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みどりの吸血鬼  作者: 村田天
第一章:愛とか、恋とか。
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5.成金の吸血鬼


 夏休み中、“成金の吸血鬼”の園部に会った。


 登校日の帰り、蒸し暑い踏切待ち。


 かん、かん、かん、かん。


 わたしと緑は電車が通り過ぎるのを黙って待ち。通り過ぎたその向かい側に、饅頭を持って立っていたのが園部だった。


 彼はこちらを見てニッコリと笑った。


 男は夏も終わりだと言うのに汗をまるでかいていなかった。つるりとした質感の頬に丸い眼鏡、似合わない派手なスーツ。ひとめ見て、くいだおれ人形みたいな人だなと思った。


「失礼、同類の方ですよね?」


 緑は無愛想な瞳をくいだおれ人形にやったが、ふいと顔を逸らした。しょうがないのでわたしの方が返事した。


「あなたもですか?」


「ええ」


 その男性はやたらと巻き舌で「ヴァンパイヤァー」と発音した。口を閉じた時に唾液がちゃくっと音を立てた。何故だか駅前留学のポスターが頭に浮かんだ。


 そのまま目の前を通り過ぎようとすると慌てて止められた。


「ちょ、ちょ、ちょっとちょっと!」


「あれ、何か用があったんですか?」


 たまたま偶然会ったかと思いきや男はわたしと緑を訪ねて来たらしい。こくこくと頷く。おまけに何故だか手に持った箱を開けて饅頭を勧めてきた。すぐ近くにある“すたーまんじう”の刻印が入ってる。買ったばかりっぽいし、これは食べても大丈夫だろうと頂くことにした。緑もちゃっかりと手を伸ばす。さっきまで無視していたくせに。


「ビターマウンテンさんのブログで見ましたよ」


「びたー……まうんて」


「あれ? もしかしてご存知ない?」


 わざとらしくぱちんと指を弾かれて、暫く思考する。わたしが緑の同類で連想するのはひとりだけだ。ビターマウンテンというのは、もしかして苦山氏のことだろうか。あのおじさん顔に似合わずブログとか書いてるのか。勝手に書かれてるのか。ていうかどこまで個人情報書かれてるのか気になる。


「 私、愛読してるんですよ。彼は同族と会うとレポを上げるんです。そこに君たちのことが書いてあったんです。読んだらもう気になっちゃって! だって高校生の美少年が幼馴染の美少女相手に毎日吸血してたとかあったら超気になるじゃないですか! あの人また文体がビミョーに堅くて古くさいからエログロっぽくてそこがまた非常に掻き立てられるんですよ」


「えぇ……」


「後で見てみるといいです。彼のブログ、ナカナカ良いですよ。ニーチェの引用なんかが散りばめられていて、ナカナカ哲学的で。しかし随所はエンタメで、そこは外してない。あっ、もちろん名前や住所などの個人情報は載せてませんよ。そもそも普通の人は“吸血鬼と会って来たレポ”なんてまずフィクションとしてしか読みませんし! 君達のことは興味がわいたから私が個人的に調べただけで。いっやぁひと目見て分かりました!」


 苦山氏と顔はまるで似ていないのに、どこかいびつな表情でこうやって堰を切ったようにしゃべる様はやはりどこか似ている。

 背中を小さくトントンされて振り向くと緑が饅頭をもぐもぐしながらわたしの鞄を軽くひっぱるので、いつもいれてる水筒のお茶を出して渡す。


「調べたって……」


「いえね、簡単なことです。直前の記事にアップされてたビタ山グルメ情報のお薦め記事のお店がこの辺りだったんで、私の家は近所だしもしやと思って来てみたんです。でも見つからないし諦めてグルメ情報にあったお饅頭買って帰ろうとしたところでキミたちを発見しました。ひと目見て分かりました」


 ほとんど偶然じゃないか。ひと目見て分かるのは同類の特徴でしかないし、少しホッとした。


 わたしと緑は園部の家に招待された。

 なにやら「相談がある」らしい。

 緑は面倒くさいと嫌がったがわたしが行くと言うとしぶしぶ着いて来た。呼ばれたのは彼の方なので妙な感じではあるが、わたし達はいつもこんな感じだ。





 ここ数年で急速に進んだ街の開発はわたし達の住むあたりまではまだ来ていない。この辺りは駅前も自動販売機とコンビニくらいで何も無かったけれど、ひと駅先の室町駅前の園部のマンションは金ピカだった。「デザイナーズなんですよ」ということだったけれど、やたらと賑やかで派手なデザインのそれはわたしに花屋敷を連想させた。

 玄関を入ってすぐのところにある噴水と中央にいる金ピカのヴィーナス像の顔がミスなのか狙いなのか、妙に太っていて笑える。

 園部さんのマンションは、何故呼ばれたのか。そんなことを忘れそうになるインパクトがあった。


 やたらとだだっ広い大理石の部屋の真ん中にある応接セットにわたしと緑は腰掛けていた。部屋の隅には銀色の騎士の甲冑がフルセットで立っているし、壁には鹿の頭とかある。コンセプトが色々謎だ。子供のころからお金持ちに憧れていた人が急にお金を手にしたら、あるいはこんな頭の悪い部屋が出来上がるかもしれない。


 目の前にやたら持ち手の細いティーカップが、かちょんと置かれて顔を上げる。執事でもいそうな雰囲気だったけれど、置いたのは食いだおれ園部本人だった。


「失礼。いつもは使いの者がいるんですけれど、あまり聞かれたくない話ですから」


 あ、やっぱりいたんだ。お手伝いさん。でもこの人が雇わないはずはないし、たぶん男も女も趣味の悪い制服を着用してるだろうと思う。


 そうして何故か金箔のこぼしてあるケーキが置かれて、彼はわたし達の目の前に座った。とてもニコニコして言う。


「先程言いましたっけ、私は園部太郎と申します。ヴァンパイヤァアー、ですね」


「はぁ」


 わたしは口を開けて頷いた。やっぱりすごい巻き舌だ、と思う。


 目の前に名刺が置かれる。横文字でITコンサルタントと書いてある。金縁の分厚い紙で出来た名刺だった。具体的にどんな仕事なのかはよく知らないけれど、儲かってはいるのだろう。逆にそれくらいしか分からない。


 緑はケーキをフォークでつついている。テカテカしたフルーツがたくさん乗っているそのケーキは確かに気になる。なるけれど他にも気になることが多すぎる。こんな中でむしろ地味なくらいのケーキに集中出来る彼に少し感心してしまう。


「相談って……なんですか」


 園部はたらりと垂れてくるひとふさの前髪を几帳面にペタペタと撫で付けた。


「いえ、実は私……人間の血液を吸ったことはまだ無いのです」


 何故かモジモジと恥ずかしげに言った園部は緑に聞く。


「たとえば佐藤さんの血液を私が吸うことについて、どう思われますか」


 緑は即座に「嫌だ」と答えた。


 園部は頷いて自らの顎をつるりと撫でる。

 わたしは緑の返答を意外に思い顔を見た。表情の薄い彼の顔はわかりやすい感情を覗かせなかった。


「理由を聞いても良いですか」


 緑は短く「生理的嫌悪」と答えた。


 もしかしてそういうものなのだろうか。吸血人間は一度飲んだ相手の血液を他の吸血鬼に飲まれるのを嫌がる。その可能性はあるが、緑しか知らないわたしには分かりようがない。


「佐藤さんはどうですか?」


 どうとは、わたしの血液を園部が吸うことについてだろうか。

 わたしに向きなおって聞きなおすので「知らないひとはちょっと」と答えた。至極真っ当な答えだと思う。わたしは血液に限らず、知らない人と同じジュースの缶とか、知らない人と手を繋げとかも、無理な方なのだ。


「いいんです。ほんとのところ、私は吸わせて頂く気はありませんでしたから」


「そのう……その代わり」と言った園部の眼球が大げさにぐりんと動いた。


「見せていただけませんか?」


「……はい?」


 言われて緑と顔を見あわす。ついでに緑の口の端に付いたケーキのクリームを指で拭ってやる。


「ですからそのー……緑君が佐藤さんの血液を吸うところを」


「え、えぇ〜」


 そんなことは緑とわたしの間では、幼い頃から数えきれないくらいにして来たことだ。しかし、当たり前だがひとに見せたことは無い。なんとなく、抵抗がある。


「いえその、私、この体質になってからもずっと決心がつかなくて」


「……何の」


「いやそのお、他人様の血液を吸う気持ちにナカナカなれなくてですね、その、吸わずとも生きて行けますし、でもやはりこういった体質に対して何も思わないというのもナカナカ難しいものでして……この間は思い切って同類の方に吸って頂きました」


 園部がどこか嬉しそうに言う。


「吸って……もらった?」


「ハイ! やっぱり痛くないのかとか、具合が悪くならないのかとか、ナカナカ気になるじゃないですか」


 もしかしてすごく優しいひとなのだろうか。確かに、わたしと緑の間では物心つく前から当たり前に行われて来たけれど、そうでなければ吸血はためらうべき行為だろう。副作用とか、感染らないかとか、色々気にもなるかもしれない。


 園部は目の前に封筒を置いた。


「これでなんとか」


 中をちらっとあらためると札束が覗く。うわ。控えめに言ってドン引き。


「いりません」


 突っ返すと「たのむよ!」と詰め寄ってくる。すごく気持ち悪く感じてしまった。緑を見ると細めた目でふぅ、と息を吐いた。


 それから「さっさとすませて帰ろう」とわたしの手をひいた。


「わ、」


 緑がわたしの身体を引き寄せて、首すじにぱくりと噛み付いた。相変わらず痛みは殆ど無い。けれどいつもの血液が外に出ていく感覚はあって、頭がぼんやりする。だけど今日は吸血されることに集中出来ない。ぐったりと身体の力が抜けて、それを支える緑の手が腰に回されて、骨っぽい、と感じた。


「アァ! そうやるんですか! アァ! なるほど! いいですねぇ!」


 園部が興奮しながら大急ぎで近寄って来た。ドタドタと走りながら緑の顔を見たり、わたしの側に回ったりと色んな角度からわたし達を観察する。

 これに限らないけれど何気ない行動も人が見てると緊張してすごく落ち着かない。妙な恥ずかしさも感じる。早く終わらないかなと思ったけれど、いつもより長く感じた。


 夢のような出来事だった。悪い意味で。


 なんとかその場を抜け出して、あの成金部屋を頭に思い返す。


 園部はもしかしたらずっと、何かが欲しくてたまらない人に感じる。それなのに吸血だけはあれほど興味があるのにしていない。金の力でなんとでも出来そうなものなのに。まるで手に入れたら失ってしまう最後の欲望のように、大事にしまっているのだ。





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