キラキラとギラギラと青年と子猫、そしてロバ。 ~ いつか王国を救う最初の歌 ~
前作ではたくさんの方にご愛顧いただきありがとうございました。
今作はまただいぶテイストが違うほのぼの異世界です。
どうぞご賞味ください。
── リリルリラリラ
カティは辺境のフォンタニエ伯爵の娘だ。
辺境伯ではない。国防を担う屈強な方々と一緒にしては申し訳ない。
ここはただただ辺境。
北に大きな山脈がそびえ、超えた向こうの外つ国は少数民族が集まる連邦で、念のため見張りを立ててはいるが到底攻め込むような気概がある国じゃない。
山脈からの水の恵みと、吹き降ろす涼しい風が麦や牧草をよく育てる、牧歌的な辺境。
そこの領主が伯爵だったためややこしい響きになっているだけで。
── リリルリラリラ
カティはよくこのフレーズを歌う。
歌いながらロバに牽かせた荷馬車で領地を回る。
声を張り上げているわけでもなくよく響く歌声に、領民は今日はお嬢様がこちらに渡ってきたとぺこりと頭を下げたり大きく手を振ったり。
カティもそれに応えながら呑気にぽっかぽっかとロバを歩ませる。
── リリルリラリラ
幼い頃乳母に何の歌ですか?と尋ねられたカティは、んーわかんない!と満面の笑顔で答えた。
物心ついた時からカティとともにあった歌。
それは十四歳になった今も変わらない。
豊かな赤髪は存分に太陽のあたたかな光を含み、大きな金緑石の瞳はきらきらと輝いている。
少し日に焼けた肌は健康的で瑞々しく、領民を好んで手伝う手指は労働を知った暖かくちょっとだけ節ばったものだ。
そんな娘が歌を領地に巡らせる。
── リリルリラリラ
ロバは進む。
山の麓の森にかかり、カティは小さく手綱を引いた。
心得たようにロバは森の小道に入り込む。
木漏れ日に歌を躍らせ、カティは機嫌よく金緑石の目を細める。
牧場の水源のひとつの池に到着し、ロバを止めるとカティはひらりと馬車から飛び降りた。
「ロシュナ、ありがと。のんびりしてていいよ」
馬具を外し、ロバを一撫でするとロバのロシュナはひーと行儀よく応えを返す。
リリ・ルリ・ラリラ
馬車から降ろした敷布を広げ、そこに座ってバスケットを横においたカティは歌に意図を込めて囁いた。
(カティ!ここすき!)
ふわりとカティの赤髪が揺れる。
(カティ!きもちいい!)
目の前の池がぴちょりと跳ねる。
(カティ!カトリナ!だいすき!)
「ん、私も大好きよ」
先ほどまで領地の麦の穂を、牧草を揺らしていたキラキラがカティの周りで踊っている。
カティは歌の意味を知っていた。
幼い頃、父にも母にも兄にも姉にも乳母にも見えないキラキラに名前を乞われてそれに応えた。
(カティ!ないしょだよ!)
「ないしょ?」
(かわいいともだち!)
(すてきなひみつ!)
カティの周りをいつもわいわい飛び回っているキラキラとふふふと笑いあって。
精霊のいとし子。
そんな呼び名は知らんぷりして、カティはキラキラとともに生きてきた。
「リリ、ルリ、ラリラ。おやつ食べよ」
(おやつ!)
(なに?なに??)
(たべよ!たべよ!)
バスケットから今朝がた焼いたマフィンを取り出し、キラキラにひとつずつ渡す。
きゃあと喜声が上がり、キラキラと一緒にぷかぷかと浮くマフィン。
(おいしーね!)
(これすき!)
(カティ!ありがと!)
どういたしましてと笑い、カティは自分の分を銜えて敷布にころりと横になった。
お行儀が悪いと怒る家庭教師の視線は当然届かず、オレンジピールがふんだんに入ったマフィンの出来に満足すると、カティはバスケットから手探りで本を取り出した。
(なに?おいしい?)
「おいしくない。お勉強」
カティは今度の秋ごろから学校に通うことになっていた。
田舎の領主の娘とは言え貴族は貴族。
貴族の子女が集められる王都にあるアムラン王立学校に最低二年入らなくてはならない。
姉は二年で帰ってきたが、兄は四年前に王都に出て、そのまま上級学校に進学している。
なかなか会えない兄に会うのは楽しみだが、二年も領地を離れるのがカティは寂しい。
ぱらりと開く本は領地とは反対側にある隣国の農学書。
向こうは温暖な穀倉地帯で、この領地とはまた違った風景がみられるらしい。
(カティ!おてつだいする?)
「ん、大丈夫。ありがと」
勉強自体は嫌いじゃなかったカティには、隣国の言葉の書物もお手の物だ。
キラキラが目の周りにまとわりつくと、どんな言葉も自分の国の文字として頭に入ってきた。
そんなことを小さい頃からやってきたら、いつの間にかキラキラ無しでも読めるようになっていた。
語学が苦手な子にはずるいずるいと嘆かれそうだが、キラキラは皆に見えないのだからしょうがない。
むしろ見えなくていい。キラキラが目にまとわりついているときのカティはなかなかにシュールだ。
うつぶせになって肘をついて膝を曲げて足はプラプラ。
家庭教師の悲鳴が聞こえてきそうな格好も、カティとキラキラしかいないこの場では問題ない。
マフィンで汚さないようにだけ気を付けながら、カティは本を繰っていく。
♪~♪♪~
キラキラを元気にする歌ではないハミングに、それでもやっぱり元気に飛び回るキラキラがカティの周りにふわふわ花を撒いていく。
新しい農法、未知の飼料。
暖かい季節と寒い季節の穀物の違い。
領地が大好きなカティには知りたいことがいっぱいだ。
いくらか読み進めていた時、カティを花で埋めていたキラキラが急にぴゃっと鳴いた。
(こっちくる!)
(なに?なに??)
(あっつくておおきい!)
くるくる急旋回したキラキラはバスケットの中に飛び込んだ。
カティはそっと布をかぶせてやり、褒められない姿勢だけを直しておく。花はどうせ誰にも見えないからご愛敬だ。
怖いものではない。
カティにはそれがわかる。
熱くて大きい、でも温和な。
「……おや、お嬢さんこんにちは」
かさりと草をかき分けて出てきたのは、前回の冬休暇で領地に戻ってきた兄よりももう少し年嵩な青年と、その青年が牽いている馬、そしてその馬より大きく熱い、いうなればギラギラだった。
「……こんにちは」
おぉ熱い。
カティはどちらかというとギラギラに対してあいさつをする。
トカゲ?の大きいのはカティにぐるぅと喉を鳴らした。きっとギラギラのあいさつだろう。
青年はきょろりとあたりを見回し、視線をカティに戻す。
「お嬢さんはひとり?荷馬車が見えたから農夫が休憩しているのかと思ったのだけど」
「あれは私の」
カティがひとりとわかって適切な距離を取る青年に、反対に寄って来るギラギラ。
座ったままのカティに首を下ろし、ぐるぅと額を擦り付ける。
(あっつい!)
(あついよ!)
(あーつーいー!)
バスケットからこっそり顔を出したキラキラが合唱する。
うん、熱い。カティは心で同意しつつも触れられる程には調節してくれているんだろうとも思う。
「お嬢さんはここらの農夫の娘さん?」
「……何か御用?」
言葉数が少なめのカティに青年は片眉を上げた。
もう少し熱いのを下げて今度はカティの周りの花をもしゃもしゃし始めたギラギラに気を取られてあまりおしゃべり出来ないだけなのだが涼し気な顔をした青年は気付かない。
「あまり警戒しないで。僕はここの領地を視察に来た調査官みたいなものだよ」
調査官がどんな立場かはカティにはわからないが、こんなに大きくて熱いギラギラを引き連れているものなんだろうか?
まぁ田舎領主の娘もキラキラと一緒に生きているのだから人の立場なんて関係ないのかもしれないのだけど。
「これから視察団として領主の伯のところに行く予定だったのだけど、このあたりがとても気持ちよくてね。ひとり馬を走らせていたら急に、ほら」
青年が持ち上げた途中で途切れた手綱を見てあぁ、とカティは納得した。
青年には見えない焦げが犯人?犯トカゲ?を物語っている。
「馬具は十分整備させていたはずなんだけど、これじゃあ馬を牽くことは出来ても乗るのは危ないし代替品を借りられないかと思ってね」
カティがギラギラを見下ろせば、花をあらかた食べ終わったのかぐるぅとカティにすり寄ってくる。
どうやら計画的犯行らしい。
(ごまかした!)
(わかる!)
(だよね!)
ようやく慣れてきたキラキラが、それでもバスケットから出ずにきゃいきゃい騒ぐ。
カティは軽く息をつき、立ち上がって本と敷布を片付け始めた。
「お嬢さん?」
「案内する」
どうやらカティが原因のようだし、向かう先は一緒だ。
父と今朝顔を合わせた時は視察団のことは何も言っていなかったが、それは単に伝えるのを忘れているだけだ。手伝いも必要になってくるだろう。
「領主邸でいい?」
「助かるよ。でも時間はいいのかな?」
「ロシュナで半刻くらい」
「ロシュナ?」
「私のロバ」
カティはギラギラを寄せて敷布を畳みキラキラをバスケットから追い出し本を詰め、そろそろ帰るのかと様子を見に来たロシュナを捕まえる。
「ロシュナ、お客様」
ロシュナはひーほーと挨拶をして、おとなしく荷馬車に繋がれる。
キラキラのおこぼしになってしまったマフィンを与えると、もにゅりとおいしそうに平らげた。
キラキラが口にした食べ物は、人には物足りない薄味になるが動物には大人気の餌になる。
ごちそうさまとロシュナが頭を下げて、青年は面白そうに目を細めた。
「賢い子だね。ロシュナ君、よろしく頼むよ」
ロシュナはもう一度ひーと鳴いた。
空がそろそろ夕暮れの赤を呼んでくる頃。
ぽっかぽっかとロバが歩き、からから荷馬車の車輪が働いている。
横には荷馬車に緩く結ばれた馬がぽくぽく足並みを揃え、重さを感じさせないギラギラがとしんとしんと聞こえない音で続いてくる。キラキラはギラギラの頭の上で楽しそうにはしゃいでいた。
うん、なかなかの大所帯。
カティはこの時ばかりは歌を我慢する。
いつものようにキラキラが踊りまわるのはいいのだが、もしギラギラまで参戦してしまったらどうなることかわからない。
冬にいてくれたら薪要らずかな、とちらちら視線を横に流していると、青年がくすりと笑う。
「気にしてくれるのは嬉しいけど、うちのフレシュも賢いから大丈夫だよ」
「フレシュ?」
「僕の馬」
呼ばれたと思ったのかひひんとフレシュがいななきを上げる。
あとでおいしい飼い葉をあげようとカティは決めた。
遠くで後仕舞いをしている領民が見える。
おかみさんの愛情たっぷりの夕飯が待っているんだろう、その姿はせわしない。
カティはやっぱりこの領地が大好きだ。
「この領地は豊かだね」
「ありがと」
カティは横に座るぽつりと呟いた青年を仰ぎ見た。
思えば初めてじっくり青年を見た気がする。
美丈夫、というのだろうか?
きりりとした青い眼に、すっとした鼻、唇は薄く、緩く口元が持ち上がっている。
淡い夕日に照らされた髪は薄い亜麻色。
確か、あまり気にしていなかったが、立ち姿は兄よりも頭半分程高かった気が。
こんな辺鄙な田舎に視察に来る程の閑職には見えないが、それは都の事情があるんだろう。
領地を遠く見渡していた青年がふとカティに目を向ける。
「おや、お嬢さん、ようやく僕が気になってきてくれたかな?」
「うーん」
ようやくってなんだろう。
気になるというのならギラギラの方がよほど気になる。
青年は熱くないんだろうか?とか、いつも一緒なのか?とか。
「そうでもなかった」
「それは残念。これでも王都ではダンスの誘いを待つお嬢さんたちの視線を一心に集めるくらいは悪くない見た目だと自負していたのだけど」
「ふーん」
ダンス。
それならキラキラの方が見ていて楽しい。
たまにあの池のほとりでカティも一緒に踊るくらい。
「お嬢さんは王都に来たことは?」
「何回か?」
「次に来る予定はあるのかな?王都には楽しいところがたくさんある。僕が案内してあげるよ」
「大丈夫」
「つれないね。僕はレオン。お嬢さんのお名前は?」
(((だめー!)))
ぽわんとキラキラが現れてカティの口を覆った。
気持ち的にもごりとしていると、さっきより熱くなったギラギラがぐるぅと期待に満ちた唸り声を上げた。
青年がいるのに名前を交わすのは駄目だろう。
「……」
「これも駄目か。いつまでもお嬢さんじゃ味気ないし、シャトンと呼ばせてもらおうかな。君の眼、この間見かけた子猫にそっくりだ」
別にお嬢さんでいいんじゃないかな。
カティがジト目でレオン青年を睨めば、レオン青年はなんだいシャトンと機嫌よく、ギラギラはもっと頑張れとレオン青年を鼻先でつついていた。
ぽっかぽっかとロシュナは進む。
シャトン、シャトンとレオン青年は話題を見つけ、カティ、カティとキラキラは耳元でうるさい。
領主邸、カティの自宅が見えてくる頃には辺りはすっかり夕明かりに染まっていた。
◇◇
「やぁ、すっかり遅くなってしまったね。シャトン、ありがとう。これから帰るといくらロシュナが賢くてもひとりは危ないね。誰かつけようか」
「どういたしまして。大丈夫」
領主邸の前では、見かけない人たちがざわざわとしている。
遅い、探しに、いやもう少し様子を。
きっとレオン青年の連れの人たちだろう。
カティはロシュナを領主邸の正門に停め、フレシュの手綱をするりをほどく。
「お疲れ様」
「シャトン、本当に大丈夫なのかい?」
「大丈夫。すぐそこよ」
ぐるぅとギラギラが切なげに鳴く。
カティはレオン青年の肩をぽんと叩き荷馬車から降ろして、ギラギラにひらりと手を振った。
「明日お礼に伺うよ。領主に聞けばわかるかな」
「じゃあね」
レオン様!団長!どこいってたんですか!
連れの人たちが駆けてくる。
カティはロシュナにぴちりと指示を出した。
キラキラはロシュナの鼻先を照らしている。ロシュナがわかっているかどうかは聞いたことはない。
正門からも厩舎にたどり着けるが今は人が多い。
レオン青年が人たちに囲まれている間に、カティは通用門へと回る。
ぽっかぽっかとロシュナが歩く。
門の外灯を点そうとしていた門番がカティに気付いてその手を止めた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「ただいま。お先にどうぞ」
カティもロシュナもキラキラが周りを照らしてくれている。
門番は手早く魔光石を外灯に入れていくと、カティの為に門を開けた。
「お待たせしました。今日はお客様が来ていらっしゃいますよ」
「ありがと。うん、知ってる」
お疲れ様と手を振って、カティは厩舎へロシュナを向かわせる。
厩舎番は総動員で馬の手入れに走り回っていた。
「お嬢様、お帰りなさい。エリザベトお嬢様が今か今かと待ち構えていますよ」
「あら」
荷馬車から降りてロシュナを一撫で。
厩舎番にロシュナを預けていると、先ほどお別れしたフレシュとギラギラがやってきた。
(あー!あっついの!)
(あつあつ!)
(ここにいたー!)
フレシュはひひんと、ギラギラはぐるぅと寄ってくる。
ギラギラのお友達はレオン青年ではなくてフレシュ?
そんな疑惑を抱きつつカティはよしよしと頭を撫でて厩舎番に特別おいしい飼い葉をあげるよう依頼して、またねと裏口から邸に入った。
のんびりが身上の伯爵邸はばたばたとにぎやかしい。
姉はどこかとふらふらしてみたら、食堂から生け花の道具を持って姉が出てきた。
「まぁ、カティ。お帰りなさい。見ての通り大忙しよ!」
「ただいま。手伝う?」
「えぇお願い。お父様ったら誰にもお客様のことを言っていないのだもの、お昼に伺って大慌て!カティには皆様の寝室のお花をお願いしたいの。皆様は応接室でお父様とお母様がお相手をしているわ。ささ、着替えていらっしゃい。お夕食は一同でとるとおっしゃっていたからそのつもりの恰好ね」
「はーい」
カティは部屋に戻る前、手伝いに回されていた自分付の侍女を見つけて様子を聞く。
お客様は五名。ひとりはあのレオン青年か。
ドレスの着替えだけを侍女にお願いして、すぐに手伝いに戻らせる。
髪は少しだけ編んで流し、そこに潜り込んだキラキラがカティにしか見えない髪飾りになる。
客間の階に下りればドアが開いている部屋が五つ。
一番奥の重要なお客様用の部屋も開いているから、やっぱりレオン青年は貴族なんだろう。
それぞれの部屋に入って、カティは歌を歌う。
リリ・ルリ・ラリラ
(やるよ!)
(かびんのおはな!)
(おねむのおへや!)
花瓶の横には飾る用の花の束が、寝台のリネンは綺麗に整えられている。
髪から飛び出したキラキラは花瓶に花の束に寝台に飛びついた。
屋敷の皆はカティが短時間で素晴らしい生け花が出来ると思い込んでいるが、それは実際キラキラのお手柄だ。
カティはただその功績を横取りしているにすぎない。
きっと共存ってこういうこととカティは割り切っている。
寝台には使う人には見えない安眠の花が散らばっていく。
これはおまけのようなものだが領主邸に泊まるとすがすがしい朝が迎えられると好評だ。
四つの部屋で歌い終わって残りひとつ。
一層豪華な客間は続き間がある。
奥の部屋はしぃんと階下の喧騒も聞こえない。
リリ・ルリ・ラリラ
「ここはさっきのおにいさんのお部屋」
(おにーさん?)
(あっついののおともだち?)
(ましましにしちゃおう!)
あ、お友達はレオン青年の方だった。
ギラギラは室内には入れないだけなのかもしれない。
花瓶の花は彩り豊かに整えられて、キラキラのお花も少しばかり混じる。
寝台はえぇいとりゃーきゃーと山盛りで今夜はさぞかし良く深く眠れるだろう。
からんころんと低く通った鐘の音が聞こえた。
夕食の時間だ。
使用人が呼びに来ることもあるが、この邸では概ねこの鐘の音が合図となっている。
執事の仕事をひとつ増やし、他の使用人の仕事を軽減する習慣は今日も適用されるようだ。
各階で鳴らす鐘は不思議とよく響き、不必要な階には届かない優れもので、カティはよくお世話になっている。
カティはありがとうとキラキラに歌うと、一仕事終えた顔で客室を出た。
階下に降りると食堂の前で姉が待っていた。
すでにお客様は集っているようで、姉の後にしずしずと続く。
「あぁ、来たね。紹介いたしましょう。我が娘たち、長女のエリザベトと次女のカトリナでございます」
「エリザベトでございます。皆様ようこそお出でくださいました」
「いらっしゃいませ。よろしくお願い申し上げます」
きょとりと目を丸くするレオン青年に素知らぬ顔でカティは淑女の礼を執った。
出来なくはないのだ。やらないだけで。
カティは自らあまり名乗らない。
キラキラによく止められるし、それを無視して大変な目にあったこともある。
そういう意味でも学校は気が重く自分の年だけ飛んで無くならないかなとも思っている。
「内向きのことはエリザベトが良く知っております。カトリナはもうすぐ学校の歳にもなってロバで毎日のように領地に出向くお転婆ですが、きっと皆様の視察のお役に立つことでしょう」
父がカティにちらりとにやにや視線を寄越す。
レオン青年から話を聞いてすぐに自分の娘と気付いたくせに今まで種明かしをしなかったようだ。
キラキラがぺちぺち父の額を叩いている。そういう御茶目なオデコは早々に禿げ散らかせばいい。
「ベティ、カティ。この方々は領地の農業と牧畜についての視察団として王都からいらっしゃいました。よくお手伝いして差し上げなさいね」
「はい、お母様」
「かしこまりました」
母はお澄まし顔で姉とカティにそう伝え、それを受けたようにレオン青年が立ち上がった。
「代表して団長である僕からご挨拶を。僕はアグリカル視察団団長のレオニール・ティエル・アムラン。一週間程度滞在を予定しているので、お嬢さん方よろしくね」
ん?アムラン?カティはこてりと首をかしげる。
(おにーさんだ!)
(よろしくー!)
(ましましー!)
キラキラがくるくるレオン青年を回る。花がぱらぱら大盤振る舞いだ。
この国はアムラン王国という。
姓にアムランを持つというのなら。
「まぁ……。レオニール第二王子殿下におかれましてはご機嫌麗しゅうございます」
「うん、今回は仕事で来たからね。あまり王族は関係ないんだ。気軽にレオンと呼んで欲しいな」
レオン青年はどうやら閑職ではなかったらしい。
姉に合わせて礼を深くしながら、カティはどうりでとギラギラを思い出す。
王族のお友達ならあの大きさも納得だ。
「二人とも楽にして。やぁシャトン、君には驚かされたけど、僕も少しは驚きを返せたかな?」
(ないねー)
(ないない)
(ざんねんー)
キラキラの言う通り。
「そうでもない?」
「カトリナ!」
「あぁ、いいよフォンタニエ伯。僕たち友達になったんだ」
びくりとしたカティに、レオン青年が間に入ってくれる。
だが父の叱咤に驚いたのではなく。
(((きゃー!)))
キラキラの大歓声にカティはびっくりしたのだ。
(カティ!おともだち!)
(カティ!あたらしいおともだち!)
(カティ!あっついのもおともだち!)
(((えーい!)))
「寛大なお心感謝します。カトリナ、殿下の御心遣いに背かぬよう期間中誠心誠意お仕えしなさい」
「はい」
返事はしたがそれどころではない。
食堂を埋め尽くす花の洪水にカティはぷはっと息継ぎがしたくなる。
外じゃなきゃ駄目だと思っていたギラギラがぐるぅと姿を現した。
「……で、は、せっかくの心づくし、そろそろいただこうかな、伯」
これ、きっとレオン青年にも見えている。
王族ってすごいとカティは初めて思った。
もしゃもしゃ。えーい。もしゃもしゃ。えーい。
ギラギラがレオン青年の周りの花を一生懸命もしゃもしゃ頑張っている。
キラキラも負けじと花をわっさわっさと頑張っている。
半日なかった準備時間で厨房はとても頑張った。
使いが行ってるはずの領都の店屋も今きっと頑張っている。
でも多分一番頑張っているのはギラギラが頑張っても一向に減らないわさわさの花に埋もれているレオン青年だ。
「では他の領地では凶作が続いていると」
「えぇ、閣下。続く冷夏の影響か、今年の収穫高が例年の六割に満たない領も出る予測が出ております」
「ふむ……」
団長が会話に入れない。
きっとさっきのような引きつった笑いを浮かべてるのだろうけど、カティにはレオン青年の顔は花が邪魔して見えない。
「フォンタニエ領はここ十年極めて安定した供給を納めていただいています。この地だからこその次第があるのか、もし秘策や秘訣などがあればと。今年はまだ保てますが、来年もこれでは飢饉と言わざるを得ない状況に陥る可能性もあり」
「この十年、特に新しい手法を取り入れたこともなく、領民の変わらぬ営みが実を結んでいるとしか言えぬのですが……是非存分にご視察いただきたい。我が領のやり方で他の領が救えるのなら重畳。国の一大事に隠す何かがあるでなく。殿下にもご足労いただきましたこと誠に光栄にて、何卒国を御救いいただきたく」
「あ、あぁ、そうだね。僕も何かを掴めればと思って、」
レオン青年が頑張っている。
空を掴んでいるように見せて花を掴んでいる。
ぐるるぅぅぅ。
ギラギラが鳴いた。
大きく口を開いた。
(((きゃーーー!)))
カティの髪の中に避難してきたキラキラに、カティは小さく小さくリリルリラリラ。
ごおぉぉぉぉぉとギラギラの口から炎が吹き出る。
(((あつーーーい!)))
うん。熱い。
歌でお願いしたキラキラに守られてちりちり燃えていく花はカティとレオン青年を傷つけない。
それでもカティの髪のような赤い火に、カティはそぅっと目を閉じた。
(あーあ)
(あっついののかちー)
(がんばったー)
終わりはキラキラが教えてくれる。
カティはようやく贅を凝らした食事を食べようと目を開けた。
あ。
レオン青年がカティを見ている。
とうとう驚いた顔を隠せずに、レオン青年は口をぽかんと開けている。
「殿下、どうなさいましたか?」
「うん、いや」
「御口に合いませんか。すぐに別を用意させましょう」
「うん、いや、大丈夫」
褒めてとギラギラにすりすりされるカティを見て、レオン青年は言葉数が少ない。
花だけじゃなくなったレオン青年は今後大変だ。
名前を交わせばお友達は増えていく。
王子様が名乗らなくて済む機会はどのくらいあるだろう。
カティはお友達の先輩として、レオンに教えてあげることがあるだろうか。
(カティ!おいしい?)
(カティ!あつい?)
(レおにーさん!おもしろい!)
レおにーさんとはなんぞ。
つんとお澄ましでカティは料理をぱくり。
「ん、おいしい」
お澄ましからにんまりカティにレオンはへにょりと眉尻を下げて笑った。
◇◇
── リリルリラリラ
カティは辺境の領主の娘だ。
牧歌的な辺境でぽっかぽっかとロバを歩ませる。
「あの花はもはや嫌がらせだと思うよ、シャトン」
昨夜の寝台は安眠どころかいつ燃えるかとひやひやだったレオンがぶぅぶぅ文句を言う。
せっかくの心配りが残念な結果だった。
レオンとカティは視察と称して領地を巡る。
ロシュナの牽く荷馬車に乗って、キラキラとギラギラはそのお伴。フレシュはお留守番だ。
── リリルリラリラ
キラキラは麦の穂と踊り、きっと今年も豊作だろう。
「この土地特有というか、シャトン特有というか。うぅん、なんと陛下にご説明したらいいかな」
「まだシャトン?」
「うん、僕は君から名乗りを受けていないしね」
としんととしんとギラギラが聞こえない音を立てる。
レオンは荷馬車から手を伸ばしてギラギラを撫でる。
ぐるぅとギラギラはご機嫌だ。
「ドラゴンが僕の友達。いつからだろうね」
トカゲじゃなかった。
── リリルリラ……
「ねぇシャトン。王都に来る気はないかな?君の力があれば国は助かるし名声も富も思うが儘だ」
「うーん、間に合ってる」
カティは領地が大好きだ。
キラキラが大好きだ。
きっとギラギラも大好きになる。
「欲がない子だね」
「ダンスは池のほとりがいい」
ダンスホールで声をかけてもらえるのをじーっと待つのはカティじゃない。
皆を手伝うのはやぶさかではないけれど、領地に戻ってこれないのではカティは困るのだ。
── リリル……
「じゃあ僕と旅に出ようか。国中を回ってダンスの踊れる池を探すのはどうかな」
「秋から学校よ」
「あぁ……そうだった。特例を出すにはシャトンのことを説明しなきゃ駄目だね。それは危ないか……」
(カティ!うたって!)
(カティ!おどろう!)
(レおにーさん!じゃま!)
レオンががくりと肩を落とす。
── リリルリラリラ
領民が手を振る。
カティが振り返す。
レオンもなぜか振り返す。
ぐるぅとギラギラが鳴き、キラキラがきゃっきゃと踊り、ロシュナはひーほー合いの手を打つ。
「シャトン、今日はどこに行くのかな」
「川」
「……お友達がいる?」
「そう」
この丘の向こうにある川のサラサラ。
カティだって考える。
カティは領地が大好きだけど、領地だけでは駄目なのだとカティもちゃんとわかっている。
「本当にいとし子なのだね、君は」
「お友達よ」
精霊のいとし子なんて名前は知らんぷり。
名前といえば。
カティはちらりとギラギラと視線を合わせる。
名前を交わせばお友達。
「私はカティ」
ぐるぅ。
(ロロラルロ)
「えぇぇ、僕には名乗ってくれないのに」
冬に歌ってみたい歌が増えた。
── リリルリラリラ
ぽっかぽっかとロシュナは進む。
「うん、そうだ。いい方法を思いついた。シャトン、僕のお嫁さんになろうか。そうしたら公務として学校を休んで旅に出られるよ」
「恐れながらレオニール第二王子殿下わたくしのような鄙びた娘にお戯れでもそのような妄言を吐かれたこと知られましては第二王子殿下のご名誉に関わりますゆえ此度は耳にはしなかったことにいたしますので第二王子殿下におかれましても夢戯言はお控えいただきますよう平に、」
「待って待って待って。なんでそこまで全力否定」
初めて長くしゃべってくれたと思ったら!とレオンがしくしく頭を抱える。
(ふられたー)
(ふられたー)
(ふられたー)
(((やーい)))
「そこのキラキラ!不敬だよ!」
(((きゃー)))
── リリルリラリラ
キラキラとギラギラと青年と子猫。そしてロバ。
いつか王国を救う歌は、今はまだこの領地に響いている。
End
昨日唐突に浮かんできたリリルリラリラというフレーズからのお話です。
リリルリラリラは ソソミソ高ド高レ高ド です。
次のオクターブ?の書き方見つけられなかった…(音楽は門外漢)
ロロラルロはどんな歌になるんでしょうね。
今回の邪魔だったり余計だったり書けなかった設定です。
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・カティ(カトリナ・フォンタニエ) 14歳
伯爵家の次女。燃えるような赤髪と金緑石というか猫目石のような目。
キラキラの言語チートと兄姉を一緒に同じ家庭教師についていた関係で結構優秀。
隣国の農学書は兄に送ってもらった上級学校で使用しているもの。
言葉数が少ないのは不用意に話しているとキラキラや他のお友達が騒ぎ出してしまうから。
歌はお友達の名前の数だけある。歌ってお願いごとを乗せればお友達は大張り切り。
ぼんやりしているように見られるが実際ぼんやりしている。
レオンに名乗らなかったのはシャトンの響きが案外気に入ったから。
レオンのロリコン疑惑にじとっとしている。
・レオン(レオニール・ティエル・アムラン) 23歳
第二王子。淡い亜麻色の髪と青い目。
ティエルは三番目という意味だが一番は王様なので第一王子がドゥジエム。
最初はレオナールという名前だったが手が勝手にレおにーさんと書いてしまったのでレオニールに慌てて変更。
兄に目を付けられて面倒なので、地方にドサ周りをよくしている。
本当ならカティのことは絶対的に報告事案だが、自分にも見えるようになったことがばれると兄がうるさいのでどうしようか躊躇している。だからといって別に国の危機を放置するつもりはないよ。
最後の方は結構本気。14歳は9歳差だからぎりセーフじゃないかな?と思っている。
婚約者はいない。いたら違う話になっちゃう。
・キラキラ(リリ・ルリ・ラリラ)
緑の精霊さん。カティ大好き。
3人と見せかけて精霊なので増えたり減ったり沸いたりくっついたりと個体数は難しい。
なので歌では必ず3人の名前を乗せる。
当初は合体してリルラという大きな精霊になってカティをべたべた甘やかす設定にしようかと思ったが、短編に無駄な三角関係?はいらないので削除。
・ギラギラ(ロロラルロ)
火の精霊さん。サラマンダーと見せかけてドラゴン風。
馬より大きいほんもののサラマンダートカゲはちょっと・・・想像するだけで私ががくぶる。
レオンとは10年くらいのお付き合い。どちらかというと付きまとい。
フレシュとはぐるぅひひんの仲。
手綱はレオンが落ちて怪我をしないようにフレシュの監修の元焼き切っている。
最初邸に入らなかったのは伯爵邸がキラキラのテリトリーだったため。
おともだち!の宣言で入れるようになった。
・ロシュナ ?歳
ロバ。ひーほー。ロバといえばロシナンテ。今調べたらロバじゃないって!だまされた!
キラキラのおこぼしを良くもらっていたらずいぶん賢くなった。
カティ大好き。いつかカティとおしゃべりできるんじゃないかと思っている。ひーほー。
学校に行く時連れてってもらえるかドキドキしている。
・フレシュ
実は軍馬。戦場を矢のように駆け抜けるという願いを込められフレッシュ(矢)から命名された。
最初はギラギラが気に食わなかったが、今はご主人様を守る相棒だと思っているとかいないとか。
ギラギラと一緒にいたのでそこそこ賢いが、やっぱり馬の域は越えない。
でもおこぼしをもらえるようになれば無限の可能性を秘めている。
・サラサラ
川の精霊さん。カティ大好き。出番がなくて残念。
精霊は時間と距離の位置の概念が人と違うので、さらっとカティを違う岸辺に運んでくれる。
カティはこうして領地全体を回っていた。
王国に流れる主川の源流のひとつなので、それで回れないかな?と相談に行くところだった。
まかせてカティ!まってるわ!
・フォンタニエ伯爵
偉そうに話していたけど、こんなに大物がやってくることを伝えるのを忘れていたうっかりさん。
・フォンタニエ伯爵夫人
もう旦那様ったらいつもいつもこうなんですものカティの学校を覚えていたのが奇跡だわ領民は日々豊かになるように頑張ってくれているのに何もしていないとはどういうことなのかしらそういえばベティの嫁ぎ先のことも忘れていらっしゃらないわよね殿下は分不相応ですが視察団の方々に良い方はいらっしゃらないかしらいえそんな大切なお仕事でいらっしゃっているのにはしたないわそんな別に用意ってなにをおっしゃるのかしらそんな準備時間はなかったじゃありませんかもう旦那様ったらいつもいつもこうなんですもの。
と心中で呟いていた。
お母様!次女が狙われてますよ!
・エリザベト 17歳
15歳で学校に通い17歳になる前に帰ってきた。
こっそり学校で出会った恋人がいる遠距離恋愛中。
兄が帰ってきて伯爵の跡継ぎが確定したらご報告をと思っている。
・兄 18歳
勉強大好き。
領地を継ぐのはまぁいいとして、土地も余ってるし領都を第二の学問研究都市に出来ないか画策中。欲しい環境は引き寄せてくるスタイル。
出来ないなら妹のどちらかに爵位を譲って研究所にこもりたい。
下の妹はきっと自分と同じタイプだから上の妹に任せるのがよさそうなので上の妹の結婚は慎重に進めたい。
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以上です。
いずれはシリーズにしたいなと思ってますが、まずは短編を書ききって満足です。
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ご拝読ありがとうございました。




