67
橘氏は診察室に入って先生に会うまで、どう説明しようかとあれこれ迷っていたのだが、ところがその先生を見た途端そんな迷いなどどこかに吹っ飛んでしまったのである。それもそのはず、そこで見たものはまったく予想に反して恐らく自分の息子と同じくらいの若い男だったからだ。『あいつめ、このおれを騙したな。第一こんな若造といったい何を話せばいいのだ』彼は突然人が変わったように何か急に気難しい表情になり、この見るからに人生の入り口に立ったばかりの若いインテリ先生をまるで自分の息子を見るような感覚で睨み付けたのである。といっても決して相手の先生をバカにするような、そんな態度に出るわけではなかったのだ。ただこれはちと考え直さねばならないと思い、そこは大人としての自覚を持って極めて慇懃な態度で若先生と対峙したわけである。とはいえ彼も迷ったのだ。果たしてこういう場合どういう態度で診てもらったらいいのだろうか。しかしそんなことはもう分かり切ったことで、いくら相手が若くても先生は先生でありこっちは患者だから、おのずからその関係は決まった形を取らざるを得なかったわけである。
「どうされましたか?」と、その若先生は橘氏を見ながら落ち着いた態度でこう聞くのだった。
「どうも、最近何が原因なのか分からないのですが憂鬱で仕方がないのです。で、息子に相談したところ、それはひょっとしてうつ病ではないかなどと、とんでもないことを言いますもんでね。私もびっくりしてしまいまして、その、こうしてやって参りましたわけなんでして」
「ああそうですか。いつ頃からそのような症状に悩まされるようになったのでしょうか?」
「そうですね。ひと月ほど前からでしょうか、夜もあまり寝られず何かわけの分からないモヤモヤした気持ちがずっと続いて、何をするにも意欲が湧かないのです。それに食欲もすっかり落ちてしまいまして……」
「なるほど。で、今現在もやはりそうした症状は続いているというわけですか?」
「そうですね。日によって違うのですが、強くなったり弱くなったり、まったく酷いときは起き上がるのも嫌になるくらいなんです。まあ、私も別に仕事をしているわけではないので、そういう時には一日中寝てるんです。しかし先生、私もこれで以前はなかなか活動的な人間だったわけなんですよ。ですから日がな一日、寝て過ごすなんてことはやはりどうも苦しいわけなんです。それだけでも何とかならないかと、息子の勧めで先生の病院にやって参りましたわけでして」
「いやぼくも貴臣くんから連絡を受けましてね。何でも近々選挙があるとかお聞きしましたが、そういう大事な時期にさぞかしご心配でしょうと思いまして、最初はぼくの父親に見てもらう予定で調整していたのですが思わぬ用事が出来てしまいましてね、急遽ぼくがこうして橘さんを見ることになってしまったのです。ですが、どうかご安心下さい。ぼくもこれで数多くの患者さんを診てきておりますので。いや、こんなことを言うのも、やはり心配する患者さんもいらっしゃるんですよ。こんな若造と何を話せばいいのだろうかって迷う方がやはりおられるわけでして」
橘氏はこれを聞いてまるで自分の心が覗かれたようで一瞬ドキッとしたのだ。彼はすっかり動揺してしまい、自分がいかにこの若先生を見くびっていたかを嫌でも思い知るのだった。すると何を思ったのか本当のことは言わないでおこうという考えが突如閃いたのだ。果たしてこんなことで彼の病は治るのかと心配してしまうのだが、どうもそんなことはもうどうでもよくなったらしく、その代わりこの先生がどう見立てるのか、それを確かめてやれと思ったらしいのだ。呆れたことにこの若先生を試そうとしたのである。
「でも先生、やはりこういう精神的な病はなかなか治らないものなんでしょう?」
「まあ、そうですね。正直に言ってしまえば、完全に治るということはないのかも知れません。というのは、そもそも治るということが実に曖昧なわけでして。どうなれば治ったと言えるのか、それは患者さん一人ひとりの主観に掛かっているわけなんです。もちろん肉体的な病なら客観的に治ったと確認することも出来るかも知れませんが、精神的な病はなかなかはっきりしないわけでして。そこが難しいわけなんです。ただ、こちらとしましても患者さんの症状に従って一緒に歩いて行くしか確たる方法がないのです。もちろん必要とあらばクスリも使用しますが、なるべくならお互いの関係の中で、その病と付き合って行った方がいいのではないかと、ぼくなんかはそう思っているわけなんです」
「なるほど、そうしますと精神的な病というのは、そもそも人間関係がもとで起きることが多いわけでして、それならやはり治すときも先生と患者という人間関係の中で治すのが一番いいと言えるわけなんでしょうかね」
「そうですね。でもそれにはお互いの信頼関係が何よりも大事になってくるわけなんです。ですから、どうかぼくの前では何も心配せずに何でもおっしゃって下さいね。もちろん言いたくないことがあれば無理に言わなくてもそこは構わないわけです。やはり人にはどうしても他人に知られたくない秘密の一つや二つあるものですからね。たとえ先生と患者という特殊な関係であっても、そこは自由な関係であらねばならないわけでして、そうでないと先生は患者にとって何かとても息苦しいだけの存在になってしまい、もはや二度とこんな所には来たくなくなってしまうわけです。そうなっては治る病気も治らなくなり、私どもの生活も患者さん共々にっちもさっちもいかなくなってしまうわけなんですよ」こうした気の利いた冗談は橘氏を素直に喜ばせたのである。彼は何かこの若先生が気に入ってしまい、いやこれはなかなかどうして大した先生だと、すっかり感心してしまったのだ。
「いや先生。私もこういう病気は生まれて初めてなもんで、いったいどんなもんかと疑心暗鬼で先生のもとにやって参りましたわけなんです。どうも情けない話しですが息子に諭されてしまいましてね、あいつも、このまま放っといてはやはりまずいのではないかと思って、こうして先生のお手を煩わすようなことになってしまったんです。しかし先生、果たして私は本当にうつ病なんでしょうかね。どうも私の感じでは何か違うような気がしてならないのですが」
「それは、これからの経過を見て見ないと何とも言えませんが、しかしまあ、ここであえて私の見立てを言わせてもらいますと、どうもそういうものではないのかも知れません。というのも先程からあなたのご様子を見て感じたことは、どうもそういうものとはまた違ったものが見えるからです。もちろんはっきりしたことは言えないのですが……」
「そうでしょう。いや、そうに決まってるんですよ。うつ病だなんて息子も大袈裟なことを言いやがって、まったく人騒がせな奴なんですよ」
「いや、こういうことはそう単純に決めつけて安心してはいけません。うつ病ではないかも知れませんが、それでもあなたにとっては、やはりスッキリしないものが残るのではありませんか?」
「先生まったくその通りでして、いや恥ずかしい話しまったくその通りなんです」
橘氏はこう言って、この若先生に例の話しをすべきかどうかとても迷ったのだ。もっとも、それを話したところで先生にはどうすることも出来なかっただろう。まあ、これも病と言えば言えるかも知れないが、それでもまったく違った範疇の病だからだ。そういうわけで橘氏は例の話は言わずに様子を見てまた来週来ることを約束するのだった。これで、ひとまずうつ病ではなさそうだという診断を得て、彼も一安心したわけだが、しかし、これで選挙に専念出来るようになるとは思えなかったのだ。というのも自分がうつ病なんかではなく、何と禮子の亡霊が自分に取り憑いてしまっていたことが真の原因だとこれではっきりしたからである。これは考えようによっては、うつ病に勝るとも劣らない実に手強い相手なわけで、決して安易に扱ってはいけないわけである。するとこの父親は息子にはこのことは絶対秘密にしておかなければならないと、なぜかとっさにそう思うのだった。まるでこの事実が知られてはよっぽどまずい何かがあるかのように。しかし彼はいったいこれからどうするつもりなのだろうか。このままの状態では選挙など、とてもじゃないが無理だと思われるからだ。かと言って禮子といったいどうやってよりを戻そうと思っているのか。第一彼女が素直に応じてくれるとはとても思えないのだが。こうして橘氏は、新たな難問に選挙共々立ち向かって行かなければならなくなったわけである。彼は車に戻っても、心ここにあらず状態のようで、横にいる息子のことなどまるで忘れているかのように黙ったままシートベルトを締めるのだった。こうした父親の様子に貴臣は、これはてっきり自分の見立てが当たったかと心配して、「で、どうでした結果は?」と恐る恐る聞くのだった。
「えっ、ああ、なにそれほど心配するようなことでもなかったんだ。おまえの見立ては見事に外れたってことだよ。しかし、あの先生には恐れ入ったよ」彼はこう言って、もちろん本当のことなど言えるわけもなかったので、何とかごまかして話題を変えようとするのだった。「しかし、あの先生は若いのになかなか大した先生だよ。人の心もよく知ってるしね」
「えっ、じゃあ院長に診てもらったんじゃないんですね。ひょっとして院長の息子ですか?いやそれは驚いたな。電話では院長に診てもらうことになってたんですがね。そうですか、それじゃお父さんもびっくりしたんじゃないんですか?あの息子は最近この医院に来たばっかりなんですよ。別の病院に勤めていたようなんですが何か問題でも起こしたのか、それとも嫌になったのか辞めてしまい、それならと急遽父親の経営しているこの医院に入ることになったんです。でも、よかったじゃありませんか。うつ病ではなくて」
「まあ、そりゃそうなんだがね。でもね、あの先生はちゃんと別の診断を下したんだよ。うつ病ではないが何かそれとはまた様子の違ったものが隠れているかも知れないとね。私も確かにそうだと思って、こうして色々と考えているってわけさ。色々とね」
「それじゃ、まだはっきりしてないんですね?それはそれで何か心配が長引きそうですね」
「いや、まあ、そのうち何とかなるさ。で、これからどうする?飯でも食おうか。腹へったろう。おれも何だか急に腹がへって来ちゃってね。なんかうまいもんでも食べようじゃないか」
「ほんとに大丈夫なんですか?そんなのんきなことで。でもそうやって食欲があるってことは、それなりにいい兆候かも知れませんがね。それじゃ、とっておきのレストランにでも行きましょうか。見晴らしがよくて、おまけにそこの料理がうまいんですよ」
「お、いいね。それじゃ、昼飯はそこで済ますとしようか」
というわけで、二人は例のレストラン、ガストン・ロワイヤルに乗り込むのだった。今回の柏木家の騒動は、すべてこのレストランから始まったと言ってもいいのだが、どのような因縁で人の運命が動いていくのか、それはとても複雑怪奇で、とても人間のしみったれた知性だけで、すべてが分かるなどというものではない事だけは確かなのである。それでも物語作者としては、それを乗り越えて何とか表現したいと思っているわけなのだ。ところが何事にも合理的な考え方が染みついている現代人にとっては、なかなか受け入れられないことがそれでも発生してしまうわけである。というのも、やはり嘘と現実という二つの関係がなかなか厄介なことになってくるからである。そもそも物語はその前提として嘘は許容されているわけなのだが、そういう世界の中で果たして嘘は現実とどう関係していけばいいのか、それがなかなか難しいわけなのだ。というのも物語の嘘といっても、それは何もでたらめという意味ではないわけで、そこに事実とはまた違った、いわば真実とでも言うべきものが隠されているからである。つまり現代人が大好きな事実というものは、物語の世界では一種のアイロニーとして表現せざるを得なくなるのではないかということが言いたいわけなのだ。とはいえ、そういうことが果たしてどこまで理解されるのか甚だ覚束ないわけである。というのも現代人は言葉をあまりにも簡単に現実と混同してしまい、言葉の中に嘘があってはならないなどとバカなことを言い出しかねないからだ。言葉を扱うのもなかなか骨が折れるのである。
二人は最上階のレストランにたどり着くと、遠くまで眺望できる窓辺近くに陣取り、まさしく下界を見下ろすような実に爽快な気分で昼食を取るのだった。まるでギリシャの神々が食事を取りながら、下々の茶番劇を高みから見物しているようなそんな感じだと言っていいのかも知れない。
「まったく、こうして見ると、何か人間も虫けらのように地べたに這いつくばって生きているって感じがよく分かるね」橘氏は、食事を終え、コーヒーを飲みながらいかにも自分が神にでもなったかのような仰々しい感想を言うのだった。
「でも、そうはいっても、現代人は自分をそんな虫けらだなんて夢想だにしてやしませんよ。だって、こういう巨大なビル群を建設して、まるで地上の覇者のような気分になっているに違いありませんからね。人間にはどこか誇大妄想的な資質があるのでしょう。まあ生物的に見ても実に特殊な生き物だって事は確かでしょうからね。それに、こんな巨大ビルの中で人々が二十四時間生活してるなんていったいどう理解しろっていうんですか。しかしまあ蟻塚の巨大変形版だと思えば何となく納得できるかも知れませんがね」
「まあ広い目で見れば、蟻も人間も生き物の一種には違いないわけだよ。何も人間だけが特別な生き物ではないと思うのだが、どうもそうじゃないって感覚が人間にはあるんじゃないのかね?」
「よく分かりませんが何かそんなふうに思ってるんじゃありませんか。そのくせろくなことはしてませんけどね。その点で人間以外の生き物たちの方が、決して自然に背くこともなく生きてるわけで、その方がよっぽど神聖な存在に見えてくるんですがね」
「おまえも、なかなか哲学的なことを言うじゃないか。まったくその通りだよ。人間はあまりにも調子に乗りすぎているんだ。その証拠に、こうして昔ではまったく考えられないようなバベルの塔が林立しているじゃないか。それだけでも人間は自分の大地というものから知らないうちに離れすぎてしまっているんだ。まあ、こういう高い所は食事をするにはいいかも知れないが、終わったらさっさと地上に戻らなければいけないのだ。間違ってもこんな高い所になんか住むもんじゃないからね。あまりにも不自然だよ。人間の本性に反することだ」
「確かにそうかも知れませんが、それでも人間はそんなことなどものともせずに、やたらに高層ビルを建てまくってるじゃありませんか。まるで何かに取り憑かれているかのようにね。実際のところ現代人は自分のやっていることにどんな必然性を感じているんでしょうかね。そんなものはすでに金や利権といった際限のない欲望の前に黙殺されているのかも知れません。いつの間にか頭だけが暴走して何かが狂っているのだが、その何かが分からないまま止めることができないってやつなんでしょう」
「しかし、いづれ人間は思い知らなければならないときが来るわけなんだが、それがどんな形でいつやって来るのか分からないまま、今を生きているってわけなんだよ。でも、いくら肉体を忘れて頭だけが暴走しようと、それでも人間はどこまで行っても人間でしかないのだよ。それだけは確かなんだ。技術だけがいくら進歩しても人間はこの肉体という重荷を背負って生きなければならいのだからね」
「ところが、その肉体ですら現代ではどうも何か変なことになっているじゃありませんか。確かに現代人の健康志向は一つの信仰にすらなっていますからね。そのくせ肉体を粗末に扱っているんじゃないかって思う時もあるんです」
「まあ現代人の生活そのものがどこまでも効率的なものを追い求めているからね。だからその反動としてある種の不合理なことに取り憑かれることになってしまうんだよ。人間はもはや自分の手ではどうにもできないある限界点に来ているんじゃないだろうか。私は何かそう思えて仕方がないんだがね。つまり生き方そのものがいかにも型どおりで血の気のない平板なものになっているんじゃなかってね。これで神経症にならなければかえっておかしいじゃないかって思えるくらいだよ」




