15
「…さっきの想い人って私のことですよね。」
神子にはバレていたらしい。
認めざる得ない状況にアルバートの顔が少しだけ赤くなった。
「はい、姫のことをお慕いしております。」
今までの女性になら囁やけていた甘い言葉は何ひとつ思い浮かばなかった。
顔の赤さを誤魔化したくて酒をぐっと飲み干す。
「さっきはカマかけてごめんなさい。
でもそれって従者の病ってやつですよね。スタンって人も言ってたし。
神様に言えば治りますから。でも…」
神子はアルバートの手から空になったグラスを取り、テーブルにおいて立ち上がった。
それからゆっくりとアルバートの両膝の間に自分の膝を付きソファーに乗り上げる。
「今日だけはその従者の病に漬け込ませてください。」
「飲み過ぎです、姫。」
――メアリごめん、約束守れないかも。
あまりにも煽情的な誘いに理性の糸が切れそうになるのを感じ、必死に怒っているメアリの顔を思い浮かべた。
ただ同時に、こんな精神状態の神子を抱きたくない、とも思っていた。
きっと夜会での出来事も影響しているんだろう。
自暴自棄の4文字が今の神子にはぴったりだ。
「アルやメアリは仕事だからよくしてくれてるだけで、結局私、独りぼっちなんです。
しかも、拷問しろとか襲わせろって言われるくらい恨まれてる。
誰かに愛されたいって思っちゃだめですか?」
そう言いながら真っ直ぐアルバートを見つめる神子の目からの静かに涙が溢れ出した。
そっと背中に手を回して慰めるように抱きしめる。
こちらに来て2ヶ月、神子はずっと孤独だったんだろう。
魔素が降っているから幸福だろう、と何も考えていなかった自分に気がつく。
初日に帰れないことを知って泣いてからずっと我慢していたんだろうか。
「従者の病だろうと何だろうと俺はあなたのことを愛しています。
それだけは信じてください。
ただ、泣いてる女を襲うほど下衆じゃないだけです。
それに俺も飲んでますから、最後まで出来る自信がありません。」
最後のは嘘だ。酒に強いアルバートは飲んで女性と出来なかったことなんて1度もなかった。
神子の頭を撫でながら何か他に慰めの言葉がないかと考えるが浮かんでこない。
どうしようかと思っていると、抱きしめられていた神子が少しアルバートから離れてそのままキスしてきた。
この人はキスしたことがあるんだろうか、と思うようなただ唇をぶつけるだけのキス。
アルバートは舌はお上品にしまいながらも唇と口の奥の空間を使って出来るだけ丁寧にそれに答えた。
ゆっくりと口を離すと、自分から仕掛けたくせに驚いた顔をした神子と目が合う。
その仕草を見ながらよくベッドに誘おうと思ったものだと呆れてしまう。
「姫、お戯れはここまでです。もう寝ましょう。」
言いながら神子を横抱きにして立ち上がった。
神子に抵抗されなかったので、そのままベッドまで歩き、そっと下ろしたが神子は首に回した手を離そうとしない。
「せめて、最初の日みたいに添い寝してください。」
耳元で囁かれ、また理性を飛ばしそうになるがなんとか耐え、かしこまりました、と返しそのまま神子とベッドに一緒に入った。
前回はアルバートが抱きしめていたが、今回は神子が抱きついてくる。
アルバートもそれに答えるように抱きしめ返した。
「おやすみなさい。」
そういって腕の中の神子のおでこにキスを落とした。
「アル、もし拷問する話になったら私を殺してください、誰かに私を襲わせる話になってもあなたが襲ってください。」
そんなことをさせるつもりはないが、否定したところで意味もない気がした。
御意、と返事をするアルバートを確認してから神子はおやすみとつぶやきゆっくりと目を閉じる。
やはり神子は酔っていたのだろう。
背中を撫でているとすぐに寝息が聞こえてきた。
――どうするのが正解だったんだ。
神子を見ながらため息をつく。アルバートの心境は複雑だった。
神子に誘われたとき、キスされたとき、本当は飛び上がりたいほど嬉しかったし、このまま抱いてしまおうかと思う自分もいた。
だが、ここで抱いたら神子の身体は手に入っても心が壊れてしまう気がして抱けなかった。
――もう少し飲んでおけばよかったな。
寝付くには酒量が足りないが今ここを離れたくもない。
アルバートは明日からどんな顔をして仕えようかと考えながら目を閉じた。
「おはようございます、姫、アルバート殿下。」
朝、メアリのあともう少しで怒鳴ってきそうな声で起こされた。
何故、今日はジェイじゃなくてメアリが起こしにきたのか寝起きのぼーっとした頭で考える。
「そのお布団めくっても、大丈夫ですよね?」
――あー、昨日姫と寝たんだった。
メアリの言葉と腕の中にいた神子が動いたことで状況を理解する。
首元までかかった掛け布団をめくって服着てなかったら殺す、と暗に言っているらしい。
「何もない、本当に何もなかったから。」
言いながらちゃんと服を着ていることを証明しようと起き上がった。
メアリの訝しげな目線が痛い。
「何もなくなかったです。」
言い訳しようと慌てているアルバートの隣から予想してなかった言葉が聞こえてきた。
嫌な汗が背中を伝う。
絶対に睨んでいるであろうメアリの顔が見れない。
「姫、ややこしいこと言わないでください。」
「あんな素敵なキス、なかったことには出来ません。」
ふざけたように頬に両手を当てるポーズをして笑う神子。
いつも小言を言われないようにかばってくれていた神子はここにはいないようだ。
たぶん、昨日断った仕返しだろう。
睨みつけてくるメアリとは対称的に、絶対に神子はアルバートと目を合わせない。
アルバートは頭をかかえた。
「姫、少しお待ちください。アルバート殿下をお借りしますね。」
貼り付けたようなメアリの笑顔が恐ろしい。
逆に神子はいたずらした子供のようにくすくす笑っていた。
メアリにぐっと腕を引っ張られ、メイドの控え室に連れて行かれる。
アルバートが昨日のことを説明したところで信じてくれそうにはないが、説明しないわけにもいかない。
「ただ、飲んでキスして添い寝しただけだ。
全部姫が酔って仕掛けてきたことだから、俺から何かしたわけじゃない。」
「分かってます。というかここで聞いておりました。」
メアリから返ってきたのは予想外の返事だった。
この控え室は神子の部屋とも繋がっているが、廊下から出入りすることもできる。
メアリは部屋を出ていったフリして、こちらから様子を伺っていたらしい。
「申し訳ありません、昨日の姫の様子がから元気なだけに見えて少し気になってしまって。
姫の言う通りなんですよね。
私も、魔素を降らせるありがたい姫様、魔素が降ってるから大丈夫って、姫自身のこと何も考えていませんでした。
…昨日の貴族たちと一緒です。」
メアリは昔から責任感が強い女性だった。
昨日の神子の発言は思うところがあったのだろう。
よく見ると目の下に隈ができている。
メアリは思い詰めた様子でため息をついてから頬を自分の両手でパンと叩いた。
「仕事に戻ります。
殿下も身支度を整えてからいらしてくださいね。」
いつものきりっとした顔を作ってからメアリは神子の部屋に戻っていった。
――昨日の貴族たちと一緒か…。
メアリの言葉がアルバートの中でぐるぐると回った。
どれだけこちらの人間がつくしても、過去の神子たちが宮殿から逃げ出したり、自殺したりする理由がなんとなく分かった気がする。
アルバートもメアリに言われた通り、身支度を整えるため部屋をでた。




