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3

それはアルバートにとって残酷な言葉だった。

神子から同じ愛を返されることはないと思うと、胸が張り裂けそうだ。

それでも、従者の病を治してほしいとも、神子の側から離れたいとも思わなかった。

アルバートは両手で神子の頬をそっと包み見つめ合い微笑んだ。


「あなたのお側に居れて幸せです。

俺は今まで、誰かを愛したことはないですし、これからも同じです。

この感情が従者の病のせいなら治さないでください。

治されるほうが不幸です。」


神子は戸惑った顔をしたが、そのままゆっくりと顔を近づけキスした。

相変わらず舌は大人しくしまっておいたが、角度を変えて何度も唇をついばむ。

神子はキスの返し方も知らないのだろう。

ただ、大人しくその行為を受け入れていた。


唇を離してからも見つめ合ったままお互いに会話はない。

神子の頬から手を離し、ゆっくりと髪を梳くように頭を撫でると神子も同じようにアルバートの頭を撫でた。



――コン、コン


控えめなノックが部屋に響いた。

2人の時間が壊されたようでアルバートは眉をひそめる。

神子にも聞こえていただろうが何も言わず、撫でる手もとまらなかったので、アルバートも無視することにした。



――コンコンコン


さっきより強めにノックが響いた。


「ねぇ、メアリとフレドリック殿下、どっちだと思います?」


神子が手を止めそのままの姿勢でアルバートに問いかける。


「リックだと思いますよ。

流石にこんなときに女を矢面に立たせるような人間じゃない。」


べつに隠れているわけではないのだが、何となくこそこそと声を潜めて話し合う。

神子は気になるのか起き上がってドアの方を見つめた。



――ゴンゴンゴン


ノックの音がさらに激しくなる。

このまま無視すれば、ドアを壊してでも入ってきそうな雰囲気だ。

流石に蹴破られるわけには行かないと思ったのか、神子はアルバートに出るように促した。

追い返します、とアルバートは告げ、また軽く神子に口づけるとジャケットを脱ぎ捨てシャツのボタンを全部外してから、鍵をあけて自分だけ廊下に出た。



そこにいたのはやはりバツの悪い顔をしたフレドリックだった。

人払いしたのかいつも部屋の前に立っている兵士さえいない。


「リック、帰れ。」

「頼む、姫様に合わせてくれ。」


ため息をつくアルバートに直角に腰を折って頭を下げるフレドリック。


「俺は何回もお前らの逢引に鉢合わせたけど、邪魔したことなかっただろ?」


暗にいい雰囲気だから邪魔するなと告げる。

嘘でもないが、事実とも少し違う。

フレドリックは顔をあげ、シャツのボタンを全開にしてきた弟を鼻で笑った。


「振られてただろ。」


フレドリックが隣の控え室に入ってきたことをアルバートは思い出した。

思わず苦虫を噛み潰したような顔になる。


――知ってるならこのタイミングで入ってくるなよ。


フレドリックが配慮にかけるのはいつものことだが、いつも以上に苛立った。


「お前が俺のことを従者の病だと言い回ったせいでな。」


神殿に長く通っていたアルバートですらよく知らなかった従者の病をスタンが知っていたのは、きっとフレドリックが言ったからだ。

そのせいで神子の耳にも入り、今振られている。

全くそのことを分かっていなかったのだろうフレドリックは少し申し訳なさそうな顔をしていた。


「で?この期に及んで神子に結婚の後押しを頼みにきたのか?」

「いや、そんなつもりはない。

謝罪と相応の罰を受けるつもりできた。

頼む、入れてくれ。」


また腰を折って頭を下げるフレドリックをどう追い返そうかアルバートは悩む。

このままほっておいたらずっとこうして頭を下げていそうだ。

謝罪だけさせて追い返したほうが早いのは分かっているが、今の神子に負担になることはさせたくない。

もう一度断ろうと口を開いたとき、アルバートが背にしたドアノブがゆっくりと回った。


「入れてあげて。」


少しだけ顔をのぞかせた神子がか細い声でいった。

苦渋の決断だったのか顔が暗い。


「姫、無理しなくていいんですよ。」


出来るだけ優しく声をかけたが、神子はアルバートを安心させるように微笑んでドアを開けた。

フレドリックはほっとしたような顔で中に入っていく。

謝罪だけして早く帰らせることだけをアルバートは考えていた。


神子は椅子に腰掛けると、フレドリックにも座るように促したがフレドリックはその場に跪いた。

アルバートからすれば謝罪にきたのだから当然の行為だったが、神子は少し驚いた顔をして見ている。


「この度は真に申し訳ございませんでした。

全て私の責任です。いかなる罰も受けるつもりで参りました。」


言い訳のない真っ直ぐな謝罪だった。

アルバートは謝罪が済んだのだったらすぐに追い返そうかと思ったが、一応神子の顔色を伺う。


「メアリとはどうなりましたか?」


いつもの神子とは違う冷たい声だった。

表情も氷のように硬い。

フレドリックから目を反らし、テーブルの上に置いた自分の手を見つめている。


「…もう別れています。

俺が一方的に追い回していただけです。」

「そう、ですか…。

でしたら、メアリもここに呼んでください。

同じ罰を与えましょう。」


ため息をつくようにいった神子に慌てたようにフレドリックは顔をあげる。


「先ほども言った通り、全ては私の責任です。

メアリは平民の出身で、両親も親戚もおらず城を出たら行く宛がありません!

お願いします、私はどんな罰を受けてもかまいません。」


使用人にとって罰を受けるとは解雇されることを意味していた。

謹慎の場合もあるが、その場合も同じ部屋付きのメイドに戻ることは出来ず、下女として最下層の使用人になる。

必死に懇願するフレドリックをちらっとみて、やっぱりと神子は小さくつぶやいた。


「謝罪が目的ではなく、それが目的ですよね。

殿下、あなたには私が何に見えますか?」


フレドリックは神子の質問の意図を理解できず、返答に詰まった。


「ちゃんと人間に見えていますか?それともメアリをいじめる魔女?

私が怒り狂ってメアリに罰を与えて、城から追い出すと思ったからこられたんですよね。

確かに私の専属のメイドからメアリを外そうとは思いました。でも、それだけです。

そこからどうするかは他の人たちの勝手でしょう。

メアリが今まで周りときちんと関係を築いてきたなら、殿下が少しお力添えすれば首にはならないでしょ?

そうならないのならそれはメアリ自身の責任です。

先程も言いましたが、私はあなたがたの都合のいい道具じゃない!」


冷静に言う神子の手は指先が真っ白になるほど固く握られていた。

少しずつ外の雨音が強くなる。

フレドリックは返す言葉が見つからないのか俯いて黙り込んでしまった。


「そもそも、そんなにメアリが大事なら地位を捨ててしまえばよかったじゃないですか。

王様にもなりたい、メアリとも結婚したいって両方追いかけた結果が私を懐柔することですか。

勝手に呼びつけたと思ったら、次は道具のように便利に使おうとする。

私の事、バカにしないでよ!」


そう言い切った瞬間、窓からの激しい閃光とけたたましい雷鳴が響いた。

しかも1回だけでなく2度、3度と雷鳴が続く。

雨も滝のように降り注ぎ、風が叩きつける。

夜会のときとは比べ物にならないほどの豪雨だった。


アルバートはうつむきながらはぁはぁと息を切らせる神子の背中に手を置いて、とんとんと落ち着けるように軽く叩いた。


――やっぱり、リックを入れるべきじゃなかった。


謝罪といいながら、神子に簡単に本心を見抜かれる兄の馬鹿さ加減にうんざりする。


「アル、どうしよう、とまんない…。」


とまらない雷鳴に神子はパニックになったのか、アルバートに手を伸ばしてきたのでそのまま抱きしめた。

相変わらず息切れがとまらないようで、はぁはぁと肩で呼吸している。


「とめなくても大丈夫です。

天候くらいしばらく荒らしておけばいいんです。」


言いながら頬にキスをして頭を撫でる。

そのまま呆然と神子を見ているフレドリックに声を出さず、口だけで帰れと伝えた。


何をいうことも出来ず部屋を出るフレドリック。

頭の中は神子に言われた言葉でいっぱいだった。


――人間に見えていますか、か…


フレドリックにとって神子は神子でしかない。

神子の言わんとすることは察するが、それ以上の思いなど湧いてこないのが事実だ。

メアリに振られた理由もそこにあるのだろう。

しかも、2人は従者の病だと言い回ったフレドリックのせいで拗れている。

さすがに弟にたいする申し訳なさで胸が痛い。

神子の異変を感じて集まってきた兵士や神官たちをせめてもの償いとして部屋の前で追い返した。

そうしているうちに自然と雷が止み、雨の降り方も穏やかになっていった。

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