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数日後、2ヶ月の間に神子に懐かれるためにアルバートは奔走していた。
今日も神子が朝の準備を終えた時間を見計らって、部屋に入る。
「おはようございます、姫。」
朝食として出されたフルーツを食べる神子と目が合う。
結局神子の朝食はお茶とフルーツだけに落ち着いていた。
天候も荒れていないので、この朝食が神子にはあっているらしい。
「おはようございます、アル。今日と明日、メアリはお休みみたいです。」
王宮の使用人たちには10日働いたら2日の休日を取る義務がある。
アルバートは心の中で喜んでいた。メアリは今日と明日くることはない。
代わりのメイドはいるが、アルバートに強く出られるような人間は他にいないし、何より神子に懐かれていないはずだ。
これは神子を独り占めできるチャンスかもしれない。
「アルはいつお休みですか?メアリとは違う日にお休み取るかたちになるんですか?」
神子はメアリに休みがあるならアルバートにも休みがあると思っているようだ。
王族や貴族は勤め人ではないため基本的に決められた休日はない。
緊急時以外は休みたいときに仕事を片付けて時間を作って休むものだ。
神子の従者も神子に休んでいいと言われれば休みが取れるが、基本的に休日はない。
そもそもアルバートは休むつもり自体なかった。
「メイドには代わりがいますが、神子の従者に代わりはいませんから休日もありません。
毎日神子のお側にいます。」
「休まないと身体壊しますよ。
せめて他の人に変わってもらえるようにもうひとり従者増やせないんですか?
エヴリンもそう思いますよね?」
神子はメアリの代わりに来ているメイドのエヴリンに目をやった。
エヴリンはアルバートと神子の温度差に吹き出しそうになるのをぐっとこらえる。
「そうですね、姫様がそうおっしゃるならもうひとり従者を増やして、アルバート殿下に休日をとっていただくことは可能です。
ですが、従者は基本的に男性ですので信頼できる男性を王族以外で探すのは難しいかと。
それに神託によって選ばれた従者は他に代わりのいない存在です。」
アルバートは生真面目な返答がエヴリンから返ってきてほっとする。
メアリならすぐに従者を探してきそうだ。
神子は心配そうにこちらを見上げていた。
「いつでも自分の都合でお休みしてもらって大丈夫ですからね。
私、大抵のことは1人でできますから。」
「俺は姫の世話をしたくてしていますから、俺から仕事を奪わないでくださいね。」
神子は向こうの世界では使用人がいるような生活をしていなかったらしい。
人に仕えられることに慣れていないのか、世話されることに違和感があるようだ。
たとえば使用人用のテーブルに水差しがあると、メアリやアルバートには頼まず自分で水を汲みに行ってしまう。
首をかしげてアルバートの発言を不思議がる神子の様子を見るに、神子の全ての世話をしたいアルバートの気持ちは理解できないようだった。
――コンコンコン
「失礼いたします、姫様、約束の本をお持ちしました。」
そう言いながら返事を待たずに入ってきたのは大量の本を抱えたニコラスだった。
テーブルにどさっと本を下ろす。
「こんなにたくさん!声だけかけてもらえれば取りに行ったのに、すいません。」
「いえいえ、姫様に取りに来て頂くなんて畏れ多い。
たまにはこの老体も動かさないと鈍るばかりですから。
それに若い神官にやらせようにも、誰が姫様に本を持っていくかで喧嘩になってしまいます。」
御年72歳になるニコラスは少し曲がった腰をぐっと伸ばしながら言った。
ニコラスが持ってきたのは昔の神子たちに関する本だった。
たくさんの魔素を降らせた昔の神子たちの生涯は庶民でも楽しめるような小説として出版されている。
それを神子殿から出れず暇な神子のために見繕ってもらっていた。
神子は文字が読めないためアルバートが代読する予定だ。
「じゃあいい運動になりましたので、わしはこれで失礼させて頂きますね。」
本当に本を持ってきただけでニコラスは帰っていった。
たぶんあまり長くいると若い神官たちがまたうるさいんだろう。
ニコラスをドアのところまで見送った神子はたくさんの本の表紙を珍しげに眺める。
それぞれの本の表紙には過去の神子の肖像画が書かれていた。
「神子っていろんな国から召喚されるんですね。肌も髪も全然色が違う。
言葉は全員通じてたんですか?」
「そのはずです、召喚の際にこちらの言葉を話せるようになるそうですよ。」
「なるほど、どうせなら文字も読めるようにしてほしかったです。
…どれがいいか分かんないから表装が可愛いこれにしようかな。」
神子がつぶやきながら開こうとした淡いピンクの表装の本を見たアルバートは慌てて本を奪い取った。
驚いた顔で神子がアルバートを見つめる。
「すいません、ですが、この本だけはいけません。
エヴリン、神殿に返しておけ。」
早くこの本から神子の興味を反らすため、すぐにエヴリンに手渡した。
エヴリンもすぐにアルバートが本を取り上げた意味を理解したのか部屋から出ていった。
このピンクの本は今の神子の前に魔素を降らせることが出来た神子の生涯を書いた本だ。
魔素を降らせるヒントがほしいと言っていた神子のために、死後100年もつ量の魔素を降らせた伝説の神子の本を持ってきたのだろう。
ただ、この本は巷では成人用の書店でしか販売されていない。
この本の神子は女性の芸術家で裸体を描くことを専門としていたらしい。
向こうの世界では出来なかった人間の愛しあう姿を描くために実際に目の前で行為させたことで有名だ。
絵を描いている最中はすごい量の魔素が降り注いだらしい。
もちろんその絵も本の中にたくさん載っている。
閨教育の一環としてこの本を読ませる場合が多いため、貴族なら誰でも1度は目を通したことがある本だった。
――神子が同じことをしたいと言い出したらどうしてくれる。
たぶん、同じことをするときに最初に犠牲になるのはアルバートだろう。
絶対にそれだけは避けなければいけない。
自分の裸体が後世まで残されるなんて考えたくないことだ。
神官たちは神子の喜ぶことなら誰が犠牲になっても構わないと思っているからこの本を選んできたんだろう。
この本を選んだ神官たちに殺意が湧いた。
次からは神殿から送られたものは先に検閲しようと決めた。
「さっきの本は何か問題でもありました?」
「姫が読むような本ではなかったので。他の本なら大丈夫そうです。」
笑顔で取り繕いながら言うが、神子は納得していないような顔をしていた。
それでもアルバートの雰囲気でこれ以上聞いては行けないと察したように他の本を選び出した神子をみてほっと胸を撫で下ろした。
神子が選んだ本を手に神子が座っている2人掛けのソファーに腰掛ける。
軽く神子に触れるくらいの距離感で本を開いて代読した。
――この距離感に慣れてもらえれば少なくとも夜会では俺との間に入ってこれる馬鹿はいないだろう。
そう思って心の中でほくそ笑んだ。




