13
振り返ると、神子は恐怖で震え、カリーナに肩を支えられてなんとか立っているようだった。
スタンがいなくなっても天候は回復せず、雷もゴロゴロと音を鳴らしている。
アルバートと目があった瞬間に涙が溢れ出したのをみて思わず手を引いて抱きしめた。
「私、頑張るから、拷問しないで、襲わせたりもしないで、お願い。」
必死に抱きつきながら懇願する神子。
震える身体を落ち着けるためにそっと頭を撫で、背中をさする。
「そんなこと絶対にいたしませんし、誰にもさせません。姫は十分頑張っていらっしゃいますよ。」
出来るだけ落ち着いた声でゆっくりと語りかける。
しばらくそうして抱きしめていると、雷のゴロゴロとした音が収まり、雨や風も緩やかなものに変わっていく。
落ち着いていく天候に、神子との関係をまわりの貴族たちに見せつけているようでアルバートは不謹慎ながら気分が良かった。
「もう帰る…。」
泣き止んでぼそっとつぶやいた神子をアルバートはそのまま横抱きにした。
驚いたようにきゃっと言いながらしがみつく神子。
「今日は思う存分甘えてください。」
耳元で囁いて歩き出す。神子の顔が耳まで真っ赤に染まった。
本当は帰る前に主催者である国王に挨拶するべきだが、今更どうでもよかった。
圧倒的な神子の力を感じた貴族たちが跪いて通り道を開けている。
簡単に話しかけていい存在ではないこともこれで悟っただろう。
会場の広間を出るとメアリが待ち構えていた。
また小言を聞かされるだろうとアルバートは思わず顔をしかめる。
「アルバート殿下、あなたがついていながら何故こんなことになるんですか!」
目を吊り上げて般若のような形相で迫ってくるメアリ。
何があったかは会場にいなかった人間にまで知れ渡っていたらしい。
「メアリ、怒らないで。アルは悪くないんです。」
神子がアルバートを庇ってくれた。
素直にそれが嬉しく抱き上げた腕にぎゅっと力を入れるとそれを見ていたメアリがため息をついて離れていった。
メアリも一緒に部屋に戻ってソファーの上にゆっくりと神子を下ろす。
そのままアルバートも隣に腰掛けた。
「どうやったら魔素って増やせるんでしょう?」
スタンに言われたことをやはり気にしていたらしい。
「心穏やかにお過ごしいただくことが1番の近道でございます。
あの頭の中まで筋肉しか詰まってない馬鹿に言われたことは忘れてください、姫。」
身につけていた頭や胸元のアクセサリーを神子から取りながらメアリが答えた。
アルバートもそれに賛同する。
「あいつは妙な宗教にでも洗脳されてしまったのでしょう。
過去の神殿の資料には神子に拷問した記録が残っていますが、全く効果を得られなかった事まで判明しています。」
拷問をしても魔素が振らないことはすでに実証されている。
神子は振る魔素の量を調節できない。
強制出来るのならとっくの昔にやっているだろう。
「拷問…本当にしてたんですね。」
神子の悲しげな声に言うべきじゃなかったと反省する。
過去にしてたということはこれからもするかもしれないと受け取られても仕方がない。
「絶対にしませんし、させません。
そんなことになったら、姫を連れて神官たちとどこまででも逃げます。」
「ありがとうございます、アル。
フレドリック殿下があの人の首を落とすと言ってましたけど、大丈夫ですよね?」
スタンを心配するような神子のお人好しな発言にアルバートはため息を付きそうになった。
この世界で神子の命令は絶対だ。
神子が首を落とすな、助けろというならば助けなければならないが、助ける選択肢は今のところない。
かつての友人にこんなにも自分は冷酷な態度が取れたのかと、アルバートは自分が怖くなった。
「一瞬ではありましたがあれだけ天候があれました。
ある程度の処罰を考えなければ貴族たちも納得しないでしょう。
それに、スタンを野放しにすれば姫に危害を加えようとする連中が増えるだけです。
見せしめのためにもきちんと処罰しなければいけません。
その処罰が最高刑になったとしても仕方がないことでしょう。」
アルバートの言葉に納得したのか神子は頷いた。
神子がいた世界では人を何人も殺さない限り処刑されないらしい。
しかも、要人を殺そうが平民を殺そうが罪は変わらないという。
そんな刑罰が甘い世界で育った神子にとって罵倒程度で処刑は考えられないのだろう。
「私、今日は寝れそうにないんです。
ちょっと飲み直すのに付き合ってもらえませんか?」
予想外のお誘いだった。アルバートはすぐに頷く。
「でしたら、飲みやすい果実酒をいくつか用意しますね。」
喜んで返事をしたアルバートを見た神子はメアリは?と聞く。
やはりふたりきりという意味ではなかったと少しがっかりした。
「すみません、私はやることがありますので。
姫、飲み直す前にお風呂に入ってしまいませんか?
楽な格好のほうが楽しいでしょう。」
メアリも飲むかと思ったが、アルバートに譲ってくれたらしい。
メアリだけじゃなく他のメイドたちも神子がアルバートに懐き出したころから、こうしてアルバートと神子の時間を優先してくれるようになっていた。
神子はアルバートに待っててくださいね、と念押しして風呂場に向かっていった。
アルバートも一旦ジャケットくらいは脱ごうと廊下に出るとジェイと鉢合わせた。
「殿下、探しておりました。
カルノー辺境伯が神子に謝罪させてくれと仰っております。」
そのまま自室に入りジェイにジャケットを手渡した。
カルノー辺境伯はスタンの父親だ。
スタンが吐いた暴言はスタンの処刑だけでなく、カルノー家の爵位剥奪までありえるような内容だった。
それだけはどうにか避けたいという思いが透けて見える。
「明日以降に書簡で謝罪を受ける。
ただ謝罪によって処罰を軽くする気はない、と伝えろ。」
かしこまりました、といいながら普段着を手渡してくるジェイ。
ジャケットだけ脱ぐ予定だったが、いつもの服のほうが楽なので結局着替えることにした。
「姫様のご様子は?」
「落ち着いてはいるが、今日は寝れそうにないと言っていた。
今は必死に心を鎮めているんだろう。
飲み直さないか、と神子に誘われたから行ってくる。」
ジェイはカルノー辺境伯に返事をするために着替えの手伝いが終わったら足早に広間まで戻っていった。
アルバートも神子と約束した果実酒をとりに部屋を出た。
神子の部屋で酒と適当なつまみを用意していると、神子が風呂から戻ってきた。
まだ乾ききっていない髪がいつもより色っぽい。
「アルバート殿下、少しよろしいでしょうか。」
メアリに呼ばれて一旦、神子の部屋と続き間になっているメイドの控え室に入った。
最近、メアリに小言を言われるときは必ずこの部屋に呼ばれる。
今回も嫌な予感がした。
「分かっておいでだとは思いますが、絶対に姫に触れないことを約束してください。
お酒のせい、なんてなんの言い訳にもなりませんからね。
理性的で紳士な態度を貫きますようお願い致します。」
言い切ったメアリの顔は般若のようだった。
2人にしてもしもがあったら自分の責任だと思っているのだろう。
「当たり前だ。たとえ酔った姫に誘われても手を出さないと誓う。」
メアリは信頼してますから、と小さな声でいい控え室から神子の部屋に戻り、神子に挨拶してから部屋を出ていった。
――注意する時点で信頼なんてしてないだろ。
アルバートはため息を付きながら神子の隣に腰掛けた。
「今日の格好、王子様って感じですごくかっこよかったのに着替えちゃったんですね。」
「姫が気に入ったのなら毎日でもあの服をきますよ。」
アルバートは神子に褒められて、得意になった。
やはり、動きにくいのを我慢してジャケットだけ脱げばよかったと反省する。
「たまにだから特別感があっていいんですよ。
そういえば、メアリと何話してたんですか?
本当に2人って仲良いですよねー、いつも2人でこそこそ話してるし。」
アルバートの持ってきた酒の瓶のラベルを楽しそうに見比べながら話しかけてくる。
何かちょっとトゲがある言い方な気がした。
「またいつもの小言をいただいただけですよ。
どれ飲みますか?」
神子はりんごの果実酒を指差す。
どのくらい酒に強いのか分からなかったので、適当に薄めの水割りを作って手渡した。
「もしかして、私って2人の邪魔だったりします?」
メアリとアルバートがまるで恋人同士であるような言い方に、自分の酒を作ろうと持ったグラスを落としそうになった。




