二話
アニーの魔術商店は表通りにある。高層かつ木造の家が建ち並ぶ中、真四角の石英に屋根を被せたような外見をしているそれは明らかに異彩を放っていた。窓が極端に少ないのも、怪しさに拍車をかけていた。
ツイは店先に立ち漫ろに視線を巡らせた後、嘆息しながらドアにノックをした。
「おーい! 師匠、弟子が来たぞ」
そう言って少し待ったが返事はない。再度繰り返す。
「おーい! ばーさん、来たぞって!」
返事はない。彼は不審に思い、扉を開けようとしたが、鍵はしっかりとかかっていた。呼び出したのはアニーの方なのでいないはずはない、おそらく研究に没頭しすぎて気がついていないだけだろう、そう当たりを付けた。実際それはよくあることだった。一瞬の逡巡の後、ドアを叩く彼の手は両手になり、エイトビートを刻んでいた。
「聞いてください、ニューシングル『異邦人』」
四小節でフィルインを入れ、彼の喉は自作の歌を高らかに歌い始めた。以前似たようなことをした際には、普段温厚なアニーが氷のように冷えた表情で「やめて」と一言述べたのみであった。
ホーミーと呼ばれる歌唱法のパートに入ったとき、鍵が開いた音が耳に入った。ツイは手を止め扉を開ける。するとそこには、老婆ではなく、見覚えのない若い女の姿があった。彼女は眉尻を下げ、二つの蒼い虹彩で彼を見ていた。呆れと気まずさの入り混じったような表情をしている。ツイは顔が熱くなるのを感じ、視線を横に逸らした。
「……あの」
「あ、はい」
「いい歌声ですね」
間違いなく気を遣われていた。彼女は笑顔を浮かべたが、それは明らかに作り笑いとわかるほどぎこちないものだった。
「いや、大丈夫だから。そんなアレだから、いつものことだから」
「そ、そうですか」
そういって彼女は黙った。それにつられてツイもまた、特に理由もなく閉口する。
少しの間、二人を質量のある静寂が包んだが、彼は気まずさから別のことを考えようとした。ふと、当初の目的を思い出し、口を開いた。
「アニーに会いに来たんだ。いるんだろ」
「あ、そうでしたか。やはり貴方がツイさんですね」
「ん。確かにそうだが……やはりというのは?」
彼はその言葉がほんの少し少し気になったので突いてみたが、それを聞いた彼女は桜色の唇を波打たせ始めた。目も泳いでおり、明らかに挙動不審だ。
「ど、どうした大丈夫か」
「い、いえなんというか。まあその、今アニーさんは出掛けてまして。私はお留守番を頼まれたのです」
「はあ」
「その際、客人が来るかもしれないから、入れてあげなさいと申しつけられたのですが、当然、私は顔を知りません。もしかすると悪漢が押し入ることを助けてしまうかもしれません。その旨をそのまま伝えたところ、ツイさんの特徴を述べられたのです」
一息にそう言って彼女は言葉を切った。そして、青く光る瞳でツイを控えめに見た。その仕草をした人間が耳に嬉しい報告をすることは滅多にない。
「ドアの前で不審な行動をしたら大丈夫、歌など歌い始めたら間違いないから鍵を開けてもいい、と。そんなバカみたいな行動をとるバカはあのバカしかいないからだそうです」
「いややったけどさあ、バカって言いすぎじゃね? ババアホント許さん」
彼は拳を握り締め、怒りを表した。また、見抜かれていた、という気恥ずかしさもあった。さしあたってツイは、勝手に食料でも食べてやろうかと思い、そして、未だに軒先に立っていたことに気がついた。
「とりあえず、立ち話も何だし、中入ろうか」
「そうですね」