エピローグ
よろしくお願いします。
俺が目を覚ますと、そこにはルインの顔があった。
「起きたか?」
「ああ。あの後、どうなった?」
俺は体を起すと全身がズキズキした。魔力経に負荷をかけ過ぎた反動だろう。自分が持つ限界以上の魔力を操作した結果だ。むしろ手も足も壊死していないだけ喜ぶべきだ。
周りを見回すと、どうやらここはイーストン家のようだった。ここでの生活も長いので、この風景を見るとむしろ安心感がある。
「あれから三日が経った。魔物の死体を焼却した後、みんないつもの生活に戻った。ただそれだけだ。お前以外は全員もう回復している。悪魔はリコリスが完全に消滅させたと言っていた。もう地獄から蘇ってくることもないだろう。」
誰も死人が出なかったことを俺は内心で喜ぶ。回復薬の作り方をみんなに教えた甲斐があった。だが、俺はそれとは別の気になることを聞く。
「俺の杖は、どうなった…?」
俺の記憶が途切れる少し前。俺の杖の魔石はひびが入り、使い物にならなくなったはずだ。俺がずっと一緒に戦ってきた杖。失ったのはやはり悲しい。ずっと一緒に戦ってきた俺の相棒は、最早半身と言って差し支えない程手に馴染んでいた。
「それは、あやつらに聞いた方が早い。」
目を向けるとそこにはリコリスとネメシアを始めとしたハーピィたちがいた。
「アミル、治った?」
「完全ではないけど、もう大丈夫。」
リコリスとネメシアはすぐに俺の元に駆け寄ってきた。
「アミルさん回復して本当に良かったです。」
「すまん。迷惑をかけた。」
俺が二人との再会を喜んでいると、奥から何か布を被った長いものを持ったリボルトさんがやってくる。
「アミル君、先ずは君の回復を喜びたい。本当に目を覚ましてくれてよかった。」
「リボルトさんたちも無事で何よりです。」
俺は笑顔でリボルトさんと握手をする。俺の体を労わってか、彼の握手はとても優しかった。
「君はエルロンの救世主だ。私たちからの感謝の気持ちとして、これを送らせてほしい。」
そう言って俺の前に赤い布を被った何かを差し出してくる。
「見てもいいですか?」
「もちろんだ。」
俺はリボルトさんの許可をもらって、布を取る。
それはあの魔物の魔石を使った杖だった。持ち手はこげ茶色の木が使われており、先端にいくにつれてだんだん白くなっていく。そして、先端にはあの魔石が嵌まっており、その周りを二つの木のリングが取り囲んでいる。
「これは…」
「君の壊れてしまった杖の代わりだよ。ネメシアが持っていた杖があっただろう?あれと同じで、この杖にもエルロンの木材を使ってある。誇ってくれ。神樹の木材を使った武器を送られるのは、エルロンでの最高の名誉だ。」
言われてみればネメシアが持っていた杖と同じ木材だ。だが、俺はハッとしてルインの方を見る。
「でも、魔石はルインに…」
「あれから三日経ったと言っただろう?もう十分飛べるくらい回復しておる。」
そういえばそうだった。なら、これは本当に俺がもらってもいいのだろうか?
「受け取ってください。これは民からの感謝の気持ちでもあります。」
ネメシアからそう言われて、俺は再度杖に目を落とす。一目見ただけでわかる。これはすごい杖だ。
「そうか…ありがとうございます。大切に使わせてもらいます。」
俺は座ったままみんなに向かって頭を下げる。
俺は新しい杖をハーピィのみんなから贈ってもらった。
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エルロンで体を休めて数日、とうとう俺が魔境を去る日が来た。とは言ってもネメシアの里帰りの為に戻って来なければいけないのは確定している。
先の戦闘で使い切ってしまった回復薬と魔力回復薬もしっかりと補充した。あの時は魔力回復薬が足りなくなったので、多めに準備した。
「もっとアミルと一緒に戦いたかったぜ…」
「俺もお前と一緒に戦えて楽しかったよ。一緒に洞窟まで旅したことは忘れない。」
俺はガリウスと握手を交わす。思えば彼とも色々あった。最初の印象は最悪だったが、今はこうして別れを惜しむくらいの仲になった。人の繋がりとは不思議なものだ。
「本当に行ってしまうのか?」
「はい。俺にも帰らなければいけない場所があるんです。」
「そうか。ネメシアのこと君になら任せられる。よろしく頼む。」
俺はリボルトさんと握手を交わす。この人には本当にお世話になった。エルロンでの生活はこの人なしには成り立たなかっただろう。
「また少ししたら帰ってきますね。」
「お姉ちゃん、元気でね。」
ネメシアもアネモネと抱き合って、別れを惜しんでいる。
「そろそろ行くぞ。」
ルインがそう言うと人化を解除して、竜の姿に戻る。ハーピィたちから「おお!」という声が上がる。そういえばルインの本当の姿を見せるのは初めてだった。事前に彼女は竜だと言ってはいたが、実際に見ると迫力があるだろう。
俺はフライを使って、ルインの背中に跨る。すごい高くて怖い。
「それじゃあ、本当にありがとうございました!」
俺は最後の挨拶をして手を振る。
「気を付けて帰れよ!」
「神樹を守ってくれてありがとう!」
「バイバイ!」
いろんな声が聞こえてくる。魔境に来た時はこんなにたくさんの人に送り出されるなんて思ってもみなかった。
初日に宴を開いてくれたこと。一緒に狩りをしたこと。ククの木のところで調合をやったこと。ガリウスと一緒にブローティア改造したこと。どれもかけがえのない思い出ばかりだ。
「ルイン、行ってくれ。」
俺は彼らとの別れを惜しみながらもルインに飛ぶように指示を出す。
リコリスとネメシアも空に飛び立つ。ルインもそれに続いて飛び立ち、エルロンを後にした。
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俺は今、南に向かって空を飛んでいた。
リコリスとネメシアは自力で、俺はルインの背中に掴まっている。だが、高度のせいなのか、風が強くてクソ寒い。
これでも最初に比べたら速度を落としてもらったのに、ローブをしっかり纏っていないと寒くて仕方ない。
これまでに何回か休憩をはさみ、ルインの魔力にも余裕を持った行程を辿っていた。
「アミル!なにか壁のようなものが見えるぞ!」
ルインからそう言われ、俺は強い風の中前を向く。そこにはたくさんの固定式の弩が壁の上にずらっと並んだ光景があった。
「間違いない。あれが人間の国と魔境との境界だ!このまま進んでくれ。」
「そうか!ならもう少し近づいたら、予定通り陸路で行くぞ。」
「頼む!」
俺はルインに予定通りそのまま近づくように言う。
このまま行けば、人が住むところまでようやくたどり着くことができる。だが、そこでリコリスが何かを見つけたようで、こちらに接近してくる。
「右前方、魔物と死にかけてる人間がいる。どうする?」
「そんなの決まってる。ルイン、予定変更だ!その人間たちを助けに行くぞ。」
俺はリコリスの話を聞いて、すぐに助けに行くとこを決断する。助けられる命があるなら助けたいが、それ以上に早く人間に会いたかった。
魔境に来てからどれだけ時間が経ったのかもわからない。できるだけたくさんの情報が欲しかった。それに加えて、助けた人間と一緒なら防壁の中に入るのも容易になるかもしれないという思惑もあった。俺は討伐屋の認識票があるので問題ないが、他の三人は身分を証明するものを何も持っていない。
一度中に入ってしまえば討伐屋ギルドに登録をすればいいので、防壁を超えられるかどうかが最後の関門だった。
リコリスが先行して見つけた人間たちのところに飛んでいく。
俺はネメシアを呼んで回復薬を渡す。
「ネメシアは到着したら救助を頼む。俺たちは魔物を倒す。」
「わかりました。」
「ルインは俺を上空で降ろした後、少し離れた場所から人化して戻ってきてくれ。」
「わかった。そろそろ着くぞ。」
俺は上から下の様子を確認する。人間は四人。男が三人、女が一人のようだ。男二人が大けがをしているようで、女が回復魔法をかけている。最後の一人は魔物二体を相手に大剣を振り回していた。後ろの仲間が襲われないように必死に戦っているようだった。魔物は俺が魔境で初日に会った奴によく似ていた。だが、あれよりも二回りくらい小さく、爪も短かった。
俺は落下速度軽減の魔法を先に使っておき、ルインの背中から飛び降りる。
先に行っていたリコリスが男と魔物の間に着地している。
「君は一体…?」
「後ろにいて。」
リコリスはブローティアを抜き、魔物に切りかかっていく。次にネメシアが怪我をしている二人に回復薬を持って行く。
「大丈夫ですか?」
「あなたは…?」
「助けに来ました。これを飲ませてください。」
女は驚いているが、すぐに状況を理解したようで、すぐに回復薬を飲ませている。
これで後ろの二人ももう大丈夫。
「リコリスよく耐えた!俺も攻撃に参加する。」
俺は着地してすぐに魔物に狙いを定めて詠唱を始める。
「お、お前、まさか…っ!!」
大剣の男が驚いているような声を出すが、俺は魔物から視線を外さない。
「話は後です!俺が魔法で攻撃します。彼女と一緒に時間を稼いでください!」
「…ああ、そうだな。なら後ろは任せるぞ、アミル!!」
その男は返事をすると、リコリスが抑えているのとは別の魔物に斬りかかる。二体を一人で捌くくらいの腕前なので、一体なら抑え込むのもできるみたいだ。
…あれ?俺、名乗ったっけ?
俺はふとそんな疑問が頭を過るが、すぐに思考を戻す。今は戦闘中だ。そんなことを考えている余裕はない。
「大いなる氷の精霊よ。今こそ我に敵を貫く鋭き槍を与え、その一切を撃ち倒せ!ブリザード・ランス!」
俺は大剣の男が相手をしている魔物に魔法を放ち、戦闘をサポートする。その男も魔法でよろけたところを見逃さず、すかさず大剣を振り下ろす。
「後一体。」
俺が再度詠唱をしようとすると、リコリスが爆破斬りを使って魔物の首を斬り飛ばしていた。
「終わった。」
「お、おう。やっぱ強すぎるだろ…」
俺はあまりにもあっけなく終わった戦闘に拍子抜けしたが、何はともあれ彼らを助けることができたのはよかった。これが南下した影響なのだろう。魔境の中でも俺が飛ばされた場所に比べると、かなり魔物が弱くなっている。
「なあ。助けてくれてありがとな。」
俺は魔物から大剣の男に視線を移す。その男の装備は真っ赤な鎧を付けていた。
「気にしないでください。助けられて、よかった、です…」
俺はその大剣の男の顔を見て、言葉を失う。
「俺のこと、わかるか…?」
涙を流しながらそこにいたのは、俺たちのリーダーだったルカがいた。最後に分かれた時に比べて、少し髪が長くなっている。装備も以前とは違うものだが、俺が彼の顔を忘れるわけがない。
「あ、ああ!わかるさ!わかるに決まってるだろ!!」
俺も涙を流しながらルカに抱き着く。
「会いたかった!会いたかったよルカ!」
「俺もだ!俺もお前にずっと会いたかったんだ!よかった!生きていてくれて、本当によかった!!」
俺もルカも再会の嬉しさで泣いていると、左右から二人の男が抱き着いてくる。
「アミル!アミル!俺のことわかるか!?」
「カイン!お前もいたのか!」
俺は右から抱き着いてきた奴の顔を見て、一目でカインだとわかった。彼のトレードマークだったマントは黒色になっていた。
「俺もいるに決まってるだろ!本当に、本当に心配していたぞ!アミル!」
「メルク…!ああ俺、頑張ったよ!頑張って頑張って頑張って、やっとここまで帰って来たんだ!」
メルクが付けている鎧も、かつての藍色のものでは無く、青色の物に変わっていた。
彼ら三人とも俺と居た時に比べて、大分見た目が変わっていた。だが、彼らとの友情は少しも変わっていなかった。
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俺は再会した三人と一緒に南の方に向かって歩いていた。もっと再会を喜びたかったが、それは街に帰った後にしようということになった。
「それで、アミルが居なくなった後、彼女に代わりの後衛として入ってもらったんだ。」
俺はルカから一緒にいた女性の紹介をされる。
「はじめまして。ミサ・カンティアーナです。アミルさんのことは三人からよく聞いてます。すごい魔法使いだって。」
そう言ってカンティアーナさんは自己紹介をしてきた。金髪のショートに水色のローブを着ている。
「はじめまして。俺のことはもう知ってるみたいだけど改めて。アミル・マインです。三人とパーティを組んでくれて本当にありがとうございます。こいつら脳筋だから、一緒に戦うの大変だったでしょう?」
「そんなことないですよ。三人共今では王国内でも有数の討伐屋になっているんですよ!むしろ足を引っ張っているのは私の方です。今日も私の不注意で大変なことになってしまいましたし…」
俺はカンティアーナさんが言っていることが信じられなかった。俺はいやいやいや、と手を振りながらルカに聞き直す。
「お前らが国内で有数な討伐屋…?いやあ、流石に冗談だよな?」
「ところがどっこい、マジなんだなぁこれが。三年前、お前が居なくなった後、俺たちも死に物狂いで頑張ったんだぜ?天国にいるお前にまで俺たちの活躍が届くようにってな。」
俺はやはり死んだことになっているようだった。ずっと帰れてなかったんだから当然だろう。
それにしても、三年か…随分と長い間魔境で過ごしていたんだな。
「ま、アミルは生きてたから俺たちの頑張りは無駄だったんだけどね。でも、こうして再会できたんだから、全くの無駄じゃないか。」
カインが先頭で索敵をしながら会話に入って来る。自分で警戒しないで魔境を進むなんて久しぶりだから、なんだか変な感覚だった。
「本当によかったよ。そら、そろそろガトムの入り口が見えてくるぞ!」
ガトムは俺たちが目指している街だ。俺らが遠くから見た防壁がだんだんと近くなってきた。壁の真下まで来ると、そこには跳ね橋が上がっていた。壁の前には堀があり、その中には木の杭が何本も突き刺さっている。魔物から街を守るためのものだろう。
「おーい。帰ったぞー!」
ルカが壁の上で見張りをしている兵士の一人に話しかける。その兵士が気付くと、背後にいるであろう仲間に合図を送る。
「ルカさん、今跳ね橋を下げますので待っていてください!」
そう言われて少し待っていると、ジャラジャラと金属の鎖が動く音がして橋が降りてくる。
橋を通って街の中に入るときも兵士に問いただされることもなく、すんなり通ることができた。それだけこの街におけるルカたちの信頼が厚いのだろう。
防壁の中を抜けた先にはたくさんの人たちが暮らす、普通の街があった。露店で食べ物を売っている商人。街の大通りを走っていく子供たち。それを注意する父親と、買い物袋を持った母親。
どこにでもあるありきたりな風景。それが俺にとってはとてもかけがえのないもののように思えた。
「これが、人の国の街ですか…!」
ネメシアが不思議そうに周りの見ている。彼女からしてみれば、地面で暮らす彼らはとても珍しい存在に感じるだろう。
「人いっぱい。」
「こんなにたくさんの人は見たことがないな。」
リコリスとルインはあまり興味がなさそうにそう言った。リコリスは元々綺麗な物以外にはあまり興味は示さない。ルインが興味なさげなのは意外だったが。
「そうだな。人がたくさんいるな。」
俺は自分で言ったその言葉を噛み締めるように吐き出す。本当に、俺は帰って来たんだ。
「ささ、立ち話はこれくらいにして、ギルドに行きましょう!酒場で皆さんのこと、もっと聞かせてください!」
カンティアーナさんにそう促されて、俺たちは歩みを再開する。
「そうですね。ルカ、案内してくれ。」
俺がそう言うと、カンティアーナさんはむすっとした顔をする。
「…私は違うんですね。」
俺は何か気に障ることを言ってしまったのかと思い、慎重に言葉を選ぶ。
「なんのことですか…?」
「私だってこのパーティの一員なんですよ!敬語止めてくださいよ!」
「あ、はい。わかったよ。」
そんなことかと思い。俺は敬語を使うのを止める。
そんなどうでもいいやり取りをしながら、俺たちはギルドに到着した。中は懐かしい雰囲気だった。この活気に溢れたギルド内の空気も久しぶりだ。
帰ってきたことを一々実感していると、奥から叫び声が上がる。何事かと思ったら、そこには見覚えがある女の人がいた。
「ア、アミル!」
そこにいたのは俺の母親だった。
「母さん!」
「このバカ息子!一体今までどこで何やってたんだい!本当に心配したんだからね、全くもう!そうだ、こうしちゃいられない!お父さんにも知らせないと!アミル、一緒に来なさい!」
母さんは俺の手を取って外に走り出す。ルインたちはポカーンとしながら、ルカたちはやれやれといった様子だった。
「アミル!ギルドの酒場で待ってるからな!」
「ああ、わかった!」
俺はギルドから出る直前でルカに返事をして、母さんに連れられて街の中を走った。
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俺がギルドに戻って来たのは夜になってからだった。母さんに連れられた先にいたのは、父さんだった。父さんは昔と同じように回復薬を作っていた。そんな中俺が帰って来たので、そこからはもう大騒ぎだった。
ルカたちの仲間が実は魔境で生きていたという噂が街中に広まり、ギルドでは宴の様相を呈していた。ルカたちが有名というのは本当のようだ。彼らの仲間なら一目見たいという人たちがたくさんギルドに来ていた。
酒場の席が足りず、立ったままジョッキを持っている人もいるくらいだ。
そして、その中心に座っている俺たちは、注目の的だった。
そんな中ルカがジョッキを持って立ち上がる。
「えーそれでは、魔境から無事に帰ってきた俺たちの仲間、アミルの帰還祝いを始めたいと思います!今日はこいつの魔境での冒険を聞きながら飲み明かすぞお!!」
「「「「「「おおー!」」」」」」
そう言ってみんなで乾杯仕合、俺たちの為に開かれた宴が始まった。
そして、俺はこれまで何があったのかを全て、話した。
俺の、魔境冒険の話を。
読んでいただきありがとうございました。
これにて完結になります。
完走した感想ですが、ちょっと速足で進め過ぎましたね。川の話は全カット。ネメシアの惚れるまでの時間ももっとあっても良かったですね。リコリスの能力のくだりもカットしましたし、やる気があったら書き直しますか。てな感じで、こんなところでお開きにいたし等ございます。ありがとうございました。




