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紫音の約束   作者: 吉田和司


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 こうした禮子の奇妙な提案は、それでなくても何とか冷静に対処しようとしていた橘氏にとっても、まったく処理しきれない代物であったわけだ。いったい禮子の話をまじめに取るべきなのか、それとも一笑に付してあくまでも柏木の疑惑に拘るべきなのか、彼はなぜか真剣に迷ってしまったのである。それは彼女が娘に対して示した警告があまりにもインパクトがあって、どうにも無視出来なくなっていたからである。もっとも彼女の警告など普通に考えればおかしいことくらい彼にだって分かっていたのだが、分かっていながらなぜか無視出来ない自分に、すっかりお手上げ状態になっていたというわけである。しかしこれは何も彼が特別に迷信深いというわけではないのだ。人間なら誰しも言葉の持つイメージから逃れられないからである。占い師からいきなりあなたの背中に霊が憑いていると真面目な顔で言われれば、そんなバカなと思いながらもやはり後ろを気にしてしまうだろう。それは迷信というよりも、人間の意識というものがそもそもあまり頼りにならない代物でもあるからで、いきなりそんなことを言われても正直どう判断すればいいのかまったく分からないからである。もっともはなから無視することだって出来るのだが、しかしそれはあくまでも意識の判断でしかないわけで、彼の無意識はまた違った判断をしているかも知れないのだ。そういうわけで橘氏も禮子の巧みな語り口によって本人は意識していないのだが恐ろしく影響されてしまい、彼の父親としての責任が取り沙汰されることになったわけである。確かにそもそもこの物語の始めに、父親が娘の結婚を計画した段階で柏木との問題は発生していたのである。

 橘氏が、自分の娘をなぜ柏木家に嫁がせようとしたのか。そこに彼の政治家としての思惑が隠れていたことは事実だったのだ。それは自分が市長になるためには、そこにどうしても柏木家の力が必要だと思ったからだ。そういう思惑がまずあったから、柏木という男がどういう人間であるかという肝心な点が、ある意味無視されたわけである。しかし親としてみれば、それはあまりにも無責任すぎる所業でもあり、彼としても、父親としての良心の呵責はそれなりに感じてはいたのである。やはり、そこに親としての矛盾した思いがあり、それを何とか今まで曖昧なままにして来たのだが、それがここに来て曖昧なままでは対処しきれず、なぜか黒白はっきりさせようとしていたのである。もちろん柏木は白なのだが、橘氏はそこに自分の今までずっと考えないようにしてきた娘に対する後ろめたさというものがあり、それに禮子に対する恨みも重なって、どうしても柏木のことになると感情的にならざるを得なかったのである。しかし、こうした橘氏のこんがらがった心の糸は、なかなか理性の力だけでは解きほぐすことは難しかったのだが、禮子のやろうとしていることは、それとは正反対の極めてバカげたことだったのだ。恐らく橘氏も腹の中では呆れていたのだが、それでもなぜか禮子の言うことに素直に従ったのである。彼女はここで彼をある雰囲気の中に取り込もうとするのだった。

「橘さん、どうか落ち着いて聞いて下さい。私たちは今とてもいい条件のもとでお話ししているのです。幸運にもこの部屋には気心の知れた四人しかおりません。ここで起こっていることは、ここだけの話しで済ますことができるのです。ですからあなたも安心してご自分のお気持ちに素直に従ってくれて構わないのです。もちろん橘さんは、あたしの提案に呆れていることでしょう。まったくバカげた話しのように思われるかも知れません。確かにバカげていると言えばバカげておりますからね。でもね橘さん、これは決してそうバカげた話しではないのです。こうした疑惑は、なかなか自分一人の力だけでは解消することはできません。自分の気持ちをコントロールするだけでも実に難しいですからね。そこで何かの手助けが必要になってくるのです。でも、ここであたしが必死になって、あなたの思っている疑惑などどこにも存在しませんといくら理路整然に説いても、おそらくあなたは納得などしないでしょう。なぜかと言えばあなたの中にそうしたくないものがあるからです。ですから、そういう理屈ではどうすることもできない疑惑を無くすには、その疑惑を一旦あたしに預けてしまえばいいのです。いいですか、こういうことはあまり考え過ぎてはいけません。考えれば考えるほど余計な考えに囚われてしまいます。あなたは、ただあたしにご自分の疑惑を一任しますとおっしゃればいいのです。そうすれば、あなたの疑惑はあなたの中から消えて行くでしょう。あなたの心の中のわだかまりは静まり、柏木さんへの気持ちも次第に変わって行くと思います。さあ橘さん、ご自分で一任しますとおっしゃって下さい。そうすれば問題は解消するのですから。そう言いさえすれば、今あなたを苦しめている厄介な疑惑から解放されるのですから。娘さんのためにもそうすべきです。さあ、あたしの目を見ておっしゃって下さい」

 橘氏は禮子のどこか確信ありげなその語り口に自然と説得されてしまったのか、しばらく躊躇していたのだが、ようやく蚊の鳴くような恐ろしく小さな声で、「……一任します」と、つぶやいたのだ。もちろん橘氏は腹の中で、『こんな子供だましみたいなことに何でまじめに付き合ってるんだろう。おれはひょっとして催眠術にでも掛かっているのだろうか』と、なかば呆れていたのだ。人によっては、こんな怪しげな茶番劇にはとてもついていけないだろうが、いい塩梅にここにいる人達はそれぞれ理解ある態度でこの行為を見ていたようだ。紫音などは、彼女の知らない一面をそこに感じて、最初から最後まで驚きの表情をしたまま身動きすらしなかったのだ。それに比べて柏木は、内心禮子の演技にどこか詐欺師のイメージを重ねて、ひょっとしてこの女にはそういった素質があるんじゃないかと、終始冷ややかではあったが、それでも気付かぬうちにすっかり引き込まれていたのである。

 橘氏は、翌朝、何事もなかったかのような顔でいつも通り起きて来たが、昨夜行われた怪しげな儀式を思い出すと、何とも言えない嫌な気持ちになってしまい、朝食を取りながらもなかなか気が晴れないのだった。というのも自分は何であんな子供だましのようなことに訳もなく引っ掛かってしまったのだろうと今でも信じられなかったからだ。『結局あんなことは子供だましの、それこそ禮子が苦し紛れに考え出したペテンにすぎず、自分はだた彼女にからかわれただけなのだ』ところが、橘氏は、あの時の彼女の真剣さに驚いたのだ。彼女の言ってることは実にバカげたことなのだが、あの真剣さは本物だったのだ。『何であんなバカげたことを、あれほど真剣にやって見せなければならなかったのだろう』と今さらながら不思議に思ったのである。『いや、きっとそこに何かしらの魂胆があったに違いないのだ』と、彼も何とか理解しようと必死なのだが、ますます疑問は深まるばかりで、『あの女は疑いが解消するとか何とか調子のいいことを言ってたが本当なんだろうか?いや、まて、まて、おれがすっかり操られていないかぎり、そんなことはあり得ないことだ。もっと冷静に、あの女の真意を考えるべきなんだ。それでなきゃ、またいいように丸め込まれるだけだからな。大事なのは、この話しを、あの女が言うようにバカげた話しではないという前提で考えてみるべきなんだ。そうしたほうがあの女の真意がはっきりするだろうからな。これは確かにあの女にとってまじめな話しだったとしよう。すると問題なのは、あの女が言う疑惑を彼女に預けるということが、いったいどういう意味を持つのか、そこにすべての答えがあるはずなんだ。しかし疑惑を預けろなんて、そもそもそんなことにどんな意味があるっていうんだろう。何かのおまじないだろうか?そう言えば小さい頃、足を怪我して母親に痛いの痛いの飛んでいけって言われて、実際に痛みがなくなったような気がしたことはある。それじゃなにかい、あいつはおれの疑惑をまるで母親のような態度でなくそうとしてたってことか?冗談じゃない。子供じゃあるまいし、そんなバカげた結論で納得できるわけがないだろう……』

 とはいえ、彼もこうした儀式のお陰かどうかは定かではないが、あまり柏木のことは気にならなくなっていたのだ。もちろん、彼はそれこそ気のせいだと思っていたわけなのだが、実際はと言えば正直何がなにやらよく分からなかったのである。仕方がないので、この問題は一旦棚上げにして、翌日、気が重かったが、お詫びも兼ねて自分達が引き起こした事の顛末を説明するために柏木家に出掛けて行くのだった。兄の卓氏も、もし弟が禮子と関係でもあったらそれこそとんでもない事態になってしまうので、橘氏の話しを聞いてやっと胸を撫で下ろすことができたのである。つまりこの時自分の疑惑は彼には言わなかったのだ。要するにそれは儀式の影響からではなく極めて常識的な判断に従ったまでだと彼としてはそう言いたいようだ。すると二人は、お互いの思惑もあってかこの件についてはなぜかそれ以上話すことをやめ、話題を結婚のことに切り替えるのだった。すると話しはさっそく結婚の日取りのことになったのだが、それもお互いうまく調整することで大体決まり、あとはただ二人が無事に結婚式を挙げられるように親としてまた兄として万全を期すことを約束するのだった。こうして色々と問題を起こしながらも、何とか話しがまとまったことで、ようやく橘氏もホッとできたわけである。もっとも橘氏としては、もうこれ以上、二人の結婚を伸ばしていてはそれこそまた問題が起こるのではないかと恐れ、もう何も考えずに亮の手に娘を引き渡して安心したかったのかも知れない。

 それから一月ほど経ってようやく二人の結婚式が盛大に執り行われたのである。とくに柏木家の来賓の多くは、まだ亡き父親の影響が残っていたせいか、その顔ぶれも豪華で財界はもとより、政界からも何人かチラホラと顔を見せていたのだ。世間的にも、ここまでの顔ぶれが揃うことは名誉なことでもあり、『こんなことであれば、まず長男が最初に結婚すべきだったんだ』と、とくにおばあさんが残念がったのである。というのも自分の年齢のことを考えれば、そういつまでも卓の結婚を待ってはいられないからだ。『見届けないまま死んだりしたら、それこそ死んでも死にきれん』と、柏木家の行く末を案じて悔しがったのである。一方橘家は、それに負けず劣らずやはり彼自身の広い人脈もあってか、その来賓の数も多く、橘氏にとってもそれなりに面目を保ったというわけである。ところが彼は、何を思ったか娘の結婚式に出席してくれた人達に、お礼も兼ねて次の選挙の時も何卒よろしくと一人ずつ頭を下げて回るという異例の行動を取って見せたのである。

 こうした結婚式は、規模が大きくなればなるほどすべてが形式的にどこまでも段取りに則って進められなければならないのだが、今時の結婚式にありがちな派手な演出もなく、どこまでも地味に落ち着いた雰囲気で進んでいくのだった。それは二人の希望だったのだ。どこまでも厳粛なものとしてこの結婚式を執り行いたいと思っていたのである。そういうこともあり式はいたって淡々と型通りに進められて行き、それに誰もがこの式そのものに何かを期待していたわけではないので、ただ時間通りに滞りなく進められて行くことが何よりも大事だったのだ。しかし、こうした結婚式には付きものの色んな人からの祝辞とか、そうした他人にとってはそれほど面白くもないエピソードなどは、注目もされず何となく耳を素通りしてしまうものなのだが、ここである主賓からの祝辞が人々の耳目を集め、唯一この結婚式を形式的な退屈さから救ったのである。それは新郎新婦にとっても極めて暗示的ですこぶる刺激的な祝辞となったのだ。その主賓というのは、この物語でも登場したことがある老人で、亮にとっても極めて重要な人物でもあったのだ。その老人は、かつて亮の父親の片腕として会社を立ち上げた時からの盟友で、彼なくしては今の会社はなかったと思われるくらいの有能な人物だったのだ。しかし、その彼も今ではすっかり年老いてしまい、もはや世の中のことにはそれほど興味もなくなって、あとはただ自分の人生の最後の余韻を心静かに味わっているような心境にいたわけである。そういう人物が、こうして二人の新たな人生の門出を祝う結婚式に参加したというのも、なかなか面白い取り合わせではあるが、ここに来ている人達はもちろんそんなことはまったくご存じなく、恐らくこの老人も当たり障りのない思い出話に終始するのだろうと高をくくっていたののだが、しかし彼の言葉はその予想に反して人々の度肝を抜いたのである。

「本日は、亮さん、それに紫音さんも本当におめでとうございます。ご両家のみなさまも、誠におめでとうございます。わたくしは、この歳でこういう晴れやかな結婚式に招待されたことに、心から感謝するとともになぜか戸惑いを感じておるわけです。と言いますのも、わたくしのような社会的に不要となった老人は、今やこのようなめでたい席にはあまりふさわしくない人間でもあるからです。たまにこうして俗世間に顔を出すとなると、まったく自分でも何を言っていいのか分からなくなるのです。ですから、これから話すこともどうか気を落ち着けて聞いて頂けたらと願う次第であります。わたくしと新郎の亮さんとは、彼がそれこそ小さい頃から親子同然に慣れ親しんでいた仲でもあったわけです。彼は今ではこうして社会的にもどうやら通用するような人間になっておるようですが、実に手の焼ける子供でもあったわけなんです。まあ人間の心はその肉体のように順調に成長するわけではありませんから、今の彼がどれだけの人間になっているのかは正直わたくしには何とも言えませんが、それでもやはり、こうして結婚できたことは、あなたにとってすこぶる意義のあることだと思うのであります。いやそれにしても実に素晴らしい女性をあなたは射止めましたな。この結婚はお二人にとっても実に価値ある経験になるとわたくしは確信しております。もちろん亮さんにとってこの結婚が、それこそあなたが今以上に成熟されるための試金石になることをわたくしは願ってやまないのです。結婚というものは実に不思議なものでして、それこそ若いお嬢さんなどは、何か憧れのようなイメージを持つかも知れませんが、決してそんなものではなく、いわば人間お互いどこまで耐えられるかを競う一種の罰ゲームのようなものだと、わたくしなどはこの歳になってようやくそう考えられるようになった次第でして、まったく呆れた話しではありますが事実そうなのですから仕方がありません。わたくしの連れ合いは二年程前に天寿をまっとうしましたが、いやはや後に残された者として一言言わせてもらえるならば、まったく感謝の言葉しか思い浮かびません。どうかすでに結婚されている方も、またこれから結婚しようとしている方も、そこのところをようく考えて頂きたいのです。結婚は確かに二人にとって幸せを手にした瞬間かも知れません。しかしそれはある意味困難の始まりでもあるのです。そのことをよく考えなければなりません。人は酒に酔うように幸せにも酔うからです。とくに男の方に、ここで一つご忠告しておかねばなりません。その点、女性はリアリストですからそう心配はしておりませんが男となるとそうはいきません。日本の男くらいはっきりしない生き物はいないからです。それは現代に生きる男全般に言えることであり、それは女性から見れば最後はまったく理解することを放棄せざるをえない生き物なのかも知れません。それでも日本の女性達は頭のいい人達ばかりですから、そこは何とかなるだろうとわたくしは信じておるのです。きっと女性の力によって世の男性は目覚めるでしょう。ただ男はどこまでも子供ですからその点で苦労するかも知れません。しかし、そこは女性も覚悟して臨まなければならないのです。日本の男は子供のように感受性が強く、まるで女性顔負けにあれこれと気を遣う性質があるからです。そのあおりを受けて女性はある意味男のように黒白はっきりさせなければ気が済まなくなるのです。まるで逆転しているように思われますが、これが現実なんです。ですから日本の女性は、ある意味フラストレーションが溜まっているのです。しかし世の女性達にお願いがあります。最初から男に完璧を求めないで下さい。それでなくても世の男どもは自信が持てないのですから。気位だけは人一倍高いのですが、肝心の自信がないのです。すべてが曖昧で頼りになりません。しかし彼の本質はそんなところにはないのです。いいですか、そこはよく理解してやらねばなりません。結婚は、まるで性質の違った者同士が一緒に暮らすわけでして、あなた達も始めての経験であり、まったく戸惑うことが続くかも知れません。しかしそれが結婚というものであり、時間が経てばあれ程あった熱い思いもすっかり冷めて、神秘のベールも無残に剥がれ、お互いこんな顔をしていたのかと驚くわけです。しかしそんなことで驚いていてはいけません。そんなことは序の口で、もっと我慢のならないことが後から後から出て来ます。それに耐えられず別れる人もいるわけでして、しかし、それも選択肢の一つかも知れません。何も無理に一緒にいることもないでしょう。夫婦関係がすべてでもないでしょうからね。もっと違った関係があるかも知れません。しかしどんな関係になろうと、どうかお互い弱い人間として許し合わなければなりません。その気持さえあれば醜い心でお互いを傷つけ合うこともなくなるからです。しかし、もう止めましょう。老人の戯言もあまり度が過ぎると狂人の戯言と取られかねません。ですが最後にこれだけはどうか言わせて下さい。人生に失敗は付きものですが、それでも、そんなことにめげずに、どうかお二人のかけがえのない人生を、最後までまっとうして頂きたいと心から願っている次第であります」

 こうしたどこか世間の常識から外れたような祝辞は、どうしても人々の理解を超えてしまうもので、中にはクスクスと笑ったり、これは結婚そのものを愚弄する発言だと、ブツブツ文句を言ったりする真面目な人もいたのである。確かに、あたりもザワつき始めていて、これはどうもまずい雰囲気になってきたと思ったのか、司会者である若い女性の方が、この嫌な空気を何とかしなければと思ったのだろう、とっさに「素晴らしいスピーチどうもありがとうございました」と言いながら、やたらに大きな拍手をして、この危機的状況を何とか回避しようとするのだった。するとそれが功を奏したのか会場中がそれに釣られて拍手で応えたのだ。もっとも全員が納得していたわけではなく、中にはまるで自分が侮辱されたような気持ちになって嫌々拍手をした紳士もいたのである。するとまた別の紳士が、いや確かに結婚生活は一種の罰ゲームですよと、納得したように横に座っている自分の連れ合いにうなずいたりしてすこぶる顰蹙を買ったのだが、それでも女性陣からはこのスピーチは概ね好意的に受け取られたのである。こうして彼の破天荒な祝辞は、めでたい結婚式にははなはだふさわしくないものではあったが、しかしそれでも、彼のようなすでにこの世間から身を引いて長く、もはや世間の批判などまったく気にしていない人間だからこそ言えた本音でもあったわけである。つまり彼はすでにこの人生という夢から目覚めつつあったわけなのだ。われわれは確かに人生という夢の中にいるのである。死ぬまでは決して覚めないという夢の中に。

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