角度で見てみたり、文字を擦ったりとはしゃいでいる。


「祝福だなんてそんなにいいものではないでしょう。

神子の呪い。

そう呼んだほうがあってるくらいですよ。」


ため息付きながら相変わらずリアムの頭を撫で続けている神子。

そんな神子にアルバートは気が狂いそうだった。


――部屋を出る前のあれはなんだったんだ。


神子が自分からアルバートに抱きついてきたことを思い出す。

あのときは神子が自分に好意があると確信していたが、リアムとの様子を見るに、自分に従属するものには誰にでも同じ態度を取るのではと思ってしまう。

抑えきれない嫉妬心からアルバートは短刀をしまい、無理やり神子からリアムを引き剥がす。


「姫、俺にも同じ祝福をください。

姫を置いて死ぬことも、姫に先立たれることも耐えられません。」


もう神子に命令するような言い方だった。

何故かニコラスが、わしもわしも、と同調してくる。

神子は困った顔で首を横に振った。


「これはリアムへの罰です、呪いです。

もし、この呪いを受ければ一生を私に捧げなければならないんですよ。

アルにそんなことさせられません。

…神官長はたぶん魔素に耐えられませんから諦めてくださいね。」


がっくりと肩を落とすアルバートとニコラス。

神子はアルバートを悲しげな顔で見つめていた。

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