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みどりの吸血鬼  作者: 村田天
第一章:愛とか、恋とか。
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6.変態の吸血鬼



 花屋敷マンションのエントランスを出たところでやたら派手な女性と鉢合わせた。

 あまり詳しくないけれど、わたしの頭の中にある水商売の女性のイメージを具現化したような見た目のひとだった。


 女性は緑を見て「あら」と笑った。

 近くまで来てわたしの顔を覗き込んで「あら、あなたはちがうのね」と目を軽く見開いた。「似ているのに」と呟くようにこぼす。


「あたしは三神」


 女は勝手に自己紹介してニィッと笑う。その顔を見て、この女性も吸血人間だと分かる。吸血人間は笑い方が、なんだかみんな特徴的なのだ。下手くそっていうか。どことなくいびつ。人形みたいで、どことなくヒトっぽくない。長年緑を見てきて感じるどことない違和感、年齢や性別もちがっていても、彼らは皆それをちゃんと持っている。


 三神は緑を上から下まで眺めてまたニヤニヤと笑った。


「ねえ、園部の童貞オヤジ、あんたにも金払って吸わせてるの?」


「どう……て?」


 なんだかびっくりする単語が一気にふたつも飛び込んで来て、わたしが発したわけでもないのに何故だか恥ずかしくなる。緑の顔をそっと見たけれど無表情だった。こいつには意味が分かってるかも疑わしい。


「あー、赤くなっちゃって、かわいー! だってあのオヤジ、吸血鬼の癖に血液を吸ったことないって言うんだから、それってドーテーみたいなモンでしょ。そのくせ吸って欲しいとか言うからマジでウケる。てかあいつ、美少年もイケルんだ」


 三神はやたらとハイテンションでウケるウケるとはしゃいだ。


「ね、そうなの? もしかしてショーバイ仇?」


 三神は笑いながら緑に詰め寄る。


「いえ、その……わたし達は……見せて欲しいと……言われて」


 早く帰りたかったので緑の前に出て、モゴモゴと説明すると三神はさらに激しくケタケタと笑った。


「マジで? チョー気持ち悪いんだけど!どこまで屈折してんだよあいつ! なんで自分で吸わないんだよ!」


 ケタケタと高い声で笑う。笑い声はなかなか止まない。笑い上戸なのかもしれない。それか自分の笑い声につられて笑ってる感じがする。


「ハー、ほんっと……相変わらず気持ち悪い変態オヤジね」


 彼女がそう吐き出すのを見ていたら、園部にモヤモヤと抱いていた違和感の正体に気付いた。園部は確かに緑のお仲間には違いないのだろうけれど、そうだ。あれは、なんというか、シンプルに言って変態だ。目の前の女性も奔放そうだけれど変態性は薄そうなので、こちらは“享楽的な吸血鬼”と言ったとこだろう。


 三神は緑がでく人形のような反応しか返さないので途中からはもうわたしに向かって色々聞いてくるようになった。


「えーお金もらわなかったの? もったいなーい! あんな奴が持ってたってしかたがないのに! もらえばよかったのに!」


 正直気持ち悪くて、とてももらえなかった。


「あの、あなたも、血を吸ったことがあるんですか」


 わたしがそう聞いたのは苦山氏が「実際に吸血をしている吸血鬼は少ない」と言っていたからだ。


「あたしぃ?」


 三神は「かなり経験豊富」と笑ってみせた。


 挑発するような笑みでわたしの顎に指をかけてくいと持ち上げて覗き込む。彼女の服は胸の谷間がやけに強調されていて、なんだか目のやり場に困ってしまう。


「可愛いー」


 緑がわたしの腕を引いて、自分の背後に隠すように前に出た。


「あ、独占欲つよーい。でもさぁ、そーいう男は捨てられるよ、重いからさぁ」


 なにが癇に障ったのか、珍しく緑が三神に対して反応をした。わたしからすると久しぶりに動いたナマケモノを見たような気持ちだ。


「べつに心配しなくてもあたし吸血の方は淡白だからさぁ……最近は金貰ってしかやってないし」


 色々と突っ込みどころのある発言だったけれど、緑がわたしの腕をぐいぐいひいて、帰ろうと促すのでとりあえずこの場は全部スルーして三神にぺこりと会釈した。


「あ、帰る? もー、まだ彼女と話してんだけどなぁ」


 三神はじゃあ今度また話そうよ、と何故だかわたしに名刺のようなものを渡してくる。とりあえず受け取って、緑に引っ張られて歩き出す。


「ねぇ」


 別れ際に三神がまた呼ぶので振り返った。


「もしかしてあなたは吸血鬼という存在に悩んでるの?」


「いえ全く」と答えた緑に三神は「あんたじゃないわよ」と鈴のような声を転がしてわたしの顔をじっと見た。


 緑と似た、園部ともどこか似た湿った土の穴のような瞳がこちらを見ていた。正直に言うと彼等吸血人間のその瞳は、呪いの人形みたいで気が滅入る。


「少し」と答える。

 そうだ。緑の存在に悩んでいるのはわたしの方だ。彼は何も気にしないし、どうだっていいのだろうけれど、わたしの方はそうではない。気になっている。


 正確にはあの初夏の日に苦山が訪ねて来て、緑に疑問を投げかけたときからかもしれない。

 もともとモヤモヤと頭に描いていた疑問がくっきりと形を得てしまって、頭に鎮座していなくならない。


「あのね、あたし達はセクシャルマイノリティと似てるの。原因不明、吸血をせずとも生きていけるけれども、本人はひとと少し違うそれをただ知っている。でも、そんなにおかしなことじゃない」


 三神は「だから、あまり悩みなさんな」と、どこか艶やかに笑った。





 帰り道、ふたりでぽつぽつと歩く。

 この間から立て続けにおかしなことばかりが起こる。最初は“哲学的な吸血鬼”の苦山だった。あの人から連鎖するように、緑の“お仲間たち”が現れて、だからわたしはそこから余計に考えるようになってしまった。


 緑は、いったい何者なのだろう、と。

 あまりに彼が考えないから、まるで代わりのように、自分のことのように考える。


 三神に帰り際に渡されたカーボン製の可愛らしい名刺を眺める。何故わたしにそれをくれたのかは不明だけれど、彼女は気軽に連絡先をばら撒くタイプに見える。教室にもそのタイプは居るがこの手のタイプは本当になんとなく、なのだ。コミュニケーションを恐れないというか、良く言えば社交的なのだろう。


 名前と電話番号とアドレスが幾つか書かれた玩具みたいな名刺を眺めて、指先でもてあそぶ。いまのところ連絡することは無いだろうけれど、緑に何かあった時の為に一応電話帳には入れておこうと考える。


「それ、捨てないの?」


 緑が横目でそんなことを言った。


「ねえ、緑はどう思う?」


「どうって、なにが……」


「吸血鬼のこと……」


「どうも思わない」


「思わない、って七月の頭から一気に三人も緑と同じようなモスキータ一族に会ったのに気にならないの?」


「べつに気にならない」


「自分のことじゃない!」


「そう、ぼくのことだ。だから真白が気にすることはない」


「何そのいいぐさ!」


 確かに直接的には関係ないけれど、毎日ひとの血吸っておいて、あまりに薄情なんじゃないか。けれど思った後で、これは緑だと思い直す。義理人情温かみの類を期待するのが間違いだ。

 ここは冷静に。わたしだって関係者なのだということを主張しようと口を開く。


「でもさ、わたしは緑の……」


 緑がものも言わずわたしに視線を向けた。

 そこで言葉に詰まってしまう。

 リズムが崩れたのかなんなのか、頭が言おうとしていた言葉を忘れてしまった。新しく探そうとして、簡単な疑問にぶちあたる。


 わたしは、緑の何だと言うのだろう。


「真白……緑君?」


 マンションの前で膨らんだエコバッグを持ったお母さんに声をかけられた。


「今日学校お昼まででしょう? ふたりでどこか行ってたの?」


「うん……」


「お昼はちゃんと食べたの? 緑くんも……あら」


 言いかけて緑を軽く見上げて口をつぐむ。


「どうかした?」


「ううん、ずいぶんと背が伸びたわね……」


 言われて緑を見上げる。いつと比べてるのか知らないが、確かに彼の背は伸びている。横には肉が付きにくいが、そちらも以前とくらべたら多少がっしりしてきた。


「ふたりとも、もう夕飯よ」と言われて、揃ってわたしの家に入った。今週は緑の家は留守だから。彼は夕ご飯はいつもうちで食べている。だから母だって緑のことを普段からよく見てるはずなのに。外で立って見ることが少ないからだろうか、ずいぶんと驚いていた。






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