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神子がきて2ヶ月がたった。
最近は天候も安定していて少量ではあるが毎日魔素も降っている。
外は完全に雪が溶け、畑の作物も徐々に育ってきているそうだ。
今日は貴族たちと約束した夜会の日だ。
この日のためにアルバートは少し神子が移動するだけでも手をとってエスコートし、宮殿内の庭を散策するだけでも危ないからと腰に手を回して神子との距離を詰めていた。
最初、神子は驚いた顔や困った顔を浮かべていたが、最近はエスコートを待っていたりと慣れてきたようだった。
メアリには裏でやめろと散々言われたが諦めなかった自分を褒めたい。
夜会の準備のために神子の部屋を追い出されたアルバートは自室でいつもの動きやすい従者の服ではなく、王子としての正装に身を包んでいた。
「その格好も久しぶりですね。いつも式典のとき以外は普段着のまま行ったりして顰蹙をかっていたでしょう。」
アルバートの正装姿を見て支度を手伝っていたジェイがつぶやく。
「せっかくの夜会でエスコートが従者の服着てたら締まらないだろう。
神子に恥かかせるわけにいかないから。」
今日のパーティはアルバートが神子のエスコートに決まっていた。
神子に恥を欠かせるわけにいかないのが半分、あと半分は神子に格好つけたいだけだ。
アルバートは何度も鏡の前で自分の格好を確認しながら、柄にもなく緊張しているのを感じていた。
「そんなに鏡みても何も変わりませんよ。
そろそろお時間です、向かいましょう。」
何度も鏡を見るアルバートをからかうようにジェイが笑った。
エスコートの際は男が女性を迎えにいき、一緒に会場まで行くのが慣習だ。
それまで相手のドレス姿を見ることはない。
メアリのことは信用しているが2ヶ月前みたドレスの切れ目がどうなったのかアルバートは知らなかった。
窓から見える魔素の量が普段より多いところを見るに、神子の気に入るデザインにはなっていそうだ。
そうなるとあのデザイン画のまま太ももから裂けているのかもしれないと不安になる。
神子の部屋の前まで行き、緊張を解くように大きく息を吐いてからドアをノックする。
「失礼します、アルバートです。」
どうぞ、というメアリの声が返ってきたことを確認してゆっくりとドアを開けた。
「アル、どう?似合ってます??」
神子はゆるくカールをかけた髪をハーフアップして、濃い青のドレスを着ていた。
くるくると姿見の前で自分の姿を確認している神子が可愛い。
問題のスカートは左右の布を深めに重ねることで切れ目自体は神子のデザイン通りの位置から始まっているが、歩いても足は膝から下しか見えなくなっている。
ストールを羽織っても隠れなかったお尻のラインだけが気になったが、今更うだうだいっても仕方ない。
――神子に不埒な目を向けてきたやつは不敬罪だとか言って殺そう。
頭の中では物騒なことを考えながら神子に微笑んだ。
「えぇ、いつもお美しいですが、今日はより一層お美しいですよ。
こんなに美しい方のエスコートが出来るなんて、光栄です。」
「ありがとうございます、アルもいつもの服と違ってかっこいいです。
こんなにかっこいい王子様にエスコートしていただけるなんて光栄です。」
ふざけたように笑いながらぺこりとお辞儀する神子が愛しくて抱きしめたくなった。
ここで化粧と髪型を崩したらメアリに怒鳴られるのが分かっているのでぐっと我慢する。
仕方なく、抱きしめる代わりにそっと手を差し出した。
「では参りましょうか。」
神子は大きく頷いて、アルバートの手に小さな手をかさねた。
メアリがこの場にいなければこのまま自分の部屋に連れて帰っていたところだ。
神子の歩幅に合わせてゆっくりと夜会の会場である広間へと向かった。
「姫、夜会の最中は絶対にアルバート殿下から離れてはいけませんよ。」
メイドであるメアリは夜会に入れないため、広間の前で神子の手を握り、念押しするように言った。
何となく神子も緊張しているのか魔素が降り止んでいた。
アルバートにもメアリから目線が飛んできたので、分かっているとかえす。
メアリに言われなくとも神子の手を離すつもりなんてない。
「メアリは心配しすぎです。じゃあいってきます。」
神子にももう少し危機感を持ってもらいたいものだが仕方がない。
強欲な貴族たちが神子に何か要求することがないように見張るのはアルバートたち王族の仕事だ。
メアリが見守るなか、そっと手を引いて広間へと入った。
広間の中にはすでに大勢の貴族たちが揃っていた。
神子が入ってきたことを確認するとそれとなく中心のほうに道が出来る。
今日は神子が緊張しないようにと、ダンスなしのカジュアルな立食パーティだ。
ついでに厳かな挨拶も禁止しておいたので、みんな会釈するだけで跪いたりすることもなかった。
中央にあるメインのテーブルにちょうどフレドリックがいたのでそちらに向かう。
アルバートは歩いている途中、品定めするように神子を見る目線を感じていた。
神子の格好に男たちは目線を反らし、女性たちはぐっと魅入ってた。
女性たちから向けられる羨望の眼差しを感じ、次の夜会からはこのデザインのドレスを全員が着ていることをアルバートは確信していた。
「姫様、本日はご機嫌麗しゅう。
お久しぶりですが、私のこと覚えていらっしゃいますか?」
「お久しぶりです、アルのお兄様ですよね?」
召喚された日以来フレドリックと神子が会ったことはなかったが、神子は覚えていたらしい。
「覚えていただけたとは光栄です。わたくし、フレドリックと申します。」
神子が名前を覚えていないことを察して、改めて名乗るフレドリック。
神子は覚えるために何度もフレドリックと口の中でつぶやいていた。
「姫様、いらっしゃっておられましたか。
お初にお目にかかります、国王のエリオットでございます。」
エリオットも神子を見つけて話しかけてくる。
メイドにでも神子を怖がらせないように言われたのだろう。
貼り付けたような笑顔で話しかけるがそれが逆に恐怖を煽る。
神子も初めましてと返したが、笑顔が引きつっている。
それを察したのか、フレドリックがエリオットを引っ張った。
「姫様、お酒は嗜まれますか?」
そう言いながら、飲み物を持って歩く使用人を呼び止めるフレドリック。
神子が頷いたのを見てひとつカクテルグラスを使用人から受け取り手渡した。
「我が国で生産しているいちごの果実酒をベースにしたカクテルでございます。
今日は姫様を歓迎するパーティですからぜひ楽しんでいってください、では。」
フレドリックは一礼してエリオットを引っ張って神子から離れていく。
エリオットは神子ともう少し話したそうだったが、しぶしぶフレドリックに従うことにしたようだ。
神子はあの怖い顔面から開放されたことにほっとしたのか息をついてから、先ほど受け取ったカクテルに口をつけた。
「これすごい美味しいですよ、アルも飲みます?」
小首をかしげながらグラスをアルバートに差し出してきたが、まずいことをしたと思ったのかごめんなさいと小さく謝りながらすぐグラスを引っ込めた。
アルバートはそんな神子の手からグラスをとって、カクテルを飲み干した。
ほんの少し、気持ち程度しかアルコールの入っていない甘い酒が喉を通る。
「ありがとうございます。」
からかうようなアルバートの行動を見た神子の顔が真っ赤に染まる。
そんな神子があまりにも可愛らしくて思わず頬が緩んだ。
――ここが2人だけの空間だったらキスくらいしてたのに。
そんなことを考えていると2人の後ろから咳払いとともにすみません、と声がかかった。
振り向くとそこにいたのは神子に会わせろと2ヶ月前に騒いでいた侯爵のグレイソンだった。
アルバートのテンションは一気に地に落ちる。
「ご歓談のところすみません、ぜひともわたくしめも姫様にご挨拶させていただきたい。
侯爵のグレイソンと申します。先ほどお二人が飲まれていたあの果実酒を製造している領地を運営しているものでございます。以後お見知りおきを。
他にもうちではドレスも作っておりまして、姫様によく似合う生地も取り揃えておりますから、次にドレスを作る際はぜひともお声がけくださいませ。
あと、これはわたくしの息子のエヴァンといいまして姫様と歳も近くきっといいお話相手になれるかと。
ぜひお茶会などを開くときはエヴァンも招待していただきたい。」




