三神亜希子について。
まだ小さかったあの日。
車に揺られて遠くへ行った。
場所なんて覚えていないけれど、窓の外の暗闇にいくつもの光が等間隔に走り抜けていく。
車の中は生暖かくて、わたしはまどろんでいる。
*
「それ、コーソクじゃない?」
「えっ、」
「どこの道とかじゃなくて高速道路、ちょうど暗くなってきたし行ってみる?」
三神が車を発進させて、景色が動き出す。
今日は三神と遊んでいた。緑はいまだに嫌がるけれど数少ないわたしの女友達なのだ。そこは禁止されたくない。彼女とはたまに会って、お互いの恋話やくだらない話をしている。年齢は離れているけれど、楽しいし。なにしろ友達には国籍も年齢も性別も関係ないらしいから。
緑に血を吸われて、ぼんやり思い出したその日の記憶をこんな風に、一緒に辿って探したりすることもある。
等間隔に並ぶ高速のライト、遠くに広がる景色はどことなくちがう感じだったけれど、それでもどこか懐かしく感じられて、好きだと思えるものだった。
「そうかも」
似てるかも。だって眠くなりそう。
ハンドルを握りながら三神が「ねー」とこぼす。
「あたし別れたの」
「え、あ、ほんとに?」
三神は七年間付き合った不倫相手とようやく別れたようだ。毎回会うたび別れる別れる言っていたけれど、今度は声のトーンからして本当なのだろう。
「あたしの婚期、三十代の青春、全部馬鹿みたい……」
「ねぇ、その人の血は、吸ったことあった?」
わたしは三神が前に言った、「好きな人の血は特別」と言う言葉がずっと気になっていた。
三神は前を向いたまま薄く笑って首を振った。
「言ってないし、吸ったことない。正直好きな人に自分がバケモノですって言うなんて、考えたこともなかった」
「バケモノって……」
三神が思いのほか激しい単語を使ったのでたじろぐ。
「……あたしもこれでも色々あったのよ。だからあんた達は恵まれてる」
「……うん」
「でも、この先も言う人間は選ばなきゃ駄目」
「うん」
なんとなく、三神がわたしみたいな歳下と会ってくれている理由が分かった気がした。わたしにとっては当たり前の吸血体質だったけれど、知った上で普通に話せる人間というのが三神には案外貴重なのかもしれない。
夕方が夜に変わっていくにつれて、幼い頃に見た風景に近付いていく。
「でも、次に好きな人が出来たら、今度は吸わせてもらおうかな」
「え、そうなの?」
「なんとなく、あんた達見て思ったんだけど、あたしのこの体質、それが正しい使い道なような気もするのよ。だから今度は愛し愛される為のツールとしてつかうことにした」
言って三神は笑う。
「本当はそんなもんじゃないだろうけど、こーいうのって、どうせなら良い方に使いたいじゃない?」
確かにコンプレックスにするよりは前向きであることは確かだ。
「まー、好きな人とかより結婚相手を見つけなきゃなんだけどぉ……それは別に見つければいいか」
味気の無いことをつぶやきながらハンドルをきる三神の声を聞きながらわたしはうつらうつらとまどろんだ。
はっと目を開けると車は見慣れた景色を走っていた。携帯で時間を確認する。緑から連絡が入っていた。
「起きた? もう駅の近くよ」
「駅前に緑がいるみたいだから、そこでいい」
「んじゃ、そっちも拾って送ってやるわよ」
緑を拾って帰る道中、“げんき歯科クリニック”の上の階の灯りがついていた。診療は終わって上の階にいるのだろう。
「ねえ、まだ時間ある?」
ついでだから三神を連れて寄って行こうと思い付く。
そう言えば三神は苦山氏とは会ったことは無いし、苦山氏からしたら吸血経験豊富な三神はかなりレアなモスキータのサンプルなんじゃないだろうか。
上の階に行って直接チャイムを鳴らすとガタゴト音がしていたけれど、しばらくしていつもの丸眼鏡のおじさんが顔を出した。
三神が苦山氏の姿を見てすぐに口を開く。
「ねぇ、マシロ。そのおじさん、似てるけどちがうわよ」




