7 不穏な気配
ぼうっとアービドを見つめるクラリス。アービドもまた、目を見開いてクラリスに見惚れている様子だ。黙ってしまった2人にやきもきしたのか、エスターがアービドに近寄り、耳打ちした。
「アービド様、何か女神様に仰られては?」
「あ、ああ。そうだな」
ゴホン、とアービドが咳払いをする。
「我が花。本日の御召し物は――」
ゴホン、と今度はエスターが咳払い。
「……クラリス様、とても、お美しゅうございます」
俯きつつ、頬を染めてアービドがクラリスの晴れ姿を讃えた。きゃあ、と周囲の女性たちが声を上げる。
(か、かわいい)
見るにも立派な、精悍な貴公子が、恥じらいながら相手を褒める様は、とても可愛らしい。俗に言う、ギャップ萌えである。故に、クラリス含む、彼女たちの心を捕らえたのだ。
(失礼よね。アービドさんは立派な殿方なのだから)
クラリスも同様に、目の前のアービドの様子を見て、心を動かさずにはいられなかった。
「(そうだわ、言葉を返さないと)恐縮ですわ。アービドさんも、凛々しいお姿です」
「……そのように褒められますと、ずっとこの姿で居たくなりました」
健気な返答に、アービドが女性たちの哀憫を誘った。アービドがクラリスを思っているのは明白だが、恋心を抱かれている彼女本人は全く気付いていない。
(アービド様、頑張れ)
エスターは鈍いクラリスにため息をつきつつも、彼を心で応援したのだった。
――隣国イスヴァンにて。
イスヴァンは大陸一の交易国家である。先の大干ばつの影響も些細なもので、賢王の下、国家は長い栄華を誇っていた。
海、森、平地、砂漠と面したイスヴァンは城を中心に、楕円形の城砦を持つ。その周りに、民たちの暮らす街が広がっている。また、イスヴァンの城は真珠宮と呼ばれ、職人が一生を懸けて手がけたとされる建築は、荘厳で大変美しい。一目見ようと様々な国から人々が訪れ、観光国家としても成功していた。
正に大陸一の国家。
そこで、新しく建ったヤシュムに興味を持つのは必然の事。
国王直々に、王であるアービドとクラリスが招待されたのだった。
「歌で魔物を鎮めただと? 作り話だろう。ヤシュムという国も、辺境の田舎だ。どうせ、みすぼらしい王とうそつきの女神に決まっている」
だが、賢王の息子が、同じように賢い王子とは限らない。
悪態を吐きながら、イスヴァンの王子、メギルが葡萄をほおばった。寝台に居る彼の周りには、衣をはだけさせた女性たちが囲んで、彼の機嫌を取っている。
「芋くさい女神様を、どうやってからかってやろうかな」
メギルの悪辣を含んだ瞳が、にやりと弧を描いた。
舞踏会の日は直ぐにやって来た。
クラリスは、アービドにエスコートされつつ、馬車に乗り込む。かつてのエルファラの道は大変な悪路で、いかに滅んだ王族が税を民たちのために使っていなかったか、窺い知れることが出来た。
「揺れますね、気分は大丈夫ですか?」
「すこし、外に出たいです」
「では、休憩しましょうか」
朝に出発したが、イスヴァンまでは、まだ2時間はかかる。夜はイスヴァンで寝泊まりする予定だが、その前に小休憩をはさむことになった。
アービドが、中からコンコンとノックをし、馬車を止めさせた。
外に出ると、広大な砂海。恐ろしい砂漠の寒さは堪えたが、その広陵とした砂塵の、真上に広がる夜空は、星たちの輝きが眩いばかりに美しい。クラリスは背伸びして、冷たい空気を吸い込んだ。
「綺麗ですね」
「ええ、砂漠の夜空は、何よりの至宝です」
「あの星、アービドさんの瞳みたい」
クラリスが、紅い星を指さした。
アービドが目を見開く。かつてのエルファラでは、好きな人に告白する際、“あなたの瞳は、あの星のようだ”と言うのが常套句だった。何も知らないクラリスに、アービドが頬を染める。
「……クラリス様、そのような事は、みだりに他の者に言ってはなりませんよ」
「え? はい」
疑問符を頭に浮かべるクラリスだったが、素直にうなずく。
もちろん、彼はクラリスが純粋な気持ちから言った台詞だと理解していたが、ときめかずにはいられない。
(こうやって、どんどん、貴女様に夢中になってしまう)
心を乱すアービドだったが、平常心を装う。
そうして、2人の小旅行は終わり、イスヴァンに到着したのだった。




