「幸せだった時間は、不幸せになった時、やけに思い出す」
第九話「幸せだった時間は、不幸せになった時、やけに思い出す」
(一)
「オジロ、まもなく会敵します」
『カタバ風』とみんなが恐れる、南極特有の風速百メートル以上の滑空風が、機体の前の雪を吹き上げていく。
「半平くん、気を付けて、レーダーの反応は強いままよ、『アイギス』の耐久値から目を離さないで」
『アイギス』は僕のシロガネが持つ、敵の攻撃を一時的に防ぐことのできる大型の盾、だけど、こんなのは気休めにしかすぎないとみんな思っている。
はるか後方に控えている彩胡姉の声は、冷静に話そうとしているけれど、緊張していた。僕の機体のほんの数百メートル先に、ヨーロッパ連合のWMT『モスキートU』が救難信号を発している。
「『玉梓』、君の分析は?」
「送ラレテクル生命反応データノ結果ヨリ、パイロット生存率九十、タダシ、既ニ『南極ノ唄』ヲ耳ニシテシマッテイマス、機体ノ破損状況ハ深刻、今ハ予備ノ生命維持装置ガ稼働中デスガ、パイロットハ帰還シテモ正常デハアリマセン」
「それって、普通に生活出来なくなるってこと?」
「言葉ノ通リデス」
僕のも含めて、みんなのシロガネには『玉梓』と呼ばれる人工知能による操縦者補助システムが採用されている、僕たちの操縦技術を補助したり、色々な質問に対し、迷うことなく、現データを基に即座に答えを知らせてくれる。
「『南極の唄』か……」
「アノ、『モスキート』ハ、シロガネヲオビキ寄セル餌ニスギマセン、ココデ諦メタ方ガ、半平サンノ生存率ガ上昇シマス」
「そういう訳にはいかないよ」
「予定通リノ動キデスネ、デモ、半平サンノ動キハ確率的ニ考エルト愚カデス」
「きついこと言うね」
右後方から山川先輩のシロガネ『ハヤブサ』とジョーのWMT『ヘル・パーシング』が距離を詰めてきている。十分、徹甲弾の効く範囲まで上がってきてくれているのは、とても心強かった。
相手の出方を見極めるのが斥候の僕の役目だ。前方に横断するように広がるクレバスに注意しながら僕は少しずつ機体を進めていく。
「半平サン、アウトデス、囲マレマシタ、ヤハリ愚カデスネ」
「!」
モニターは敵の姿をアウトラインで示す赤一色で染まる。クレバスから這い出てくる敵の数は予想以上だった。
「会敵!」
口の中が乾く僕の声は、この時、裏返っていたかもしれない……。
敵の数はみるみるうちに増えてくる。
「半平、大丈夫だ、見えている!」
「最初のキルは俺がいただきまぁーす!」
ハヤブサとヘル・パーシングは、クレバス周辺に砲撃をしてくれているようだ、雪の壁の向こうで発光が続き、止まずに吹き付けてくる風の色が白色から灰色へと変わってきた。
「チドリ、セキレイ、アオサギ、シラサギはFE二八五防衛地点まで西に展開しつつ前進、フランソワの『ルクレールE』と和賀のトキは、榴弾による目標への遠距離射撃を継続」
もう覚悟を決めたのだろうか、さっきまでの緊張感が抜けた力強い声で、彩胡姉は僕たちに指示を出してくれる。
みんなの援護射撃は、目前にある『モスキート』を守るようにして正確に着弾している。
「うわっ」
『アイギス』の盾に今まで味わったことのないほどの衝撃が加わる。見ると、サブモニターの耐久値を示す数字がたった一撃で十五パーセントも下がっていた。
「アト二撃デ破断シマス」
「もたせてみせる」
「目標四、八、十三ノ照準ニハイリマシタ、回避不能デス」
「わかってる!」
(ごめん……ピリカ……僕は早く帰れそうにないよ……)
とうとう始まってしまった。
南極での出来事……それはゲームとはほど遠い、狂った世界だった。
(二)
僕たちを乗せた『クガネ』という空母は、想像以上に大きく、船というより小さな街のようだった。船内は長期の航海に耐えられるよう、燃料や食料、資材などが所狭しと積み込まれていた。また、普通の空母とは違って、航空用カタパルトがなく、甲板に三連の砲塔が前後それぞれ二門ずつ、側面に対空機銃が設置されている。船というより巨大要塞であった。
僕たちにはベッドと机だけが設置してある一人用の居住室が割り与えられたが、快適だった寮の時とは違い、窓がなく、まるで独房のような作りだった。この部屋には入る度、どちらかというと、僕たちは国の代表なんていう名誉あるものではなく、一つの荷物のようになった気分だった。
艦長の小栗大佐は出港式の時だけ、一度、姿を見ることができた。足にハンディがあるようだったけれど、思っていたよりも若くて、山川先輩なんかはとても驚いていた。
僕たちは乗船してすぐ、睡眠と食事の時間を除き、ほぼ一日中、実際のシロガネのコクピットに搭乗させられ『リアルシミュレーター』による訓練に明け暮れていた。
「今日から、お前たちそれぞれの機体に搭載した『玉梓』システムを起動させる、マニュアルで伝えたとおり、それぞれの脳に直接リンクするが動揺するな、受け入れろ」
(玉梓……)
軍事教官からの通信を聞きながら、僕は『玉梓』というシステムがいったいどんなものか、どんな感じになるか、ちょっと不安にかられながらも、興味があった。
少し重くなったヘルメットは、今までかぶっていた物とは違って、表面はなめらかになったけれど、頭全体が吸われているような感覚になる。
「システム起動五秒前……」
カウントがゼロになると、コクピット内が、薄緑色の光に包まれていった。
「蛍……」
僕は初夏にみんなで行ったキャンプの時を思い出していた。休日を使って、三笠班のみんなで川辺のキャンプ場でカレーを作ったり、蛍を追ったり、とても楽しかった思い出しかない。
ピリカの手のひらに包まれたとったばかりの蛍。
熱くも眩しくもないその不思議な光は、小さい手でつくったゆりかごの中を照らしている。
(ピリカね、この光大好き、ほら、こうして……空に放すと流れ星のようになるの)
(流れ星……本当だ……そう見えるね)
(お星様だらけだぁー)
数百という数の蛍が下草や樹木の茂みから飛び立ち、僕らを見下ろしていく。
戻りたい……あの時に……みんな笑っていた頃に……。
(三)
「月形搭乗員、マインドストレス数値減少、シロガネ全機能出力突出」
訓練に立ち会っていた技術関係者らは半平の能力値に驚くしかなかった。
「検体でも、これだけの数値が出たことはありません」
「他の搭乗員は?」
「月形ほどではありませんが、全ての者が検体平均値をこの一回目にしてクリアしています」
その結果に、関係者らは握手したり、肩をたたき合ってして興奮の色が隠せない。
小栗大佐は、天井斜め上に設置されたその実験の様子を別室のスクリーンで、黙って見ていた。彼のいる部屋の三方は大きなガラス窓によって構成されている。
艦長室は『クガネ』艦橋の最上部にあった。
「ここは眺めが素晴らしい、だが、すぐにやられてしまいそうだ、まさにここをシュートしてほしいと全裸に近いアダムのようですね、日本人の非合理的な精神は未だにわからない」
窓の前で下を見下ろしていた背の高い男は、そう言いながら振り向き、スクリーンに目をやった。
「その非合理的な者たちが創り上げる日本の兵器……やっぱり後出しでゼロファイターやヤマトをつくった歴史は嘘じゃありませんね、ジョーの『ヘル・パーシング』やフランソワの『ルクレール』は、玉梓が起動したシロガネと比較すると、ただの玩具だ。もちろんその技術情報、すぐにいただけるんでしょうね、我が国に……」
馴れ馴れしく話しかけきた赤毛の青年は、アメリカ海軍の制服に身を包んでいる。
「鈍重な機体を好む、お前たちの趣味に合えばな」
「十分ですとも、これまでと同じように、投資を継続するとたった今、連絡が入ったばかりです。でも不思議なものですね、どうしてこのような東の小国に、いつも最高の技術が生まれるのか」
机上のパネルに小栗が触れるとスクリーンの格納庫からの中継映像が切れ、青い空を映しだす。
「お前たちの国の猫は強いが、ネズミには苦戦している、あえて理由を言うのならそういうことだ」
青年は大佐の答えを聞くや、大きな声で笑い出した。
「オー、その例えなら非常に納得できます、私もそのカートゥーンが大好きだった、私などはかえって猫に同情しながら見ていました。ただうちの別のネズミは世界に広がり皆に愛されています……結果を楽しみにしていてください」
「間に合えばな」
「大佐のおっしゃるとおり……間に合わなかったら、私たちに未来はない……」
青年は流れていく白い雲をいとおしそうに眺めた。
(四)
「半平すごかったな、『玉梓』っての、俺の思ったとおりの所に、すぐに動いたりするもんな、ありゃ、便利だぜ」
搭乗員専用の狭い休憩室で、中身の入ったコーラ瓶を持ったまま山川先輩は、興奮気味にしゃべっている。
「先輩、コーラ噴き出しています」
顔を横に向け机に伏しているカネトは、だるそうに指さした。
「わっ!いけねぇ」
勢いよく飲み干そうとした山川先輩は、のどを詰まらせ、目をちょっとだけ白黒させた後、大きなゲップをした。
「ぷはぁぁあ、死ぬかと思ったぜ、俺の最大の敵がこの飲み物だったとは……」
「炭酸水をあわてて飲むと心臓に負担がかかりますよ」
和賀さんのたしなめる言葉を、山川先輩は頭を掻いて照れ笑いしながら聞いている。
「なぜ、みんなは元気なのでぇすか?」
みんなが笑っている中、突然、フランソワが深刻な顔付きで質問してきた。
「えっ?別に普通通りだぜ?」
みんなはその意味について理解できなかった。ただ、隣に座っているジョーもフランソワと同じく僕らの表情を探るように見ている。
「私も別に普段と変わりありません」
カネトの言葉に、ルルや継先輩もうなずいている。
「何か、『玉梓』のことを知っているようね、フランソワ教えてくれる?この私たちの行動も報告しなくちゃいけないんでしょ、私も隠すつもりはないわ、だからあなたも知っていることを教えて欲しいの」
彩胡姉の言葉にフランソワはちょっとした戸惑いを見せた。
「私が代わりに言う」
黙っていたジョーが口を開いた。
「本国のボスから聞いていたのは、このシステムの最初の検体は狂死している」
「教師?頭でも良くなるのかぁ?」
山川先輩の顔は真面目だ。
ジョーは首を振って否定し、話を続ける。
「狂い死にさ……次の検体も、その次の検体も……君たちよりも先に選ばれていた数え切れない人間が命を落としている……そして三か月前、最後の検体は実験機のシステムに取り込まれたまま精神崩壊した……遊園地にはないナンバーテン(最高)なマシンシステムだ」
「俺たち、そんなやべぇもんに乗せられたのかぁ?だから、ジョーやフランソワは今日、乗らなかったのか」
そこにいたみんなは、山川先輩と同じ感想をもったと思う。
「本国から禁止されているからね、でも、みんな大丈夫だったってことは、短期間のうちに改良されて、システムのバージョンがアップしたことが理由なのかもしれない……でも考えられない」
普段あまり見せることのない陰気なジョーの言葉を信じるしかなかった僕には、まだ聞きたいことがあった。
「もっと知っていることを教えてもらえないか?こういう危険なシステムを使わなかったら他の国の人たちと戦うことはできないのか?」
「オー、みんなは本当に知らなかったのかい!」
僕の質問を聞いたジョーはいきなり立ち上がって両手で頭を抱えた。フランソワはあきれたような顔で両手を左右に広げ、首を軽く横に傾けた。
「やっぱり東洋人は犬のように上からの言いなりで動くのね、でも、そういうところがある意味、素敵で可愛いけど、今度は私が教えてあげる……このスクールのことを……なぜ、全世界で開校されたのかを……なぜ、私たちがこんな場所にいるのかを……」
フランソワの瞳は輝いて見えた、多分、僕たちのこれからの予想しやすい反応を楽しみにしているのだろう。
(五)
モスキート機、救出のミッションは膠着したままである。
彩胡はいつもよりも焦っていると彼女自身理解していた。
(このままだと半平くんたちもやられる……でも、これほどのまでのジャミングレベル……)
前線からの通信が途絶えることに心配した彩胡は前線の山川ハヤブサ隊、側面の時山セキレイ隊、後方の和賀トキ隊、各隊のちょうど中間地点まで単機で前進していた。
「彩胡、情報ニナイ『クレバス』ヲ確認、危険デス、会敵率上昇」
「レーダーには何も映っていない、大丈夫、でも、この電波障害の原因は何なの」
「解析不能デス、今マデノ会敵パターンニハアリマセン」
「向こうはこっちの技術を既に利用しているか……『玉梓』、半平くの補則を継続して」
(水鳥の立ちの急ぎに父母に 物言はず来けにて今ぞ悔しき)
突然、彩胡の視界にくずし文字が浮かび消えた。
「何?」
(天の海に雲の波立ち月の船 星の林に漕ぎ隠る見ゆ)
「彩胡イケマセン」
彩胡の『玉梓』は、今までにない警告音を発した。
(今ぞ悔しき……)
「聴クナ!聴クナ!」
コクピットでは『玉梓』の発するアラートが鳴り続ける。
彩胡の身体は、瞬きすらせず、氷のようにかたまった。
西に迂回していたルルの隊は、彩胡からの指示が下りてこないことに動揺していた。
「全然、前が見えないじゃないの!状況を教えてよ、私の『玉梓』さっきから機嫌悪いのよ!」
ピリカに替わって、チドリを操る蝶子は、吹き荒れる天候とままならない今の状態に悪態をついた。
「撃破確認できません」
「彩胡さん、指示を!」
彩胡からの通信が数分前から突然途絶えている。
(電波妨害?)
「『玉梓』教えて、どうして通信が回復しないの!」
「ワカリマセン、システムハ正常デス、パイロットニヨル障害デス」
「彩胡さんに一体なにがあったの」
「ワカリマセン、機体二損傷アリマセン」
ルルの問いに『玉梓』は冷静に状況を知らせるだけであった。
「彩胡さんのキジ、確認!」
カネトはサブモニターに動き出したキジを示す光点を見付けた。
しかし、その光点は高速で山川たちのいる地点に移動を始めた。
「彩胡さん、どうしたの!囲まれちゃうぞ!」
継の声は届いていない。
「和賀さん、どうしたら!」
「モスキート救出を断念、山川ハヤブサ隊の援護を最優先にします」
「彩胡さんは?」
「全機前進してください、十五分後に『ビッグ・モス』による空爆支援が始まります……」
「だから、どうすんだよ!」
継は叫んだ。
「継さん、彩胡さんはもうあの唄を聴いてしまいました……」
和賀の言葉は全員を一瞬にして沈黙させた。
(六)
『クガネ』第一艦橋の司令室は、彩胡キジ機の異常を当然なまでに受け止めていた。
「やはり『玉梓』でも防げませんでしたな」
年老いた副長は艦長席に座る大佐へ振り返り仰ぎ見た。
「あの子は大人になりすぎた……ミッション中止、全機下がらせろ、ここで他のシロガネを失いたくない、髙森彩胡のシロガネを可能な限り撃破せよ」
「はい、ミッション中止、キジ自軍識別信号外します」
副長は大佐の言葉を復唱し、関係の兵に対し、細かく指示を飛ばした。
「『ビッグ・モス』異常なし、着弾点補足中との入電」
メインモニターの映像は、前線の様子から大気圏外に漂う巨大な人工衛星の映像に切り替わった。
青い海と白い雲のコントラストが美しい地球が背景に広がっている。
ヨーロッパ連合のシンボルマークが側面に大きく描かれたその衛星の下部には、その大きさの半分を占めるほどの円柱型の筒が備わっていた。
「防護殻開放しました」
円柱を覆っていた金属壁が先端部から順に次々と外れ、地上に向かって落下を始めた。大気圏内に落ちる殻の一部は光を湛えながら消えていく。むき出しになった衛星下部には、鍾乳石のような巨大なミサイルが設置されていた。
その存在を知っていたとはいえ、『クガネ』の司令室にいる若い兵は実際に中継されている映像に驚きの声を漏らした。
「連合中央指令室は、本艦からの信号を待っています」
「待たせておけ」
大佐は肩肘をつき、左手をあごの下に添えた姿勢のまま、映像を注視している。
「着弾可能限界時間まで十二分三十秒!時間はわずかです!」
「うろたえるな!」
大佐の一喝に、場の緊張に飲まれていた兵は我を取り戻した。
(七)
司令室やみんなからの情報は遮断されたままだった、唯一、近距離にいる山川先輩とジョーの声だけが、ノイズ混じりでかすかに聞こえてくる。
「半平、まだ大丈夫か!」
「はい!でも、『モスキート』まで近付けません」
支援攻撃を継続しながら、ジョーと山川先輩の機体は段々と近付く。遠距離砲撃で出来た氷の割れ目に機体を隠すことができたので、何とか撃墜されないでいたけれども、時間の問題だ。
吹雪がひどく、これだけ近距離でもまだ肉眼で敵を目視できないけれど、敵の接近を告げるアラートと『玉梓』の増加する敵の数の報告だけは、虎穴に入っていることを僕に実感させてくれた。
「山川、半平、招待していないゲストがキタネ」
ジョーからの通信だ。僕は、外国部隊の援護が来たと思った……でも、それは誤りすぎる誤りだった。
「彩胡さんじゃないか!そんな作戦聞いていないぞ!まだ通信は回復していないのか!」
先輩の言うとおり、ラインだけで描かれた機影は彩胡姉の乗る『シロガネ』だった、翼と索敵ユニットが装着されている特徴から間違いない、だけど、いつもはレーダーに同時に示される機体識別番号が表示されていなかった。
「彩胡姉!危険です!」
直進を続ける彩胡姉に通信が届いているかいないかは分からない、でも、僕に黙っていることなんてできる訳がない。
「手遅レデス、背後カラノ攻撃ニモ注意シテクダサイ」
「何が?」
『玉梓』の言う意味は僕には分からなかった。
「だって、止めないとやられる!」
「彩胡ハ、南極の唄を聴き、浸食サレマシタ、玉梓モ同時ニ消滅、精神融合ガ始マッテイマス」
「!」
「半平、今ナラ右後方三十度ノ氷断面ニ沿ッテ後退デキマス」
敵も彩胡姉の存在に気付いたのだろう、攻撃パターンが変わった。
(私と和賀がおかしくなったら、全員私たちのことを遠慮なく撃つこと……)
彩胡姉は、この事態をずっと前から予測していた……今になって彩胡姉のトランプの時の言葉を思い出した僕はあまりにも情けないと思った。
「遠慮なくなんて……できない……できないじゃないか」
盾の上半分が破壊され金属片が暴風にのり後方に散っていった。
「味方ノ二機ト三分後、合流デキマス、全軍撤退ノ可能性アリ、デキルダケ後退シテクダサイ」
「彩胡さんに合流し、救助する」
「正気デスカ」
「正気だからそうするんだ!」
モスキートも救助できなかった僕に、彩胡姉を救助できる可能性は低いと思う、でも、そうしなければ、こんな所で僕は僕でいられないと思った。
(八)
ジョーの『ヘル・パーシング』は、半平への支援攻撃を止め、使用していた連射型のライフルを背中のアタッチメントに戻し、銃身が長い、スナイパーライフルへと武装を変更した。ライフル横のレバーを手前いっぱい引くと銃身に射撃可能を告げる蒼い光が流れた。
ジョーはメインモニターとライフルのスコープとを連動させると、肉眼では見えない彩胡の機影が照準の中心に赤く浮かび上がった。
「可愛いくて、強い彩胡、私が君の運命ごと全部受け止めてやる、心配しないでいい、君は間違いなくヘヴンに行くよ」
砲撃数が減ったその微妙な動きを、山川はすぐに気付いた。
「ジョー!てめぇ、何してやがる!」
「止めないでほしい、この特別追加ミッションは、君の国と既に契約済みだ」
「何だと!」
「だって、君たちにあの子は撃てないだろ」
彩胡の機体は、なおも接近してくる。
(シュート!)
ジョーの『ヘル・パーシング』が放ったライフル弾は、吹雪の渦に飲まれていく。
彩胡は、機体を軽く横に滑らせ回避した。
「やめろ!やめろって!」
山川の止める声にジョーは従わず、彩胡の機体がある方向へ射撃姿勢を続けた。
「さすが、リーダー、秘められた能力は想像以上……でも、『玉梓』の支援がないシロガネは所詮鉄の人形だ」
次弾は、彩胡の機体の左上部の安定翼を撃ち抜いた。高速移動していた彼女の機体はバランスを崩し、氷の地面に激突した。
山川は自機を後退させ、ジョーの機体の前に立たせた。
「まだ、そうと決まった訳じゃねぇだろ!俺がどうにかする!」
「どうにか?識別信号がなくなったら、どうするか訓練で散々やっただろ、このクエスチョンにアンサーは一つだけだ」
立ち上がろうとした彩胡の機体に、また一弾、ジョーの放ったライフル弾が山川の機体をかすめ、撃ち込まれる。弾が背部の索敵ユニットを貫通すると小規模な爆発が起きた。
「これも命令だよ、早くしないと奴らの渦に飲まれる」
「うるせー!」
ジョーは自分の機体がターゲットになっているアラートを聞いた。
「命令違反だ、やめろジャップ!」
山川のコクピット内では『玉梓』がずっと警告を発している。
「山川、コレ以上、『パーシング』ノ射撃妨害ヲ続ケルト、全システムヲコチラニ移行サセマス」
「うるせー『玉梓』……ガタガタ言うと、お前からぶち壊す、仲間を信じられない奴は誰であろうと俺は信じない」
山川は本気だった。
「先輩!『キジ』と接触します!」
半平の声だった。ブリザードの白色の中から半平の銀色の機体が現れ、倒れている彩胡の機体と接触した。半平の機体は、彩胡の機体を抱きかかえるようにして起こした。
「彩胡姉!」
接触通信を行っても、返事はない。半平は自分のコクピットから出ようとしたが、『玉梓』は操作エラーを出した。
「開けろ!玉梓!」
「彼女ハ、アナタガコクピットシールドヲ開放スル瞬間ヲ狙ッテイマス」
「そんなこと彩胡姉がやる訳ないだろ!早く開けろ」
「見テイテクダサイ」
『玉梓』が一番外側の耐寒用シールドだけを開放した瞬間、それまで動かなかった彩胡の『キジ』が突然起動し、左拳で半平機のコクピット部分を殴打しようとした。しかし、ほんの僅かの差で、自動制御された半平機の右掌が受け止めた。そのショックに半平機は上半身が大きく後ろに傾き、指にあたる部位が欠損した。
「スグニ離レテ、時間モ迫ッテイマス、ソノ中ニイルノハモウ彩胡デハアリマセン、近クノ敵モ唄ヲ歌イダシマシタ……」
「何なんだよ!唄なんて聞こえないだろ!」
「イエ、新シイ仲間ヲ歓迎スル唄デス……私ニハヨク聞コエマス、歓喜ノ唄ガ……」
「くっ!」
半平機は背中のノズルを噴出させ、斜め後方に機体を移動させた。吹雪の衣をまとったように見える彩胡の『キジ』はゆっくりとその場に立ち上がった。機体の表面がわずかに赤く発光している。
「あの光……」
日本の演習場で起きた『天底二号』の暴走事件が半平の脳裏をよぎった。
「オー!」
山川機と彩胡機に気を取られていたジョーの悲鳴と共に彼の『パーシング』がノイズに覆われた緊急信号を発した。彼の機体の周囲には半平の位置から確認できない何かが数体絡みついている。
「何やってんだ!」
山川は自分の危険を顧みず、すぐにジョーの機体へと接近した。ジョーの『パーシング』はライフルを握った右腕を肩からもがれ、オイルを血のように噴き出していた。
「ソーリー、山川……」
ジョーの声は負傷していたためか、絶えだえであった。
「気にするな、俺たちは仲間じゃねぇか!しかし、こんなに速いなんて、まるでゴキブリだな、こいつらは!」
山川は接近射撃で、素早く姿を移動する敵を狙い撃ったが弾は無情にも逸れていく。雪原に倒れた『パーシング』にはなおも攻撃が加えられ、皮肉にも自分の方が撃墜寸前に陥っていた。既に彩胡の機影は暴風雪の中に消えている。
「半平!聞こえるか!」
「はい、先輩!」
「俺が一時ここで押さえる!ジョーを連れて緊急後退しろ!」
「先輩は!」
「すぐに追いつく!早くしろ!」
半平は山川に言われるまま、ジョーの頭部とボディーしか残っていない機体を両腕に抱え込むようにして回収した。
「飛べ!半平!俺は必ず戻る!それがヒーローだからな!」
「はい!」
「全燃料噴射シマス、耐圧姿勢」
背部の燃料タンクがノズル上部に直結した瞬間、凄まじい勢いとなって火柱を噴出させた。その推進力と暴風の翼にかかる力は強く、山川機と半平機の距離は見る間に離れていく。
最後に半平が見た山川機は、攻撃を継続したままその場から移動する様子がない。
「先輩!」
白い雪と厚い空気の壁によって半平と山川の間に長城を築いていく。その時になって、半平は山川の行動の意味に疑問をもった。
「半……こちら、セキレ……」
ルルの声が段々とクリアになっていく。
「半平くん!緊急待避です!『ビッグ・モス』が卵を落とします!」
「ルル!先輩が……まだ山川先輩が……」
彼らの動きを観察していたかのように衛星軌道上に漂う攻撃衛星『ビッグ・モス』は、南極の戦場へ向け超大型ミサイルを射出した。
「各機対ショック姿勢!半……は……」
和賀の通信が途切れた数十秒後、大きな衝撃波に続き、氷の巨大な波が南極海上の戦闘空母『クガネ』の船体を飲み込んでいった。