015 夢は覚めるもの
がたごとと馬車が揺れる。
馬車の中はしんと静まりかえっていた。
解毒薬を与えられて命を繋ぎとめたリズレットだったが、失った血液や体力がすぐに戻ることは無い。
いつの間にか手足は縛られ、レオナードの膝に頭をのせて横たわっていた。
視線を動かせば向かいに座る少女がこちらをあからさまな表情のまま睨んでいる。
そもそも、なぜぶつかってきただけの少女がこの場にいるのだろうか。
浮上した疑問は自然と隣にいる人物を見て思い出す。
いつもであればこちらを睨み付けて来るナイアスは動揺しているのか不安げな表情でこちらを見ている。
珍しい事もあるものだ。
リズレットを睨みつけているのは先日くだらない事を自分勝手に話し、突っかかって来た身の程知らずの少女。確か名前はカーラだったか。
しかし浚われたというのに少女は落ち着いている。
普通の少女であれば震えて泣き叫んでいてもおかしくないというのに。
偶然町で出会ったとは思えないカーラ嬢。
そして隣のナイアスの様子を見て状況は何となく想像がついた。
護衛が守るべき対象を危険にさらすなど何を考えているのか。
どう考えても明らかな失態ではあるが、まだ正式な見習い騎士にさえなっていない少年には自分が何をやったのかよく理解していなかったのだろう。
今更ながら事態を理解してどうしたら良いのか分からず戸惑っている。
おまけに護衛として付いてきたはずなのに殿下を守れず、排除しようとしていた婚約者に守られたのだから。
身じろぎしたリズレットを心配そうにのぞき込んでいるレオナードに視線だけで大丈夫だと訴える。
一瞬ほっとした表情を浮かべたレオナードはすぐに表情を引き締めた。
馬車がゆっくりと速度を落とし停車する。
扉はぞんざいに開かれて男が中を確認するように見渡した。
そしてカーラ嬢に視線を向けると彼女の腕を掴んで馬車から引きずり出していった。
カーラ嬢は特に抵抗することなく降りていく。
ばたりと扉が閉まり再び馬車に静寂が戻る。
リズレットは先ほど上手くいかなかった魔法を行使するべく意識を集中した。
ふわりと馬車の中に魔力による風が生まれる。
魔道具もなく魔法を使うことが出来るなど聞いていなかったレオナードは一瞬驚いたようだったが、特に何も言わなかった。
風は外から声を運んでくる。カーラ嬢の声と先ほどの男の声が馬車の中に届いた。
「ちょっと!王子様に矢が当たったらどうしてくれるのよ。私にも当たるかもしれなかったのよ!」
「俺たちは男爵の命に従っただけだ。」
「何ですって!私は男爵に引き取られた養子なのよ。傷でもついたらどうしてくれるのよ。」
カーラ嬢の言葉を聞いた男は声を立てて笑いだす。
「な、何がおかしいのよ。」
「くく、これが笑わずにいられるか。お前、どうして一人だけここで降ろされたのか理解していないのだな。」
「どういう意味よ。」
「お前はここで死ぬんだよ。第二王子とその護衛は獣に食われて死体は見つからず、一緒にいたお前の死体だけが見つかる。」
「え?」
「そして王子の婚約者は偶然通りがかった男爵によって助け出され、感謝した少女は男爵と結婚することになりましたとさ。これがベイリー男爵の筋書きだよ。」
「な、嘘よ。そんな…どうして。」
「初めからこの為に男爵は血の繋がらないお前を引き取ったのだ。たかが平民を男爵がわざわざ引き取るにはそれだけの理由があったという事さ。」
馬車の中に届けられた声を聴いてナイアスは唖然と固まっている。
「さて、レオこの後どうしましょうか。」
リズレットの問いにレオナードはきょとんと眼を見開いた。
「どうするとは?」
「このまま彼女を見捨てるのか、それとも証拠の為に生かすのか。」
手足を縛られた状態で一体何が出来るというのかと考えたレオナードだったが、先ほど魔道具も無いのに魔法を行使したリズレットの事を考えれば、この場を切り抜けることが出来るのかもしれないと思い至る。
「出来るのかい?」
「出来ない事は言わないわ。当然でしょ?」
「できれば男爵はここでしっかりと潰しておきたい。だからお願いするよ。」
「ふふ。じゃあ、ちょっくらやりますか。」
まるで荷物を軽く片付けるかのような口調。
リズレットは風の魔法で全員の縄を断ち切ってゆっくりと体を起こした。
そして馬車の扉を開いた瞬間にそのまま馬車の周りにいた者たちを吹き飛ばす。
突然の攻撃に男たちは防御も出来ずに地面に叩き付けられた。
吹き飛ばされたのはカーラ嬢も同じだったが勿論ワザとだ。
リズレットは今回の襲撃の原因となった彼女に容赦などするつもりはない。
馬車の御者が慌てて逃げようとするが逃すつもりのないリズレットは地面を泥沼のようにして男を転ばせる。
「逃がすわけがないでしょう。」
リズレットは壮絶な笑みを浮かべ唖然とする男たちをあっという間に拘束すると全員を地面に転がした。
勿論カーラ嬢も同様だ。
「さて、どうしようかな。」
「ま、待てリズレット嬢。一体何をするつもりだ。それに…貴方は一体。」
訳が分からないという風のナイアスはなぜか楽しそうな声を上げたリズレットに引きつった表情のまま問う。
「一人くらい燃やしちゃっても問題はないと思うんだよね。」
どれにしようかなと笑みを浮かべてゆっくり一人一人指を向けるリズレットに拘束されている者たちは青ざめた。
濃密な魔力による重圧がかかる。
「リズ、そのくらいにしないとほら、可哀想な事になっている。」
レオナードがリズレットを引き寄せて目を塞ぐ。
「ちょ、レオ。見えないよ。」
「見ちゃダメ。」
リズレットの溢れる魔力に気圧され、恐ろしい目に合わされると感じた者たちの反応はそれぞれだったが、レオナードが憐れむほどの状況になっていた。
その後、連絡を受けた騎士団が到着すると拘束されていた彼らを連行し、近くの屋敷で吉報を待っていたベイリー男爵は第二王子暗殺未遂で逮捕された。
取り調べを受けた男爵は第二王子を暗殺するつもりはなかったと言い張ったが、全員の証言と証拠も見つかり言い逃れできない状況に追い詰められた。
結局、ベイリー男爵は貴族位を剥奪され男爵家は断絶。
そして当然のごとく処罰された。
王族を狙った時点でどうなるかは分かりきった事だ。
その娘として養子になっていたカーラ嬢は取り調べ中もずっと心ここにあらずと言った風で魂の抜け殻のような状態だった。
カーラ嬢は養子縁組を解除され、平民として放逐されることになった。
ナイアスは情報を漏らし殿下を危険な目に合わせたとして学院卒業後は3年間辺境の警備に回されることになる。
父であるカシウスにこっぴどく絞られたらしく、学院に戻った時には以前とは別人のようだと感じるほど丁重にリズレットを扱うようになった。
「ねぇ、レオ…アレどうにかして。」
「アレって。ナイアスも反省したんだ。多少は仕方がないだろう?むしろこっちの方が普通なのだけど。」
「だって、今までと態度が違い過ぎて気持ち悪い。」
リズレットに気持ち悪いと言われたナイアスは叱られた子犬のようにしょぼくれている。
ナイアスはリズレットが殿下を守ったとき初めて色眼鏡なしにその姿を見たのだ。
我儘で傲慢な令嬢が殿下を命がけで守るなど考えられない事だった。
リズレットが毒を受けて血を流す姿を見たナイアスは愕然とした。
誰もが動けなかったあの場で一人対処して見せたリズレット嬢は本当にあのリズレット嬢なのだろうかと。
そしてあの捕り物劇だ。
颯爽と自分より大柄な男たちを拘束していったリズレットはどう見てもただの令嬢とは思えない。
ナイアスは初めてリズレットの本当の姿を垣間見た気がした。
父親からもこっぴどく叱られてこれまでの事を思い出していたナイアスは噂にあるような人物とは違うのだとやっと気が付くことが出来た。
気が付くのがもっと早かったなら、今回の事は起きなかったことだろう。
ナイアスは自分の犯したことを今更ながら後悔し、こうして挽回するべく行動しているのだ。




