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008 おままごと

 駆けこむように応接室へ向かうリズレットに使用人たちが慌てて止めようと動く。


ちょろちょろと走るリズレットは止まることなく応接室の扉へと近づいた。


 第二王子であるレオナードの護衛騎士たちがそんなリズレットをぎょっと目を見開いて驚いている。


貴族令嬢がそんな事をするなど信じられないという風だ。


 応接室に突進しようとするのを止めようと動いた騎士たちだが、リズレットの動きに翻弄されて捕まえることが出来ない。


 この時点で王族の護衛である騎士が子供一人捕まえられないという有り得ない状況に気が付くべきなのだが、誰もが先ほどのリズレットとこの館の主人であるアルフォンスの様子を見てとんでもないお嬢様というイメージが付いている為にただのわがままなお嬢様ではないというその事実に気が付かない。


 リズレットは応接室の扉を思い切り音を立てて開け放った。


「レオ!一緒に遊びましょう。」


 そう大声を上げたリズレットに室内にいたレオナードとアルフォンス、そして護衛として付いてきていたお目付け役でもあるカシウス・ランドリックがあまりに無作法なリズレットに驚き固まっていた。


 その為、リズレットの突拍子もない行動にカシウスは動くことが出来なかった。


レオナードに飛ぶように抱きついたリズレットはそのままソファーに王子を押し倒した。


馬乗りになった形のリズレットと半ば体を起こして動けないままのレオナードを見てカシウスは叫んだ。


「ぶ、無礼者!殿下から離れよ。」


 ランドリックの言葉を聞いているはずのリズレットは小首を可愛らしく傾げてレオナードの頬を両手で包むようにしてじっと見つめる。


 リズレットの青い瞳がレオナードの紫の瞳を見つめる形になり、気恥ずかしさからレオナードは僅かに頬を赤らめた。


リズレットはレオナードの表情に先ほどまでの翳りがない事を確認してにっこりと微笑む。


 そしてレオナードからふわりと石鹸の香が漂ってきたことでリズレットと同様に身を清めていたのだと理解した。


「お嬢様、本当にこれでよろしいのですか?」


 リズレット付きの侍女であるガネットがトレーに空のワイングラスと空のお皿を持って応接室へと入って来た。


侍女の疑問は当然だろう。


空のワイングラスなど一体何に使おうというのか。


「いいわ。そこに置いて下がっていいわよ。」


 王子に乗りかかったままのリズレットにガネットは若干引きつった表情のまま礼をして下がった。


「ねぇ、いつまでそこの扉を開けているつもりなのかしら?」


 リズレットの言葉に扉を開けたままの護衛騎士たちが苦い表情を浮かべる。


返事を待たずにリズレットは続けた。


「ねぇ、レオ。一緒におままごとをしましょう?」


 空のワイングラスとお皿はおままごとの道具なのだと周りが理解する中、父であるアルフォンスはリズレットの行動にどう接したらいいのか分からないままだった。


 輝く星の拠点で出会ったリズレットと今のリズレットの行動があまりにかけ離れているためだ。


だが、王子を押し倒したままのリズレットをそのままにして置くのはまずいと今更ながらやっとのことで口を開いた。


「リズレット、殿下から離れなさい。」


 アルフォンスの言葉にリズレットは渋々レオナードから離れた。


「ねぇ、ここに残っているという事はランドリック様も一緒に遊んでくれるのかしら。」


「わ、私がなぜそんな事をしなければならぬ!」


「では、部屋から出て行っても構いませんよ?邪魔ですもの。」


「な!アルフォンス殿!私は殿下の護衛であり、先ほどの事情を聴く為に残っているのですぞ。あまりにも無礼ではないか。」


「カシウス、少し黙っていてくれ。」


 アルフォンスに抗議するランドリックをレオナードが制した。


「しかし、殿下。このような仕打ち黙ってはいられませぬ。」


「良いんだ。カシウス、お前もリズレット嬢に付き合え。」


 きょとんとした顔でランドリックが固まった。


「今、殿下…何と?」


「付き合えと言った。他の者は下がっていろ。」


「まぁ、嬉しい。ランドリック様もご一緒してくださるのね。では、父上はこちらにお掛けになって下さいませ。」


 嬉しそうに喜ぶリズレットにカシウスとアルフォンスは顔を見合わせた。


ぱたりと扉が閉じられて部屋の中に微妙な空気が流れる。


「さて、おままごとを始めましょうか。」


 嬉々として腰につけているポシェットからひとつ金属でできた瓶を取り出したリズレット。


蓋をくるりと取りはずして、蓋に取り付けられたスプーンを使って中に入っている果物のソースをワイングラスに盛り付けた。


「そ、それは何だ?」


 今まで見たことのない物が目の前で出されてカシウスは思わずリズレットに対する先ほどまでの嫌悪感を忘れて尋ねていた。


「果物の果肉と果汁を煮詰めた物ですわ。」


「違う、その瓶の事を言っている。なぜスプーンが蓋に取り付けられているのだ。」


 ランドリックの問いにリズレットは蓋を持ち上げて笑った。


「これは冒険者たちが最近使いだした物ですわ。町で売られている物には果物のソースではなく、小さく刻んだ様々な乾燥野菜やスープを乾燥させた物が入っていますの。外での野営では料理するのは大変ですし、荷物は少ない方が良いのです。重たい野菜を持ち運ぶよりもずっと軽くて済みますし、スプーンが蓋に取り付けられていることで手を汚すことなくお湯を入れるだけで簡単にスープを作れるのです。町では結構人気なのですよ。もちろん、普段使いでもちょっと一品増やしたい時や小腹が空いた時に重宝しているようですわ。」


「ほう。」


「あら、目の色が変わりましたね。」


 ランドリックの目を見てリズレットは頭を振った。


軍事的にも使える事だと分かっているためだ。


そしてもう一つの金属の缶を取り出して缶切りを使って開ける。


「む、それは?」


「クッキーですね。冒険者の携帯食として販売されている物ですわ。缶に閉じ込めることで通常よりも長く保管できるのでいざという時の為に買っておく方が多いのです。他にも濃い味付けの肉や魚を柔らかく煮込んだ物や果物のシロップ漬けなどもございますね。大抵3年ほどは軽く保存が出来るのですわ。それにこの使用済みの缶は再利用できるので町で回収しているのです。」


 ランドリックはリズレットの持ち込んだものに興味津々だ。


その隣のアルフォンスは目の前に出されたものが自分の足元で作られているのだと知って唖然としている。


 リズレットは腰のポーチから筒状の魔道具を取り出した。


魔力を込めると中で氷が生成される。その氷をワイングラスの中に転がした。


「こ、氷だと!」


 この国では氷は冬にしか出来ないものだ。


魔法でも氷は上手く発現できた試しがない。


出来ても口にできる物ではないのだ。


 それは氷がどのように出来るのかがしっかりとイメージできないからだろう。


そこに水筒に魔力を込めて炭酸水を作り出したリズレットはワイングラスの中にその中身を注ぎ込んだ。


 しゅわしゅわと音を立てて透明の水がグラスに注がれる。


それをスプーンで軽く掻き混ぜたリズレットはやっと準備が整ったと顔を上げた。


「そ、それは何だ!」


「炭酸水ですわ。最近町でも流行りで、お酒と割って飲むと美味しいらしいですよ。子供はこうして果実水に混ぜたりして飲むのです。」


 出来上がった飲み物を各自に勧める。


だが、明らかに見たことのない怪しげな炭酸水にランドリックは恐ろしいものを見るかのようにして手を付けない。


「では、いただこう。」


「で、殿下!」


 レオナードはリズレットから炭酸水を受け取るとそっと口を付ける。


僅かに含んだ水が口の中でぱちぱちと弾けた。


「ふふ、面白い飲み物だね。カシウス、試してみろ。」


 レオナードに勧められてランドリックとアルフォンスが戸惑いながらも口に含む。


ランドリックは恐ろしいもの勧められて一気に飲み込んだ。


「あ、一気に飲むと咽ますよ。」


 ランドリックがリズレットの言葉で咳き込んだ。


「そういう事は初めに言ってくれ!」


 顔を真っ赤にして盛大に咽ているランドリックにリズレットは可笑しそうに笑った。


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