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004 向けられた殺意

 領地を運営していくのに必要な税金は毎年同じ時期に収集される。


人頭税としてその家に住む人数の分だけお金で納めても良ければ小麦で納めることも出来る。


 それを収集しているのは領主の元で税を管理している貴族だ。


今年もその貴族がエバンスホルムの町にある高級宿「エバンス」に宿泊していた。


 税金を集めるために各地を転々として回っているこの貴族は宿に来るなりとんでもない注文を付けた。


「お客様、今なんとおっしゃいましたか?」


「私は領主様に命じられて来ているのだ。当然宿泊に金など払うつもりはない。夕食は豪勢にせよ。あぁ、そうだ。明日はヘラツノ鹿のステーキが良いな。準備しておくように。」


「あ、あの急にそんな困ります。お客様。」


「貴族の命令に逆らうのか?私は領主様の命で動いているのだぞ!」


 部屋の鍵を奪い取るようにして男は部屋に上がっていく。


困り果てた店主は貴族の無茶な注文に頭を抱えた。


貴族の男は豪勢な夕食を食べながら連れて来ていた護衛たちと共に酒を楽しんでいる。


「いや、ヒュース様のおかげで今日も豪勢な食事ですな。」


「全くですね。ところで、例の件本当なのですか?」


「何の話だ?」


 急に話を振られてヒュース・アーカムは護衛たちに視線を向ける。


「税の話です。なんでもお裾分けをいただけるとか。」


「…どこでそれを?」


「前回同行していた護衛が親切に教えてくれました。それで事実なのですか?」


「働き次第だと答えておこう。だが、次にその口を滑らせば命はないと思え。」


 護衛の男たちはその言葉で期待の目をヒュースに向ける。


その夜、高級宿「エバンス」から白い光が飛んでいったが、宿でその光に気が付いたものはいなかった。


 とある家の前で税の回収に来ていたヒュース・アーカムは大声を張り上げた。


「私がわざわざ税の回収に来ているのに払えないと言うのか!」


「主人が戻って来るまで、どうか少しだけお待ちください。」


「ふざけるな!私は忙しいのだぞ。なぜ準備されていない。通達は来ていたはずだ!」


「何だか騒がしいね。何があったのカミラさん。」


 ひょっこりと栗毛色の髪と青い瞳の少年が税の回収に来ていた男の後ろから声をかけた。


「あ、アル君。」


 カミラと呼ばれた女性はアルの登場にほっとしたような、それでも困った表情を浮かべている。


「ふん。この女は税の支払いが出来ないそうだからな。さて、何で支払ってもらおうか。」


 まじまじとカミラの全身を舐めるように見ていた男にアルは冷めた目を向けた。


「そう言えば、聞いたよカミラさん。なんでもあの高級宿エバンスでとんでもない注文をした貴族がいたんだって?金も払わずにヘラツノ鹿まで要求したとか。」


 アルの言葉に思い当たることがあり過ぎるヒュースはアルと呼ばれた少年を睨み付けた。


「ヘラツノ鹿は山でも滅多に獲れない高級品だ。それを朝までに調達しなければならなかったエバンスの依頼を受ける猟師なんて居ない。少ないお金で引き受けてくれたカイトさんは本当に優しいね。そのせいで帰ってくるのが遅れているんだろう?全くとんでもない貴族がいたもんだね。この件はいっそアルフォンス様に報告しておくべきだろうか。」


 ヒュースはアルの口から出た名前を聞いて顔を青ざめさせた。


アルはヒュースの顔を見上げるとじっとヒュースの瞳を見つけて尋ねた。


「まさか貴方はそんな事をしていないよね。」


「は、当然ではないか。ははは。」


 引きつった顔で答えるヒュースとまじまじと見つめるアル。


「あ、どうやら間に合ったようだね。」


 アルの言葉でヒュースが振り向くと金の入っている袋を持って現れたカイトの姿があった。


「カイトさん、税の回収だってよ。」


「あぁ、遅れて申し訳なかった。」


 お金の入った袋を差し出したカイトから税を受け取ると逃げるようにヒュースは去っていった。


 それから数日後、税の回収を終えて報告のためにレスター辺境伯爵家の屋敷に足を運んでいたヒュースは回収した税と麦を書類にまとめて持って来ていた。


報告書を読んでいたアルフォンスの元へ家令が届けられた何かを持って来て渡した。


 書類らしいそれを見たアルフォンスは目を見開いて驚いている。


そしてヒュースに厳しい視線を向けた。


何か嫌な予感が過ったヒュースだが、逃げることは許されない。


 その後、税の横領でヒュースは税の管理から外され今までの横領していた金を返還せねばならなくなった上に地方へと左遷されたのだ。


「おのれ!あのガキのせいだ。」


 憎しみを募らせたヒュースはエバンスホルムの町にいる者を使ってアルと呼ばれた少年を始末するようにと命じた。


 いつものように町を歩いていたアルことリズレットは暗い路地裏も慣れたもの。


一人でのんびりと歩いていた。以前はスラムと呼ばれていたこの場所も随分と様変わりしている。


 今も変わらずスラムに巣食っている者はいるが、それはリズレットにもどうしようもないものだ。


さし伸ばした手を取らなかった者たちをどうこうしようという気持ちなどリズレットにはない。


 思考を中断してふと周りを見渡せば何人かの男たちに囲まれていた。


「お前がアルだな。」


「そうだけど、何かご用?」


 尋ねた瞬間に男たちの一人がナイフを抜き出してリズレットに向かって走って来た。


今まで何度もそういった場面に遭遇してきたはずのリズレットだが、自分一人に向けられた殺意を感じたのは初めてだった。


 だからこそ、体が動かないままの自分に焦る。


頭では避けなければと考えているのに体が付いてこないのだ。


明確な殺意を受けてリズレットはぎゅっと目を瞑る。


リズレットの恐怖を感じた体の中の魔力が暴れて弾ける。


「う、うわぁ!」


 男の叫び声が聞こえてリズレットはゆっくりと目を開けた。


両手を突き出した形で止まっていたリズレットはその前に燻ぶる灰の山とその上に落ちている小さな魔石を見て失敗したと感じた。


 ゆっくりと周りを見渡せば男たちは固まって動けないものやしりもちをついて漏らしている者さえいる。ゆっくりと息を吐いてリズレットは心を落ち着かせた。


 そして魔石を摘まみあげると、それを仲間らしい男に向かって投げた。


慌ててキャッチした男はどういうつもりなのかと視線を向けて来る。


「まだやる気ある?」


 リズレットの問いに男は首を横に振った。


「しかし加減が出来なかったのは反省だな。だけど、命を奪おうとしてきた者だしこういうのって正当防衛って言うんだっけ。ま、元々刃を向けた者に与える慈悲なんてないのだけど。」


 その言葉に震えあがる男たち。


だが、リズレットは戦意を喪失したものをわざわざ始末しようなどと思うような性格はしていない。


「依頼主はヒュース・アーカムだな。報告するつもりならこう言うと良い。攻撃して相打ちになり仲間は死んだと。とはいえ、報告して無事に帰れる保証はないだろうけどね。」


「み、見逃してくれるというのか?」


「戦う気のない者を殺す趣味はないよ。」


 リズレットはそう言って男たちの間を通り抜けて戻っていった。


後に残された男たちはリズレットが去った後、しばらくその場を動くことが出来なかった。


 リズレットは人の死についてはスラムを見て来たこともあり、慣れていると思っていた。


だが、自分に向けられる殺意を受けて動けないまま魔力を暴走させてしまった事でその考えを改めた。


 慣れることが良いとも思えないが、いざという時に動けないのは困る。


思えば今まで襲ってきた者を返り討ちにしたことはあっても殺したことなど一度もなかったのだ。


 リズレットのやるべき事リストに魔物討伐が加えられたのは言うまでもない。


 そして、男たちから報告を受けたヒュースはアルが死んだと勘違いしてアルの事はそのまま忘れ去ってしまったらしい。


こうして税金横領事件は幕を閉じた。



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