003 輝く星
レスター辺境伯爵家の領地の隣であるマリオン伯爵領。
領地を接する町の門の前で止められている馬車があった。
「ここを通るには通行料を払ってもらう。」
普通であれば何の問題にもならないだろう言葉だが、馬車の相手は商人ではない。
「待ってくれ、俺は冒険者だ。クラン『輝く星』のメンバーで小麦を届ける依頼を受けている。」
「だから、通行料を払えば通してやると言っているのだ。」
「それはおかしい。昨日まではそんな通行料は必要なかった。」
冒険者ギルドに所属する冒険者たちは基本的に町から町への移動で通行料は免除される。
もしその規定が変更になるのであれば事前に通達があるはずだ。
「つべこべ言わずに払えばいいんだよ。」
門で冒険者の男と対峙している門番はニヤニヤと笑いながら答えた。
「依頼人に確認を取らせてもらう。」
「あぁ、いいだろう。好きにしろ。」
冒険者の男は懐から何かの紙を取り出すと特殊なペンで文字を書く。
紙に書かれた文字は書き終わって紙を折りたたむと炎が付いたように燃えて光となった。
その光はシュッと音も出さずに飛んでいく。
待つこと数分。同じような光が冒険者の男の傍で弾けて光の文字へと変わった。
「んー?どういう事だ?」
冒険者の男はその文字を読んで門番の顔を見る。
「商業ギルドと冒険者ギルド双方に確認を取ったが、そのような規約の変更は行われていないそうだ。」
門番の男が何かを言おうとしたが、冒険者の男は続けた。
「だが、通達のミスがあるかもしれない。依頼人が重要なことだから領主であるリッツ・マリオン伯爵に確認を取るが良いだろうかと言っているが?」
「は?」
門番の男は間の抜けた声を上げた。
冒険者の依頼人が貴族であるという事はよくあることだ。
だが、貴族が小麦を冒険者に運ばせる依頼などすることは無い。
普通であれば商業ギルドを通して商人に頼むような依頼だからだ。
だが、目の前の冒険者の男は領主に伺いを立てると依頼人が言っていると言う。
それがもしも本当であったならばと門番の男の顔から血の気が失せていく。
「で、確認をとっても良いか?」
「ま、待ってくれ。」
慌てて何かを見直すふりをした門番は焦ったように書類を捲った。
「す、すまない。私の勘違いだったようだ。通っていい。」
「そうか。勘違いは良くあることだ。次から気をつけてくれればいいさ。」
そう言って冒険者の男は悠々と馬車に乗り込むと馬を歩かせて門を通っていった。
輝く星というのは冒険者ギルドのクランの名前だ。
そこに所属するメンバーはクランの依頼を受けてその売買益を冒険者ギルドにあるクランの口座に振り込むのが仕事だ。
普通、自分で依頼をして自分で依頼を受けるような者はいない。
輝く星と呼ばれるクランが異様なのはこの点だ。
それもクランのメンバーは様々な町や村に何人も存在している。
冒険者なので各地を転々としているのは普通ではあるが、彼らが移動するのは町から町までくらいで半日もしないうちに戻ってくるのだ。
各地に点在する輝く星のクランメンバーは荷運びと受け渡し。
そして商業ギルドに販売するのがメインの仕事だ。
冒険者の仕事ではないと言えばそうとも言えるし、そうでないとも言える。
そして資金の移動が激しいのが特徴だ。
多くのメンバーを抱えて売り上げを上げているはずなのに毎月資金はほぼ空になっているのだから。
一体その金はどこへ流れているのか。
それを知る術を持つ者はいない。
謎のクラン輝く星。その始まりはレスター辺境伯爵領だ。
もちろんギルドで冒険者らしい依頼を受けることもきちんと行っている。
魔物の討伐依頼などはよく受けられているからだ。
いつも通りクランの依頼を終えて、レスター辺境伯爵領へと戻ろうとしていた冒険者の男は行くときには無かったものを見て馬車を止める。
そして道に横倒しになっているいくつかの木を見て来た道へ迂回して広い場所へと進んでいった。
すでに辺りは暗くなり始めており、今日はこの場で野宿になってしまうだろう。
幸いこういった場合に備えて常に野営の準備はしている。
道が塞がっているので明日の依頼に差支えが出るかもしれないとクランに報告をした男は光が飛び立った数分後に背後に現れた人物を見て、呆れるように笑った。
「やぁ、マーク。面白いものが釣れたんだって?」
「アル。相変わらずいつも唐突だな。今度はどんな魔道具を使ったんだ?」
「転移の魔道具さ。君たちの馬車には目印が付いているからね。」
「全く、そんな貴族でも滅多に持っていないようなもんを、よくぽんぽん使う気になるな。」
「暇つぶしにはもってこいだろう?」
アルと呼ばれたリズレットはにやりと笑った。
周囲はすでに囲まれているのが分かる。
かなりの人数を集めたらしい。
マークが寄越した連絡を受けておかしいと感じたリズレットはその周囲を調べるように指示を出していた。
それで面白いものを見つけたのだ。
門番はただの使い走りでしかない。
背後にいた人物は商業ギルドに勤めている男だった。
恐らく、輝く星のクランが売買で儲けているのを察知してその利益を掠め取ろうと考えていたのだろうが、それが領主へ話をすると言われ失敗に終わった。
だから、こうしてその腹いせに出たのだろうが随分と短絡的な人物だなとリズレットは笑った。
「おい、居るのは分かっている。出てこい!」
唐突に上げられた声に馬車の中で待機していたマークとアルことリズレットはゆっくりと馬車の戸を開いて外へと出た。
周りは武装した男たちが囲んでおり、その彼らの前に一人の男が立っている。
やけに身なりの良いその男は馬車から出て来た二人を見て馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「私はベック・クルックス。子爵家の三男だ。お前たちは輝く星のメンバーだな。」
「それが、何か?」
―――まぁ、正確に言うと私は違うのだけど、嘘も方便というし、どうでも良いか。
「今後、この町に来た時には私に売り上げの半分を納めろ。そうすれば何もしないで帰してやる。」
突然の訳のわからない提案にリズレットはマークと顔を見合わせた。
そして呆れた目をベックと名乗った男に向ける。
「お断りだね。なぜお前に売り上げをわざわざ渡さなければならない。意味が分からん。」
リズレットの言葉にベックは顔を真っ赤にした。
子供に言われたことで余計に腹が立ったのだろう。
「私は子爵家の三男だぞ!分からんのか。」
「分からないね。家を盾に話を進めるつもりなのかい?」
「ふん。私は貴族だぞ?」
「だから、何?」
「平民風情が口答えするな!」
そう言ってベックは剣を抜いた。
それを見たリズレットとマークはやれやれと肩をすくめた。
「家を出た三男に何の権限がある?貴方自身に功績が?」
「うるさい!本当に切るぞ!」
まるで子供のように癇癪を起こすベックに子供の喧嘩以上にめんどくさいとリズレットは頭を振った。
腰から細長い杖の形をした魔道具を取り出してベックに向ける。
それが何なのか分からなかったらしいベックは剣とその棒で勝負をするつもりなのかと笑った。
だが、次のリズレットの言葉と起こった現象でその表情は驚愕へと変わる。
「とりあえず、埋まっていろ。」
リズレットの魔法であっという間に周囲を囲んでいた者たちは落とし穴に落ちた。
ベックの傍までリズレットは歩いて行くと顔を真っ赤にしたベックが喚く。
「貴様ら、こんなことをしてただで済むと思うな。」
「全く、よくそんな事を口にできるね?」
リズレットが杖をベックの目の前に突き付ける。
魔道具は平民でも使用することは出来る。
魔石さえあれば誰でも動かすことが可能だ。
だが、目の前に向けられた杖に魔石は付いていなかった。
己の魔力だけで発動できるほどの力を持つ者は平民ではありえない。
「え?お、お前は…?」
「下位の子爵でありながら格上に歯向かうつもりなのかな?」
そう告げた途端にベックは顔を青ざめさせた。
「二度とこのようなことはするな。貴族の恥さらしめ。」
そう言ってリズレットはマークと共に馬車に乗り込んでその場を去っていった。
結局ベックという子爵家の三男は商業ギルドで不正が発覚して解雇されたらしい。
その後の彼の行く末は誰も知らない。




