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一話

「大体よお、異世界に転生しても良いことなんかないっつうの。なんだかんだで死んでさ、まあ基本的にはトラックに轢かれるんだけど、そんで神様のところ言ってな、それでなんかその神様は申し訳なさそうにしてんのよ。これがいつもお決まりの様式ってやつ。まあ居酒屋でいうお通しだよな。いやいや、ありえねえだろと、神様が人間と対等なのかよと。そう思わねえか? 思うよな。俺ガンで死んだんだよね、咽頭に腫瘍できて。切除してな、それでも転移しまくって死んだんだけど。そんで、ああ、もう駄目なのかな、でも頑張ったよな、なんて月並みな感想だけど死ぬ間際ってそういうもんだよな、そういうこと思ったんだけど、意識失って。そしたら目が覚めてさ、なんてことない夢でも見てたかのようだったよ。で、子供になってたわけ。アンタも行ったことあったっけ? あのスラムだよ、あの肥溜めの。ゴミ捨て場と言ってもいい。あれ、何の話だっけか」

 日が高く照っている時間帯のことである。酒場のカウンター席に腰かけ、紙巻の煙草を片手にウイスキーをボトルで呷っている青年がいた。すでにできあがっていることは会話の内容からも容易に察することができる。雲のように白い髪が赤面を余計際立たせていた。

「さあな」

 カウンターを隔てた向こう側には、ガラス製のグラスを拭きながら相槌を返す壮年の男がいた。大きな男だ。彼がこの店を営んでいる。長い手足には筋肉の意匠が凝らされ、その上は浅黒い皮膜で覆われていた。まくったシャツの袖が今にもはちきれそうだ。

「あ、そうそう異世界転生がクソって話だったよな」

「お前がクソ」

 瞬き以下の速度で店主は返答した。

「ん?」

 青年は聞いていなかった。

「どうした」

「いや、なんでもない。んでな、転生すると特典というか、無敵の超能力が貰えるんだよ。神様が私の不祥事だからぁん、とか言ってな。この時点で頭痛のする話だと思うんだが、こっからが本番なんだ。その異世界とかっていうのは美女や美少女しかいなくてさ、男だって醜いやつは少数だ。で、さっき言った神様がくれた超能力を存分に発揮するわけ。借り物の力のくせに我が物顔でよ。弱い者いじめでもするみたいに。力を揮うのに後ろめたいのか薄っぺらい道徳心を振りかざして自分を正当化するパターンもある。で、そしたらよ、女は諸手を挙げて付いてくるの。キャーかっこいいって黄色い声援を上げて。笑えるだろ? かたや俺はこないだマリーの喫茶店の娘さんを口説いたんだが冷笑どころか嘲笑浴びせてきやがった。信じられねえ。同じ転生っつう立場なのにどうしてこうも差が出る?」

「バカだからじゃね」

 脊髄の反射で店主は返答した。

「ん?」

 青年はまたもや聞いていなかった。

「どうした」

「いや、なんでもない。そういうのって出会うやつとか誰もかれも美女ばかりだしよ、あり得ねえぜ。魔術の師匠なんて若くて綺麗なねーちゃんなのよ、羨ましいよな。うちの師匠なんて見てみろよ。しわくちゃのババアだぞ。百歳はいってるなありゃ」

 店主は青年の言う魔術の師匠、アニーという老婆から伝言を預かっていることを思い出した。

「ああ、そのアニーから伝言だわ」

 青年は酒を飲む手を止め、数瞬静止した。赤くなった顔は少し血の気が引いていた。

「師匠から? マジで?」

「ツイへ。十五時に私の魔術商店に来てください。さもなくば、夢枕に立ちます。朝までずっと立ってます。本当にやります。アニーより。だとさ」

「育ての親が何言ってんだ? 精神的にキツすぎんだろ」

 ツイと呼ばれた青年は右手を顔に当て嘆息を吐いた。

「あの人酒嫌いじゃなかったっけ?」

 店主はいやらしい笑みを浮かべツイの返答を待つ。実際は分かり切っていた。彼女の商う魔術道具はもはや生活に欠かせないものであり、それゆえ街中から客がやってくる。この街に住んでいる者なら誰しも彼女の禁欲さを知っているのだ。

 それは家族同然であるツイが最もよくわかっていた。八年程一緒にいたが一度も酔っている姿を見たことがなかった。曰く、酒は魔術の腕を鈍らせる、と。だからこそ、その弟子である彼が昼間から酒浸りになっていることを知れば、小言の雨が降り注ぐだろう。

 彼は灰皿で煙草の火をすり潰しながら、苦虫を嚙み潰したような顔で店主を見つめた。

「安酒には気を付けるんだな。悪酔いのもとだ」

反対に、店主は心底愉快だというような表情で拭き終わったグラスを棚にしまっていく。

「安酒の店主が何言ってんだ」

「またのご利用お待ちしておりますぅ早く出てってくださいぃ」

「な、殴りてえ……」

 ツイはポケットから紙幣を取り出しカウンターに無造作に置いた。そうして席を立ち、入り口の前のポールハンガーから黒い外套をもぎ取り、羽織りながら外に出た。

 ツイの頬を冷たい風が撫でた。彼は熱を孕んだ身体から温度を奪っていくそれが心地良いと感じ、少し目を閉じる。ポケットに手を入れ、石畳の道路に踏み出すと、乾いた空気に固い振動が伝わった。

 裏通りは活気付く時間といえど、人影は少なかった。先ほどの店主、ジョーの酒場はこうした時間を選ばず薄暗い場所に潜むように構えられている。ツイは売り上げや客足のことを嘆く前に立地を変えるべきだと常々思っていたが、改めてその考えが強まった。


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