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みどりの吸血鬼  作者: 村田天
第二章:吸血鬼のともだち
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7.収穫



 二月、その日は校内が少し浮き足立っていた。

 バレンタインだ。校内のあちらこちらで可愛い包装の箱や、手提げの小さな紙袋を見かけた。けれど、少しばかり気にして雰囲気だけで浮き足立っていた去年までとちがって驚くほど冷静な他人事だった。友達がいないとイベントごとはつまらない。


 緑は高校生男子としてはなんとなく“綺麗”な方だからか一部にはモテる。だから彼もいくつかラッピングされたそんな箱を持っていた。ぼんやりと、彼がそれをもらうところを想像する。わたしは知っている。緑は毎年いくつかもらうけれど、お返しをしないから同じ人からは二度ともらえないんだ。


 ばかじゃないの。そんな奴にあげて。


 イライラする。

 教室の机に突っ伏して、毒づくけれど、本当はそんなイベントごとの楽しそうな雰囲気だけでも味わいたい。はじかれて寒々しい気持ちになっているのだ。


 ぶすくれた顔で目だけで教室内を観察していると武藤とばっちり目があってしまった。そして目が合った手前、彼は寄ってきた。


「佐藤はあげないのか」


 今日する世間話は当然こうなる。


「へん」


「なんだその返事」


「へっ」


「柄が一段と悪くなった」


 わたしの席の前で苦笑いしている武藤はどうやら収穫ゼロらしい。


「バレンタインの日に女子に話しかけると、いやしい人だと思われるよ」


「なんだそれ。すごい自意識過剰だな」


「悪かったね」


「ていうか、俺が佐藤に催促するわけないだろう。知ってるのに」


「えっ」


 一瞬なんのことだろうと考えて、答えに行き着く。この人、まだわたしが緑のことを好きで、しかも振られたと思っていて、なおかつ諦めきれないと勘違いしてるのか。なにその惨めな勘違い。すごいムカつく。


「ねぇ、わたし、この間二年の先輩に告白された」


「なんだそれ、なんの自慢だ」


「ただの自慢……」


 自慢でも言わないと自分を保てなさそう。


「あー。むなしい」


「じじむさい叫びをあげるなよ」


「バレンタインの気分を楽しむために武藤にでもチョコやろうかな。あげたらお返しくれる?」


「俺はそんなお歳暮みたいな面倒くさいチョコはいらない」


「うん、その前に買ってない」


 友チョコすらできない。ほんとむなしい。


「ねぇ武藤、この日、世界はモテる奴とモテない奴に分割されるよね」


「そうだな……」


 武藤が少し遠い目をした。


 昔はもっと純粋にプレゼントをするイベントだった気がする。わたしも張り切ってあげていた。定番のお父さん、あと緑に。


 それがいつからだったか、かなり早い段階で性的な、恋のイベントに変わった頃から、わたしは異性には誰にもあげていなかった。


 こういうイベントがあると否が応にでも自分の性別をはっきり意識させられる。

 初めてこのイベントのことを知ったとき、甘いものが好きなのは断然女の方なのにおかしい、と思って憤慨した。告白する側の性別が決められているのも不満に思ったし、あげなくても期待されてるようで居心地悪かったし、期待されてると女子に思われてる男子も居心地悪いだろうと思った。


「わたし、バレンタイン嫌い!」


「どうした佐藤、モテない男みたいな台詞吐いて」


 どこかへ行っていた緑が小さな箱を持って教室に帰って来るのが見えて、チャイムが鳴った。






 学校の帰りにお店に寄ると、可愛いラッピングのチョコレートがたくさん並んでいた。せっかくだから自分用に買おうかと眺める。


 お父さんに、ひとつ。チョコの詰め合わせを手に取る。むろん、自分で食べたいやつ。

 それからなんとなく思い出して、緑にチョコチップの乗ったマフィンを買った。


 可愛い包装のそれは買って持っているだけで少し浮き足立つ。


 帰り道、マンションの手前でちょうどよく緑を見かけた。声をかけようと歩調を早める。


「緑」と小さく呼びかけると振り向いて立ち止まる。

 わたしが追い付くとまたゆっくり歩き出した。あぁ、持ってる持ってる。そんなに多くはないけど、毎年必ずもらう。マニア受け物件なんだこいつ。甘党だし、彼にとっては良いイベントだろう。


 そうだ。さっき買ったものを早速思い出した。


「あのさ、」と言って紙袋を小さく持ち上げて緑の顔を見る。


「あの……」


 何故だか、本当に何故だか分からないけれど、一瞬の間があった。


 わたしはその一瞬で“なんだかこれはまるで、バレンタインに思い切ってチョコを渡そうとしてる子みたい”と思った。


 思ったらそのシチュエーションに感情移入してしまって、恥ずかしくて動けなくなった。


 あれ、そんなつもりじゃないのに。顔が赤くなる。


 短い期間に変わってしまったわたし達の関係が恥じらいに拍車をかける。


 これは緑だと思うのに、いつの間にかわたしを追い越した背だとか柔らかさを失った手とか、そんな違和感ばかりが目に入って、余計に慌てる。


 こんなテンションでモジモジ渡したらまるで、本当に、本当のバレンタインみたいだ。


 緑はどう思うのか。いつもの家族的なチョコだと気にせず受け取るのか。本当の、恋愛のチョコだと思うのか。受け取ったとして、他の子のものと同じように食べて、気にもせずに忘れるのか。考えたら余計なことで頭がいっぱいになっていく。


 止めてほしいのに顔がどんどん勝手に赤くなっていく。


 これは、まずい。


 緑が立ち止まって、こちらを覗き込むようにじっと見た。


「み、見るな!」


「えっ」


「バカ!」


「えぇっ」


 とりあえず、たまらなくなって逃げ出してしまった。

 一度だけ振り返って見た緑が思ったより困惑しているのが見えた。


 結局、家に帰ってマフィンは自分で食べてしまった。緑なんかに色々考え過ぎて渡せなかったことが、なんだか情けない。

 わたしってこんな細かいことをぐじゃぐじゃする人間だったろうか。自分がおかしくなってしまったみたいで、ほんの少しショックだった。



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