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みどりの吸血鬼  作者: 村田天
第二章:吸血鬼のともだち
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5.分割



 お昼に緑が声をかけてきた。後ろには武藤もいる。


「武藤が面白いものが見れるって」


 片言でなんとなく要領を得ないことを言われて、それでもお昼を誘われたことはわかったので、ついていくことにした。どうせ友達いないし。


 駐輪場の近くの芝生に移動すると、武藤が待ち構えていた。


 武藤の言う面白いものは、誰かの最新式自転車で、ちっとも面白くなかった。どこそこのパーツがレアだとか最新だとか、フォルムがどうたらとか、熱心に語る武藤の顔の方がまだ面白いくらいだった。緑はどちらにせよ無表情だけれど、話を聞いてたまにぽつぽつ感想や質問を挟む。なんだかんだ、しっかりちゃっかり友達している感じに疎外感が強まってしまった。


「なんか邪魔して悪いね……」


 ここのところすっかり卑屈になっていたわたしはついこぼす。


 立石に水でしゃべくっていた武藤が「何がだ」ときょとんとした顔で言葉を止めた。


「友達同士で食べてるとこに」


「瀬高と佐藤は友達じゃないのか?」


「友達だけど、性別が違うもん……」


 緑はいろんな意味で特別だけれど、女の子の友達とはやっぱり違う。


「友達に国籍も性別も年齢も関係ないだろ。関係あるのは好き嫌いくらいだ」


「それは、そうだけど……でもやっぱりたいていは関係あるもん」


 関係無く生きれるのは武藤くらいだろう。

 彼はその気になれば電子モーターや自転車とだって友達になれそうだ。


「お前らはすぐに分割したがる」と武藤は呆れたように溜息をついて言う。


「武藤だって、緑は友達でしょ?」


「ん? そうだが……」


「そしたら友達とそうでない人間を分割してない?」


 適当な反撃だったけど武藤は「ぬう……」と唸った。思いのほか効き目があって楽しい。


「違う。違うんだよ。それは分割ではなくて、名前をつけているだけだ」


 違いがいまいちわからないけど、どうでもいい。


「あと、友達には国籍も性別も年齢も関係ないけど、唯一、好き嫌いは関係する」


 よくわからない小理屈をこねて、武藤はひとり納得している。


「社会は貧富の差、学力の差、美しさの差、運動能力の差、何もかも細かく分割されている。だけど俺たちには関係ない! 皆がそれをなくせば世界は平和になる!」


 武藤のこの暑苦しさ。何か生まれる時代を間違えてやしないだろうか。

 だけど武藤は関係ないと言ったけれど、この狭い学校社会に閉じ込められたわたしたちにこそ、“分割”は関係ある気がしている。わたしたちはいつも、社会が比べなくても勝手に自分たちで比べあって、格付けしあっている。

 たとえば勉強ができる人は成績の良さで周りの人間を分割したがる。容姿に自信がある人はきっと美醜で人間を区切る。


 ちなみにわたしは今、友達がいるかいないかで、人間を区切りがちだ。


 しかし、見てると武藤は頑固なようでいて柔軟だ。どんな適当な言葉をぶつけても、一応それについて考える。考えて、理屈をこねたりすることそのものを楽しんでいる。間違いを指摘されるのを、時に喜んだりもする。

 苦手な人にはこの上なく面倒くさいタイプだけれど、案外教師とかに向いているかもしれない。あと、からかうのは面白い。これはいじりがいがある。


「武藤って女の子の好きなタイプとかあるの?」


「男でも、女でも、一応ある」


 ニヤニヤ笑いで聞くと武藤はちょっと眉根をしかめて誤魔化そうとするので「恋愛としてだよ」とさらに追い込んだ。武藤はううん、と唸る。


「ちょっと、考えさせてくれ。明日までにまとめてくる」


 そこまで詳しく知りたくない。


「参考までに佐藤はどうなんだ」


「答えたくない」


「そうきたか……」


 武藤が真ん中で黙って食べていた緑の方を向いた。


「瀬高はどうなんだ」


 緑は眠たげな目で口の中のものを飲み込んで、上を向いて三秒ほど思考した。


「……ぼくは」


「聞きたくない!」


 思わずさえぎったわたしに武藤がまた目を丸くした。


「え、なんで佐藤が聞きたくないんだ」


「なんでって……」


 なぜだかなんてわからない。でも緑の口からそんなことを聞きたくなかったのだ。


「なんでって……友達だから」


「友達の好きなタイプを聞くのが嫌なんて、聞いたことがない」


「う、うるさいな! そんなのわたしの勝手でしょ!」


「では俺にだけ聞かせてくれ」


 武藤が緑に向き直る。緑はぼんやりとした顔を武藤に向けた。


「勝手にすれば!」


 カッとなって怒鳴ってしまった 。武藤の小理屈っぽさが異様にムカつく。それになんだかポッと出に緑を取られてしまったようでなおさら腹が立った。


 勢いよく立ち上がってその場を後にする。


 教室に戻って、周りの喧騒に包まれてひとりぼっちで座っていたら、猛烈に落ち込んできた。


 またカッとなってしまった。武藤みたいな変人とすら喧嘩するなんて、だからわたしは友達がいないんだきっと。短気で、自分勝手な駄目な奴なんだ。


 悲しくなって教室を出る。どうせひとりぼっちなら、ひとりぼっちでいられる場所にいたい。


 武藤はあんな奴だけれど、友達は好き嫌いで選ぶようだった。以前武藤に聞いたときに緑のことは「あまり感情的でなく、ある意味合理的で、わかりやすいところが話しやすい」のだと言っていた。

 緑みたいな、ぬかどこみたいな人ですら好かれて、友達がいるのに。わたしは誰からも好かれていない。仲良くしたいと思われてない。


 屋上に続く階段に腰掛けてぽつんといじけていたら、涙が出てきてしまった。チャイムが鳴ったけれど、なかなか目が乾かなくて、動けない。気持ちがぐしゃぐしゃする。


 こんな時、緑がいれば、と考えて、また膝に頭を埋める。


 本当は、あれだけ拒絶しておいて、自分に都合の良い時だけ吸血に頼るのは気がひけた。この間三神と会った日にも、わたしは自分勝手な理由で血を吸わせたばかりなのに。

 それにあまり気軽に吸血させて、また緑が夏の終わりの頃のように、際限なく血を求めるように戻ってしまったら困る。


 なによりわたしは、緑のことをもう、こういう使い方をしては駄目な気がしていた。わたしは緑なしでも、心を整えられるようにならなければならない。きっと。


 緑はもう、わたしにとって、ただの友達になったはずだ。


 だけど、武藤の声が頭によみがえる。


「友達の好きなタイプを聞くのが嫌なんて、聞いたことがない」


 全然まとまらない。







 ずっと膝を抱えてそこに頭を埋めているとチャイムが鳴って、少し遠くの廊下に人の気配がしだした。放課後になってしまった。


 教室に戻ると人はもうまばらだった。すぐに武藤が寄ってきて「すまなかった」と頭を下げてくる。


「なにが?」


「ずっと考えていたんだ、佐藤が怒った理由」


「……え」


「それで、二時間かかって、友達の好きなタイプを聞くのが嫌な理由にいきついた。ほんとにすまなかった」


「……なにそれ」


「俺はよく無神経だと言われる。だから正直なところ正解はわからないけれど……謝りたい」


 わたしの方も考えた。それで、どうも武藤のこの感じだと、わたしが緑のことを好きで、だけど緑は別の相手が好きで、既に振られていると思ったのかもしれない。友達の好きなタイプを聞きたくない理由なんて、それくらいしか思い付かない。でもなんか色々おかしい気もする。武藤の方もしっくりいってるのかはわからないけれど、彼なりに真剣に考えてくれたんだろう。そこだけ汲めればじゅうぶんだった。


「……武藤、その、ごめん」


 わたしの方も謝ると武藤がぱっと首を上げた。

 それで、目を合わせてからふたりで曖昧に笑い合った。論点について細かな話し合いはしなかったけれど、お互いもう敵意がないことを視線で確認して、感情だけで和解した。


 なんだか力が抜けてしまった。

 わたしが思っているよりもみんな周りが見えていなくて、自分のことでいっぱいなのかもしれない。


「真白、一緒に帰ろう」


 気が付くと緑が後ろにいた。


「武藤、またな」


 簡素に挨拶をしてわたしの腕を軽くひいた。


 それで、わたしは帰り道にようやく考えた。

 どうしてわたしは緑の好きなタイプを聞きたくなかったんだろう。


 斜め前にある後ろ頭をじっと見て考える。


 それは子供じみた独占欲かもしれない。


 わたしは緑に、恋なんてして欲しくない。

 わたしのことを置いて知らない人みたいに、男の人みたいに恋なんてして欲しくなかった。






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