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1 森を作ろう

短編の連載版です。3話の後半から、短編と展開が異なります。


「悔しかったら、王妃様くらい偉くなってみなさいよね! その前に死んじゃうでしょうけど! アハハ!」


 バン! と物凄い音を立てて、馬車の扉が閉まった。

 何もない砂漠に、1人の少女を残し、馬車は去っていく。少女はやがて馬車が見えなくなると、地に膝をつき空を見上げた。荒れ切った唇が、言葉を発する――。





「やっと……やっと……自由っ」


 



 天に向かって両手を掲げた少女。名をクラリス・フローリアという。

 たった今棄てられた彼女だが、歴とした伯爵家のご令嬢だ。ではなぜ、彼女がこのような砂漠に置き去りにされたのか? それには理由があった。


 フローリア家の長女として生まれたクラリスは、10歳まで何不自由なく伯爵家で暮らしていた。しかし、10歳の夏、優しかった母を亡くしてしまう。その後父は後妻を娶り、その妻の連れ子たちとクラリスは生活を共にすることとなったのである。


 その継母と娘たちは酷くクラリスを虐めた。


 それはもう、筆舌に尽くしがたいほどに。メイドと同じ扱いをし、炊事洗濯なんのその。少しでも粗相をしたら平手打ちが飛んでくるような惨めな生活だ。おかげでメイドたちにも侮られ蔑まれる始末。朝から夜遅くまでの労働は、元々面倒くさがりな性格のクラリスには大変堪えるもので、それでも生き抜くために必死に働いたのだった。


 兎に角、そんな継母たちの壮絶な虐めを8年間耐え抜き、クラリスはやっと自由を手に入れた。


 


「よし、森を作ろう」




 そして果物を食べながら、怠惰に一生暮らすんだ。

 と、彼女は決意した。


 白い肌に痩せた体。長く緩い巻き毛の桜色をした髪は、痛んでも尚輝いている。瞳は初夏の若葉の色で、気だるそうな半眼。だが却って神秘的な雰囲気を醸し出していた。宝石の瞳がはめ込まれた顔立ちは、女神も裸足で逃げだしそうなほどに美しい。クラリスは神懸かった美しい容姿故に、継母たちの妬みを買ったのだろう。

 

 そんな彼女は何を思ったのか、胸に手を当て、息を吸い込んだ後、軽やかに歌いだした。


 ざわざわと風が騒ぎ出す。

 すると、荒れ果てて草木一本見えないこの地に、突然草花が生えだした。――それも急速に。

 ぐんぐんと植物は成長し、大きな樹木も次々空へと伸びていく。彼女が手をかざすと、そこにリンゴの木が生え、実がなった。その様はまるで、彼女に自らを捧げているかのよう。


「ふう」


 歌い終わると、辺り一面、新緑に満ちた森林。

 ただ、クラリス以外に生き物の気配がないだけだ。


「8年ぶりに、思いっきり歌ったな‥‥‥」


 いい仕事をした、と汗もかいていないのにクラリスは額を拭った。

 突然荒れ果てた砂漠に現れたオアシスには、鳥の声1つしない。クラリスは、その全くの静寂を楽しむために、立派な樹木の幹に腰かけた。

 見上げると、樹冠の隙間から強い日差しが目を刺す。目を瞑ると、葉の影が揺れているのを瞼で感じられた。クラリスは祈る手を作り、再び歌いだす。


 例えば霧けぶる奥深い森の、若木の匂い。甘酸っぱいであろう収穫したての蜜柑の肌触り。彼女はそれらを深く愛していた。その思いを声に載せて、ひたすら紡ぐ。


 彼女のこの力は、母譲りの物である。だが強大すぎる力なため、“命にかかわるとき”と“誰かを助けるとき”以外は使ってはいけないと、クラリスは母に言い聞かせられていた。

 

(今は命にかかわることだから、いいよね、お母さま)


 植物たちは声に応え、色とりどりの花を咲かせていく。その様子はまるで――。





「女神‥‥‥様?」





 クラリスのせいいきで、彼女以外の声がした。

 はっとクラリスは目を開ける。歌が止んで、植物の成長も同じく停止した。彼女の気だるげな瞳が、声の持ち主である青年へ差し向けられる。


「だぁれ?」


 クラリスの声を聴き、青年は跪いた。


「失礼を‥‥‥! 私は、砂漠の民を束ねる者の血族です。名をアービド・アル=ジュハイラと。ここを女神様の聖域と露知らず、立ち入ったご無礼をお詫び申し上げます」


(女神様の、聖域?)


 きょと、とクラリスは長い睫毛を瞬かせた。

 では、自分は勝手に女神様の聖域に森を作ってしまったこととなる、そう受け取ったクラリスは腰を上げ、青年へと体を向き直した。


「そうでしたか、私はクラリスと申します。(女神様の)大切な地に緑を生やしてしまったこと、こちらこそ申し訳ありませんでした」

「とんでもないことで御座います。飢えた地に恵みをくださったのですから」

「(女神様は)喜んでくれるでしょうか?」

「勿論ですとも!」


 快活に青年が笑う。

 クラリスはいつもは伏せられがちの目を僅かに見開いた。よくよく青年を見てみると、とても整った顔立ちと立派な身なりをしていたからだ。

 砂漠の民らしい褐色の肌。磨き上げられた鋼の銀髪に、ルビーの瞳。領地にいるような貴公子たちとは違った趣だが、エキゾチックで目が離せない魅力があった。


 身に纏うのは、真っ白な布をすっぽり被ったようなシンプルな衣装。どこかの場所でカンドゥーラと呼ばれるものだ。腰には象牙の鞘に収めた短剣を携えていた。頭には日よけの白い布を被り、ずれないよう紐で留めてある。耳には金とアメジストを使ったピアスが揺れて、彼の魅力を引き立てていた。やがてアービドが口を開く。


「恐れながら、こちらに神殿を建てても宜しいでしょうか?」

「はあ、神殿ですか。すみませんが、私には与り知らないことです」

「‥‥‥! はい。我々、矮小なヒトの建物など、女神様には些末な事でありましたね」

(何言ってるんだろう、このひと)


 クラリスは難しい言葉に再び半眼となった。あれやこれやと再びアービドが言い出すが、クラリスには話の内容が理解できなかった。こういう時は、必殺技がある。


(とりあえず、微笑め――)


 その破壊的な美貌の微笑みに、それまで饒舌に話していたアービドは固まる。クラリスは惨めな8年間の中で学んでいた。継母やその娘たちには無効だったが、困ったときに微笑めば大抵の人は助けてくれるのだ。


「‥‥‥ハッ。慈悲深きお許しの微笑みに心から感謝を。それでは、ここに神殿を建立し、女神様の威厳と仁恵をこの大陸に轟かせることを、必ずやお約束いたします」

「そうですか、頑張ってくださいね」

「ははっ!」


 畏まるアービドに、凄く信仰心の篤い人なんだなあ、とクラリスは遠い目をした。


「では、そろそろ私はお暇します」

「なんと、この地に留まってくださらないのですか‥‥‥? どうぞ、お考え直しください」

「え? でも、神殿を作るんですよね」

「はい。ですのでクラリス様にはいつまでも居ていただきたいのです」

「‥‥‥‥‥‥?」

 

 クラリスは考えた。つまり、女神様を祀る神殿を建てるから、手伝ってほしいのかなと。


「水源はありますか? あと、三食昼寝付きでしたらお手伝いします」

「クラリス様は何もせずとも、ただ居て下されば十分で御座います。そして、私はこう見えて水使いですので、水源には困らないかと」

「おお‥‥‥」


 何という有能。そして好待遇かとクラリスは心を躍らせた。飲み水にはこれで困らないし、食べ物も自分で作れる。それにアービドは神殿を建てると言ったし、住むところも確保できるだろう。きっと、偶に歌って果樹を生やせば、この地に永住できるのではないだろうか。そう彼女は自らの幸運と知らない女神様に感謝した。

 

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