To see you~あなたに会いに~
小学生男子の好奇心がどういう結末を迎えるのかというお話です。
冬の空には魔法が起こる
僕の村には古くからそういう言い伝えがある。
「おさむ、一緒に来たい?」
休み時間、トイレから戻るときに廊下であきおみに話しかけられた。
彼は今日の夜くにみつとあることを確かめに村の外れにある森の近くの広場に行くのだという。
「未来の日記があったんだ」
どうして急にそんなことを言い出したのかと聞いたら、あきおみはそう答えた。
「日記?日記って誰の?」
「うーん、誰っていうわけでもないけどさぁ」
言いにくそうなあきおみは誰にも言わないか?と聞いた後に村の神社の祠の中にあったと言った。
僕は不気味な祠を頭に浮かべて心配になった。
「なんか怖いよ・・。どうして未来のことが書いてあるって思ったの?」
周りをきょろきょろしたあきおみは、昔の古い書物のような物に今日の日付が記されていたのだと小声で言った。
廊下にいる他の生徒たちは僕たちの会話になど誰も気にかけてはいない。
「この世を去った者たちの姿が、はるか上空に現れる?」
僕がそう呟くと、あきおみはおさむなんで知ってるんだ?と驚いた。
「小さいときばあちゃんに聞いたことがあるんだ」
既に亡くなってしまった人たちが冬の夜空に出てくるだなんて、夏の怪談話より恐ろしいと思った僕は、半べそになってその話を聞いたものだ。
数年前にそのばあちゃんも死んでしまったが。
「それって人間だけでなく、動物もありえると思うか?」
あきおみがそろりと肩を組んできてそう尋ねるので、僕は首を傾げるとまあ、ありえるんじゃない?と言った。
「でもさあ、飼い主のことがわからない犬とかはどうやって会いにくるんだ?」
「ああ、こたろうのこと?」
あきおみは数年前に老衰で亡くなった愛犬の心配をしているのだ。
「なんか最後の方は家族のこともよくわかってなかったみたいだし・・」
「大丈夫だよ。こたろうはあきおみのこと大好きだったから直ぐにわかると思うよ」
救われたような表情をしたあきおみはやっぱりおさむも来いよ!と僕を誘ってくる。
なんとなく気が乗らない僕は、なにも寒い夜にわざわざ会いに行かなくたってこたろうはおまえのこと近くで見守ってると思うぞと言った。
「なんだよ、そんなだるそうな顔して・・。給食食べ過ぎたのか?」
「そんなんじゃないけどさぁ」
単純に僕は幽霊とか化け物とかその手の話がニガテなだけである。
「お前の母ちゃんならいいって言ってたぞ」
肩を組んだまま僕の頬をツンツンし、ついでのようにあきおみが言う。
「はっ!?」
ドヤ顔をした彼はずいぶん前から僕と一緒に理科の宿題で星の観察をしに行くのだと自分の母親と僕の母親の承諾を得ていた。
小さな村に住む僕たちは母親たちももちろん幼馴染で、村の住人たち皆が親戚のようなのだ。
そんなわけで僕はあきおみに説き伏せられて今晩彼の願いを叶えることができるのか、森の近くの広場に確認しに行くことになってしまった。
「いい加減困ったときの僕みたいな考えやめてくれない?」
僕が頼まれたら断れない性格だということをあきおみは心得ている。
「カシオペヤ座の動きも観察できるし、一石二鳥じゃん」
どうか一緒に行ってくださいと頼んでくれれば僕だって直ぐに首を縦に振るのにと思いながらも、結局は仕方ないなぁと言う自分がいた。
「おさむが来たからパーフェクトになったな」
夜に子どもだけ、手には懐中電灯という状況もあって、張り切るあきおみに対して、着ぶくれしているくにみつは、でもさあ作り話しだったらどうするんだよと言う。
彼は僕よりもさらにあきおみからの強引な頼み事や誘いに弱い。
正直僕も同じことを思ってだけど、あきおみの機嫌を損ねたくなくて黙っていた。
仮に何も起こらなくても、あきおみはその事実を受け入れるのだろうか。
「天の川とか、オーロラみたいな現象なのかなぁ」
鼻のてっぺんがツンと冷えてきたと思いながら僕は二人に問いかける。
「俺の記憶が正しければ、流れ星みたいな感じらしいぞ」
至って真面目な顔をして言うあきおみに、幽霊めっちゃ高速じゃんと思ったが、心の声が聞こえないようになるほどという顔をしてみせた。
僕たち三人は一応持参した星座早見表を膝の上に置くと、念のためちゃんと宿題をしたという形跡を残さないとね、と適当な星の観察記録を記入した。
ノートから目を上げると、自分の村の空にはこんなにもたくさんの星があったのかと嬉しい気持ちになった。
「願いを叶えるには、リスクが伴うんだな」
くにみつに比べると明らかに薄着に見えるあきおみは、体全身で貧乏ゆすりをしながら寒そうにそう言う。
今のところ何も起こる様子はないが、言い伝えのような魔法が起こらなかったらあきおみはどうするつもりなのだろう。
「今日ってさあ、クリスマスイブイブだね」
くにみつが足元の雑草を靴でいじりながら僕たち二人に呟く。
「・・・。そうだな」
僕もあきおみも寒さで頭がぼんやりしてきて、返事が遅くなる。
おとぎ話のような言い伝えを信じて一歩も引かないあきおみを中心に、左右にいるくにみおつと僕は体をぴたりとくっつけて、3人で一つのかたまりのように座っている。
「あれってオリオン座かなあ」
繋げると英語のМの形になる星を見上げて僕は言った。
たぶんな・・と言った後に、あきおみはこたろうがあんなに高いところに現れたら、俺のことを確認できるだろうかと首を傾げた。
「至近距離じゃなくてもきっとおまえだってわかるよ」
仮にばあちゃんが現れたら、遠くからでも僕に気付いてくれると信じたくてあきおみにそう言った。
「いいなぁ」
足をぶらんぶらんさせていたくにみつがふいに呟くので僕たちは二人そろって何が?と聞いた。
「だってさあ、僕の周りでは誰も死んだ人いないから特に現れてほしい人なんていないよ」
「おまえ忘れたのか?」
あきおみはくにみつの肩をゆさゆさと揺さぶると、前に飼っていたザリガニとクワガタが死んだだろうがと言った。
それを聞くと、くにみつは目を明後日の方向に向けて口を尖らせた。
「え~、おさむのおばあちゃんとあきおみのこたろうに比べたら僕そこまで寂しくないよ」
不満そうにぶつぶつ言うくにみつに、あきおみはあの時はぴーぴー泣いてただろと言い放った。
くだらない会話を耳にしながら、今日は何も収穫がなく帰ることになりそうだなと僕は思い始めていた。
「あっ!」
遠くの空に、一瞬シュッと光の線のような物が走った。
普段テンション低めの僕が想いの外大きな声をだしたので、あきおみとくにみつは肩を上げて驚いた。
「なに!?」
「なんだよ!?」
僕は光が走った辺りを指さして、あの辺りに流れ星のようなものが見えたと説明した。
「でも本当に一瞬で直ぐに消えちゃったよ」
二人は明らかにがっかりとした顔をすると、ビックリさせるなよと僕を小突いた。
「幽霊かと思った~」
体全身をゆさゆさと振って怖がるくにみつを見て、そうだったら家に帰ることができるチャンス到来だったのだがと残念に思った。
「もし今のがこたろうだったら、俺見逃しちゃったよ」
珍しくため息をつくあきおみの横顔を見て、僕はなあ、と話しかけた。
「あと1時間、何もなかったらもう帰ろう」
あきおみの性格上、僕の提案を拒むと思ったが、彼は隣でぶるぶると震えるくにみつに目をやると小さな声でそうだなと言った。
帰る時間が決まると、僕たちの気持ちはだいぶ楽になって、皆饒舌になった。
幼稚園のときみたいにまた互いの家でお泊り会をしようだとか、クリスマスに何が欲しいだとか、強面の先生の物真似をしたりしていたらあっという間に時間が過ぎてしまった。
「よし!」
あきおみの決断は速く、家の人たちも心配しているだろうし、残念だけどもう帰ろうということになった。
ズボンのお尻をはたいて、伸びをした彼はくにみつと僕に付き合わせて悪かったなと言った。
僕は別にいいよと言ったけれど、くにみつの顔を見て少し驚いた。
なんというか、文字通り息を飲んでいる表情というか、向かい合っている僕とあきおみの後ろの方に目をやって言葉を失っている。
訝しく思った僕たちは恐る恐る振り向くと、そこには光に包まれたばあちゃんとこたろうがいた。
「気付いてくれたね」
見慣れた顔で優しく笑っているばあちゃんは僕たちにそう言った。
「こたろう?」
驚きのあまり口をパクパクしている僕の隣で、あきおみはばあちゃんの足元にいるこたろうにしゃがんで呼びかけた。
舌を出してハアハアと言っているこたろうはあきおみを見つめている。
よく僕たちが遊んでいるときに仲間に入れてくれと邪魔をしにきた、見覚えのある頃のこたろうだ。
「ばあちゃん、僕たち・・」
久しぶりに会えて嬉しいはずなのに、言葉が上手く出てこない。
くにみつも顔見知りだが、どうしたらいいかわからないようでもじもじしているし、強い想いを抱えてきたあきおみでさえも、こたろうの前に跪いて黙って見つめているだけだ。
「よ~くわかってるよ」
せっかく再会できたというのに、ちゃんとした会話もできなくて泣きそうになっている僕に、ばあちゃんはにこにこ頷いてそう言った。
「寒い中会いにきてくれて、こたろうもばあちゃんもと~っても嬉しい」
ばあちゃんはあきおみの方を見ると、こたろうはあんたのことを一番大切なパートナーだと思ってるよと言った。
それを聞くとあきおみはばあちゃんを見上げてこたろうは俺のこと覚えてますか?と聞いた。
「もちろんだよ。あんた達ともよく遊んでやったって言ってる」くにみつと僕は顔を見合わせて苦笑いをする。
薄々感じてはいたが、やはりこたろうには下に見られていたかと思った。
「ばあちゃんが死んだ人の魂が空に現れるって言ってたから、僕たちずっと上をみてたよ」
少し落ち着いてきた僕はばあちゃんに文句を言う。
愉快そうに笑ったばあちゃんは、おさむは大きくなっても文句ばかりだねと言った。
「でもさっきの流れ星じゃなくてよかった」
こたろうと愛おしそうに見つめ合うあきおみは嬉しそうにしている。
「あの・・」
いまだにもじもじしているくにみつはばあちゃんをちらちらと見ている。
「ザリガニもクワガタもぴんぴんしてるよ」
それを聞くとくにみつはホント!?と言ってぴょんぴょんその場でジャンプした。
「もうお帰り」
なかなか帰ろうとしない僕たちに、ばあちゃんが言う。
「まだ大丈夫だよ!」
あきおみに半ば強引に連れられてきた自分が駄々をこねてしまう。
「おさむ・・」
あきおみが立ち上がって僕の肩をポンと叩く。
ばあちゃんやこたろう、あきおみやくにみつの顔を見て、僕はこれ以上みんなを困らせてはいけないと悟った。
「わかった・・」
ばあちゃんはうんうんと頷くと、僕の成長を喜んでくれているようだった。
「ありがとうな、覚えててくれて」
あきおみはもう一度こたろうの目線に合わせてかがむと、そう言った。
ばあちゃんとこたろうを包んでいる光がだいぶ弱くなってきたので、僕は不安になってまた会えるか質問した。
「何度でも流れ星になって降りて来られたらいいけどねぇ」
困り顔のばあちゃんを見て、次はないのだとわかった。
「そっか・・。僕ね、小さい頃よりだいぶ聞き分けがよくなったんだよ」
ばあちゃんは目を細めてそうかいと言った。
「嬉しかった、会いに来てくれて」
あきおみとくにみつ、僕は互いに頷くと、行こうと言って踵を返した。
振り向いてはいけないような気がして、皆真っすぐ前を見て歩き続けた。
白状すると、その時の僕はまあまあ泣いてしまっていたけれど、きっとあきおみだってそうに違いないから黙っていることにした。
あの不思議な状況を体験していた僕たちにとっては数分のような出来事に思えていたのだが、時間の流れはだいぶ速かったようで、家に着いた頃には母親たちに相当怒られた。
謝っているときも、僕の耳の奥にはやさしいばあちゃんの声が残っていて、会いに行ってよかったなぁと改めて思った。
ようやく布団に入る頃には真夜中になっていて、眠りに落ちる前、明日学校であきおみにお礼を言おうと思った。
冬の空には魔法が起こる。
流れ星が落ちた時、かつて愛した人たちが、あなたのところにも会いに来るかもしれない。
無垢な少年たちのやり取りを読んでいただいてありがとうございました。