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天候が大きくあれてから数日、神子はメアリを専属のメイドから外すことはなかった。

だが、関わるのは朝の着替えと夜風呂に入るときだけ。

あとは部屋にメアリも他のメイドたちもいることを許さず、アルバートと2人でずっと部屋に籠もるようになった。

神子にメアリは謝りたがっていたが、神子は謝罪を受けるつもりはないと言い切ってメアリを遠ざけている。

アルバートもメアリと顔を合わせる機会は減っていた。


そんなメイドたちとは対象的に神子とアルバートの距離は縮まっていた。

文字の読めない神子のために本を呼んでやるときは、今までは隣に座っていたが、最近はアルバートの足の間に座らせ後ろから抱えるように本を見せながら読む。

さらに軽くキスしたり、昼寝するときは一緒に添い寝したりと夜別々で寝る以外は恋人のような距離感で過ごしていた。

抱きしめた時、甘えたようにすり寄ってくる神子を見ながら、メアリに申し訳なさを感じながらもアルバートは幸せだった。


だか、ずっと外は雨が降り止まない。

激しく降ることはないが、それでも止まない雨がアルバートの心を締め付けた。

ここ数日は魔素も全く降らない。

神子の心を安らげる方法が分からず、アルバートは途方にくれていた。


「アル、今から神殿に行きたいんですけど、いきなり行ったら迷惑でしょうか?」


昼食の後、アルバートが食器を下げていると神子が訪ねてきた。

神官長とは何度も会っていたが、神殿には神子がこちらにきた日以来1度も顔を出していない。


「大丈夫ですよ、むしろ神官たちは喜ぶかと。」


神官たちは信仰心の塊だ。

むしろ神子が来ることを心待ちにしているだろう。

逆に先触れを出せば、神官が集まりすぎて面倒なことになる。


「神殿に何をしに?」

「久しぶりに神様にお会いしたいんです。」


また魔法陣に入りたいということだろう。

神子がきた日のことを思い出し、なんとも言えない感情がもやもやとアルバートに押し寄せた。

だが、窓の外を見るとずっと続いていた雨が止み、晴れ間が見えだす。

その光景を見て、連れて行きたくないとは言えなくなってしまった。


「おまたせしました。姫、行きましょう。」


食器を下げ終わり、神子に声をかけるとアルバートのところまで歩いてきた神子に抱きつかれた。

ここ数日、アルバートが何をしても避けられることはなかったが、神子からこうして抱きついたことは初めてだ。

あまりの嬉しさに緩む頬を抑えられそうになかったので、アルバートはぎゅっと神子を抱きしめて視界を奪った。


「やっぱり神殿行くのやめませんか?」


――ずっとこうして抱きしめていたい。


そんなアルバートの思いは通じず神子は首を横に振った。

どうしても今から神殿に行きたいらしい。


「じゃあもう少しだけ…」


アルバートは神殿でいちゃついていたら神官に殺されるのでここで神子を堪能しておこうと決めた。

少しだけ、身体を離して神子にキスする。

この何日かで数え切れないほどキスしたが、少しも上手くならない神子が可愛くて、角度を変えながら何度も口づけた。


――これはもう恋人ってことでいいんじゃないか。


アルバートの頭の中はもう次のステップに進むことでいっぱいだった。

正直、噂になっている通り、こうして抱きしめたり、言葉をつくしたりするよりもベッドの中で口説くほうが自信もある。

今まで大人しくしまっていた舌を使おうと少し口を開いた。



――ゴンゴン


強めのノックが部屋の中に響く。

音に驚いた神子がはい、と返事をしながらアルバートの身体を突き飛ばすようにして離れていった。


「失礼致します。総司令官カイエンです。

軍団長リアム・アシュフォードを連れてまいりました。」


――タイミング、最悪すぎるだろ。


アルバートは思わず舌打ちしてしまった。

しかも、連れてこられたのはこの間、神子に暴力を振るった軍団長だ。

1度捕らえてしまえば処刑なんていつでも出来る。

追い返したい気持ちが大きすぎて神子を見つめた。


――帰れと言ってくれ。


「部屋を汚したくないので、庭に行きましょう。

あと、立会人として神官長を呼んでください。」


神子はドアを開けて兵士たちに指示を出す。

どうやら本気でリアムの首を落とすつもりらしい。

リアムは後ろ手に縛られ、カイエンたち軍の人間に囲まれていた。

戦から帰ってきてからすぐに捕らえられたのだろう、汚れた軍服のままの姿だった。

首を垂れることもなく、堂々と立つ姿は今から処刑される人間とは思えない。

神子はリアムを見て微笑むと中庭に向かって歩き出した。

リアムはその笑顔を見たとき初めて神子を怖いと思った。


――人が今から命を落とすことを楽しんでいるのか。


可愛らしい顔の下にどんな狂気を隠して暮らしているのかと思うと胸の奥が冷たくなっていくのを感じた。



神子を先頭に神子殿の真ん中に進む。

アルバートはその後を肩を落としてついていく。

外にはふわふわと魔素が降り出す。

中庭の真ん中、少し開けたところで神子が立ち止まると兵士たちはリアムをその場で跪かせた。

この美しく草花が生い茂った神子殿の庭が、今から血で汚されると思うとリアムは申し訳なさを感じてしまう。

アルバートはその様子を睨むように見ながら神子に話しかけた。


「リアムの処刑は俺にさせてください。」


リアムが神子の胸ぐらを掴んでから数日がたったが、アルバートはあのときの怒りを忘れたわけではなかった。

むしろ怒りとあのときのリアムを止められなかった自分の不甲斐なさが混ざり合って、リアムをこの手で処刑したいという思いが増していた。

このまま処刑を進めれば首を斬る役はカイエンになる。

50を超えるとはいえ、カイエンは元々剣の名手だ。

リアムを苦しませないように1回で首を落としきるだろう。

対してアルバートに剣の心得は護身術程度。

素人に1回で首を落とすことは難しく、リアムを苦しめることになることは明らかだった。

リアムもアルバートの考えを見抜いたのか、苦々しく顔を歪めた。


「いえ、私が行います。」


なんの感情も感じさせない顔で神子は言い切った。

その場にいた全員が驚いた顔をする。

自分に首を差し出せとは言ってたが、まさか斬るところまでやるつもりだとは誰も思っていなかった。

特にこれまでの話を知らない兵士たちは、神子を失礼なくらいまじまじと見つめていた。


「姫様、首を斬るのは慣れたものでないと男の腕力を持ってしても難しいものです。

大変失礼ながら、姫様のか細い腕で剣を振るう事自体出来ないかと。

私かアルバート殿下にお任せください。」


カイエンが進言するが神子の表情は変わらない。

軍事会議のときと同じ雰囲気を醸し出している神子が折れることはないだろう、とアルバートとリアムは悟っていた。


「では、私が上手く出来なかった際は、カイエン総司令官が助太刀してください。

アル、あなたの私怨で人を殺させるつもりはありません。」


神子の譲歩した言葉にカイエンは御意、と返すしかない。

アルバートは神子がカイエンを指名したことが面白くなかったが、あなたのためだと言われれば仕方なく諦めるしかなかった。



しばらくして立会人として指名されたニコラスが到着した。

急がされたのであろうニコラスは軽く息を切らせて神子の隣に立ち、リアムを見つめた。


「では、始めましょうか。剣をください。」


兵士の1人が跪いて神子に剣を差し出す。

受け取った神子は鞘から剣を抜き、両手で持った。

装飾のない武骨な剣は神子に全く似合っていない。

神子の細腕にやはり剣は重く、剣先が下に下がってしまっている。

その剣を振るったところでリアムの命すら奪えるか怪しいところだ。

そんな神子を見ながらリアムは心臓がばくばくと高鳴っていくのを感じていた。


――覚悟は決まってたはずだったが…。


やはり、いざ死に直面すると急激な恐怖に襲われた。

今にも暴れ出そうとする身体と、命乞いしそうになる口をぐっと抑える。

リアムは最後まで軍団長としてのプライドを保ちたかった。

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