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夜会の日から1週間。

あれから神子はあの夜は何もなかったかのように過ごしていた。


――なかったことにもされたくないけど。


アルバートはもしもう一度、あの夜をやり直せるならどんな言葉をかけただろうかと何度も考えていた。

結局かける言葉は見つからず神子と同じように、何もなかったかのように過ごしている自分が情けない。


そんな変わり映えしない日々の中、ひとつ変わったこともあった。

夜会のときに話しかけてきたカリーナと手紙のやり取りをはじめたことだ。

夜会の日から天候は安定しているが、魔素はあまり降らなくなっていた。

だが、カリーナに手紙の返事を考えている間は必ず魔素が振る。

神子は神子というものに興味を持たず、ドレスにだけ関心を寄せてきたカリーナに少し心を許しているようだった。

それと同時に今はアルバートに代読、代筆させている手紙を自分で書くんだ、と読み書きも少しずつ勉強し始めていた。

今日もカリーナからの手紙を読んでドレスのデザインを考えている。



「姫、今日返信がきたところなんですから、ゆっくり考えたらいかがですか?」


カリーナから送られてきたデザインとにらめっこしている神子にアルバートは少し呆れていた。

アルバートがどれだけ尽くしても降らない魔素がこの時間にだけ降っているのも気に食わない。

魔素が降っているから必ずしも幸せでないことは分かっていても嫉妬心が湧き上がるのを感じていた。


「そんなことしてたらいつになっても返事出来なくなっちゃいますよ。

カリーナさんはこんなに早くお返事くれたのに。」


顔をあげずに神子が答える。

夜会の翌日にカリーナからの手紙が届き、神子が返信できたのはその5日後。

カリーナはその翌日には別のドレスのデザインを考えて手紙を返してきた計算になる。

神子は意外と負けず嫌いらしい。

すぐにカリーナに負けないドレスを考えるんだと意気込んでいた。

そんな姿も可愛らしかった。


メアリとアルバートの方でもカリーナやクラウジウス子爵家について調べてみたが、今年19歳の少し変わった令嬢だというだけでこれといって悪い噂もないので見守っていることにした。

神子も庶民の出だ。

貴族らしい令嬢より少し変わっているくらいの令嬢の方が話も合うだろう。



――コンコンコン


「ジェイです。姫様にお伝えしたいことがございます。」


やけに急いたノックをしてきたのはジェイだった。

神子もこれには顔を上げてペンを置き返事をする。


「失礼致します。カルノー辺境伯が謀反を起こしました。

至急、軍事会議を開きますので、姫様にご同席願います。」


息子が捕まったことで謀反を起こしたのだろう。

謝罪の書簡も結局は送られてきていなかったことをアルバートは思い出した。

神子が困った顔ようなでアルバートを見上げてくる。

軍事の心得など神子にはないからだろう。


「大丈夫ですよ、姫に軍事会議にご出席いただくのはただの慣習です。

その続きのデザインでも考えながら、座っていれば終わりますから。」

「アルもついてきてくれますか?」


1人で知らない人間に囲まれるのは不安だったのだろう。

アルバートが頷き、手を差し出すと大人しく手を重ねて立ち上がった。



ジェイに先導されて司令室へ急ぐ。

司令室には国王のエリオットとカイエン総司令官、リアム軍団長がすでに円卓を囲っていた。

アルバートは今までカイエンとは何度もあったことがあったが、リアムとは初めて顔をあわせた。

黒い髪に彫りが深い吊り目の顔、身長は高くて筋骨隆々ではなく最低限の筋肉だけをつけたスラリとした体型をしている。

まるで、神子が言っていた向こうで人気のある男にぴったりのタイプだ。

しかも、半年前に30歳という異例の若さで軍団長に抜擢されたエリートで、女性にも人気がある。


――最悪だ。早く終わらせて帰りたい。


見た目を重視するのであろう神子の感覚だと、リアムを気に入りそうでアルバートのテンションが下がった。


神子が部屋に入ると全員が椅子から立ち上がり頭を下げる。

1番上座に神子を座るのを確認してからまた全員席についた。

アルバートも神子の隣に椅子を寄せてから座った。


「皆、知っていると思うがカルノー辺境伯が謀反を起こした。

目的は神子の殺害と神殿の破壊。

邪教に染まったのは、息子じゃなく辺境伯本人だったと言うことだ。

息子も毒を煽らせるか公開処刑か揉めていたが、公開処刑で決定だろう。」


エリオットが話し出した内容にアルバートは頭を抱えそうになる。


――知らない人間から殺されそうになってるって聞いてどう思うか考えてくれ。


エリオットの配慮の無さに苦言を呈しかったが、もう聞いてしまったものは仕方がない。

神子の手に自分の手をそっと重ね、大丈夫ですよ、と囁くのが精一杯だ。


「カルノーは領地の全勢力を率いてきている。

北側の関所が今攻められているが、持って数日。

今から兵を派遣したところで間に合わん。

よって、関所の先、この地点で迎え撃とうと思う。」


エリオットが円卓に広げられた地図を指差す。

辺境伯の領地との境にある関所を抜けた少し先には山がある。

差された地点はその麓の部分だ。

峠を超え、体力を使ったところで兵を撃つ作戦らしい。

アルバートに戦の知識は無いため、いいのか悪いのかも分からないが、カイエンもリアムもエリオットの意見に意義はないようで、強く頷いていた。


会議と言う割にはあっさりとした内容だった。

相手のおおよその兵の数も、こちらがどれだけの兵を用意するのかも、陣形も何も話し合わない。

慣習に逆らうと神殿がうるさいので神子を呼んだだけだったのだろう。

予想以上に早く会議が終わりそうでアルバートは安堵した。


「あの、そこはだめです。」


突然、神子が声をあげた。

その場にいた全員が驚いた表情で神子を見る。

神子が軍事の作戦に口を出すなんて予想外のことだ。

3人から睨みつけられるように見られた神子は身を竦ませていた。

それでも一所懸命に地図の上まで手を伸ばす。


「山は絶対にだめなんです。

もうちょっとこっちに村があるはずですから、そこで迎え撃ってください。」


そう言いながら山から少し離れた地点を神子は指す。

地図に描かれてはいなかったがそこは確かに村がある場所だった。

もちろんこちらの詳しい地理なんて神子が知るはずがない。


「…姫様、戦のご経験は?

この場所は開けていてどこからでも責められてしまいます。」


神子の案に静まり返る中、最初に口を開いたのはリアムだった。

神子はもちろん首を横にふる。


「経験なんてありません。

何故、麓だとだめなのかと聞かれてもお答え出来ないし、おかしなことを言っていることは自分でも分かっています。」

「狙われているのはあなた様と神殿かもしれないが、こっちには何千、何万という兵士の命がかかっているんです。

ご自分でもおかしなことと思われていることを言って、場を乱すのは辞めていただきたい!」


リアムはドン!と机を殴りつけて立ち上がった。

鋭い目つきで神子を睨みつける。


「いいえ、やめません!

絶対にここで迎え撃ってください、これは…勅令です!」


神子の頑なな態度にアルバートも驚いていた。

アルバートやメアリにもわがままひとつ言ったことのない神子の口から勅令なんて言葉を聞くとは思ってもいなかった。


――姫の初めてのわがままが戦についてなんて事が大きすぎるだろ。


リアムと神子が言い合っている現実を逃避したくて妙なことを考えてしまう。


「…勅令だと?いつからお前はこの国の君主になった?

魔素を降らせる力があっても、それ以外はただの小娘だ。

思い上がるのもいい加減にしろ!」


アルバートはどうしようかとちらっとエリオットを見たが案外涼しい顔で2人を眺めていた。

言いたいだけ言わせておけ、とでも言いたげにアルバートに目線を送ってくる。

カイエンがゆっくりと足を組み、リアムを睨みつけながら口を開いた。


「思い上がっているのはお前だ、リアム。

この世で尊きお方は神と神子のみ。

その神子から勅令が下った。作戦は変更する。

事態は急を要する。明日、出陣だ。すぐに準備しろ。」


総司令官!とリアムが抗議の声を上げるがエリオットとカイエンは作戦の変更を決めたらしい。

頭に血が登ったのであろうリアムは神子に歩み寄り、そのまま胸ぐらに手を伸ばした。

アルバートが間に入ろうとしたが間に合わず、胸ぐらを掴まれた神子が宙に浮く。


「何してるんだ!」


エリオットとカイエンが慌ててリアムを止めようと立ち上がった。

アルバートは咄嗟にリアムの腰にある剣を抜き、斬り殺そうと振りかぶる。


「やめて!」


神子の絶叫に近い静止でアルバートは振りかぶった剣を静かに下ろした。

神子は落ち着いた様子でエリオットやカイエンにも手で来るなと合図する。

それを見てリアムは鼻で笑った。


「殺されないと思って余裕だな。

お前の作戦に従ってやるよ。

もしお前の言った作戦が失敗に終わったら俺に首を差し出すと約束しろ。」


無茶苦茶な要求だ。

リアムも神子がこの世界から失われれば、どれだけの犠牲がでるか分かっているだろうに。


「分かりました。

ですが、一方的に条件をのむことは出来ないので、賭けにしましょう。

もしこの作戦が成功したらあなたの首を私に差し出してください。」


リアムは笑いながら頷くと壁に向かって乱暴に神子を投げ捨て、そのまま部屋を飛び出していった。

リアム!とカイエンが怒鳴りつけたが、振り返りもしない。

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