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殺人狂時代

作者: 長井カツヤ
掲載日:2023/06/07

 たまたま入った喫茶店で、玲美は店のマスターにクイズを出題される。容易に正解するが、後にある疑惑に気付き玲美は戦慄する。




5分で読めるサイコミステリーです。




 私は約束よりも一時間も早く待ち合わせの喫茶店に来ていた。

 店の感じは悪くない。初めて入ったが、そう思わせない親しみやすい雰囲気がある。内装は目にやさしい褐色のトーンでとても落ち着く。椅子は適度な弾力性があって程よい硬さだ。ここなら読書に集中出来そうだ。なにより学校と違って、うるさく話しかけてくる友達はいない。


 私はバッグから単行本を取り出した。つい先日発売された本格ミステリー小説の新刊である。昨晩はいいところでまぶたが重くなり寝落ちしてしまった。そのせいで講義中もずっと続きが気になっていた。

 私は注文したレモネードがやってくる前に、早くもテーブルに向かってページを開いてしまった。

 前夜の興奮も冷めやらぬうちに、耽読しようと目を落とした時である。スマホが鳴った。着信相手を確認し、長い髪をよけながら私は愛想よく出た。


「はい」


「玲美、今どこ?」


「言われたカフェだけど」


「えっ、あっそっか早いな。でもよかった、俺も予定より早く片付いた」


 恋人の修司は、今大学を出たところだ。そう告げ電話を切った。

 私は動作を逆戻りさせるように栞を挟んで本を閉じた。中途半端に読み進め、デート中、気になってそわそわするのは避けようと思ったからだ。


「その作家面白いよね、僕もファンだよ」


 店のマスターが脇に立っていた。手にはドリンクを、心なしか蘭々と目を光らせている。


「もしかして新作?」


「ええ」


 私を除き店内に客は居なかった。マスターは暇をもて余しているようで、次から次へと質問を浴びせお喋りが止まらない。

 距離も近くぐいぐい来るから、まるで私は口説かれているのではないかと自意識過剰になって赤面しそうになる。

 

 マスターはモスグリーンのエプロンをかけ、エプロンの下は白いロングTシャツを着ている。サイズ感がぴったりで野暮ったさがない。短く刈り揃えた頭髪は爽やかだ。自分の容姿をよく分かっていて、無理なくお洒落と向き合っているようである。年齢は三十代とみた。すると喫茶店のオーナーにしては若すぎる。


「どうだろうお姉さん、僕の話すミステリーに挑戦しないかい?」


 そう言いながらマスターは正面の椅子に腰掛けてしまった。


「時間はとらせない。簡単で短い話さ。もしこの謎が解けたら、当店オリジナル抹茶プリンをサービスするよ」


 マスターは目の前の推理小説に触発されたのか、喋りたくて引っ込みがつかない感じだ。陽気な性格できっとサービス精神も旺盛なのだろう。


「時間潰しだと思って、気軽に聞いてくれればいい」


 結局私は断る理由も思いつかなかったから、そのまま相手のペースに乗せられ、話を聞く羽目になってしまった。



 これは、僕のひいじいさんから聞いた話だ。


 ひいじいさんが若い頃、友人に喜八郎きはちろうという男がいたんだが、この喜八郎という青年はハンサムなうえにスラッと背が高く、家も裕福だったものだから、当時としてはたいそう高価で庶民には到底手の届かない車まで持っていた。

 見た目がよく、金持ちというのはいつの時代も変わらない。やっぱり女性にモテた。そのことは本人も自覚していて、彼は自他ともに認めるプレイボーイだったんだ。何人もの女性とも付き合い、またそれを自慢していてね。


 とくに巷で指折りの松子まつこ竹子たけこ梅子うめこの美女三人とも日替わりデートを重ね、男にとっては誰もがうらやむたいへんな色男だったんだ。


 当時はチャップリンの映画が流行っていてね。


 チャップリンなんて言われても、最近の若い子にはピンとこないかもしれないけど、彼は二十世紀を代表する映画スターで、また喜劇王でもあり、今で言えばお笑い芸人みたいな感じかな。でも知名度でいったら世界規模だし、まるで比べものにならないんだけど……。

 要するにチャップリンは、日本でも大層人気を博していたんだ。

 そこで喜八郎は、「ボクはいつもチャップリンの映画を三回鑑賞している」なーんてボヤいていてね。彼女が三人居たから、その都度映画館に足を運んでいたというわけ。


 ところがそうなると、相手の女性たちは面白くない。本人は上手くやっているつもりでも、しだいに三人とも女性の影を感じるようになり、結局彼の浮気は全員知るところとなる。

 恋人は誰かひとり選ぶようせまっても、好色な喜八郎はぜんぜん態度を改めない。「お前が一番さ」なんて女性たちの心を弄んでは、誰とも別れることなくずるずる関係を続けていたんだ。


 女性たちは、そんな喜八郎に不信感を抱くようになった。女癖が悪いものだから仕方がない。彼に対する愛情は、もろくも憎しみに変わってしまった。

 ここで結論から言うと、喜八郎はそのうちのひとりに殺されてしまう。痴情の恨みを買い毒をもられてしまった。


 その日チャップリンの映画を観る約束をし、シネマ近くの喫茶店で待つことひととき。たまたま僕のひいじいさんが見かけ、それが彼の最期の姿になってしまったんだ。


 それではここで問題です。喜八郎を毒殺した犯人は、三人のうちいったい誰でしょう?



 マスターはおとがいに手を当てた。思い通り喋り終え、ご満悦といった表情だ。

 なるほど、これはクイズのようなものかと察し、私は答えを出すのに考えるまでもなかった。いくらなんでも見くびってもらっては困る。この程度の引っかけ問題にはめられたりはしない。

 外の騒音が止んだ。マスターは黙ったまま回答を待っている。カチカチと秒針を刻む古時計が店内に静寂を生み出した。


 私は咳払いを一つ、口を開いた。


「犯人は松子さんです」


「その理由は?」


「映画を見る約束をし───喫茶店で、松子とひととき」


「正解、お見事」


 マスターは歯を見せ笑った。そこで初めて気がついた。歯列矯正をしている。一瞬ゾクっと不吉な予感がした。とはいえ所詮言葉遊びでしょ、と私はもうこれで話は済んだものだと思い、そう深く考えるのはやめた。

 その時、まるでタイミングをはかったかのようにカウベルが鳴った。恋人の修司が、店に入ってきた。





 喫茶店を出て、私たちは川沿いの遊歩道を歩いていた。急げば一つ前の上映時間に間に合うだろうと近道を向かっていた。


「へぇー、そんなやり取りがあったのか。気さくでユニークなマスターだな」

 

 修司は腕組みをして感心するようにいった。待つように言われた喫茶店ではあったが、修司自身はべつに利用客というわけではないらしい。


「私は少し強引だと思う。もう有無を言わせないんだもん。それにあんなのミステリーとは呼べないわ」


 弄ばれたような気がして、私はどこか釈然としなかった。


「松子とひとときか……あははは、こりゃいい。俺もどこかで使わせてもらおうかな」


 能天気でお調子者の修司らしいなと思った。

 海が近く風に乗って潮の香りがした。数羽の白いカモメが羽根を休め水面に漂っている。キラキラ陽射しがゆっくりと流れていた。


「なあ、気になったんだけど、その話に登場するチャップリンってどこか浮いてないか? なにか意味があったんじゃないのかなあ?」


「知らないわ、そんなこと。それよりせっかくだから、正解の抹茶プリンは貰ってくるんだった。修司が急かすから、もう食べそびれちゃった」


 と私はその時、うっすら悪寒を感じた。そして、そんなまさかと足を止めてしまった。


「おい、どうした?」


「わかったかも……そのチャップリンの意味」

 

 信じられないことに毒を入れていた──?! 私は怖くなって、すがるように修司の顔を見つめた。


「おう、それで、いったいどんな意味?」


「シネマ・チャップリンよ」


「えっ、なに? どういうこと?」


「しねまっちゃぷりん……死ね、抹茶プリンなのよ」


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