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次の日、リアムは出陣のために兵士たちと王都の門にいた。
昨日、神子が天候を荒らしたせいで時間が少し押している。
今もまだ降り続く雨に、到着も遅れる予感がしていた。
――どうせくだらないわがままでも言っているんだろ。
そう思うとリアムの中に神子への恨みがどんどんと湧いてきた。
アルバートもアルバートで従者の病だかなんだか知らないが神子のことを甘やかしすぎている。
社交界での噂通り女性の扱いに長けているのだろう。
神子にべったりと張り付き、エスコートしたり、座ってからも手を握る姿は従者ではなく、まるで恋人同士のようだった。
――あんな顔のいいやつからあんな扱いを受ければ誰だって勘違いもする。
しかも、おかしなことを言っても誰も否定しない環境だ。
エリオットもカイエンもおかしなことを言う神子に全く意義を唱えなかった。
ただ、その神子があんな無茶苦茶なリアムの要望を受け入れ、捕らえず進軍の指揮を取らせろとエリオットとカイエンに命令したのはリアムにとっても意外だった。
神子の胸ぐらに掴みかかったときは、頭に血が登って何も考えていなかった。
だが、冷静になると犯した罪の重さに気がつく。
カルノーの息子はただ暴言を言っただけで、処刑が決定している。
リアムも処刑は確定、実家のアシュフォード男爵家も取り潰しもだろうと思っていた。
あの会議の後、どうせ誰か捕まえにくるだろうとリアムは自室で遺書の準備をしていた。
わざわざ自室まできたカイエンに
『お前が軍を率いる事に決まった。
戦場で名誉の死を遂げることは許さん。
死なずに戻り、神子に首を差し出せ、これは神子のご意思だ。』
と言われたときは何かの間違いじゃないかと聞き返したほどだ。
生きたままの首を差し出せとは、神子は頭のおかしな人間なんだろう。
――勝手に従者に選ばれただけであんなのに付き合わされるなんて。
わがままで頭のおかしな人間の世話をしているアルバートの大変さを考えると同情してしまう。
カルノーの息子は神子のことを『魔女』と言っていたそうだが、戦にまで口を出し、国王や王子まで操る様子はまさに魔女だった。
よく考えればあの賭けも神子に有利な条件だった。
今回、リアムが率いる兵は3万。
3万の兵ではなく3万の命がリアムの肩にはかかっている。
その兵を無駄死にさせてまで神子の首を落としてもなんの意味もない。
たとえ、迎え撃つ場所のせいで不利になったとしても、犠牲を最小限に抑えて勝つしかないとリアムは思った。
部下から出陣の準備が整ったと報告がくる。
リアムは勝っても負けても死が待ち受けている運命を悟り、神子という魔女と賭けをしてしまった自分の軽率さを呪いながら出陣の合図を出した。
神子が指し示した地点につくまで馬で3日かかった。
後発の軍がつくのは明日になるだろう。
相変わらず鬱陶しい雨がずっと降り続いていた。
――あのわがまま姫様のご機嫌はまだ取れないか。
あのアルバートの態度でご機嫌がとれない女性が居るとは思えず、ついにアルバートが神子を見捨てたのではとあらぬ空想をしてしまった。
先に出た見張りの兵によれば、カルノーの軍はすでに北の関所を落とし、山越えに入ったらしい。
明後日には戦が始まるだろう。
カルノーが率いる兵士はおよそ2万5千。
兵力差はあるものの余裕とは言い難い。
さらにあちらは背水の陣で挑んでくるだろう。
追い込まれた人間ほど怖いものはない。
リアムはぎりぎりの戦況になりそうだと予想していた。
村の近くに陣を置けと言われたが、戦火に村人たちを巻き込むわけにはいかず、村から少し山側に陣を置いた。
率いてきた部下たちも納得が行かないのだろう、何人もここでいいのかと確認に来る。
だが、この案を言い出した本人である神子ですらも何故この位置に陣を置くのか理解していないのだ。
リアムに説明出来るはずがなく、全て神子の思し召しだ、とひと言で追い払うしかない自分の情けなさに、また神子に対しての殺意が増した。
――いっそのこと勝っても殺してやろうか。
心の中で、納得がいかない戦になったら神子を道連れに死んでやろうと決めて、明日、敵を迎え撃つ準備を勧めた。
――ゴゴゴゴゴ
次の日の正午ごろ、リアムが聞いたことのない物凄い音とともに地面が大きく揺れた。
立っているのも難しい揺れに転ばないようなんとか耐える。
揺れが収まるまで待ち、リアムは設営された野営用のテントの中から慌てて飛び出した。
目の前に現れた光景に思わず倒れるように両膝をついてしまう。
――山が、山が崩れている。
昨日とは全く違う景色に息を呑む。
今まで山だった場所は広範囲にわたり切り立った崖のようになり崩れていた。
青々とした木々もすべて土砂にのまれたようだ。
そして、崩れた場所はまさに軍事会議中にエリオットが指し示した地点だった。
もし、神子に反対されなければ今ごろほぼ全員があの土砂に埋もれていたことだろう。
――ここ数日雨が振り続けていたのも、計算されてのことだとしたら…。
リアムがわがまま姫と思っていた神子は、相当の切れ者だったということだ。
周りを見れば同じように兵士たちが驚きの顔で山を見つめている。
「神子様だ、神子様が助けてくださった!」
誰かは分からないが兵士の中から声があがる。
その声は次々と伝染するように部下に広がって大きな歓声になっていった。
そんな中、リアムは静かに立ち上がり、指を組んで神に祈りを捧げる。
リアムを見た兵士たちも同じように祈りを捧げた。
午後には伝令兵からカルノーの軍が土砂に巻き込まれ、壊滅的との連絡が入った。
リアムは思わず笑ってしまった。
――神子の完勝じゃないか、文句の付け所もない。
これだけの勝ち方をされたら首を差し出すのも仕方がない。
首を斬られる覚悟を決めて、連隊長たちへの今後の指示を考える。
といってもやることは少ない。
残党を倒し、カルノーの安否を確認して王都に連れて行く、ただそれだけだ。
崩れた山の調査や死体を掘り起こして焼却したりするのはリアムがいなくても出来る。
むしろ専門外なので王都から別の指揮官を呼んだほうがいいだろう。
リアムは連隊長たちを集めて、今後の指示と王都にすぐに帰還することを伝えた。
「俺は自分の作戦を押し通そうとしたことで、神子に首を斬られることが決まっている。
この戦に参加できたのはただの温情だ。
すぐに王都から新しい軍団長がくるとは思うが、それまでよろしく頼む。」
リアムは連隊長たちに頭をさげる。
中途半端に投げ出すことになって申し訳ないが、ここに留まっていても捕らえられて連れ帰られるだけだろう。
部下の前で無様に捕らえられる様を晒したくはなかった。
「軍団長、この地形だと麓で迎え撃つ作戦が定石です。
山が崩れなければ、軍団長のご判断に間違いはありませんでした。
理由なく罵ったスタンとは違います。
軍部から減刑を嘆願しましょう!」
ひとりの兵士から声があがる。
他の兵士もそうだそうだ、と同調していた。
リアムは軍団長になってまだ半年。
連隊長たちはリアムより歳上も多い。
にもかかわらず、嘆願しようと声をあげてもらえたことがリアムは素直に嬉しかった。
しかし、誤解は解かなければ、と思い咳払いをして騒がしい兵士たちを黙らせた。
「勘違いするな、俺は刑罰で首を飛ばされる訳では無い。
確かに、神子の作戦を否定し、暴力を振るったがその件に関しての刑罰でない以上そんな嘆願は無意味だ。
戦に負ければ神子の首もらい、勝てば俺の首を差し出すという賭けに負けただけだ。」
なんというべきか分からなかったのだろう。
兵士たちはただ無言で顔を見合わせていた。
神子に暴力を振るう人間も、神子の首をくれと言う人間も神子を第1に考えるこの国で見たことのない人種だろう。
そもそもお互いの首を賭け合うなんて聞いたこともない。
「今から伝令兵と共に俺は王都に帰還する。あとは頼んだ。」
それだけ言ってリアムは立ち上がり、帰還する準備を始めた。




