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グレイソン侯爵はアルバートにも神子にも一切口を挟ませることなく一気に話しきった。

神子は何と返していいか困ったのかアルバートの半歩後ろに下がってしまった。

その反応を気にせず、先ほど紹介されたエヴァンが神子の前に進み出る。


「グレイソン家の次男、エヴァンです。美しい姫様に出会えて光栄です。」


エヴァンは膝を付き神子の手を取ってキスしようとしたが、アルバートがそっと手を引いてそれを避けさせた。

このエヴァンは、アルバートに負けず劣らず夜遊びの噂が絶えない男だ。

垂れ目の甘い顔と繊細な仕草が女性に受けるらしい。

男に対しての警戒心が薄い神子に1番近づけたくないタイプの男だ。


「姫様は甘いものはお好きですか?うちでは王都で1番腕のいいパティシエに菓子を作らせておりまして…」


神子の返事を聞かずに話し続ける。親子揃って無礼な人間だ。


「すみません、お茶会を開く予定もお出掛けしていいかも私には分からないんで、アルバート殿下かフレドリック殿下にまずは許可をいただいてください。」


アルバートがどう話を切り上げようか迷っていると、神子自身が話を切り上げた。

たぶん困ったら全て王族のせいにすればいいというメアリの入れ知恵だろう。

従者や家族のせいにするのは貴族の娘の間での定番の断り方だ。

神子は意味を知らないだろうが、要するにお前に興味がないからもう話しかけるな、という意味だ。

流石のグレイソン親子も一礼して去っていった。


しかし、グレイソンが神子に話しかけていたのを遠目で見ていた貴族たちが同じような話をしに次々の神子の元にやってくる。

だいたいは神子へのアピールが目的だが、たまに婦人や令嬢がアルバートにすり寄ってきた。

彼女らは神子に挨拶したあとにアルバートの耳元で今夜のお誘いをかけてくる。

他の女性と懇意にしていると神子に思われたくない。

今日はちょっと、と控えめに返事をしてどうにかあしらった。


何人目かの貴族をあしらい、話しかけてくる人間が少なくなってきた頃、神子がアルバートの服の袖を控えめに引っ張ってきた。


「足が痛くなってきちゃって、ちょっと座ることってできますか?」


かしこまりました、と言いながら神子の腰に手を当て会場の隅にあるソファーにエスコートする。

その姿はまるで恋人同士のようだった。

神子は知らないだろうが、他にそんなことをしているのは婚約者同士くらいだ。

この光景をみた貴族たちは全員、アルバートと神子が恋仲だと勘違いするだろう。


――これで女達もよってこなくなる。


自分で撒いた種ではあるが、あまりにも声をかけてくる人数が多くて嫌になっていた。



「あ、あの姫様、少しだけよろしいでしょうか?」


ソファーまで後もう少しというところで声がかかった。

声の方を向くと、声の主は大人しそうな若い令嬢だった。


「わ、わたくし、クラウジウス子爵の娘のカリーナと申します。

ひ、姫様のドレスが気になりまして、見せていただきたくて…」


緊張しているのか何度もつかえながらなんとか話しかけてくるカリーナ。

だが、子爵を通さず、無爵の令嬢が直接話しかけてくるのはかなりのマナー違反だ。

しかも神子にではなくドレスに興味があるなんて、失礼極まりない。

アルバートは無視しようと神子の手を引いた。


「ちょっとまってください、アル。

私もカリーナさんのドレス、気になります。私にも見せてください。」


女性同士、通づる者があるのか2人でソファーに座ってお互いのドレスの生地や作りを見比べ出した。

カリーナのドレスはこちらの世界では一般的な形のクリーム色のドレスだったが、下から上に向かってグラデーションになるように施された黒い刺繍は見事なものだった。


神子に女性の友人がいたほうがいいとメアリも言っていたことを思い出す。

クラウジウス子爵は野心がなく、いい噂も悪い噂も聞かない目立たない貴族だ。

その子爵家の令嬢なら神子の友人にも丁度いいだろうとアルバートは見守ることにした。

使用人から先ほど神子が気に入っていた果実酒のカクテルを2つ受け取り、ドレスについて語り合う2人に差し出す。


「え!私にまで!殿下、すみません!」


ありがとう、と受け取った神子とは対称的に慌てながら受け取るカリーナ。

たぶん普段は気の弱い令嬢なのだろう。

その態度も神子の友人として好ましいと感じた。


立食パーティでソファーに腰掛けているのは休憩したい、話しかけるなという合図だ。

他の貴族たちは神子に近づけず歯がゆい思いをしているだろう。

アルバートは神子とカリーナが座っているソファーの直ぐそばの壁にもたれかかってまわりを見回しながら酒を煽った。



「ご機嫌麗しゅう、アルバート殿下。」


やけに自信たっぷりな声がアルバートを呼んだ。

声をかけてきたのは見覚えのあるガタイのいい大柄な貴族だった。


「久しぶりだな、スタン。」


スタンはアルバートの子供の頃からの数少ない友人だ。

学生時代、いつも2人でふざけ合っていたのが懐かしい。

普段は辺境伯の嫡男として領地を治めているため、大人になってから王都で会うのは久しぶりだ。


「今日はアルバート殿下にではなく、姫様にお話が。」


いつになく真剣な友人の様子にアルバートは嫌な予感がした。

神子にも聞こえるように少し声を張ったのだろう。

聞きつけた神子がソファーから立ち上がりこちらによってくる。


「姫様は市井に出たことはおありか?」



スタンは神子に名乗りもしなかった。

責めるように言われたことに驚きながらも神子は首を横に振った。

神子は警備の都合上、王宮から外に出ることは出来ない。

それをスタンも知っているだろうに、神子に突っかかる意味がアルバートは分からなかった。


「では、私の家が治める土地がどのような状態かもご存知でないでしょう。

あなたが魔素を出し渋っているせいで作物もろくに育たず、国からの配給で民はぎりぎり生き延びているのです!

豪華なドレスを着て、宮殿で遊んでいる暇があったらご自身の責務を果たしていただきたい!」


怒鳴りながら神子に迫るスタン。

アルバートのふたまわりほど大きいスタンの怒鳴り声にびくっと神子が震えた瞬間、天井に激しく雨がぶつかる音が聞こえてきた。

今にも神子に掴みかかりそうなスタンの前にアルバートが割り込んだ。


「何を言ってるんだ、スタン。落ち着け。」

「アルバート殿下は従者の病で正常な判断ができなくなっているのでしょう。

その女には拷問でもして魔素を吐き出させればいいのです。」


スタンが言い切った瞬間、ドーン!ととんでもない音の雷が落ちた。

雨音も一気に強くなり、ゴーゴーと風の音も聞こえる。

外は貴族たちが家に帰ることも難しい天候になっているだろう。


「拷問よりも男に襲わせたほうが、そんなドレスを着ている淫売にはよさそうだな!

天候をあらせばこちらが折れると思っているのだろう、この魔女め!」


あまりの言いようにアルバートは思わずスタンの胸ぐらに掴みかかっていた。


「姫を愚弄するな。殺すぞ。」


低い声で静かに脅す。だが、スタンはひるまずにアルバートを睨み返した。


「殿下、よくご覧ください。

あの気味の悪い血色のない肌、真っ白な髪。

あれは人間ではない。魔女に決まっています。」


まだアルバートを説得しようとしているのか世迷い言を言うスタン。

今このときもスタンの言うことがアルバートの後ろにいるであろう神子に聞こえていると思うと、胸がいたかった。


騒ぎを聞きつけたフレドリックが兵士を何人か引き連れて駆け寄ってきた。

スタンは抵抗していたが多勢に無勢、すぐに後ろ手に縛られ、押さえつけられる。

天候はまだ大荒れの状態が続いていた。


「申し訳ございません、姫様!

今すぐこの者の首を切り落としましょう。」


どうにか天候を戻さなくてはとフレドリックが焦ったように言った瞬間、ドーン!と床やシャンデリアがゆれるほどの大きな雷が落ちた。


――リック、女が首なんて望むわけ無いだろ。


女心が分からない兄にアルバートは心の中で呆れながら、兵士たちにスタンを牢に連れて行くよう指示を出した。


「王家も貴族も全員騙されている!神子は魔女だ!俺たちを操ろうとしているんだ!」


スタンは連れて行かれる最中、大声で貴族たちに神子は魔女だと訴えていた。

昔からあるその手の思考に洗脳されてしまった友人が連行される背中が悲しかった。

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