6 舞踏会への誘い
「クラリス様。隣国から、舞踏会のお誘いが届いておりますが、如何されましょう?」
魔物が襲って来た日、クラリスを守ると名乗り出た母娘。その娘が今はクラリスの侍女となっている。クラリスは侍女など必要ないと断ったのだが、娘、エスターがどうしてもと泣きついて、彼女はしぶしぶ承諾したのだった。
クラリスの部屋の、大きな鏡台の前に2人は居る。
エスターは鏡の前で座っているクラリスの髪を梳きながら、彼女の返答を待った。
「舞踏会? 参加した事ないわ」
「なら、なおさらですよ! 煌びやかなドレス、会場に流れる、優雅な音楽……。素敵な貴公子だっていらっしゃいます。まあ、アービド様ほどじゃないと思いますが」
エスターのふわふわとした茶色いおさげ髪が揺れ、摘みたてのブルーベリーのような青い瞳が輝いた。年の頃は15歳位だろうか、きっちりと、清潔感のあるメイド服に身を包んだ彼女は、クラリスの横に回り込む。
「きっと楽しいですよ! アービド様がエスコートしてくださいますし」
「そうなの? 私は、ここでのんびりしてる方がよっぽど楽しいのだけれど」
「クラリス様ったら、ほんとーに欲のない。あ、豪華な料理もありますよ」
ピクリとクラリスの肩が揺れる。
「まあ、行ってみても……いいかしらね」
「本当ですか!? やったあ!」
色気より、食い気。
クラリスはそういう女性だった。
フローリア伯爵家では、一度も経験したことのない舞踏会。一応、10歳までは家庭教師などもいて、マナーも勉強できていたため、ある程度の教養はある。しかし、全く不安がないと言えば嘘だ。
「クラリス様のデビュタントです。それはもう、気合をいれなくっちゃ!」
エスターが指を組んで目を輝かせる。心なしか、背景もキラキラとして眩しい。クラリスの頭の中には、いろんな料理の事が8割を占めていて、エスターの意気込みに気づくことはなかった。
「と、言うわけでアービド様の許可も頂きました。ヤシュムに腕寄りの仕立て職人を召喚しましたので、楽しみにしていてくださいね!」
エスターの采配は見事なもので。
クラリスがのんびりしている間に、色々と手配していてくれたらしい。クラリスは生き生きとした彼女を尻目に、入れてくれた紅茶を飲む。
「それって時間がかかる?」
「何言ってるんですか? 当たり前です。アービド様にも見繕って頂きたいですが、それはお楽しみにしましょう」
ぴしゃりとエスターが言った。
本当にエスターは明るくてしっかりした子だなあ、と圧倒されつつ、クラリスは応えるようにこくりと頷く。
彼女が2回、手を高らかに打ち鳴らした。
すると、クラリスの私室にぞろぞろとドレスを持った職人たちが入ってくる。ざっと30着ほどだろうか。ドレスはトルソーに飾られていて、どれもが色とりどりで目に鮮やかだ。
「もしかして、これ全部試着するのですか?」
「はい」
わかりやすく、クラリスが顔を曇らせる。
それを見て、彼女に一番近い位置にいた仕立て職人であろう人物が、クスリと笑いをこぼす。
「失礼を。ヤシュムの母にして、天上の花にお目にかかります。何か、気に入ったものだけ試着でも宜しいですよ」
「そうですか、でも折角持ってきてくださったのですから。試着させていただきます」
「まあ、そうですか!」
場がわっと華やぐ。誰もが頬を染めて、そわそわと浮きだった。
それもそうだろう。自分たちが丹精込めて繕ったドレスを、クラリスほどの傾国の美女に着てもらえるのが、嬉しいのだ。
クラリスは覚悟を決めて、簡易に作られた試着室のカーテンを閉めた。
「やはり、女神様にはこちらの方が」
「いえ、桜色の御髪でしたら、萌黄色が良いかと」
「派手すぎます。デビュタントなのですから、伝統に沿って純白が――」
試着で着せ替え人形と化し、疲労困憊するクラリスを余所に、エスターと仕立て人たちが熱い討論を交わしている。すっかり髪はボサボサで、普段の美貌が僅かながら曇った様子だ。
「そうです! それこそ、アービド様のご衣裳に合わせたらよいのです!」
「名案ですわね」
結論が決まったようだ。
エスターと数人が、部屋から出て行き、数分後に再び戻って来た。
「決まりました。クラリス様、こちらにお着換えくださいませ」
「はあ……」
最早、着る本人の意見は聞かないらしい。いつもの半眼で、気が抜けた声で返事をするクラリス。着替え終わると、その姿が皆の前に披露された。
トルソー部分はシルクの艶やかな純白。スカートは、白い細やかなレースが施されたシフォン。一枚だと肌が透けて見えるそれらが幾つも重なり合い、ボリュームを出している。下に降りるにつれて、淡いブルーがグラデーションに染まって、胸元や肩の装飾に同じ色のリボンが、差し色としてドレスを華やがせていた。
「美しいですわ……!」
「どんな女神も、クラリス様をご覧になれば、自らを恥じらって俯くでしょう」
「尊すぎます」
「生きててよかったです」
様々な賛辞が飛び交う。
中には嘘だろう、と突っ込みたくなる声もあって、彼女はその賛辞の嵐を半分は心の中で捨て置いた。
栄養を取り戻し、すらりとした体つきは、前よりも肉付きが良く、女性らしい曲線を描いている。
その上に置かれた花の顔には、言うまでもなくその場に居る全員が心を蕩かせた。
そこに、ノックの音。
「どうぞ」
クラリスが返事をした。
「失礼いたします」
アービドの柔らかな美声がして、ドレスと仕立て職人の女性たちがひしめく部屋へと入ってくる。
「まあ……!」
誰ともつかない声が響いた。
普段頭につけていた日よけの布や、体の線を隠していたカンドゥーラが取り払われて。
北の王都風の軍服に身を包んだ、アービドがそこには居た。黒い上衣には金のボタンが映え、彼の逞しい筋肉に張り付いている。ズボンは深紅一色で、ルビーの瞳に合わせているのだろう。
紫のピアスが、さり、と揺れて目に眩い。
銀の髪、褐色の肌、深紅の瞳。
切れ長の目が艶やかだが、決して下品ではない。その場に居る女性たち全員が、ほう、とため息を吐いた。
それは、クラリスも例外ではなくて。




