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エヴァレット王国は今日も昼間なのに気温が氷点下を下回り、吹雪が吹き荒れている。

この国の第2王子であるアルバートは自室の窓から見える風景にため息をついた。

もうこの吹雪は1ヶ月も続いている。

今は国が蓄えていた穀物を国民に配ることが出来ているが、それも1年も経たず底をつくだろう。


――今回の召喚が失敗したら、人類滅亡か。


この世界では魔素と呼ばれる成分が天候を安定させ、気温を保つ。

魔素が満ちている世界では、常にシャツ1枚で過ごせるような気候で、1年中作物が育ち、飢えることも凍えることもない。

人々の生活に魔素は必要な不可欠なものだ。



魔素は召喚によって神から与えられる若い異世界人である神子が降らせることが出来るものだ。

だが、その神子の召喚は神官の体力を大幅に削り、稀に死者を出すこともある非常に危険なものでもある。

そう頻繁に行えるわけがなく、行ったからといって必ず神子を召喚できるわけでもなかった。

今日は2ヶ月ぶりの神子の召喚の日。

定期的に召喚の儀式自体は行っているが約2年前に神子を失ってから成功したことはなかった。


――これで神子が召喚出来なかったら俺の存在意義もなくなるな。


アルバートは成人した際、神子の召喚を執り行っている神殿の神官長に神託が下り、神子の従者に選ばれていた。

神子の従者は代々、エヴァレット王国の王族の中から選ばれる特殊な役職だ。

選ばれた瞬間に王位継承権はなくなり、政治に携わることも戦争で指揮をとったりすることもない、何故か子供も作れなくなるため結婚も難しい。

アルバートが16歳で成人のしてからもう9年が経つ。

王になることも、男として武勲を立てることも諦めて、ただ従者としての訓練を神殿で行って過ごしていた。

特に2年前に召喚に成功した神子がたった1ヶ月でこの世を去ってからは、ずっと虚しさを抱えている。

その日々もきっと今日で最後だろう。

アルバートは成功、失敗どちらにしてもこの虚しさから解き放たれる気がしていた。


――コンコン


静かな部屋にノックの音が響き渡る。


「アルバート殿下、召喚の儀式を執り行います。ご準備を。」


緊張したような騎士の声がした。

アルバートは返事を返すと分厚いコートを羽織り、部屋を出た。




召喚の儀式を執り行う神殿につくと、準備している神官たちや手伝いのメイドたちの中にアルバートと同じ金髪の頭が2つ見えた。

アルバートの父で国王のエリオット、兄のフレドリックだ。

エリオットとフレドリックは緊張で早めにきているのだろう。

2人ともいつも険しい顔をしているが、今日は一層と眉間にシワを寄せている。


――こんな顔が2つも並んで出迎えたら、神子も恐ろしいだろうな。


アルバートは軽く会釈をして神殿の端に並ぶ2人の隣に立った。

召喚の魔法陣が掘られた床とその奥にある大きな神の像を見る。

今まで何度も見てきた光景だったが、これが最後になるかもしれないと思うと感慨深かった。


白い石で出来た神殿は冷え切っており、アルバートは真っ白な息を吐いた。

分厚いコートを羽織っていても、手が震えるような寒さだ。

こんなに寒くても儀式を行う際は何故か暖炉に火を入れることは出来ないらしい。

手をこすり合わせながら儀式が始まるのを待っていると、腰が曲がってきた神官長のニコラスがアルバートたちの前に進み出てきた。


「皆様、お揃いですね。そろそろ儀式を始めましょうか。」


アルバートにはニコラスのゆったりとした様子が神官たちの緊張を解すように意識して話しているようにしか見えなかった。

神官たちもニコラスもこれが最後の召喚になることを感じているのだろう。

いつにない緊張感で神殿内は満たされていた。


「それでは皆様、神にお祈りください。」


ニコラスの合図で神官たちが魔法陣を取り囲み、胸の前で指を組んで祈りの姿をした。

自分の命と引き換えになるかもしれない召喚に挑む神官たちの覚悟とはどんなものだろうか。

国のために死ぬことなど考えたこともないアルバートは、そんな使命を背負わされる神官たちが不憫にみえた。

だが、この召喚が失敗すればアルバートも極寒の中死に絶えることになる。

神官たちにならって組んだ指に神にすがるように力を込め、必死に祈る。


――神子を与えてください。お願いします。このままでは人類は滅びてしまいます。


アルバートの思いに共鳴するように、神官たちの呪文のような祈りの言葉が神殿内に響き渡る。

今まで何度も召喚の儀式を行ってきたが、これほど力の入った祈りはなかっただろう。

それほどまでにエヴァレット王国は、この世界は追い詰められていた。


しかし、神官たちが取り囲む魔法陣にはなんの変化も起こらなかった。

ここで辞めれば神子は来ないが、1人の死者も出さずに儀式は終わる。

それが分かっていても誰も祈りを止めることはなく、必死で祈りの言葉を繰り返す。

神は人間の滅亡を望んでいるのかもしれない、と思いながらアルバートは魔法陣の中心を見つめ続けた。




どのくらいの間、そうして祈っていたのだろうか。

全員に諦めの色が浮かび始めたとき、魔法陣が静かに輝きだした。


――神子が今度こそ来るかもしれない!


その場にいる全員の組んだ指に力が入る。

アルバートは食い入るように輝く魔法陣を見つめた。

すると光の中にゆっくりと黒い影が現れ、人の形になっていく。


「あぁ、神子が…神子様がいらっしゃった。神よ、感謝いたします。」


アルバートと同じく儀式を見守っていたニコラスは感嘆の声を漏らした。

エリオットもホッとしたように息を吐いている。

フレドリックもメイドたちも皆、同じように安堵の表情を浮かべていた。


だが、アルバートだけは何故だが魔法陣から目が離せなくなっていた。

ゆっくりと影が動き、魔法陣の中に完全な人形が現れた時、アルバートの身体は勝手に魔法陣に向かって走り出した。


「何をしているんだ!」


慌てたフレドリックに後ろから腕を引かれ、羽交い締めにされ止められる。


「お前こそ何を考えているんだ!姫様が死ぬぞ!」


アルバートは自分が発した言葉に自分でも驚いた。

だが、同時に自分の言葉に間違いがないとも思っていた。

姫は召喚した神子が女性だったときのみに使われる継承だ。

まだ影しか見えない、性別も分からないうちから神子は女性で凍えて死にそうだとアルバートは確信していた。


「アルバート殿下、なりません。儀式が終わるまでどうかお待ち下さい。

儀式を途中で辞めれば神子様は人の姿を保てず、すぐに亡くなってしまいます。」


ニコラスにも落ち着いた声で諭される。

もうアルバートの頭の中はもう時期姿を表すであろう神子のことでいっぱいだった。


「頼む、急いでくれ。」

 

そう伝えると一旦魔法陣に向かうことは諦めたが、魔法陣から目を離すことはない。

そんなアルバートをフレドリックは無理やり腕を引いて魔法陣から遠ざけた。


アルバートは不思議な感情で包まれていた。

まるでまだ会ったこともない光の中の影でしかない神子に恋しているようだった。

今すぐに抱きしめたい、暖めてあげたい。

そんな衝動が溢れ出てくる。


召喚が終わるまでの時間はアルバートにとってとても長いものとなった。

待っている間も神子のことが心配で仕方がない。

早く、早くと心の中で唱え続ける。



それから30分程度で魔法陣を包んでいた光が消えた。

召喚を終えた神官たちがその場に倒れ込む。

その中心に髪も皮膚も真っ白な小さい女性が横たわっていた。

袖のない薄いワンピースを着ており、全身がガタガタと震えて唇は真っ青だ。

周りの人々は喜びの歓声をあげていたがアルバートはその姿を見た瞬間、フレドリックを振り切り神子にかけよっていた。


「姫様、大丈夫ですか!すぐに暖かい部屋に運びます。」


そう声をかけながら自分のコートを脱ぎ、神子に巻き付けるように被せる。

神子は薄っすらと目をあけ小さく頷いた。


――よかった、意識はある。


今は意識があるが、そのままにしておけば凍え死ぬだろう。

そのまま横抱きにするように抱えて持ち上げた。

神子の身体は細く、羽根のように軽い。

まるで繊細なガラス細工を持ち上げているようで、恐ろしさを感じた。


神子は震えながらぼんやりと天井を見つめていた。

その生気のない瞳が本当に死んでしまうのではとアルバートを焦らせる。


「アルバート殿下、神子様のお部屋が暖めてあります。」


メイドのメアリからの声にアルバートは頷き、大事そうに神子を抱え直すと走って神殿を後にした。

その後をその場にいた人間の何人かが追う。

神殿に残された面々はアルバートの行動に唖然としながらも神子の召喚が成功したことを喜び、顔をほころばせていた。

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