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「旦那さま、確かにそういう経験は私にもあります。いや、あるどころか、毎日鏡を見るたんびに、ため息をついているくらいなんです。ですが、そんなことを一々気にしていたら、女などやってられませんよ。自慢するわけではありませんが、こう見えて、私なんか一度だって自分の顔に失望したことはありません。これで十分だと思ってますからね。持って生まれた顔にケチを付けたところで、何の得にもなりませんもの。ですから、旦那さま、私がここで、何かちょっとでも安心させるようなことを言ったとしても、それはたんなる気休めにしかならないと思うんです。私の見たところ、旦那さまは少しお疲れのようですからね。自分の顔がたとえ変に見えたとしても、それはある意味当然だと思いますよ。鏡はその点正直なのかも知れません。だって、旦那さまは大変な時間を過ごされて来たのですから、それなりに、ご自分の顔が変わっていたとしても不思議ではありませんからね。でも、だからといって、そんなことに驚いていてはいけません。人間の顔なんか、それでなくても毎日少しずつ変わって行くものだし、昔の顔には決して戻らないってことを常に思っていれば、自分の顔が変わったといって突然驚くこともなくなるんではありませんかね」
「すると、なにかい、お前さんの目にもやはり私の顔は、昨日までのとは別人だとそう言いたいわけだね?」
「あらまあ、旦那さま、何をおっしゃいます。そんなことは一言も言ってません。私はただ人の顔は毎日変わると言ってるのです。旦那さまの顔だって例外ではありません」
「言ってることが、よく分からんな。早い話、お前さんの目にはこの私がどう見えてるのかね?」
「旦那さま、どうか落ち着いてお聞き下さい。確かに、人の顔というものは大事なものです。世間の人は、まず最初に顔を見て、その人の人間性を判断しようとしますからね。顔は心の窓とも言われています。ところが、その時、相手の顔のことをあれこれ言うにしても、肝心の自分の顔のことは意識にありません。人の顔には敏感に反応しながら、自分の顔のことはすっかり忘れているのです。というのも、自分の顔など生まれてからこのかた一度も手に取って見たことがないからです。おかしな言い方だと思うかも知れませんが、これは紛れもない事実です。自分の顔を意識し出すのが、何才くらいなのかよくは知りませんが、自分の顔がどうなっているのか確認するにしても、その手立てといえば鏡を見るくらいでほかには何もありません。ここに人間としての哀しい現実が垣間見えるというものです。ある意味、自分の顔というのは、自分にとってまったくのイメージの産物でしかないのです。要するに、顔に関しては、本人より他人のほうがよく知っていることになります。だから、人はしょっちゅう鏡を見て、自分の顔がどうなっているのか一々確認しなければならなくなるのです。でも、その鏡だって、あまり信用してはいけません。というのも、鏡に映っている自分の顔はあくまでも鏡像でしかないからです。その点、写真だってビデオだって同じようなものです。そこに映り出されているのは光と影の戯れの結果であり、うまく切り取られた変化することのないイメージでしかないのです。おまけに、そのイメージが気に入らなければ、いくらだって修正できるんですから。現に女は暇さえあれば鏡の前で自分の顔に修正を施していますからね。たぶん化粧のノリが気に入らないのでしょう。そういうわけですから、何も自分の顔が変に見えたところで、落ち込む必要など少しもないのです」
「ますます、分からなくなってきたよ。でも、よく考えてみると、なかなか面白いことを言っているようにも思えるんだがね。うん、そうなんだ。誰でも、自分の顔くらい知ってると思ってるんだが、ところが、お前さんの話しを聞いていると、決してそうではないってことがよく分かったよ。自分の顔は鏡を見ないかぎり思い浮かべるしかないわけだからね。つまり、お前さんは、そこに問題があるってことを言いたいのだろうか?もし、そうなら、確かに問題がありそうだね。要するに人は誰でも自分の顔を知らないまま、相手の顔のことをあれこれ言っていることになるわけだからね。自分の顔も知らないで、他人の顔のことをあれこれ言うなってことだ。つまり、私が聞きたいのもそのことなんだよ。鏡じゃなくて、人の目のほうなんだ。人はどう見ているのか、それが今一番知りたいことなんだよ。もちろん、お前さんが言いたいことは、そんなことではないのかも知れんが、でも、この問題だって、かなり重要なんじゃないかね?だって、人の目だってある意味鏡以上の働きを引き起こすし、下手をすれば鏡よりもっと深刻な問題にもなりかねんからね。要するに世間のやつらは、まず顔の良し悪しで人を判断してくることが問題なんだ。おまけに、調子に乗って顔の欠点ばかり大袈裟に言ってくるからなおさら頭にくるんだよ」
「でもそれは、他人だけでなく本人だってそうですね。人は、どうしても自分の顔のいいところよりも悪いところを先に気にしてしまうからです。ちょっとした欠点が一カ所あっただけでも、まるで顔そのものがすべて駄目だと思い込んでしまうのです。ですから、この欠点さえなかったら、どんなにいいだろうと人はすぐ思ってしまうわけです。でも、もう一度よく考えてみて下さい。その欠点は果たして欠点としてそこにあるのでしょうか?ただそう見えるだけだとは思いませんか。実際のところ、その人が勝手に欠点だと思い込んでしまっている場合が実に多いのです。むしろ、そういう欠点と思われているところがあるからこそ、却って、その人の顔は、ある意味生き生きとしているのではないでしょうか。要するに、欠点といい、長所といい、それはどうも人間の勝手な価値判断なのかも知れないということなんです。ですから、欠点だけをなくそうと努力したり、長所だけを無理やり伸ばそうとしても、どこかでバランスが崩れうまくいかなくなるのです。もちろん、これは顔のことだけではありません。あらゆるものに言えることです。それでも人は、何とかその欠点をなくしたいと思い、運良くその欠点をなくしたとしましょう。すると、いったいどういうことが起きるか。驚くべき事に、その欠点がなくなったとたん、その人の持っていた言うに言われぬ魅力や長所が、跡形もなく消え去ってしまったなんてことが起きるのです。旦那さま、どうか、ご自分のお顔に自信をお持ちになって下さい。たとえ自分の顔に不満があったとしても、それを受け入れて下さい。誰しも、自分の顔に責任を持たなければいけないのです。確か、そんなことを言った人がいましたね。ちょっと、ど忘れしてしまいましたが。人間四十を過ぎたら自分の顔に責任を持たなければならないと言った偉いお方がおりましたね。ええと、誰でしたっけ」
「たぶんアメリカのリンカーン大統領だろう。確かそうだよ。私もはっきりとは断言できんがね」
「ああ、そうです。リンカーンです。今思い出しました。そのリンカーン大統領が言った言葉こそ、男が我が身のこととして本当に考えなければいけないことだと思うんです。それでは、自分の顔に責任を持つということは、いったい、どういうことでしょうか。もちろんこれは私の勝手な考えですが、人の顔というものは歳と共に変わって行くものだし、その人の生き方に強く影響されるもんだと思うのです。つまりですね、何が言いたいのかと言うと、たとえ自分の顔が不細工だったとしても、自分を恥じず懸命に生きれば、周囲を納得させるような責任感に溢れた立派なお顔に自然と育つということなんです。反対に、美男美女で生まれてきても、お高くとまって周囲を見下すようになれば、その美しい顔も実に鼻持ちならないものとして、却ってみんなに蔑まれながらその生涯を閉じるしかないのです」
「うーん、まったく耳が痛いよ。私もその通りだと思うし、何よりも自分が恥ずかしくてならないね。お前さんの話しを聞いて一気に目が覚めたって感じだな。自分の顔が変に見えたのも、あまりにも自分を作ろうとしていたからかも知れんな。自分の顔はこうであらねばならない。世間に受けるにはこういう顔でなければならないといった余計な考えがあまりにも強すぎたのだ。その結果、お前の本当の顔はこうだよって鏡が教えてくれたってわけだ。まったく、これじゃ自分の顔に責任を持つことなど、いつになるか分かったもんじゃないね。情けないかぎりさ」
「いや、旦那さま。そんなことはありませんよ。そこまで分かっていらっしゃるなら、すぐにでも責任ある顔が手に入るに違いありません。大事なことは自分を恥じず、すべてを受け入れることが肝心なのです。そうすれば、もちろん、顔だけに留まらず、ご自分の人生そのものが輝き出すに違いありません」
「お前さんは、そう簡単に言うけどね、実際、おれの人生なんて思い返せば恥ずべきことの連続だったかも知れんのだ。まったく、どうしてこんな恥ずかしいことを飽きもせず繰り返して来たか。それを思うと、よくもまあ、何食わぬ顔をして平然と今まで生きて来れたかと思って、ほんとにゾッとするね。それこそ自分の生き方が、如何に無責任でいい加減なものであったかということなんだよ。これじゃ、自分の顔が変に見えたとしても、そりゃ当然の報いってもんだ。いったい、どうしたらいいんだろう。自分の生き方に問題があるにしても、今さら、自分の性格を変えようったってそんなの無理に決まってるんだから……」
「あら、お嬢様、おはようございます」
そのとき、影のように紫音が部屋に入って来たのだ。その顔には、まだ昨夜の禮子との緊張したやり取りの余韻が感じられて、精神的に疲れ切った如何にも苦しそうな表情が見て取れるのだった。彼女は、父親に朝の挨拶をすますと、ぼんやりと当たりを見回したまま椅子にも座らず、何か非常に気になることでもあるのか、そのままジッと考え込んでしまったのだ。これには父親も心配して、何かあったのかと聞くのだった。すると、紫音は我に返り、「いえ、まだ禮子さんは起きていらっしゃらないのかと思って」と、ようやく椅子に座りながら何気なく聞くのだった。するとばあやが、「禮子さんなら、もうとっくに起きてお帰りになりましたけど。なんでも、急な用事が出来てしまったと言ってました」
紫音はそれを聞くと、あっ、これで自分は完全に彼女との間に亀裂を作ってしまったのだと悟るのだった。しかし、それはある意味自分達の将来のためには仕方のないことではないかと一応自分を慰めるてはみるのだが、すぐに果たして自分が彼女に示した態度は、あれで本当によかったのだろうかと一抹の不安を覚えるのだった。ところが、そういう娘のもつれきった苦しい感情とは反対に、父親の橘氏はすっかり上機嫌になってしまったのだ。それもそのはず、禮子がいないとなると自分を苦しめていた顔の心配から、めでたくも解放されることになってしまったからである。
紫音は、これでいよいよ禮子との苦しい戦いが始まるのだと思い、昨夜の彼女との会話を、それこそ自分が言ったことに対して、彼女がどんな表情で答えたかまで事細かに思い出すのだった。いや、そんなことは、すでに昨夜からもう何度となく繰り返されていたことなのだが、ある所に来ると、今もまた同じように彼女の考えは完全に止まってしまうのだった。禮子は、いったい何であんなことを自分に告白したのだろうと、それは今でも謎のまま彼女を苦しめるのだが、しかし、それと同時に、どうしても父親という存在が、如何にも胡散臭い疑惑の塊として彼女の意識に浮かび上がって来てしまうのだった。彼女はこの時なぜかは知らないが、急に、ニヤニヤし始めた父親の顔をそれとなく観察し始めていたのである。すると、今まで娘として普通に見ていたはずの父親の顔が、信じられないほど曰くありげで、信用の置けない醜悪な顔に見えて来るのだった。自分の父親をそんなふうに見ることなど、今までだったら有り得ないことだったので、この時ばかりは、娘としてそんな感情を持ったことに対して、ひどく自分を責めたのである。といはいえ、そのように見させてしまったのも、結局は、禮子の告白によって明るみに出た、あの疑惑が一気に父親の存在を表面化させてしまったからであり、その点から言えば、彼女も父親同様一種の犠牲者であり、何も自分を責める必要など少しもなかったのである。しかし、彼女のようなやさしい心を持った娘としては、そんな感情を父親に抱いた自分がとても許せなかったのだろう。とはいえ、現実的に彼女が、子供の頃から慣れ親しんできた父親の顔に対して、これほどの疑惑を感じ、彼女の不審を掻き立てたということだけでも、決して見逃すことのできない経験でもあったわけである。確かに新聞を見ながら、いつまでもニヤニヤと思い出し笑いをしているような父親など、理由がなんであれ、それだけでも娘にとってみれば嫌悪以外の何ものでもなかったのだ。このような父親を見ながら、彼女はどうすべきかと一人悩むのだが、果たして、この父親が裏で自分達の結婚にどう関わっていたのか、禮子が言うあのレストランのからくりがどういう理由によって進められたのか、それは娘として当然知っておく必要があるのではないのか。しかし、それを知ることよって、何かとんでもないものが明るみに出て来やしないかと、そういう恐れも感じないわけではなかったのだ。




