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みどりの吸血鬼  作者: 村田天
第一章:愛とか、恋とか。
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2.教室の吸血鬼



 教室での緑はとても静かだ。たいていは省エネモードで机に突っ伏して寝ている。

 非常に絡みにくい性格をしている緑は、友達はたぶんいない。浮いている割に今のところ奇跡的にいじめられたり嫌われたりはしてなさそうだ。

 たぶん緑は嫌うにはいささか影がうすく、いじめるには妙な凄みが少しあるので結果なんとなくスルーされやすいのだろうと思う。


 放課後に美化委員の用事で職員室に呼ばれていたので緑の席に寄って耳元で言う。


「職員室行ってくるから終わるまで待ってて」


 緑は相変わらず机に突っ伏したまま、ぴくりとも動かなかったけれど、いつものことだ。緑はあれで耳は良い。聞こえてはいるだろうとその場を離れる。


「なー、佐藤」


 同じ委員会の岸井君が歩きがてら声をかけてくる。


「佐藤って瀬高と付き合ってる?」


「え、いや」


 高校に入ってからこの質問をされることが飛躍的に増えた。わたしと緑が付き合っているのか、周りは何故だか確認したがる。

 中学までは、たまにあるか無いかだった。クラスには彼氏彼女がいる子もいたけれどごく一部で、少なくともわたしの周りの女子の大半は恋愛なんて、あっても片思いを楽しんだりしている程度だった。


 緑の方はわたしと付き合っているかと聞かれたときに、必ず頷く。完全に嘘だけれどそう答えた方が面倒が少ないとの判断らしい。

 けれどわたしの方は性別が女なので、付き合ってると答える方が面倒な場合がある。質問者が女子だった場合、いつから、どんなきっかけで、どんな気持ちで、どのようなつき合いをしているのか、未来のプラン二ングは、と雪崩のように追加のクエスチョンが来るのだ。


 実際のところ、わたしと緑が付き合っていようがいまいがどうだっていいじゃないかと言いたいが、緑はあれで一部にはモテなくもない。だから聞くほうからしたらどうでも良くないのかもしれない。


 わたしにとって、幼い頃からずっと何十回何百回とわたしの血液を吸った幼馴染というものは、もはや友人や恋人よりも、もしかしたら家族よりも、もっと近い、まるで自分自身のような感覚があった。思春期に入れば尚更だけれども、世の中自分のことを好きな人間ばかりじゃない。

 だから緑は、好きとか嫌いとか、そういう次元を越えて、自分と切り離せない、この先もずっと付き合っていかなければならない相手でしかなかった。

 もちろん身体はふたつあるし、わたし達は血も繋がっていない。結婚をしているわけでも約束をしているわけでもないから、そこに強制力は無い。

 けれども、血液を介したその繋がりは、緑の為にやめるわけにはいかないことで、そしてそれを繰り返している間、緑はわたしのカケラを持ってウロウロしている、やっかいなもうひとりの自分自身でしかなかった。


「瀬高って、佐藤以外とろくに話そうとしない」


 それもよく言われるが、ごく一部の時間を除いて、あいつはわたしとも話なんて殆どしない。ただ、緑とわたしは毎日待ち合わせて学校に行き、一緒に帰る。放課後と休日はわたしに用事がなければ一緒にいる。そして一日に二度、一分ほどの吸血を行う。それは幼い頃から必要だからやっていたことだし、その後一緒にいるのはただの習慣で、お互い好きだとか恋愛だとかではない。


「付き合ってないよ」


 少し迷ったけれど、わたしは普段からあまり不必要な嘘を気軽につきたいタイプではなかったので、今回は正直に答えることにした。


 岸井君は少しホッとしたような顔で笑って小さく息を吐いた。


「だよな。俺最初見たとき、おまえら双子の兄弟かと思ってて」


「え、似てる?」


 聞き返されて岸井君はほんの少し考えた。似てたかどうか、しみじみ思い返しているのかもしれない。


「顔はそこまで似てないけど……どことなくね」


 委員会の用事が無事終わったので鞄を持って緑の席に向かう。机まで行って起こそうと呼びかけようとしたときに岸井君がまたこちらに近付いたのでそちらを見た。


「なぁ、瀬高と付き合ってないんだよな」


「うん」


「じゃあオレと付き合わない?」


 びっくりして岸井君の顔をまじまじと眺めた。

 考えたことはなかったけれど、岸井君はクラスの男子の中では話しやすいし嫌いではなかった。こんなことをさらっというあたり割とませていたのが予想外だけど、好かれて嫌な感情はない。


 恋愛に全く興味がないわけではなかった。

 わたしの場合、恋愛を今まで考えてこなかったのは緑がいるからだ。

 緑は側から見たらやたらと仲の良い異性の幼馴染だ。たとえわたしの方が緑を恋愛と分けて考えていたとしても、そんなのが一緒にいる状態では異性とお付き合いはしにくいだろう。だから諦めていた、まではいかなくても、無理だし、まぁ要らないかなぁ、と思っていた。


「考えさせて」


「うん……」


 岸井君は緑の方に視線をやった。

 ほんとにいいのかなぁ、そっちは大丈夫かな? みたいな顔をして緑を見ている。

 そんな様子を見ていると、緑の近くで、聞こえる距離で告白したのは牽制というより遠慮で、わたしのことはちょっといいなぁと思うけどまだ引き返せるようなものなのだろうと思う。

 自分の中でズブズブにはまる前に気軽に付き合おうと言うあたり、やはりませていると思うけれど。要はあまりドロドロとした人間関係を好まないドライなタイプなのだろう。色んなことを一歩引いたところから見てる感じのする人だ。


 岸井君がまた緑の方を覗き込むように見たのでわたしもつられて彼を見た。

 緑が珍しく顔を上げて、ちらとこちらを見たけれど、興味なさそうにまた頭を腕に埋めた。いや起きろよ。もう帰るんだから。





 学校から帰ったら、緑とわたしはどちらかの部屋にいる。

 緑の親がいない週は彼の家に。そうではない週は仕事で帰りが遅いわたしの家に。そして合流してすぐに夕方の吸血を行う。

 吸血のあとは緑は少し活発なので、少し話をすることもある。

 その後はふたりともぼんやりしたり、各自好きなことをしていて、緑はどうだか知らないが、わたしはたまに同じ部屋にいる彼の存在を忘れていることもある。学校から帰ってからだって、友達とラインしたり、借りた漫画を読んだり、ファッションの雑誌を見たり、読みたかった本を読んだりと、やりたいことはたくさんあって忙しい。

 緑の方はぼんやりしているか、寝ているか、スマホでゲームをやっていることもある。


「真白、お菓子食べる?」


 緑は思い出したかのように鞄から綺麗にラッピングされた焼き菓子を出して来た。


「それどうしたの?」


「もらった」


「え、いらない」


 女の子からもらったものを平気であげようとするのにひいた。


「いらないなら、全部食べちゃうけど」


「……そうして」


 緑にとってはコンビニで買ったお菓子も家にあったお菓子も、女の子がくれたお菓子と等しく同じ扱いだ。それは彼にとっては変わらず“菓子”でしかない。美味いか不味いかであって、出自は影響しない。


 とはいえ彼はお菓子をくれた女の子が彼に恋愛感情で好意を持っていることをきちんと理解はしている。その上で、無神経なのだ。

 彼は他人の気持ちを思いやることがあまり出来ないし、しようとしない。他人の感情に興味が無い。その点は性格が悪い。


 その代わり、美点としては他人にも多くを求めない。たまに必要性があって他人に求めたことを拒否されても、異様に諦めは良い。期待だってほぼしない。


 だから彼は横暴ではないけれど生まれた時のまま、ずっと自己中心的だ。


 これは吸血鬼だからとかじゃなくて、昔からの彼の性格だと思っていたけれど、実際のところは分からない。もしかしたら関係があるのだろうか。今まで考えたことが無かったので分からないけれど。最近はそんなことも考える。


「ましろ」


 緑が急に小さく声を発したので見ていた雑誌から顔を上げる。わたしの方は雑誌を見ながら脇に置いたスマホで指先で友達と話しながら考えごとを複数していて、落ち着きなくせわしない。いまだって脳みその端っこでは次にどんな服を買おうか、バイトをした方が良いかなとか、色々考えている。わたしは彼とちがって他人からどう見られてるかだって、人並みに気になる。


「なに」


「お茶欲しい」


 そう言ってわたしの鞄を無造作に開けようとするので止めた。


「ちょっと」


「なに」


「わたしが出すから」


 緑の手元から鞄を取り上げた。別に見られて恥ずかしいものは入っていないけれど、最近は親や緑であっても当たり前のように鞄を開けられるのには抵抗がある。

 例えば開けてすぐに生理用品のポーチが緑の目に入ったとして、彼は何も思わないだろうし、それは分かっているけど、それでも。なんでだか、昔は気にならなかったことが、気になるのだ。


 鞄からいつも入れてる水筒のお茶を出して渡すと緑は受け取って、スマホに視線を戻した。ちょっと覗くと今日はマインスイーパのようだ。彼は単純なゲームが好きだ。



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