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丁寧にするための「ね」が僕には呪いの様に聞こえる件について


 いつからだろう。


「って言ってたし◯」

「だと思うし◯」

など「し」で終わる言葉の後に付く「ね」が気になり出したのは。


 言葉を丁寧にするための「ね」が、なぜか僕には丁寧な言葉に聞こえない。

 言霊を信じている僕には呪いの様に聞こえてしまう。


 友達に言うと「気にし過ぎだ」と笑われた。


 自分でもそう思う。


 だけど、毎日聞き続けたその言葉は僕の心に積もり


 そして僕は……



*****



 目が覚めると見覚えのない天井が見えた。


 そうだ、僕は倒れたのだった。


 原因はわかっている。

 僕は「し」で終わる言葉限定の「ね」の付く言葉に弱いのだ。まるで前世からの呪いの様に。


「シネマ」や「寿司ネタ」のように後ろに他の言葉が付けば問題ないのだが、その二文字が最後に来ると耳に留まってしまう。

 文字でも同じで、目に留まってしまう。


 症状は前世よりもひどく、僕にとって本当の意味で「寝付く」言葉になってしまった。



 前世の記憶を思い出したのは13歳の時。

 僕は1週間高熱でうなされていた。


 目が覚めて、貴族の子どもに転生している事に気づいた僕は喜んだ。


 なぜなら貴族は幼い頃から徹底的にマナー教育を施されるので、僕の苦手な「し」で終わる会話はまずない。


 でも何故高熱でうなされる事になったのかを思い出して、僕はもう一度ベッドに倒れ込んだ。


「っておっしゃっていましたし◯」

「されていらっしゃるのでしょうし◯」

「のようですし◯」


 父親に連れて行かれたパーティーで、ご令嬢方が先程のような会話をしているのを聞き続け、馬車に乗り込むなり気を失い、そのまま1週間寝込んだのだった。


 それにしても、なぜ貴族のご令嬢があの様な言葉遣いをするのか?


 そこで気づいた。

 これは異世界転生というものではないか?


 僕はゲームも小説も知らないが、転生モノの小説が好きな友達から頻繁に聞かされていた話では、設定が緩くご都合主義な世界観のものが多いらしく、友達が転生したいと言っていた。


 僕が転生したこの世界は全てが中世ヨーロッパ風なのにもかかわらず、言葉や文字が日本語なのだ。


 日本語でなければあのような言葉をそれほど聞かなくて済んだだろうに。


 僕はこちらの世界でも長く生きられないだろうな。早々に諦めた。


 伯爵家の三男に生まれた僕は跡を継ぐことはないし、この体質のせいでどこかに勤めることも難しいのだが、家族みんなが「気にするな」と言ってくれた。


 僕の母は後妻なので上2人の兄とは腹違いの兄弟となるが、20歳近く差があるためか、とても可愛がられており、自分でも甘やかされていると思う。


 お言葉に甘えて領地の屋敷に閉じこもって生涯を過ごそうと、13歳にして将来を決めていた僕が15歳になった時、突然縁談が舞い込んできた。


 お相手はグレンツェ辺境伯のご令嬢ルイーサ様。

 辺境伯にお子様はルイーサ様しかいないため、婿入りしてくれる人を探しているそうだ。


 辺境伯が治めているグレンツェ領は魔物の森が隣接する地で、異国民が相手ではなく魔物が相手だった。


 僕には魔法の才があった。


 この世界では魔力量の多さを示すと言われている黒髪黒眼。そして常に顔色が悪く見える白い肌。

 せっかく転生したというのに前世そのものの姿にがっかりしたものだ。


「その体質でなければ、宮廷魔法師団でそれなりの地位に就けただろうに」

 両親が常々未練がましく溢していた。


 対人ではなく対魔物の方が僕には合っているかもしれない。

 それがお見合いをしてみてもいいかもと思った理由だった。


 そして昨日顔合わせのため辺境伯の治める地グレンツェへ到着した。


 辺境伯のウォルフリック・フォン・ヴァルトシュタイン様、夫人のエルマ様、ご令嬢のルイーサ様が揃って迎えてくださった。


 簡単な挨拶を済ませた後、一旦客室へ案内され、身支度をしてディナー会場に向かった。


 ウォルフリック様から早く打ち解けられるようにとファーストネームで呼ぶように提案していただいた。


 ルイーサ様は言葉遣いがとても丁寧で、これなら大丈夫そうだなと安心した。


 そして今日、お屋敷内にある書庫に案内され、好きな本の話をしている最中に僕は倒れた。


 楽しくなり興奮したルイーサ様は「わたくし」の後ろに「ね」を付けてしまわれたのだ。新しいパターン。


「わたくし◯、このシーンが好きなんですの!」


「わたくし◯、このセリフが好きなんですの!」


 元気よく、一旦そこで切ってしまわれるのだ。


 何度も何度もおっしゃっていたので、もうこれは口癖なのだろう。


 近侍のコーエンが止めようとした時には遅かった。僕の体が傾き机に突っ伏した。


 正直、見た目はかなり好みだったのだけど、残念だけど無理そうだな。


 熱のこもった頭でそう思っていると声がかけられた。


「気付かれましたか?」


 ウォルフリック様だった。 

 起き上がろうとした僕を押し留めた。


「まだ起き上がるのは無理ですよ。そのままで」

 

「お見苦しいところをお見せして大変申し訳ございません」

 

「いえ……お身体が弱いというのは伺っておりましたがここまでとは。頻繁に魔物狩りの行われる我が領地での生活はズィリック様にはお辛いのではないかと」


 気を遣わせてしまった。


「そうですね。本当に申し訳ございません」


 父がコーエンに万が一に備えて渡していたという転移魔法陣を使って帰宅し、また1週間寝込んだ。


 今度こそ完全に諦めた。

 領地の一室に篭って一生静かに暮らそう。

 そうでないとまたみんなに迷惑をかけてしまう。


 そう心に決めた時、コーエンが手紙を持ってきた。


「ルイーサ様からのお手紙を旦那様から預かってきました」


 えっ? ルイーサ様から? なんで?

 不思議に思いつつも既に開封された手紙を受け取った。

 

 僕が倒れる原因については記憶が戻った際に、原因についてのみ父に伝えていたので、僕宛の手紙は事前に父が開封し、僕の苦手な言葉が書かれていないか確認することになっている。


 ルイーサ様からの手紙は、僕の体をとても心配してくれていた。そして、ディナーの時も書庫でも初めは元気そうだったのに、途中から自分が話し始めると僕の顔が一瞬強張るということが何度も重なったと思うと倒れた。

 だから、僕が倒れたのは自分の発言が原因なのではないか?何か失礼なことを繰り返してしまったのではないか?ということが書かれていた。


 ルイーサ様は僕と同じ歳だが、既に辺境伯に付いて魔物狩りに参加していて、微かな気配や動きに敏感になり、ほんの些細な表情の変化にも気づくようになったらしい。


 そのルイーサ様から見れば、きっと僕の顔はあからさまに強張っていたのだろう。


 もうお会いすることもないし、僕のこの体質は家の恥にもなりかねないため正直に話すわけにもいかず「思い過ごしですよ。気にしないでください」と返事を書いたのだが、ふと思った。


 聡明そうなルイーサ様はきっとそれが嘘だと気づくだろう。そして、自分の発言が人を倒れさせたということを気にして、言葉を発するのが怖くなってしまうかもしれない。


 あの笑顔に影を落としてしまうかもしれない。そう思うと、とても不誠実な返事のような気がして、新しく紙を取り、お決まりの時候の挨拶を書いたあと、続く言葉を考えた。



*****



 最初に断っておきますが、僕は自分が正しいとは思っていません。一個人の単なる意見だと思ってください。


 僕は言葉には力があると思っています。

 そのため普段から極力【僕にとって】良いと思える言葉を選んで話しています。


 他の方からしたら、それは「誤魔化しているだけだ」とか「逃げているだけだ」と感じるかもしれません。だから【僕にとって】なのですが。

 

 同様に【僕にとって】良いと思えない言葉を極力見たり聞いたりしないようにしています。


 例えば、丁寧にするための言葉が【僕にとって】は不吉なものになってしまうことがあります。


 他の方には気にならない、ほんの些細なことだと思いますが、【僕にとって】はその些細なことが耳や目に留まってしまうことがあります。

 

 今回のことは、その程度のこと。僕が特殊なだけで、他の方にとっては何でもないことで、ルイーサ様が気になさるようなことではありません。


 ルイーサ様のお話はとても楽しかった。

 ルイーサ様の笑顔はとても素敵でした。

 

 だからルイーサ様は今まで通りでいてください。


 一度でもお会いできて光栄でした。


 グレンツェ領は魔物が多く大変な土地ですが、くれぐれもご自愛ください。


 ルイーサ様がいつも笑顔でいられることを心より願っております。

 


*****



 我ながら、言霊を気にしてる割には、相変わらず文章が下手だなと苦笑してしまう。


 ちゃんと伝わればいいのだけど……この文章力では自信はないが、それでも最初に書いた手紙よりは誠実だと思う。


 コーエンにお願いして手紙を出して貰った。


 すると1か月後、またルイーサ様から手紙が届いた。


 僕の体調の心配と、次のようなことが書かれていた。


「自分の言葉で人が動く。そう考えると普段使っている言葉も呪文のようなものなのかもしれません。そう思うと、普段から綺麗な言葉を使いたいと思うようになりました」


 気を遣わせてしまった。

 ルイーサ様は充分綺麗な言葉を使っていたというのに。

 自分の文章力では無理だったか。


 そう嘆きつつお返事を書いた。



 そうして僕とルイーサ様の奇妙な手紙のやり取りが始まり、早3年が経っていた。


 その間、父が引退して長兄に家督を譲り領地に移った。学校に通っていなかった僕は両親について行き、それからずっと屋敷にこもっていた。


 ルイーサ様からの手紙には僕が倒れるような可能性のある言葉は一切なく、父も安心したのか今では未開封のまま渡される様になっていた。


 そんなある日、ルイーサ様からの手紙に、僕が引きこもっている領地の近くに所用で訪れるので、迷惑でなければお会いしたいという内容が書いてあった。


 僕はまた彼女に迷惑をかけてしまうことを心配してお断りしようと思ったのだが、一度だけお会いした時の綺麗な群青の空のような瞳をもう一度だけ見たいと思ってしまった。


 父に相談すると、少しの時間なら大丈夫ではないか? と会うことを強く勧められた。


 そして1か月後、ルイーサ様と久々に再会した。


 まだ多少あどけなさも残ってはいるが、素敵な大人の女性に変わっていて焦った。

 でも、変わらない深い青色の瞳を見て少し落ち着きを取り戻した。


 ルイーサ様も焦っていらっしゃる様に見えたが、やはり少しすると落ち着きを取り戻されておっしゃった。


「お元気そうでとても安心いたしました。すっかり見違えられて驚きました」


 ただ引きこもっていただけなのだが、僕もこの3年で身長が伸び、声も低くなり3年前より少しは変わっているようだ。


 僕の体質を理解してくれている限られた人としか話していないので、倒れることもなく至って健康だ。


「ルイーサ様もお元気そうで安心いたしました。以前はとても可愛らしかったのですが、今はとても美しくなられていて焦ってしまいました」


「!? えっ? そんな、いえっ、あっ、ありがとうございます……」


 そう言うとルイーサ様は顔を真っ赤にして目を逸らしてしまった。


 直接的だったか? もっと遠回しに褒めた方が良かったか?


 そういえば、否定的な言葉をオブラートに包む方法はたくさん習得したが、良い言葉はいくらでも言いたいので遠回しな表現を勉強していなかった。


 良い言葉は言ってる自分の気分も上がるから、そのまま使いたくなるのだ。


 落ち着きを取り戻したルイーサ様は、僕との出会いをきっかけに自分が普段何気なく使っている言葉について考え始め、なるべく自分にとって良いと思える言葉を使いたいと思うようになったとおっしゃった。



*****



「ありがとう」

「ごめんなさい」

「よろしくお願いします」

 

 これらの言葉を使用人に対して意識して言うようになりました。


 今までも言ってはいたけれど、言葉を意識して言うだけで、自分でも気付くほど重みが変わりました。


 たったそれだけのことなのに、屋敷の雰囲気が徐々に変わり、釣られて両親も言うようになり、使用人の士気も上がり、ますます雰囲気が良くなりました。


 父が自分の部下に対しても言うようになると、部下の士気も上がりました。


 連携がスムーズになり、魔物の討伐も以前より楽になりました。


 何かをして貰ったら感謝、間違ったら謝罪、依頼するときはお願いの言葉。

 当たり前だけどとても大切なことほど疎かになりやすい。


 それらを改めて思い出すきっかけになりました。



*****



 そのようにルイーサ様はこの3年の間のことを振り返り、


「ズィリック様と手紙で交流をさせていただいたこの3年間は、私にとってかけがえのないものでした」


 そう言うと熱を帯びた瞳が僕を真っ直ぐ見つめた。


「あれから私は自分の口癖も直しました。使用人にもお願いして言葉遣いの勉強をし直して貰いました」


 ああ、やっぱりとても気にしていらしたんだな。申し訳ないことをした。でも何故使用人にまで?


「これは単なる私の憶測なのですが、もしズィリック様の体調不良がお体自体の不調ではなく、言葉によるものだとすれば、きっと、もうズィリック様が倒れてしまうようなことはないと思います。だから、その……」


 そう言うと、ルイーサ様は両手をギュッと握りしめて俯かれてしまった。


 聡明なルイーサ様は、言霊が原因だとお気づきになったのだろう。


「大丈夫ですよ。あの日のことは全く気にしていません。それ以前に、事情をお伝えしていない僕の方が悪いのですから」


「いえ、あの、私が言いたいのは、その……もう一度、私との縁談を考えていただけないでしょうか?」


 ん?

 予想外の言葉だったため、耳から脳に届いて処理されるまでにかなりの時間がかかった。


「……はっ!? えっ? 縁談!? 縁談って、あの『縁談』ですか?」


「はい、他の『えんだん』が急には思い浮かばないのですが、多分その『縁談』だと思います」


 あまりにも予想外過ぎて、別の意味で倒れそうだ。


「先程も申しました通り、この3年間いつもズィリック様のことを考えておりました。何か出来事がある度に、次回のズィリック様への手紙に書こうと思ったり、この前ズィリック様がおっしゃっていたなと思ったりしました。お会いしたのは久々ですが、いつも近くに感じておりました」


「なっ、なるほど……」


 確かに僕も何かある度に、ルイーサ様への手紙に書こうと思ったり、次第にルイーサ様からの手紙を待ち遠しく思ったりしてはいた。


 ああ、だから使用人にまで言葉遣いの勉強をして貰ったのか。でも……


「お気持ちはとても嬉しいのですが、ルイーサ様ほどの素敵なお方でしたらもっと条件の良いお方からの縁談がいくらでもあるのではないでしょうか?」


「私は条件ではなく、心で選びたいと思っています」


 そっ、そうですか……


「僕はそんなことを言っていただけるような立派な人間ではないので……」


 するととても悲しそうなお顔をなさって


「無理を言って申し訳ございませんでした。ズィリック様にも好みというものがございますものね」


 と言うと、とても寂しそうに微笑まれた。


「違います! ルイーサ様はとても素敵な女性だと思います! 絹のように滑らかなプラチナブロンドの髪も、群青の空のような瞳も、桃の様な唇も、全て僕の好みで、その上、性格まで良いのですから、僕よりもっと素敵な方の方がお似合いになるのではないかと思ってしまいます」


 ルイーサ様は真っ赤になって手で顔を覆われてしまった。


 あっ……


 言って気づいた。また直球過ぎた。


「うっ、あのっ、ほっ、本当にそう思っていただけているのであれば、ぜっ、是非もう一度考えていただきたく……おっ、お返事は今すぐでなくて構いませんからっ!」


 そうおっしゃってルイーサ様は逃げるようにお帰りになった。



「無垢な爆弾ってすごいですね」


 コーエンが言った。


「どういう意味だ?」


「いえ、なんでもありません。お受けしないんですか? 良いお話だと思いますよ」


「僕は無職で、いつでも倒れる可能性があるというだけでも不利なのに、あんなに綺麗な方の隣に並ぶには不釣り合いだと思う」

 

「無職云々に関しては否定しませんが……ズィリック様もなかなか捨てたものでもないと思うんですけどね……」


 コーエンが何か呟いていた。



 その日の夜、父に相談すると、実は辺境伯から事前に父に話があったとのことだった。


 3年前にお会いして以来、ルイーサ様には数々の条件の良い縁談が来ていたのだが、ルイーサ様が頑なに首を縦に振らなかったそうだ。


 ルイーサ様は僕に一目惚れしたらしい。


 いや、ありえないでしょ。


 お人形のような美男美女だらけの世界で、こんな前世そっくりの平たい顔族の中でもさらに平凡な顔の僕に一目惚れなんてあるのだろうか? いやいや、ないない。


 そして手紙のやり取りでさらに思いを募らせたそうで、辺境伯が「3年も経てば雰囲気も随分と変わっているだろうから、一度会って来なさい。それでも気持ちが変わらなければ、もう一度縁談を申し込んであげるから」とおっしゃって送り出したそうだが、どうやらルイーサ様が先走ってしまったらしい。


 まさかまさかだ。


 でも、あれほどの女性にそこまで思われて、ノーと言える男なんているだろうか? いや、いない。



 そして1年後、僕はズィリック・アヒム・ヴァルトシュタインとなった。



*****



「はじめまして。ズィリック・アヒム・エアハルトと申します。この度はこのような機会をいただきありがとうございます」


 漆黒の髪と瞳を持った青年、いえ、まだ少年と呼んだ方が相応しいようなお顔立ち。


 透き通るような白い肌に、つぶらな瞳と小さなお鼻とお口が小さなお顔に綺麗に並んでいて、いつも獰猛でグロテスクな魔物を見ていた私は、清涼感漂う彼に一目惚れしてしまいました。


 そういえばお体が弱いと伺っていましたけれど、体から感じるオーラはとてもお元気そうに見えます。


 ズィリック様のお話はとても心地よくて、私はすぐにでも婚約の話をまとめていただきたいほどでした。


 翌日、我が家の自慢の書庫にご招待して私の大好きな本を紹介させていただいたところ、ズィリック様もお好きだとわかって、私、思わず興奮してしまいました。


 興奮のあまり、好きなシーンやセリフを捲し立ててしまいました。

 

 その間、何度かズィリック様のお顔が強張ったような気がしていたのですが、私の熱意に圧倒されているのかと軽く考えてしまい、気付いた時にはズィリック様の体が傾いて、机に倒れ込んでしまいました。


 あまりにも驚き、その時の記憶が曖昧なのですが、一度目を覚まされたズィリック様と父が話して、すぐにズィリック様は王都へお戻りになられたと事後報告を受けました。


 悲しくて悲しくて、どうしてお顔が強張った時に理由をお聞きしなかったのか悔やんでばかりでした。


 それまではとてもお元気だったのに。

 華奢ではありましたけれど病弱のようには見えなかったのに。


 考えれば考えるほど私が原因のような気がしてきて、居ても立っても居られず手紙を書いてしまいました。


 ズィリック様から届いた手紙を読んで私は泣いてしまいました。


 やはり私が原因でした。それなのにズィリック様は、私は悪くない、そのままでいいと、それから、えっと、その、笑顔が素敵だと……おっしゃってくださいました。


 お手紙を読んで、お会いした時にズィリック様のお話が楽しいと感じた理由の一つがわかった気がしました。


 ズィリック様は、極力、綺麗な言葉を選んでお話されていたように思います。

 

 もちろん人間ですから綺麗事ばかり言ってはいられません。


 愚痴をこぼしたくなる時だってあるでしょう。議論しなければならない時、どうしても否定しなければならない時はそうするべきだと思います。


 でも、そういう「気持ちでいること」が大切なのだと、私は思いました。


 涙も止まって落ち着いた頃に、メイドのアメリーが紅茶とお菓子を出してくれました。


 なぜか、とてもお礼を言いたくなってしまいました。


「いつもありがとう。あなたが淹れてくれる紅茶は本当に美味しいわ」


 そう言うと、アメリーは「これが私の仕事ですから」と言いつつも、とても嬉しそうでした。


 メイドにお礼など貴族らしくないと思われるかもしれませんが、我が領は魔物が湧き出る負のエネルギーで覆われた地ですから、人と心の繋がりを持つのは大切なことなのです。

 ですから、普段からお礼は言っておりました。ただ、ルーティンのようになっていたことは否めません。


 その日から、お礼を言うときも、謝るときも、毎日の挨拶も、いつも以上に気持ちを込めて言うようにしました。


 すると、使用人のみんなの表情も明るくなったような気がしました。


 両親も真似をし始めました。

 こういう「良いものは積極的に取り入れよう」という両親の元に生まれて良かったと思いました。


 私はお礼を言いたくて、またズィリック様にお手紙を書きました。


 でもズィリック様は私が気にしたと思われたみたいで、またお返事をくださいました。


 私がお手紙を出すと必ずお返事をくださる。それに甘えて何かエピソードを見つけては手紙を出してしまいました。


 お手紙のやり取りだけですが、私の想いは募るばかり。他の方からの縁談も断り続けていました。


 見兼ねた父に背中を押され3年ぶりにお会いしたズィリック様は見違えていらっしゃいました。


 随分と背が伸びて、長身と言われる私の父と同じくらいはあろうかと思います。


 そして、涼しげな切長の目に通った鼻筋と薄い唇。顎は細くて、やはりお顔は小さいのですが、肩幅は広く、体格はすっかり青年になっていらっしゃいました。


 以前はとてもお可愛らしくて私が守ってあげたいほどだったのですが、今は守ってもらいたい……わっ、私ったら、何を。


 でも、変わらない漆黒の髪と瞳を見て少し落ち着きました。


 父の言う通り、ズィリック様の雰囲気は随分お変りになっていましたが、ますます好きになってしまいました。

 

 その上、ズィリック様はとても無垢と言いますか天然と言いますか……下心なく、純粋にストレートに褒められてしまいました。

 褒められて嫌な気持ちになる人はあまりいないと思います。

 落ち着かない気持ちにはなりましたけど。


 他の女性と出会ってしまう前に手を打たなければ!焦った私は、はしたないと思いつつも、その場で縁談の再申し込みをしてしまいました。


 でも遠回しに断られてしまい落ち込んでいると、またズィリック様の天然が発動し、私は言いたいことだけ伝えると逃げ帰ってしまいました。



 その後、無事結婚することができ、今、隣でズィリック様は魔法で空から大量の氷の槍を降らせてワイバーンの大群を串刺しにしています。


 とても涼しげなお顔で。


 ズィリック様は今日が初めての魔物狩りなのに、いきなりワイバーンの大群という厳しい任務で申し訳ないと思っていたのですが、30匹近かったワイバーンが、もはや残り3匹、2匹、1匹……あら? ワイバーンじゃなかったのかしら??? ワイバーンにそっくりな別の何かとか???


 先ほどから、父の顔は引き攣り、騎士団長の開いた口が閉じる気配がありません。


「今日が初陣だったので緊張していたのですが、比較的軽めだったみたいでホッとしました」


 と、ズィリック様はとても爽やかに微笑まれました。


「私が参加し始めてから今までで1番難しい任務でした」とは言えない……。


 ドラゴンすらも涼しげなお顔で倒してしまいそうなズィリック様を見てふと思いました。


 物語に出てくる最強の敵は、途轍もなく強いのだけれど、たった1つ弱点があります。


 魔王には聖剣


 闇の司祭には光魔法


 そして、


 ズィリック様には「し」に付く「ね」


 ズィリック様ほど強いお方が暴走してしまった時のために、神様がお与えになった枷なのではないかと思いました。


 でも、ズィリック様はとてもお優しく、暴走しそうにありませんね。


 だから、ズィリック様が私たちを魔物から守ってくださるように、私たちがズィリック様を「寝付き言葉」から守っていきたいと思います。



〜fin〜




私の拙い文章をお読みいただきありがとうございます。

いつも誤字報告ありがとうございます。

助かっております。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 私はおしゃべりでは気になりませんが、文字に起こした時、しの後にねがつくのが結構気になります。 それにしても、チートの対価として丁度いい感じですよね。
[良い点] 自分も似た感じで気にしてしまうタイプなので、思わず共感と言いますか、頷いてしまいました。 主人公君は軽口の「×ね」も気にしてダメそうな感じの繊細さを感じました。
[良い点] 自分と同じように、言葉の最後の『し』のあとに『ね』がつくことを気にしているキャラクターがいる話しだとわかって読みました。 主人公の気持ちがとても良くわかります。
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